第7話 隠し切れないデレ、積み上がる恋愛フラグ

 学校は退屈だ。



 毎朝早くに起きて勉強してお昼を食べて眠くなって6時間目はウトウトして、放課後になればクラブ活動に精を出す。

 ぼくは帰宅部だけど家に帰る前にスーパーに寄って夕食の献立を考える。

 資産に余裕はあるが出来る限り安い食料品から様々なレパートリーを増やし組み合わせるのが好きだった。

 夜は宿題と復習であっという間に10時前。

 そろそろ寝ようと布団に入ると脳裏に浮かぶのはあの日の記憶。

 気が付いたら朝になっていて朝食を準備してまた学校に行く。



 高校も、そうなると思ってた。



「あと一時間集中しろよ~」


 古典の教師が生徒達に声をかけるが皆アナタの朗読と黒板から鳴らされるチョークの音に眠気を感じてるんです。


 そんな子守唄に誘われた生徒が一人、アタシの隣にいる。


 机に突っ伏して可愛らしい寝顔をこっちに向けちゃってさ、スースー寝息なんて立ててホント無防備で笑っちゃう。


 机の距離は心の距離だから手を伸ばすのは駄目だよね。


 でも我慢できなくて教師の目を盗みシャーペンのペン尻をそーっと近づける。


 あとちょっとでぷにぷにほっぺに到達。



 ぷにゅ。



 程好い弾力に押し返され、窪んだ部分をまじまじ見つめちゃう。

 うぅんと唸って寝心地悪そうにして、起こしちゃうかな?


 今度はもう少し下を目指してみる。


 静かに静かに、



 えいっ。



 ひび割れもかさつきもないぷっくりと張った下唇に当たった。


「んんっ??」


 これ以上はホントにヤバいから、急いで手を引く。



「?・・・」



 目覚めた彼に気付かれぬよう授業に集中する素振りを見せる。


 横目でチラリと窺うと、彼はずっとこっちを見てた。


 もしかしてバレた?なんて考えずツンとした態度、とらなきゃね。



 カチカチッ



 肘をついてシャーペンの芯を出した時、ちょっぴり胸が高鳴ったのは、



 ぼくだけの秘密。



 ♦♦♦♦


「疲れた~」


 HRも終わり教室から漏れ出る溜息達。

 二日目でこれほどハードだなんて恐れ入るが月末にはテストが控えてるのだ、お小遣いアップの交渉材料を増やすために頑張らないと。


「疲れたって、瑠衣くんずっと寝てたじゃん」


 隣の柚乃は呆れたようにこちらを見る。


「一応ノートはちゃんと・・・」

 視線を落とすが目立つのは空白ばかり。


「あの姫草さん?」

「んー?見せてほしいのー?」

「(くっ)」

 柚乃はポケットから取り出した棒付きキャンディを咥えると、


「どうしようかな~」


 と愉し気に見下してきた。


「じゃあいいよ、坂本か・・・鳳凰院さんに聞くから」


「えっ」

 彼女は拍子抜けしたように目を見開くがもう遅い。

 僕はエコノミー症候群の肢体をブルブル震わせ別席にいる友人の元へ赴いた。


「・・・意地悪したわけじゃないのに」


 瑠衣の後姿を伏し目がちに睨み舐めたキャンディを噛み砕き、柚乃は帰り支度をした。


 ♦♦♦♦


「いやすまん、めっちゃ起きる努力してたわ」


 教室の真ん中にいるはずなのにどういうことか?

 坂本の話を聞くと起きてるフリをしてただけだからノートは写してないとのこと。


「マジか」

 どうしようかなと思い悩んでいると、


「瑠衣君」


 廊下側から声をかけられる。


「あっ、鳳凰院さん」

「お困りですか?」

「実は僕達、さっきの授業で寝ちゃってて」

 テレテレと頭の後ろを掻きながらヘコヘコ頭を下げる瑠衣と坂本。


「そうですか、もしよければお見せしましょうか?」

「いいんですか!?」

「ええもちろん、お友達ですもの」

 流石お嬢様というべきか、とても礼儀正しい。

 僕よりも頭一個分、坂本と同じ背丈の女子はにこやかに自分の机から新品のノートを手渡してくれた。


「あの鳳凰院さん、拙者もいいでごわすか?」

「はい、明日返していただければ―――あでも帰って復習もしたいですし」

「それならあとで、僕が家まで届けるよ」

「いいんですか?」

「うん、確か僕の家の近所に住んでるって言ってたし」

「え!!お前鳳凰院さんの家知ってるの!?いつ聞いたんだよ??」

「さっきお昼をご一緒しまして」

「マジすか」

 ガックシ項垂れる様子の坂本にうふふと笑いかける玲於奈。

 本当、仕草が一々上品だ。


「じゃあ連絡先聞いていい?」

「はい」

 手早く連絡先を交換し僕と坂本はこの教室に残ることにした。

 玲於奈の方はぐーすか寝ているコスモを叩き起こし一緒に帰るみたい。


「ではまた、ごきげんよう」


「「ごっ、ごきげんよう」」


 くるりと振り返ると腰まで伸びた竹炭色の長髪がワルツのような軌跡を描きふわっと舞う。


「「おおっ」」


 後頭部にゆったりと飾られたコバルトブルーのリボンといいすごく、すごい。



(あれ、そういえばあのリボンって―――)



