9-7

 

 「俺なりに、妹にとっての兄はどうあるべきか、ずっと考えていた。

 どうすれば、君にふさわしい兄という存在になれるだろうかと。


 そしてあの夜、部屋を出ていく美桜の後ろ姿を見たとき、俺は確信した。

 兄の本質とは…旅立とうとする妹を、応援し見送る者であるべきだと。


 お節介だとは理解していたが、俺はずっと心配していた。

 君の家族のことについて色々と…だが、もう大丈夫だな、今日ここにいるのが美桜一人ではなくて、本当によかった」



 どうやらお兄ちゃんは、どこかから私たち家族の様子を眺めていたようだ。

 彼は、私の目尻に残っていた涙を、指先で拭き取る。



 「美桜、シュミレーションの結果は出た。

 君はもう、兄がいなくても大丈夫だ」



 「え?」



 その言葉の真意を確かめるように、私は、彼の漆黒の瞳を覗き込んだ。

 それは親密さを込めた眼差しで、私をみつめかえす。



 「もう君の日常の中に、兄という存在は必要ない。

 いつまでもそれが近くにいたら、自由であるべき君の足かせにしかならない。


 兄妹はいつか別れて、それぞれの人生を歩むべきだ。

 君の本当のお兄さんも、きっと俺に同意してくれる。


 これまで楽しかった、ありがとう。

 美桜、遠く離れていても、俺は…君のお兄さんは、美桜の幸せをずっと願っている」



 「でも…」



 彼は、握手をするみたいに一度私の手をとってから、そっとそれを離した。

 別れの合図だった。



 「ご両親が待っているよ、行っておいで、美桜」



 そして桜の木の陰に隠れるように、彼は一歩、私から離れた。


 言われていることは理解できる。

 確かにその通りだと思う、だけど…。



 「いつか、また会える? そのときは、私のお兄ちゃんじゃなくてもいいから」



 私の言葉に、彼は微笑むだけで、何も答えてくれなかった。


 その微笑みは、妹の私にだけ向けられる、特別なもの。

 ここに留まることは、私へ贈られた彼の真心を否定することになる。


 ぎゅっと強く目を閉じてから、彼と白い桜の木へ、私は背中を向ける。

 そのとき、後ろから声がきこえた。



 「俺はずっと、君の兄でいたかった」



 次に振りむいたとき、白い桜の木の下には、だれもいなかった。

 

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