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 そしてそのことについて、別居して疎遠になっていた父に、母は相談をしたようだ。


 そこで二人の話し合いが、どんなふうに進んで、どんなことがあったのか知らないけれど、するすると流れるように物事は前進し、最終的に私と母は、父の住む実家に戻ることになったのである。


 そうして実家へ帰り、久しぶりに私の前にそろった両親の様子は、約1年前にはあんなにもピリピリして冷えきっていたというのに、そのときには夫婦らしい自然と穏やかな雰囲気に変わっていたので、男女の関係の変化ってやつは分からんもんだなー、と、当時高校生だった私は、他人事のように感心したものだ。


 結果的にお兄ちゃんのおかげと言っていいのか分からないけれど、こうしてある程度、両親の関係は修復されることになった。


 こうやって休みの日に、桜まつりに家族で出かけることになるほど両親の仲が好転するだなんて、ちょっと前の私には想像もつかないことだった。


 見上げれば、まるで雪のように、ピンク色の桜の花びらが、ひらひらと空を舞っている。


 花びらは、雪に姿を変え、あの夜のコート姿のお兄ちゃんを、私に思い出させた。


 幻想の中へ還っていった、私のお兄ちゃん。

 実体を持った彼は、どこへ行ってしまったんだろう。


 あの夜、どうやら彼は、母がうちに帰ってくるちょっと前には、もう姿を消していたらしい。

 私は何も尋ねなかったし、何も言わなかったけど、母の口ぶりから、それを推察することはできた。


 あのとき母は、私が部屋の電気をつけたまま、玄関に鍵もかけずに出かけたと思い込んでいて、後から注意をされたからだ。

 それまで他人がうちに在宅していたことにも、母はまったく気付きもしなかった。

 兄の使った食器類は、丁寧に片付けられていたし、コートやブーツなど、その他兄の私物等は一切残されていなかった。


 そんな状況を知って、私は考えた。


 待っててって言ったのに、どうして彼は部屋から出たのだろうか。

 出ていくつもりで、片付けをしていた?


 おかえりって言ってくれるって、約束したのに、最初から嘘のつもりだったの?

 やさしく微笑みかけてくれたのに。

 黙っていなくなるなんて、私のことが面倒くさくなっちゃったの?

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