終焉(2025)

第1話

「……うぁ」

 燃え盛る摩天楼の中心で少年は、少女を抱き抱えながら泣いていた。それを見ていた男は、拳銃をホルスターに戻しながらフッと笑う。

「恨むなよ、少年。今の国の連中というのは、犠牲がないと何も学ばん。彼奴等が過ちを認めない限り、お前や、そのお友達のような連中が出続けるんだ。恨むなら、そんな目に合わせた大人達を恨むんだな」

「おい、待て……っ!」

 背を向けて歩き出した男に、少年は電撃銃を構える。

「俺は、お前を許さない……ッ! 絶対にだ……!」

 その声は震えている。男は嗤う。

「お前にはその引き金は引けまい。撃てるもんなら撃ってみろ」

「何を……ッ!!」

 少年は抵抗なしに引き金を引く。しかし、放たれた電撃弾は男の外套を掠っていった。

 何発も撃つ。しかし、動転している彼が引く弾丸は一発も当たらなかった。無我夢中で引いたせいで、オーバーヒートして弾が出なくなった。そんな彼を見て男は言う。

「少年、一つ教えておいてやる。人の命の重さっていうのは、そんな安っぽい銃で奪えるほど軽くはない。それが分かるようになるまで、俺を殺すことは出来ない」

 手を振って男はそこから去る。その背中を見ているしか出来ない少年は、「クソ……ッ」と拳を地面に殴りつけた。その痛みは、少女を亡くした悲しみに変えられなかった。

「悠人!!」

 男の背中が見えなくなった後、散開していた仲間達が駆け寄ってきた。が、彼の目の前に横たわる少女の亡骸を見て、その足を止めた。

「小雪……お前、まさか」

「……」

 呆然とする仲間達を横目に、悠人と呼ばれた少年は彼女をなんとか抱き抱えて歩き出した。その目には、悲しみのほかに、やり場のない怒りの色を湛えていた。

――仲間一人守れないで、何が正義だ。

 皆が齧り付いて見ていた朝番組の正義のヒーローに、簡単になれると穿っていた。それがどれだけ難しいことなのか、彼は思い知らされた。

 行き場のない彼を甘い言葉で誘った、そして今、彼の想い人を奪った、そんな大人達を彼は憎んだ。


+ + +


「……」

 青年は目を覚ました。

――またか……。

 思えば寝不足が続いている。理由はすっかり壁を打ち抜かれて同室同然な、隣人の無茶に付き合っているからだが、そのせいか彼は最近、昔の夢をよく見るようになっていた。大切な人を亡くした、あの日の。

 ため息一つ吐いて、起き上がる。寝不足故の濃い隈を携えた目を擦って、大きいあくびをする。元凶は未だにスヤスヤ眠っているらしい。お気楽なもんだな、と彼は内心でまたため息をついた。

 部屋を出て階段を降りる。もう既に誰か起きているのか、降りた先の居間の扉からはテレビの音が漏れ聞こえてきた。

「おはよう」

 扉を開けると、ソファに寝転がってテレビを見ていた、彼と同い年くらいの女子が顔だけこちらを向けた。

「あー悠人、おはよ。また付き合わされたん?」

「あぁ……早いな」

「早いって、もう十二時過ぎてるよ?」

「マジか」

 テレビの上の時計を見ると、過ぎてるところかもう十三時前だった。七時間しっかり寝てはいたらしい。水を飲もうとキッチンに向かう悠人と呼ばれた青年に、「あぁ、そうだ」と彼女は言う。

