第8話 思い出は百合の中に

「あぁ、やっぱりここなんだ」



 夕飯前、鳳凰院玲於奈の豪邸に訪れた瑠衣。

 昔から地元で有名なカボチャ屋敷と呼ばれる大豪邸で、僕が生まれる前からあったらしい。


「こういうところピンポンするの、気まずいな」


 要塞みたいな正門のインターホンを鳴らすとすぐ門が開いた。

 瑠衣は自分の場違いさが気になるも足を進める。



 ギィ



 彼の歩調に合わせるかのようにゆっくりと、両開きのドアも開く。

 中から玲於奈お嬢様が登場、それにしても巨大な玄関だ。


「こんばんわ」

「ごめんね遅くなって」

「いいえ、お気になさらず」

 玄関先でノートを渡すと彼女はじっとこちらを舐め回すように観察する。

 もう制服から部屋着に着替えたのだろうがなんというかその、


「っ」

「ふふっ、どうなさいましたか?」

「いや」

 目のやり場に非常に困る。

 ベビードールとまではいかないが漆黒のランジェリーパジャマに身を包む玲於奈。

 その素材はかなり薄手で布地の向こうが透けて見える。

 一応上着を羽織ってはいるがこの視点の高さからでも胸元が露になってるし、何より寒くないのか?


