第3話 ぬいぐるみにとっては愛こそ全て
とある日のこと。
「ねね子、試してもいい?」
「だ、ダメに決まってるにゃ!」
いくら拒まれようと、この好奇心は抑えられない。だってものすごく気になっているから。
『ぬいぐるみ状態のねね子をクルクル回したら目が回るのか』ということが。
「極悪非道にゃ! 下劣で卑猥な悪党にゃ!」
「卑猥では無いと思うけど」
「ご主人の目が卑猥にゃ!」
「ただの悪口だよね?!」
これが通常通りの目だよ! 確かにえっちな動画を見る時は卑猥かもしれないけど、今はど普通な目をしてるつもりだよ!
暁斗は心の中だけでツッコミを入れまくり、短くため息をついてから、こっそり逃げようとするねね子を捕まえた。
「どこへ行こうと言うのかね」
「す、少しお出かけにゃ」
「途中でぬいぐるみに戻ったらどうするの?」
「ご主人がハグしてくれれば……」
「見つからない可能性もあるよね?」
この前、ねね子から聞いた話によると、ぬいぐるみが人間になるための条件は、持ち主にとてつもなく愛されることらしい。
それによって一定以上のエネルギーが集まったぬいぐるみだけが、それを消費することで人間になれるんだとか。
エネルギーは持ち主との距離が近いほど貯まりやすく、逆に遠くなれば貯まりづらくなる。
もしも遠くで迷子になれば、いくら暁斗がねね子を愛しても人間でいられるだけのエネルギーが貯まらないかもしれないのだ。
「そうなったら、もう二度と人間になれないだけじゃない。会うことも無理になるかもなんだよ?」
「い、イヤにゃ……」
「だから、一人で家からは出ないで欲しい」
「わかったにゃ、約束は守るにゃ!」
理解してくれたようでよかった。これで自分とねね子はずっと一緒にいられるはず。だって、彼女が家から出ないと約束してくれたのだから。
「そういうわけで、逃げ場はないから大人しくクルクルされようか」
「にゃっ?! ご主人、私を嵌めたにゃ!」
「違うよ。僕がねね子と一緒にいたいから、そのための約束をしただけでしょ?」
「ぐぬぬ……や、やりたきゃやればいいにゃ!」
ねね子はそう言うと、ぷいっと顔を背けると同時にぬいぐるみに戻ってしまう。
暁斗はそれを床に落ちる前にキャッチすると、優しく撫でてから「行くよ?」と声をかけてグルグルと回してみた。
「ねね子、どうだった?」
床に置いてからそう声をかけると、ボンッと人間に返信し直した彼女はフラフラっとしてベッドに倒れ込んでしまう。
どうやらぬいぐるみ状態でも、振り回されれば目が回ってしまうらしい。ということは、落とせば痛みを感じるし、濡らしてしまえば寒い思いをさせることになるかもしれない。気をつけないとね。
「ふにゃぁ……」
「ねね子、ありがとう。お礼にハグしてあげる」
「んぅ、許すにゃ」
案外あっさりと機嫌を良くしてくれたねね子は、ふらふらが治まるのを待ってから暁斗の隣に腰を下ろした。
「もう一つ気になってることがあるんだけど」
「ま、まだあるにゃ?!」
「今度は危ないことじゃないよ。ねね子はご飯を食べたりするのかなってこと」
「そんなことにゃ? 私の原動力はご主人の愛情にゃから、食べ物も飲み物もいらにゃいにゃよ」
「でも、物は食べれるんだよね?」
「体自体は人間にゃからにゃぁ」
彼が「もしも食べたら?」と聞くと、ねね子は「見せた方が早いにゃ」と冷蔵庫からプリンを取って戻ってくる。
彼女はそれをプッチンとしてパクっと食べてしまい、飲み込んだのを見せてからぬいぐるみに戻った。すると――――――――。
「え、何これ」
ねね子の横にプリンのぬいぐるみが転がっていたのである。彼女が人間に変身してもそれは変わらず、何だか魔法を見ているような気分だった。
「ずっと人間でいれば、消化されてエネルギーになるにゃ。でも、消化される前に戻ると、体の中にあるものもぬいぐるみになっちゃうのにゃ」
「すごい仕組みだね」
「ちなみに、ぬいぐるみになった食べ物にゃら、ねね子もエネルギーに変えられるにゃ」
彼女がそう言いながらプリンを受け取って手のひらに乗せると、それはまるでねね子の手に溶け込むように消えてしまう。
要するに、まだ一日中人間でいられないねね子が食べ物を原動力にするためには、一度お腹の中に入れてからぬいぐるみに変えなければならないということだ。
ただ、直接消化しない分効率が悪いため、一番の供給方法は体の触れる愛情表現なんだとか。
「ハグが一番ってこと?」
「一番では無いにゃけど……」
「ハグより効率のいいものがあるの?」
「……」コク
頬を赤くしながら頷くねね子。暁斗はそれが何なのかと聞こうとしたが、彼女の恥ずかしがるような様子を見て察してしまった。
「……人間と同じってことか」
「そ、そういうことにゃ」
「しばらくはハグでいい、よね?」
「……にゃ」
オドオドとしながら発したその短い返事の後、ねね子は少し気まずい雰囲気のままぬいぐるみに戻ってしまう。
好きだと言い合ったことのある手前、そういう話題になると意識せざるを得ないということだ。
「いやいや、ぬいぐるみをそういう目で見ちゃダメだよね。いくら、人間のねね子でも……」
暁斗はベッドの上にねね子を寝転がらせてから、熱くなった頭を冷やそうと風呂場へ向かったのだった。
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