終焉
空
第1話
「っあーもう!!!! ほんっと使えないわねえあんた?!?!」
「使えねーとはなんだ!! 誰のおかげで星八のドラゴンアッシュ手に入れたと思ってんだ!!」
「それはそれ!! これはこれ!! あーあ、三十分無駄にしたぁ」
「こちとらもう六時間無駄にしてんだが?」
「一緒にしないでくれる?!」
「えぇ……??」
半壊した―というか、ほぼ全壊である―壁越しに隣に座っている女子に睨まれて、薄い隈を目元に携えた青年は半目でそんな彼女にため息をついた。
「ったくよぉ、こちとら俺は明日上層部に行かにゃならんのに、もうすでに鬱いんだが」
「それはご愁傷様。さ、次行くよ」
ヘッドセットを付け直した彼女に、彼はもう一度これでもかっていうほど大きくため息をついて、ヘッドセットを付け直す。午前五時、外はもう白々しくなっていた。
+++
「よっ、相変わらず眠そうな顔してんなあ、お前」
「マジでもう勘弁してほしいっすよ」
あれから五時間後。ほぼ一時間睡眠、千鳥足で、彼は待ち合わせの場所にやってきた。もうすでに待っていた、濃い緑色の軍服を着た大柄な、少し年のいった男性は「そりゃご愁傷様」と笑った。
「やめてください、今朝がたにも絵梨香にもそう言われたんで」
「はは、そうか。それにしても、上層部の会議だってのに、その日の朝方までネトゲだなんて、俺らも舐められたもんだな?」
「まあ、そもそも嫌いですしね、軍隊」
「ブレねえなあお前は」
そんな話をしながら歩く二人は、近くの地下鉄の駅まで降りて、そこから『関係者以外立ち入り禁止』とでかでかと書かれた扉の中に入る。それから長い通路を通って、階段を降りると、空港の手荷物検査のゲートのような改札がぽつんと置かれていた。
二人が持つ身分証をかざすと、ピッ、という音と一緒にゲートが開いて、一両だけ取り残されたようにホームに鎮座する電車に乗り込む。するとすぐに扉が閉まって、走り出した。
「そんなお前に聞くようなことじゃねえかもしれないけどよぉ――」
青年がちらと、男の方を見た。
「――本隊に戻る気は無いのか」
「ないっすね。何度も言ってますけど」
「即答かよ。……まあでもだろうと思ったよ」
男は胸ポケットから煙草を出して、吸い始めた。青年に「車内禁煙っすよ」と言われるも、「どうせここには俺とお前しかいないだろ。冷たい事を言うなよ」と、吐いた煙を吹きかけた。ごほっ、と青年は咳き込んだ。
「大体、扱い切れねえからって本隊から追い出した癖に、結果が出たら「戻ってこい」だなんて虫が良すぎなんすよ」
「……返す言葉も無いな」
先程の青年と同じように、男は相変わらずの車窓に目を向ける。
「けど、そういうあんただから、まだやってんですよこんなこと。村木元帥」
「だとしたら、もう少し言うこと聞いて欲しいもんだけどな?お前らのせいで、毎回お説教もんだぞ」
村木、と呼ばれた男がぼやくと、当事者の青年は「それが俺のやり方なんで」と、ヘラヘラと悪びれもなく笑った。
「けど、大人に反抗し続けるのも、そろそろいい加減にしといた方が良いぞ。俺はお前のそういう所は好きだけどな」
「ご忠告どうも。けど、そればっかりは譲れないんで。けど、閑職も良いもんすよ?」
「閑職って言う割には忙しそうだけどな?」
「そりゃあそっちが呼ぶからでしょうが」
「ちげえねえ」
そう笑いあっていると、電車は静かに止まって。ドアが空いた。その先は、白いタイルに白い壁、全ては白い空間があった。
「ここまで来てもらって悪いな」
「良いっすよ。小さい時から世話になってるんで、それぐらいはやりますよ」
「助かる――行くか」
「ういっす」
電車を降りた二人は、また改札を通って、エレベーターに乗り込んだ。向かうは上層階二十三階。そこは、青年が嫌う、新日本陸軍の上層部が待つ、会議室があるフロアだった。エレベーターを降りて、『会議室-2305』と書かれた、木製の重厚感のある扉の前に立つと、青年は盛大に溜め息をついた。
「毎度この扉の前に立つと、異様にイライラするのは何ででしょうね?」
声を潜めて青年が言うと、村木と呼ばれた男は、「そりゃ、お前があいつらの事が嫌いだからだろ」と、同じく声を潜めて返す。
「ま、村木元帥の頼みでもなきゃ、絶対に来ないすっからね」
「それを見越して、毎度俺に連絡が来るんだろ」
「……次から来なくても良いっすかね?」
「やめてくれ」
渋い顔をする村木の顔を、肩を竦めながら青年は笑う。
「それじゃ、良いか?」
「えぇ」
青年が頷くのを見て、村木はその扉を叩いた。すると、薄く「入れ」という声が聞こえた。開けると、装飾の施された軍服に身を包んだ男たちが、六人、四角く配置された長机に両端三人ずつ座っていた。
「お待たせしました。特別第一部隊隊長、大河原悠人を連れて参りました」
「ご苦労だったな。村木元帥」
白髭を蓄えた男が村木にそう会釈し、そして、隣に立つ青年に目を向けた。
「相変わらず、君の態度は目に余るものがあるな?」
「すいません。育ち良く躾けられてないもんで」
嘲笑うかのようにそう返す彼に、男も面白くなさそうに鼻を鳴らして、「座れ」とだけ返した。
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