9-5
「…お兄ちゃん、19歳でしょ」
「こないだ20になったんだ」
私のつっこみに、お兄ちゃんはいたずらっ子みたいな顔をして答えた。
それでやっと、詰まっていた私の息が口から吐き出せるようになった。
「待っててくれてると思って、私、…でもいなくて、」
「ああ、本当にすまなかった。
もっと早く美桜の前に顔を出したかったんだが、地元に戻った後、黙って姿を消した形になっていたから、身内から結構雷を落とされて、ちょっと忙しかったんだ。
それが落ち着いた頃、あのアパートに行ったら、美桜は引っ越した後だった。
でも、約束したからな。
ここに来たら、いつか美桜に会えるんじゃないかと思った」
「おかえりって、言ってくれる約束?」
「それもそうだが、美桜とここで桜を見ようって話しただろう」
そうか、そんな話もしたんだった。
あの夜、私たちは想像の中で、空から舞い落ちてくる、桜の花びらをみつめていた。
「だから、泣くな、美桜」
「え?」
無意識のうちに涙がこぼれていたらしい。
私を気遣うように、静かにささやいたお兄ちゃんの言葉で気がついた。
別に悲しいわけでも何でもないのに、ぽろぽろと、それまでこらえていた涙がこぼれ落ちていく。
お兄ちゃんはほっそりとした長い指をのばすと、やさしく私の頬にふれ、そっと涙をすくいとる。
泣いている私より、彼の方がよっぽど悲しそうな顔をしていた。
そして、ぽつりと、懺悔するように呟く。
「…俺は、君の兄として、失格だったな」
「そんなことないよ! それを言ったら、むしろ私が…」
「いや、俺は、本当に君の兄であったなら言うべき言葉を、飲み込んでしまったときが何度かあった。
自分の保身のために、遠慮してしまった。
シュミレーションの正確さを追求することより、俺は美桜にそれを言うことで疎まれるのを恐れたんだ」
そんなことを言われて、私は驚いた。
私から見た彼は、いつも落ち着きがあって迷いを感じさせる様子なんてなく、お兄ちゃん然としていて、そんな葛藤があったなんて気づかなかったから。
「本当は私に、何を言いたかったの?」
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