第1話

”向陽女子高校 演劇部”と書かれた室名札。

古い木製扉の前に、私と幼馴染の九条花は立っている。


「開けないの?」


「あ、開けるよ。」


今日から念願の仮入期間。私もこの部活の一員になれる。嬉しくて堪らない。

でも、それと同じくらい緊張する。


だってこのドアを開けたらいるんだよ?

中学生の頃からのずっと憧れの先輩が。


「はぁ、光里ちゃんって何で肝心な時にいつもこうなのかな。」


「あ!ちょっと!」

花がいつになってもドアを開けない私に痺れを切らして、勢いよくドアを開けてしまった。


「花!もうちょっと丁寧に開けてよ!

記念すべき初部活だよ?もっとさ…!」


「光里ちゃんが開けないのが悪いんでしょ」


ごもっとも。返す言葉もない。


「てか誰もいないけど。本当にここで合ってるの?演劇部の部室にしては狭すぎない?」


花のいうとおり、演劇部が稽古するには狭すぎる空っぽの教室。


「いや、合ってるはず。

室名札も向陽女子高校 演劇部って…」


「何してんの?ストーカーさん」


「ひゃあ!」


室名札を確認しようと廊下に出ると、突然後ろから話しかけられた。この声は…


「七桜先輩!」


ずっと聞きたかった鈴の鳴るような声。自他ともに認める整った顔立ち。艶やかな銀髪と高めのポニーテール。

何も変わってない、私の大好きな先輩。


「本当に来たんだ。てっきり森然か華埜井に行くと思ってたのに。推薦も沢山来たんじゃないの?」


「来ました。でも、全部蹴りました。」


演劇部にも強豪と言われる中学や高校がいくつかある。東京の”森然高校”や”華埜井学園”は演劇部の学生なら誰もが知ってる超強豪校。全国大会の優勝候補。


私が通っていた”慶林中学校”も、中学演劇部の強豪と言われていた。学区外からわざわざ慶林に進学する子すら居たほど。その慶林でそれなりの結果を残した私の元には、高校演劇部の強豪校、それこそ”森然高校”や”華埜井学園”からも推薦が来た。


それでも私が向陽女子高校を選んだのには理由がある。


「ったく、何で向陽なんかに。」


「七桜先輩の台本を演じるためです。」


「…ほんと、おかしな子。」


七桜先輩は私の憧れの先輩。美人で勉強もスポーツも出来て、後輩からも沢山慕われていて、慶林で演劇部部長を務めていた。


七桜先輩こそ、私よりも沢山の推薦を貰っていたはずだ。なのに強豪校どころか、名前すら聞いた事ないこの学校に進学した。しかも高校では役者じゃなくて、脚本を担当している。おかしいのは七桜先輩の方だ。


「七桜先輩、お久しぶりです。

相変わらずお美しいですね。」


「花!ひさしぶり!元気にしてた?」


「はい、おかげさまで。」


七桜先輩と花って昔から仲良いよな…。

私だって七桜先輩と沢山話したいのに。


「なに不貞腐れた顔してんの。

ほら行くよ。」


「え?どこに?」


「どこって…部室に決まってるでしょ?」


「部室?じゃあここは…」


「ここは荷物置き場。着替えとかもここね。稽古してる部室は別。こんな狭い場所じゃ動き回ったり、発声練習したり出来ないでしょ?」


なるほど。稽古してる教室は別なのか。

入学してから仮入期間までの2週間、演劇部が稽古してるのを見たり、声を聞いたりしていないわけだ。

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