第55話「ニュルンベルクの思い出3」


マリアと二人で家に向かう。その道中、マリアの手招きにより、ちょっとした路地に立ち寄った。



「What's wrong?」(和訳:どうしたの?)



いきなり奇怪な行動をするので、思わず口にする。


すると、マリアは路地にある小さな蛇口前で立ち止まり、振り返って答える。



「Wash the wound with water」(和訳:水で傷を洗うの)



どうやら、ここで傷を洗うらしい。


俺もあちこちから軽く出血する程度に傷を負っていたが、マリアも同等レベルだ。


マリア曰く、毎回こうやって、かつ、長袖などの服で傷を隠し、親には内緒にしてきたらしい。


相談しても良い気はするが、迷惑をかけたくないという気持ちは分かる。あと、プライドが許さないんだよな。カッコ悪いし。


マリアの真似をして、俺も傷を軽く水で洗うことに。


それから、近くの薬局に行き、絆創膏などで応急処置をして、帰宅した。


帰るやいなや、マリアは足早に部屋に行ってしまった。


それを、心配そうに見守る両親。それを見て、何となく察してしまう。


マリアには口止めされているが、このまま黙って傍観するわけにもいかない。


なので、ディナーが終わったあと、マリアの父親を散歩に誘い、近くをぶらつきながら話をすることにした。


回りくどいことをダラダラと話してもいいが、ここは単刀直入に、マリアが外出している理由と、昨日話してくれた心の傷について質問してみる。



「I don't know the reason for going out」(和訳:外出する理由は知らない)



知らない、分からない。そんな感じの返答だ。


マリアの言う通り、隠し通せているのだろうか。そう思ったが・・・。



「Maybe you're just pretending you don't know」(和訳:いや、知らないふりをしているだけかもしれない)


「Do you really know」(和訳:本当は知ってると?)


「Yup」(和訳:うん)


「Do you know and leave it alone?」(和訳:知ってて、放ってるの?)


「Regrettable, Parents can't do anything」(和訳:悔しいけど、親は何もできないよ)



大人の入る幕ではない・・・と。


確かに、マリアの具体的な年齢は知らないが、見た目からして俺と同い年くらいだろう。


同い年だと仮定しても、18歳。


日本だと成人は20歳からだが、ドイツを含め、ほとんどの欧州諸国は18歳が成人だ。


つまり、マリアはもう立派な大人であり、自分のことは自分で解決すべき。それが親としての見解なのだろう。



「When did she get into this situation?」(和訳:彼女は、いつからこのような状況に?)


「Probably more than 10 years ago」(和訳:おそらく、10年以上前から)



それを聞いた瞬間、言葉を失った。


10年前、それは、今が18歳だと仮定しても8歳の時だ。


何も話さないマリアの性格で、親が気づいたのが10年前。


これは俺の推測だが、マリアが虐めに苦しみ始めたのは、それよりもずっと前のことだろう。


それに、子供の一年というのは、大人の体感時間の何倍も長い。


今までよく生きてこれたな。そう関心するレベルだ。



「If you leave it alone, you may commit suicide」(和訳:放っておけば、自殺するかもしれない)


「It won't be」(和訳:それはないだろう)


「Why?」(和訳:なぜ?)


「Maria has lived so far」(和訳:今まで生きてきているから)


「The theory is obviously strange」(和訳:その理論は明らかにおかしい)


「I want to ask why」(和訳:理由が聞きたい)


「Because in Japan, there are more than 300 people who die from it」(和訳:日本では、それで300人以上が亡くなっているからです)


「This is not japan!」(和訳:ここは日本じゃない!)



軽く言い争いになるほど、親が放任主義だったとは、まさか思わなかった。


まぁでも、親は親として、思うところがあるのかもしれない。



「I will do what I can」(和訳:俺は俺のできることをします)


「I'm counting on you」(和訳:よろしく頼む)



さっきまでの態度から急変し、何かを託すかのような表情をする。


そんなマリアの父親を見た俺は、不安ながらも、自慢げに言う。



「Leave it to me」(和訳:任せとけ)


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