「さっき村木中将から電話来てたよ。十七時頃の定例会議に来てくれって」

「……めんどくさあ」

 コップに入れた水を飲み干した悠人は嫌そうな顔をする。

「大変だねえ、部隊長様は」

「代わりにお前が行ってくんない?」

「は? 嫌だよ」

 即一蹴されて彼は肩を落とした。

「そういや竹谷達は?」

「え? 今日は友達と遊び行くんだって出て行ったよ」

「そう……」

 お気楽なやつらだな、ほんとに?!――と、彼は内心でもう一回ため息を吐いた。まあ他から見れば俺も大概か、とも。

「それじゃあ私も部屋に戻るね。頑張って」

「おう……」

 彼女の背中を見送って、手近なダイニングチェアにだらしなく座る。

 そんな彼はそれでも軍人だった。大河原悠人特別第一部隊長兼大佐。二◯四五年に起きた『東京大紛争』と呼ばれる大クーデターの孤児であり、その後新日本陸軍青少年部隊に入れられた一人だった。

 長く日本国には自衛隊という自衛組織があったが、二◯三◯年代後半に、アジア諸国が軍事的にも政策不安が広がり、その流れに乗って自衛隊を廃止し、新たに、新日本陸軍の創設と、同時に銃刀法の緩和を世論を押し切って進めた。その結果、それに反対した過激派が武装し、新日本陸軍と衝突したのが『東京大紛争』と呼ばれる出来事に繋がったのだった。

 当然、親を亡くした子供たちが大量に出て、全国の少年院が肩代わりすることになったが収まりきれず、結果、秘密裏にその子供たちを将来の戦力にしようと創設されたのが、青少年部隊という部隊である。

「あー……」

 そんな彼は死んだ魚のような目で、ぼーっと天井を見つめている。あまりに自由でお気楽な仲間たち四人の長として、さぞ心労が溜まっている――かといえば、そう言うわけでもない。ただ眠い。そして、夕方の会議がめんどくさい。それが思考を占めている。言ってしまえば、彼もまたお気楽にはお気楽な人間ではある。

 特別第一部隊というのは、言い換えれば『不良児たちの集まり部隊』なのだ。ここに集まっている五人は、全員幼少期に軍から脱走を試み、しかし厄介な事に、銃の取り扱いや身体能力的には離すのに惜しい子供達の寄せ集めだった。

 そこに、彼の直属の上司である村木中将の勧めもあって、秘密裏に住宅街の中に一戸建てを作り、そこを拠点として任務に当たっている。先述したように彼らも優秀な兵士であるが故に、ある程度自由にしても目を瞑って貰えている、それが彼らだった。その代わり、部隊長の悠人はこうして呼ばれるわけだが。

 ちなみに高校にも通ってはいる。今日は日曜日。学校は休み。

「おあよー」

「……おう」

 そんな彼が夜なべをした元凶が降りてきた。彼と同じようにうっすら隈が出来ている。

「昨日結局落ちなかったねー。あんなに周回したのに」

「本当にな」

 シンクでコップに水を入れている彼女に目を向けず、相変わらず天井を見つめて返す。

「そんな訳で今夜もよろしくね」

「はぁッ?!?!?!」

 立ち上がる。座っていたダイニングチェアが転がる。

「え、だって当たり前じゃない? 早く取っとかないとマーケットの金額下がるもん」

「良いだろ別に?! どうせ金持ってるやん?!」

「ダメだよ、金策はできる時にしなきゃ。最新装備買うのにも金は飛ぶんだよ?」

「……マジかあ」

 椅子を起こして座り直す。死んだ目がさらに死んだ。

 彼が理由、それが彼女、多田絵理香が長く続けているネットゲームだった。彼女もまた特別第一部隊所属の軍人ではあるが、特に大きな作戦や訓練が無ければ、無限にやっているレベルの廃ゲーマーであり、それに彼はそれに延々と付き合わされているのだった。最近のアップデートで実装された装飾品が高値で売れるのを聞きつけ、ボーナスダンジョンをひたすら周回させられていたのが、昨夜のハイライト。そこで彼は思いつく。

