9-6

 

 「美桜、学校行くのサボッてただろう、学校はちゃんと行くべきだ、それから、遊びにきてくれた友達は、うちの中に入れてあげなさい。


 本当はあのとき、こう言いたかったんだ。

 妹のためを思うなら、例え疎まれることになっても、はっきりと注意すべきだったのに、躊躇ってしまった。


 …どうだ、俺はけっこう口うるさいだろう?」



 「かもね」



 私たちはそろって笑った。

 でも愉快な気持ちのはずなのに、私の目からは相変わらずぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。

 すると、しばらくそんな私の様子をみつめていたお兄ちゃんは、ふいに私の肩に手をかけると、こうささやいた。



 「美桜、目をつぶって」



 「え…」



 いきなり何で? ぽかんとしたままお兄ちゃんを見ていると、その整った顔が、どんどんと私の方へ近づいてくる。

 えっえっ、と思いながらあわてて、とっさにぎゅっと目をつぶった。


 次の瞬間、あたたかなものが、そっと私の額にふれて、そして去っていく。

 たぶん、私はいま、おでこにキスされたんだと、思う…。


 カーッとおでこを中心に、顔が熱くなっていく。

 男の人に(それが、おでこであっても)キスされたのは、これが初めてだった。


 呆然と、私から離れていったお兄ちゃんの顔を見たら、彼はにっこりと笑っていた。



 「泣きやんだ、本に書いてあったとおりだ」



 「…なにが、何の本に?」



 「美桜のうちにあった、恋愛小説。

 あの本の登場人物の兄は、幼い妹が泣いていると、こうしてやるんだ。

 そうすると、いつも泣きやむと書いてあった、本当だったな」



 なんだか得意げにそんなことを言ってくるので、それ私のじゃないから読んだことないし、知らないんだけど…と言ったら、お兄ちゃんは、えっ、ってカンジの困った顔をした。


 なんなのよ、困っちゃうのはこっちの方だってば、それは母の本だよ。

 まったくどんな内容の本を読んでんだか…なんて思ったら、びっくりしたのと呆れたので、確かに私の涙は引っ込んだんだけど。


 ていうか、私は…てっきり、くちびるにしてくれるものだと…そう思ったのに。


 さっきお兄ちゃんは自分のことを、兄失格だ、なんて言っていたけれど、とっさにそんな期待をしてしまう私の方が、シュミレーションは終わったとはいえ、やはり妹失格なのだった。


 

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