7-4

 そんな無邪気な太陽マークが目に飛び込んできた瞬間、私の心臓は、ズキリと激しい痛みを伴いながら大きく鼓動した。


 昨夜の自分が口にした言葉を思い出す。



 "ここにいるあいだ、私のお兄ちゃんになって欲しいの"


 "雪が止んで、あなたが安全にここから出ていけるようになるまで"



 …私たちの『兄妹ごっこ』は、"雪が止むまで" が制限時間だったのだ。


 そして今、とっくに外の雪は止んでいて、午後からもっと晴れ間が広がっていくだろう。

 きっと私の美しい幻想は、雪と一緒に溶けてしまう。


 昨日の夜の光景を思いだした。


 重く暗い夜空の下、薄暗がりに包まれるようにして眠り姫だったお兄ちゃん。

 やがて真っ暗な天上から、お兄ちゃん以外のすべてを覆い尽くすべく、幾千の白い花びらのような雪が舞い降りてくる…。



 「雪が…もっと降ればいいのに」



 視線はテレビの方に向けながらも、ぼおっと昨夜の、幻想的な光景に意識を奪われていた私は、無意識のうちにそんなひとり言をつぶやく。


 すると、自分が話しかけられたと思ったのか、お兄ちゃんがこちらを見て、返事をしてくれた。



 「美桜は雪が好きなのか」



 無意識だった私は、そこで自分のひとり言に気がついて、内心ちょっと慌てたけど、そこはなんとか取り繕いながら、素直に思っていたことを口にする。



 「えっ、…うん、まあそうかも。

 寒いのはイヤだし、積もりすぎるのも困るけどさ、空から雪が降ってくる光景を眺めるのは、好きかな。


 ほら…真っ暗な空から、真っ白な雪が降ってくる光景って、綺麗でしょ?


 空を見上げると、不思議な感じがする。

 吸い込まれてしまいそうなほど真っ黒な暗闇から、無限に真っ白でやわらかい、ちいさなものが落ちてくるなんて。


 ふわふわと風に揺られながら、ゆっくりと、音もなく静かに落ちてくる、真っ白な、桜の花びらみたいに。


 冬なのにね、なんか春がきたみたい。

 だから、ちょっと想像してみるの。


 空から永遠に、桜の花びらが降ってくるところを」



 実際、空から永遠に雪が降り続いたのなら、私たちの『兄妹ごっこ』は、終焉を迎えることはないのかもしれない。

 そうだ、だってそもそも兄妹という関係は、何かをきっかけにして終わるようなものではないのだから。


 雪は止むことなく、どこまでも降り積もる。

 そうしていつしか、外の世界はすべて雪に包まれて、地球は白く凍りつく。

 そうなれば…この、せまくてあたたかな部屋に、きっとお兄ちゃんは留まり続けることになるだろう。


 永遠に。



 「白い桜の花びらが、夜空から永遠に舞い落ちてくる…か。

 ああ、確かにいいな」



 私の言葉を聞いて、想像してくれているんだろう。

 お兄ちゃんは静かに目を閉じると、あの眠り姫のような綺麗な顔に、そっと微笑みを浮かべる。


 それが、私にはすごくうれしかった。

 私たちは今、想像の中で、同じ光景の下に立っていられているような気がして。


 暗い夜空から、やわらかく舞い落ちる、無限の桜の花びらを見上げるお兄ちゃん。

 そのとなりで、私もまた夜空を見上げている。


 頬にふれる桜の花びらは、冷たくはない。

 でも、ふれた瞬間に、花びらは溶けて消えていく。



 「この街にはね、もっと南に行ったところに川沿いの大きな公園があって、桜の木がたくさん植えてあるんだよ。


 有名なお花見スポットでね、三月の終わりくらいになると、大きなお祭りもあるの。

 たくさん出店もあって、人もいっぱいで賑やかで…とにかくそこの桜は綺麗でさ、下を通ると、ほんと雪みたいに桜の花びらが舞うんだよ、今とは真逆の光景だね」



 なんとなく桜の話をしているうちに、私の思考の中の光景は、夜空を舞う白い雪の花びらから、春のあたたかい日和の中に舞う、ピンク色の桜吹雪へとシフトした。


 そうして背景は、春爛漫な桜吹雪へ変わったというのに、そのなかに立つお兄ちゃんは、相変わらずコート姿のままで(その服装しか私は知らないから)私に微笑みかける。



 「春の桜の花びらか、それも綺麗だ」



 桜の花びらに彩られながら微笑むお兄ちゃんの笑顔は、やっぱりとても優しくて、私は…ドキドキして痛む胸を押さえながら、勇気を出して、こう切り出してみた。

 

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