第2話 隠し事のできない仲
学校から帰ってきた
「いただきます」
暁斗は今、一人暮らしをしている。去年、東京の高校に進学するのを機に、母親と妹の暮らす実家から出てきたのだ。
バイトで貯めたお金と単身赴任中の父が送ってくれる仕送りのおかげで、ワンルームでも高めの家賃を払えている。
妹も東京の高校を受験する予定があるため、時々都会に慣れるためと言って泊まりに来るのだが、その度に『早く彼女くらい作りなよ』と言われ、それが一種の悩みの種となっていた。
「はぁ、可愛い女の子が降ってきたらなぁ」
「……呼んだかにゃ?」
「いや、ただの独り言――――――って、ねね子?!」
「何を驚いてるにゃ」
やれやれと呆れた様子のねね子は、「もう変身できることは知ってるはずにゃ」と言うけれど、彼は違うそうじゃないと首を横に振る。
分かっていても突然話しかけられれば、誰だってびっくりしてしまうだろう。というか、今回はちゃんと服を着てるんだね。
「ご主人、いいことを教えてあげるにゃ」
「いいこと?」
「私はぬいぐるみの姿の時も、周りの音や声は聞こえているにゃ。景色だって見えているにゃよ?」
「……は、はぁ」
「つまり、ご主人の独り言は全部聞こえてるってことにゃ。気をつけた方がいいにゃよ?」
なるほど。確かに今朝も抱きしめられるのが苦しいだとか、宝物の場所を知っているなんてこともあった。
言われてみれば見聞き出来ていたんだなぁ。なんてことを思った暁斗は、とんでもないことに気がついてハッとねね子の方を見る。
「え、えっと、昨晩のことって覚えてる?」
「どのことにゃ?」
「僕が見てたビデオのことなんだけど……」
「ああ、えっちなやつにゃね」
「ぐふっ……」
思いっきり見られていた。しかも、それを当然のこととばかりにサラッと言われてしまった。
いくらねね子でも、可愛い女の子の姿で言われてしまうと色々と心に刺さるものがある。
「何を傷ついてるにゃ? ご主人と私は生まれた時から一緒にいるにゃよ、秘密なんてないにゃ」
「それはそうだけど……」
「そもそもの話、ご主人の性癖だって知ってるにゃ。いつもロリ作品ばっかりにゃ」
「ね、ねね子さん?」
「この際だから言うにゃけど――――――――」
「も、もう勘弁して……」
その後、しばらく精神的なダメージを与え続けられた暁斗は、泣きながらお弁当を完食するのだった。
「ごめんにゃ、つい言い過ぎたにゃ」
「いいよ、本当のことだし」
「でも、ロリばっかりなのはキモイにゃ」
「……そこだけは許してくれないんだね」
ねね子が監視していると分かった以上、ロリものを見るのは控えることにしよう。そう心に誓った彼は、いやいやと首を横に振る。
「そもそも、ねね子に見られてると思ったら何も見れないじゃん」
「見なくていいにゃ」
「それは無理だよ、男子高校生だもの」
「ねね子も人間ならご主人と同じ年齢にゃ。えっちなことに興味なんてないにゃ」
「それは中身がぬいぐるみだからでしょ」
「うわ、差別にゃ! 私だって人間と変わらない心と体を持ってるのにゃ!」
シャー!っと威嚇してくる彼女の言葉に暁斗は確かにと頷くと、思い切ってねね子の手を握ってみた。
「にゃにゃっ?!」
「ほんとだ、本物そっくり……」
「き、気安く触らにゃいで欲しいにゃ!」
「いつも抱きしめてるのに?」
「それとこれとは別にゃよ!」
「ケチだなぁ」
ぬいぐるみの時は抵抗が出来ないから、仕方なく諦めていたのかもしれない。
ただ、今は言葉でも態度でも拒めるため、嫌なものは嫌だと言う気になったのだろう。
「でも、残念だよ」
「何がにゃ?」
「僕はねね子のことが大好きなのに、ねね子はずっと嫌がってたんだもんね」
「そ、それは……」
彼女の表情にじわっと焦りが滲んでくる。どうやら『押してダメなら引いてみる作戦』というのは本当に効果があるらしい。
「明日からハグはやめるよ」
「はにゃ?! そ、そんにゃ……」
「新しいぬいぐるみを買おうかな。そうすればねね子の迷惑にもならないし」
「うぅ……うぅ……」
今になって自分の言葉の重大さに気づいてしまったのだろう。ねね子は焦りを越えて目をうるうるとさせると、ついに体も小刻みに震わせ始めた。
「むしろ、アニメキャラの抱き枕ってのも……」
「ダメにゃ! 絶対ダメにゃ!」
「っ……いきなり抱きついてきてどうしたの?」
ついに限界を迎えたらしい彼女は、ポロポロと涙を零しながら暁斗に抱きついてきてくる。
これにはさすがにからかいすぎたかもしれないと反省した彼は、片手でそっと頭を撫でながらもう片方の腕をねね子の背中に回した。
「ご主人が他のぬいぐるみを抱くなんてイヤにゃ!」
「抱くって言い方、すごく人聞き悪いね」
「ぬいぐるみにとってハグはえっちと同じにゃよ!」
「そうだったの?!」
「ご主人が毎日もハグしてくれたから、私は人間になる資格を得れたんだにゃ。ご主人のことが大好きにゃからねね子は―――――――――!」
今にも消えてしまいそうなほど泣きじゃくる彼女を、暁斗は思いっきり抱きしめてあげる。
すると、溢れ続けていた言葉がピタッと止まり、代わりに「うぅ……うぅ……」という嗚咽が漏れ始めた。
「大丈夫、僕の一番はねね子だよ」
「……ほんとにゃ?」
「ぬいぐるみでも大好きだったんだ。人間になってくれて、こうして会話ができてもっと好きになったよ」
「うぅ、嘘だったら許さないにゃ……」
「ねね子に隠し事はできないんでしょ?」
「もぅ、ご主人のバカ……」
その夜、ねね子は暁斗の腕の中で寝息を立てながらぬいぐるみに戻った。
本当に不思議で一日経っても信じられないけれど、枕に出来た涙の染みが目の前の出来事は現実なのだと教えてくれる。
「一生大切にするからね、ねね子」
暁斗はそう呟いて、小さくなった彼女の体をもう一度抱きしめた。
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