「ちょっとお話しましょうよ」

 快く迎え入れる彼女、それに従い玄関に入るとすぐ傍に来客用のソファーが置いてあった。


「さぁどうぞ」

「お邪魔します」

 成る丈彼女を見ないよう室内を見回す。

 高い天井と二方向に別れた階段と廊下、住人が少ないのか家が広いのか物音は僅かばかり。


「こんな大きい家に住んでたんだね」

「そうですよ、くん」

 脱いだ靴を彼女が揃えた時思わず鎖骨とその下が見えてしまい初心な童貞心が僕の理性を擽る。

 顔に溜まる血流を悟られないようそっぽを向くと、玲於奈がさぁさぁと背中を押してくれてソファーに座る。


 対面にももう一点同じ物があるのに敢えて彼女は隣に座ってきて、裏表のない凛とした顔で微笑んできた。


「ノートの方は大丈夫ですか?」

「うん!僕もサカモトも助かったって、アイツが今度お礼したいって言ってた」

「お礼・・・ですか。彼ともきっといいお友達になれるでしょうね」

 物腰柔らかで大人びた喋り方、同級生のはずなのにこれじゃ月と鼈だ。


「アイツはいいヤツだよ」

「そうでしょうね・・・ところで私も折り入ってお願いがあるんですが」

「?」

 玲於奈はずり下がった上着を気にせず僕の方に体を傾けるようソファーに手を置いた。

 必然、落ち着かなくなる。


「今日のお昼で気が付かれたと思いますが・・・私ってとっても恥ずかしがり屋なんです」

 胸元に手を当て改めて自己紹介。


「うん、知ってる・・・昔からだよね」

「やっと思い出してくれました?」

「いやーすっかり昔のことだったからさ、忘れてた・・・ごめんね」

「いいんです、もう数年も経ってますから」

 僕らがあの日を顧みると、懐かしい空気が漂ってきた。


♦♦♦♦


 鳳凰院れおな・・・小学生の頃この辺りの児童館でよく遊んだ子だ。

 その時は今以上にもっと髪を伸ばしておりまるで日本人形みたいに不気味がられ誰も寄り付こうとはしなかった。

 どうしてこの場にいるんだろう、残酷だが皆そう思ったに違いない。


 僕は『ロッキンパッピー焼失事件』からも分かる通りかなり活発で男女共に分け隔てなく接していた。

 だからつまらなさそうにしている彼女が放っておけなくて遊びに誘ったんだ、懐かしい。

 中々恥ずかしがって口も開かず、目元も暗いし名前も分からなかったから髪留めの藍いリボンだけが目印となりその存在を伝える材料となった。


「このゲーム面白いんだよ!」

 今も昔もゲームっ子だったから会話の切り口はこればかり、しかし彼女はやらない人間で横目で窺うことが多く、他の子に誘われたら僕はそっちに行っていた。


 でも流石に慣れてきたのか退屈になったのかある日ドッチボールに参加してくれた。

 どうしてか嬉しくなって彼女が楽しめるようサポートに徹した。

 悪ガキたちも流石に察しその子は狙わないなど優しさを見せてくれた。



 その日の帰り、帰宅時間になって自然に解散する中僅かばかりに瞳を潤ます彼女が家まで送ってほしいとお願いしてきた。

 僕も門限が迫ってたから焦ったけど、仕方なくついて行くことに。



 そこで彼女はこの家に住んでるんだってことも教えてくれたし、


 去り際に一言、



「わたし・・・ほーほーいんれおなっていうの」



 初めて名前を教えてくれた。



 それまでは勝手に貞子だと名前をつけて呼んでたけど、今考えれば誘拐の危険性もあったから教えなかったのかなって、皆が皆優しい人ばかりじゃないからね。



「れおな!またあしたもあそぼうね!」


「うん・・・るいくん・・・ばいばい」



 闇夜に反射する黒い瞳は悲壮感に満ち溢れていたんだと思う。


 当時は馬鹿だから気付かなかったけどさ。



 ・・・次の日、彼女は児童館に来なかった。



 ♦♦♦♦



「最後にお会いした日は今でも忘れていないし、ずっと心に仕舞ってました」



「習い事の都合で時間が取れなくなって、中学に上がってからも自由な時間はほとんどなくて、あの少年との時は止まったまま」

「また遊びたかった、でも約束を守れなかったのもあり嫌われていたらどうしようって不安な気持ちもいっぱいあったんです」

 玲於奈が抜け落ちていた物語を埋めてくれる。


「私って結構恐いんですよ?ルイくんが通う高校を調べて、そこに受験することを決めて・・・小中高一貫の学園を捨ててまで」

「僕のために?どうやって?」

「お母様には―――好きな人がいるからって伝えました」

「っ、そう・・・なんだ」

「もう一つ、ルイくんのお母様と私の母って実は仲良しみたいなんです」

「そうなの!?」

「ええ、幼稚園の頃にピクニックに行ったこともあるらしくて―――」

 そこまで話玲於奈は壁に掛けられた時計に目を向ける。


「もうこんな時間ですね」

「あっ!もう帰らないと!それでお願いって?」

 カバンを肩に掛けた僕は屋敷を出る前に尋ねる。



「それはですね・・・」



「うん」



「改めて―――私の遊び友達になっていただけませんか?」



 大和撫子の姫君は瑠衣の手をしっかり握りしめ、懇願する。



「・・・ぷっ、あはは!改まってどんなお願いするのかって思えば!!」



「なっ!?」


 思わず噴き出した僕に玲於奈はとても驚いたよう。



「当たり前じゃん!こちらこそよろしくね!」



 粉雪の如く触れれば溶けてしまいそうな手先を握り返す。



「笑うなんてひどい!それにこのお願いにはまだ先があるんですよ??」


「え?」


 ここまでの流れは予想できたがここから先があるのか?


「私、人見知りじゃないですか?それに実は男子もあんまり得意じゃないんです」


「うん」


「だからルイくんがよければ、克服するのを手伝ってくれませんか?」


「うん?いいよ」


「よかった!」


 玲於奈は欣喜雀躍する勢いで立ち上がるとすっかり変わってしまった背丈を再び押す。


「また困ったことがあればいつでも頼ってくださいね!私もルイくんにいっぱい頼りますから!」


 昼とは違う様子の玲於奈は大好きだった面影をまた彼に重ね合わせ、ぎゅーっと抱き締めた。


「ちょっと!?人見知りで男性苦手なんでしょ!?」

「ルイくんは別ですよ!」


 ♦♦♦♦


「それじゃあ明日ね」

「はい、お気をつけて」

 照れ臭そうに手を振りドギマギ正門に向かう瑠衣。

 その背が見えなくなるまで私も小さく手を振り続ける、これまでの思い出を馳せるかのように。



「・・・ルイージ、帰った?」



 背後から低い唸りが混じった声がする。


「ルイージじゃなくてルイくん、帰りましたよ」

「・・・」

 玄関扉を閉め切ったあとその少女は私の手を引き、誰にも見られない陰に連れ込もうとする。


「コスモ、嫉妬してるんだ」

 不敵な言い方にムッと感情的になる皇越百はこの家に居候していて、



 ドンッ



「夕飯前に、少しいい?」



「・・・いいよ」



 親友の玲於奈と誰にも言えない関係を築いている。



「今度ルイくんとデートするかも、二人っきりで」

 彼にそんな風に伝わっているのかは疑問だが玲於奈はもっとお近づきになりたいと思っているらしく、パジャマの上から肉体を弄るコスモに意地悪く囁く。


「嫉妬してくれる?」

「めっちゃする」

 普段よりも砕けた話し方、態度、関係、中学で出会った彼女は玲於奈のほとんどを知り尽くしている唯一の女子。


 男っぽいTシャツハーフパンツのコスモと女っぽいランジェリーパジャマの玲於奈。


 コスモの気持ちを転がすように玲於奈は誘い、嫉妬させ、自分に好意を向けさせる。



 あの初恋はもう手に入らないかもしれないけど、ただ親友として遊べればいい。



 だって私の人生にはもう、彼と比べられないくらい大切なピースが組み込まれたのだから。



 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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失恋の後は甘い初恋を。 佐伯春 @SAEKIHARU

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