「いやダメだ、今日は夕方から会議があるんだ」

「じゃあ帰ったらよろしく」

「嘘やん?!」

 企ては失敗に終わった。ちくしょう。

「ちなみに会議って何時から?」

「十七時から」

「ふうん?」

 絵理香が壁掛け時計を見やる。

「じゃああと三時か――」

「いーや無理だね!! じゃ、さっさと準備するかなお疲れー!!!!」

 怖い事を言いそうな気配を察知して、急いでダイニングを出て階段を駆け上がる。目を止まらぬ速さで窮屈な軍服に着替えた彼は、絵理香に捕まる前に部屋を飛び出した十三時半。


+++


「――ほーん? で、世にも珍しい特別第一部隊長様がこんな所にいるわけだ?」

 悠人の目の前に座る快活そうな男が、ガハハと笑う。

「ああそうだよ」

 時間潰しに来た、軍本部の食堂の机に突っ伏しながらうんざりしたように頷く。

 そんな悠人の目の前にいる男は、第三部隊隊長の新田という。悠人にしてみればまだ軍本部にいた頃からの悪友、腐れ縁のような男だった。

「まあまあそんな拗ねるなって。お前が来るって言うから会いに来てやったんだろ」

「頼んでねえよ」

 一切来てくれとは言ってないんだけどな。悠人は心の中でぼやきながらも、新田を追い払おうとはしなかった。

「しかし羨ましいもんだぜ。お前らは何も変わらなくてよぉ。こちとら最近第一部隊の女狐が――」

「誰が女狐ですって?」

 「やべ」と新田が机に突っ伏した時にはすでに遅し。彼らと同い年ぐらいのご立腹な女中佐が二人の前に立ちはだかった。

「俺は何も言ってねえぞ、副嶋」

「お前! 俺を売る気か?!」

「だって言ってたのお前だけだし」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ」

 副嶋、と呼ばれた彼女はだらけた二人を見下す。

「もっとちゃんとするべきじゃないの? 特に大河原はこんなところで暇潰しだなんて良い気味ね?」

「こっちにはこっちの理由があんの。おめーも知ってるだろ、会議まであと四時間もあんの」

「そうそう。大河原は今大変なの、色々」

 新田がいらない茶々を飛ばす。お陰で副嶋に「何があったの?」とギロリと睨まれる。

「それは言えない、国家機密だ」

「個人の事情に国家機密もクソもあるか」

「あるだろ。プライバシーは基本的人権の一つだ」

 得意気に悠人が返すと副嶋は重い重いため息を吐きながら、「本当、年々平和ボケが進んでいるわね、アンタ達」と吐き捨てられる。

「平和が結構。お前達みたいにツンケンやってないの、こっちは」

「どうぞご勝手に」

 不機嫌そうに顔を顰めながら去り際、「新田、後で覚えておきなさいよ」と新田を睨んでいった。それに意を介さず「おー、こえ」とだけ返して彼女の背中を見送る。

「おい、あいつ今でもあんな感じなのかよ」

「まあお偉いエリート部隊のナンバー2だからな。あんな戦果主義のとこにいたら性根も腐っちまうだろうよ。野々村なんかもっとひでーぞ」

「今言うなよ。この後会うんだから」

 すっかり氷も溶けた水を飲みながら、悠人は悪態をついた。

「はっ、ご愁傷なこった」

 新田が笑うと、「新田隊長!」と第三部隊の制服を着た男が駆け寄ってきた。悠人を見て「あっ、大河原さん、お久しぶりです!」と敬礼をする。

「敬礼なんてよせよ、軍の端くれにもないんだから」

「いえ、でもお世話になっていますので!」

 そう笑う彼に「おい、お前のとこの部下は偉いな?」と新田を見やる。「まあどこだかとは違ぇからな、うちは」と新田は笑う。

「そいじゃあ仕事してくるわ。頑張れよ」

「おう」

 去っていく新田の背中を見届けて、腕時計の時間を確認する。まだ十五時過ぎ。

――さてどうすっかねえ……。

 残り二時間の暇つぶしに苦心する悠人だった。

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終焉(2025) @seikagezora

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