「なぁなぁ」



 過ぎ去った彼女のリボンについて思い巡らせていたら、隣の坂本が小声で耳打ちしてくる。


「ウチのクラスの女子・・・というかこの学校って全体的にレベル高くね?」


 確かに、周囲を見渡しても可愛げがあり垢抜けている生徒が多かった。

 もちろん男子もそうで、爽やかでイカニモ系が勢揃いしている。


「てかお前!昼誘えよ!!」

 坂本のチョークスリーパーをするりと抜けごめんごめんと謝り、僕達は宿題を終わらすため自分の席へと戻る。



 一分前のことなんかすっかり忘れ。



 ♦♦♦♦


「いやこれはもう機械よ」


 一通り写し終えた坂本は彼女のノートを観察し戦慄を覚えていた。

 ピッシリマス目沿いに綴られた文字、見返しやすさに特化した句読点や配置、誤字脱字なんてもちろんない。

 売れば売れるんじゃないかと思うくらいに完成度の高い代物だった。

 まだ数ページしか埋まってないが、全部埋まる頃にはどんな逸品が出来上がるのだろう?


 なんて雑談をしながらサクッと終わらせる。

 時刻は5時を過ぎていて、教室にも駄弁っている女子くらいしかいない。


「僕はノート届けるから帰るけど、サカモトは?」

 ギィと軋む椅子から立ち上がり彼に確認すると、


「俺はあっちの輪に混ざります」ビシッ


 意気込んだ表情で女子だけのグループを指差す。


「うわぁ・・・(そうなんだ気を付けてね)」


「おい!本音漏れてんぞ!?てか不健全な理由じゃないから!仲良くなった友達だから!!」


「捕まらないでね(はいはい)」


「お前明日覚えてろよ!!」


 ハハッと愛想笑いで手を振って、牙剥く悪友を尻目に帰る瑠衣。


(アイツってあんな女子に飢えてたっけ?)

 中学時代はお互い男子の友達が多く馬鹿ばっかやってたから気付かなかったが、やっぱり高校生は背伸びしたいお年頃なのかもしれない。


『今からノート返しに行きます』

 ポチポチと玲於奈にメッセージを送り、ふぅっと流れで中学の頃、果ては小学校の記憶を引き出す。


 小中同じのヤツは高校だとかなりばらけてしまった。

 元々小学校は一クラスしかなく中学で離れたヤツも多いが、アイツらは元気にしているだろうか?

 吉岡と田辺はまだ花の蜜を吸い続け、木に登っているんだろうか?

 繋がりは今やネットの中だけ・・・。


(まぁ集まろうと思えば集まれるけどさ)

 やっぱりちょっと、寂しい気もする。


 ローファーの音が響く廊下、四階の教室から一階の昇降口まで下りると、ちょうど新入バスケ部員達が屯っていた。

 これから外で走るんだろうか?

 もちろんその中には先輩である高柳彰吾もいる。


(げ)

 咲穂から自分のことについて聞かされたかどうかは知らないが、あまり上級生と絡むのも嫌だしスルーしようとする。



 しかしまわりこまれてしまった。



「なぁ君、バスケやらない?」

 背の高い好青年は雄っ気をむんむんに匂わせながらこちらにやってくる。


「あの、僕急いでるんで、それにチビだし運動苦手だし・・・」

「大丈夫だって!イチから丁寧に教えるし楽しいし、何より背が伸びるぞ!」

「ホントですか!?」

「もちろん!俺だって一年前は君と同じくらいだったんだぜ!」

「(嘘言うな)」

 高二でもう186ある筋骨隆々の男が一年前は小便小僧みたいなガキ臭い体をしていたわけなかろう。

 大体僕も同じ中学だから彼のことは知っている。


「それにバスケ始めたら彼女さんも喜ぶんじゃないか?」

「彼女??」

「昨日の子、あれ彼女じゃないのか?咲穂がぶつぶつ言ってたからてっきり」

「(そう思われてたの!?じゃあ今日の飯の時マジで気まずかったんじゃ!?)」

 ハッと我に返り相手のペースに乗せられているのに気付く瑠衣。


「とにかく僕はバスケに興味ないですから!失礼します!」

 カバンの紐をしっかり掛け直し高柳の横を通り抜ける。


「やりたくなったら教えてくれよ!部員まだ募集してっから!」

 よく通る大声で最後まで優しく接されてしまった。


(これで勝ったと思うなよー!!)

 色々負けた気がした瑠衣は駆け足で玲於奈の家を目指す。



 ちょっとだけ彼のことがカッコいいと思ってしまった心を戒めながら。



 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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