第2話

「っっっっっぁと終わっっっっった…………」

 それから二時間余り後。大河原、と呼ばれていた青年は、ほかの兵士たちが思い思いの昼食を食べている食堂の片隅の席で、だらしなくテーブルの上に身を投げ出していた。そんな彼を、奇異的な目で見る者はいない。むしろ、「コイツ来てるのかよ」と言いたげに横目で見て、通り過ぎていくだけだった。

「村木のおやっさんが終わるまでは帰れないし、だからと言ってこんなところにずっといる訳にもいかねぇし、どうすっかなあ……久しぶりに博士のとこに顔出しに行くかぁ……?」

「お困りのようだね? そこの青年」

「あん?」

 起き上がって後ろを見ると、ニヤニヤと笑った髪を短めに揃えた、大河原と同じ年くらいの青年が近づいてきていた。

「おー、新田じゃんか。久しぶりだな」

「よう。来るなら来るって教えてくれたって良いじゃねえかよ」

「悪い悪い。忙しかったんだよこちとら」

「はー、魂の相棒とも呼べる俺よりも、彼女を大切にするとは……泣けちまうよ」

 目の前に座って、大袈裟な振りで言う佐藤に、大河原は肩を竦めた。

 そんな佐藤――新田にった邦彦第三部隊長と悠人は、かれこれ大河原がまだこの軍本部で生活していた頃からの付き合いである。元々大河原も所属していた、精鋭揃いの第一部隊とは違い、第三部隊は所謂『補欠』、もしくは『偵察部隊』として扱われる、謂わば「使い勝手の良い軍隊の駒」なのだが、大河原が昔から彼らの手助けを独断でしていたこともあり、未だに友好的な関係が続いている間柄だった。

「それで? 今日は何の用で?」

「村木大佐のお使い」

「あー、めんどくせえやつだ?」

「ま、今日は多分もう終わりだけどな」

 だらしなく背もたれに体重をかけて、カタカタと前後に椅子を鳴らしながら、大河原は答える。

「そっちは最近どうなんだよ、上手くやってんのか?」

「おかげさまで。何度か出されたけど、誰も死なずに帰ってきてるよ」

「そいつぁ結構。つか、もうちょっと第一部隊も仕事しろってんだよな」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぞ、大河原」

「い゛……」

 凍てつくような冷たい声がして、ぎこちなく振り返ると、そこには第一部隊副隊長の、副嶋そえじま玲が不機嫌そうに大河原たちを見下ろしていた。

「よ、よぉ……相変わらずですね? 副嶋サン」

「貴様も相変わらずのようだな? 本隊落ちの腰抜け」

「おい、その言い方は無いだろ……!」

 新田が立ち上がってそうフォローを入れてくれるが、それを大河原は「よせよ」と制した。ハッとした表情を浮かべ、新田が周りを見渡すと、何人かがこちらを見ていた。

「ふん、番犬はちゃんと躾けておけ」

「悪かったな。生憎放し飼い主義なもんで」

 飄々と大河原が言うと、副嶋は不満そうに、ふん、と鼻を鳴らした。

「まあ良い。私はこれから部隊会議があるから失礼する――くれぐれも、私たちの足を引っ張るなよ、

 カツカツと隊靴を鳴らしながら、副嶋は去っていった。

「マジでなんなんだあいつ。戦績的にも、大河原たちの方が上だろうが」

「相変わらず結果主義の頑固者で安心したわ。アレで突然褒められでもしたら、かえって気分悪いわ」

 行儀悪くカップに入ってるお茶を、ストローでぶくぶくさせながら大河原が言う。それにため息を吐きつつ、「お前、性癖歪んでねえか?」と佐藤が言うと、ヘラヘラ笑った。

「歪んでなかったら、とっくに絵理香とは別れてるわ」

「まあ、それもそうか」

 ペットボトルに入った水を一気に飲み干して、「しかしよお」と佐藤は続けた。

「だからって、呼ばわりはねえだろ。俺らの『第三部隊送り』もそうなって久しいけど、俺らより結果残してるお前らが、差別用語呼ばわりされてんんのは気に食わねえよ」

「それはお前がお人好しだからそう思うだけだろ。周りはそう思っちゃいねえよ」

 ちら、と、周りからの視線を横目で見ながらいう。

 大河原が指揮を振る『特別第一部隊』とは、その始まりは大河原たちの素行にある。

 二○四三年に、政府が無理やり改憲して施行された銃刀法緩和、そしてそれが引き金になって東京で起こった、二○四五年の通称『東京大紛争』と呼ばれる大規模武装テロ事件により、多くの孤児が出た。

 その中の一人が、大河原や新田たちなのだが、その数の多さは、日本国内にある養護施設だけでは賄い切れなかった。そこで、銃刀法緩和によって自衛隊から再編成された、新日本軍の人員補充という〝裏の名目〟で、賄いきれなかった孤児たちを、『青少年部隊』として匿い、将来の兵士として育成していた。

 しかし、あまりの劣悪な環境や、過酷な訓練に嫌気がさした、大河原はじめ、同じく第一特別部隊の面々は、それぞれ脱走を試みるが失敗。

 普通ならば、更迭や除隊処分されるところだが、大河原は青少年兵の中でもトップクラスの実力を誇り、失くすには惜しい存在でもあったため、特別処分として出来たのが、『特別第一部隊』だった。

 大河原を隊長とし、以下、同じように脱走を図っていた、多田絵理香、佐藤竹谷、向井堂亜悠あゆ、そして、大河原に脱走の話を持ちかけた、石田小雪の五人で結成され、軍施設の外の、普通の住宅街に、普通の住宅を改造した基地に彼らは今日まで過ごしている。

 そんな人間たちの寄せ集めなのもあって、中年齢層や、青少年部隊出身の兵士からは、『特隊』と揶揄されていた。そして、リードの代わりに、大河原は月に一回、軍会議に出席することになっているのだが、大河原はそれを拒んで久しかった。本来ならそれも問題なのだが、作戦には参加して、エリート部隊である、第一部隊以上の戦績を叩き出している(なお、敵軍の死者数も一番少ない)のもあって、とやかく表で言われることもなかった。

 その皺寄せとして、青少年部隊時代に振るわなかった面々が属する、第三部隊が結果以上に色々言われる事にも繋がっているのだが。その為、第三部隊の中にも、特別第一部隊を嫌っている人間もいるが、大河原の親友である新田が隊長なのもあって、なんとか騒ぎも起きずに済んでいる、といった所だった。

「さて、俺はちょっと〝博士〟んとこ言ってくるよ」

「んあ? ……あぁ、吉田のとこか。この前『また司令部から無茶な依頼が来た』ってブチギレてたよ。そろそろ辞めんじゃねえか?」

 乾いた笑いを浮かべる新田に、「どうだろうな」と大河原は笑う。

「辞めようたって、辞めさせちゃくんねえよ、多分。あって俺ら送りだろ、空き部屋あるし」

「まあそうかもな。あいつも大変だなあ」

 他人事のように言う新田に、「本当にな」と適当に返す。

「そんじゃ、また連絡するわ」

「あいよー」

 ひらひらと手を振りながら、食堂を立って、彼はエレベーターホールへ向かう。

 向かうは地下三階にある、データルームの小部屋。

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終焉 @seikagezora

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