8-6
踏み荒らされて汚れた雪の上に立つ私は、体の芯から凍え切ってきて、それまであった暖かさを失っていた。
かたかたと震えるかじかんだ指で、氷のように冷たい玄関扉のノブに触れ、それをゆっくりと回し、扉を開けた。
扉を一枚隔てた向こうには、現世とは切り離された、ちいさいけれど私だけの理想的な世界があったはずだった…そう、たしかにさっきまでは、そこにあった。
でも、こうして凍え切った目で見るこの部屋は、なんてことのない、私のよく知るただのボロアパートの一室だった。
どこまでも現実的で、ちょっと散らかった、私と母が暮らしている、普通の部屋。
それでも室内に一歩足を踏み入れると、しょぼいなりにもヒーターが頑張って稼働してくれているおかげで、励まし程度の暖かさが私のまわりを包んでくれた。
いつまでも外に繋がる扉を開けていては、そんな微かな暖かさでさえ、そのうち消えてしまう。
慌てて私は玄関扉を閉め、注意深く鍵もかけると、サンダルを脱いで室内に上がった。
もちろん玄関を上がってすぐの居間には、お兄ちゃんがいる。
イスに座り、テーブルで頬杖をつきながら、眠そうに目を細めてテレビ画面上に流れているグルメコーナーを見ていた。
戻ってきた私は、何も言わず、近くのイスに座って、なんとなくお兄ちゃんと同じようにテレビへ目をやった。
もちろん、番組の内容なんて、頭の中には入ってこない。
平静を装っている私の心臓は、このときバクバクと高鳴っていた。
まるで、とんでもない罪を犯してしまった、重罪人のように。
心臓は、罪悪感と背徳心の痛みで、ズキズキと脈を打つのだ。
テレビをみつめながら、私は考えた。
外で話していたあの子たちとの会話、お兄ちゃんの耳には届いてしまっていただろうか、と。
聞かれていた? 会話の一部始終を。
私が、お兄ちゃんのことを…自分の彼氏なんだと、あの子たちに言ってしまったことを。
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