6-3

 私は勢いにまかせて、そこまで一気にまくし立てた。

 恥ずかしさのせいで、自分の顔が熱くなってたのはちゃんと感じていたから、それを吹き飛ばすためにも。


 だって、いま自分が言ったことを要約するとつまり、いいから今夜は私と同じ部屋で寝てよね! って言ってる意味なわけで…今日出会ったばかりの人に対して、私はとんでもなく大胆な誘いをしていることになる。


 しかし、それが客観的に考えてしまうと恥ずかしいような内容でも、人間、言わなくてはならないときに言うべき言葉というものが存在するのだから仕方がない。

 今この状況で、『妹』である私が言うべきセリフは、間違いなくこれだったのだから。


 若干キレぎみとも言える勢いで、そんなセリフを私から叩きつけられたお兄ちゃんの方はといえば、最初ポカンとした表情をして私を見ていたけど、次の瞬間には笑い出す。



 「美桜は、いつもそんなふうに怒ったように人へ優しくするのか、変わっているな」



 とても楽しそうに笑うお兄ちゃんを見て、言いたいことはいくつかあったけど、ムッとしたまま私は口を閉じた。

 そうやって無邪気に笑うお兄ちゃんは、実年齢の19歳よりも、もう少し幼く見えて、なんだか同い年の男の子みたいに感じてしまい、その笑顔をしばらく眺めていたいと思ったから。


 とにかくこうして私は、性懲りもなく遠慮するお兄ちゃんを説き伏せることに成功し、その夜、それほど広いとも言えない和室で布団を並べて眠ることになった。


 自分はイスに座ったまま休むから大丈夫とか言ってても、やはりお兄ちゃんはヤンキーたちとのケンカによる疲弊がかなりあったのだろう、恐縮しながらも布団の上に横になって毛布をかぶると、あっという間に、見慣れた眠り姫の姿に戻ってしまった。


 顔も洗って怪我の手当てが終わったお兄ちゃんは、外で見たときよりもいっそう肌の白さが透き通って見えて、またしても閉ざされたまぶたの、長いまつげが落とす影だとか、血の気の戻ったくちびるの、きゅっと閉じた形だとか、そういった眠り姫の姿は、彼が起きているときの、あの精悍な男の人のオーラが一掃されることで、お人形みたいに綺麗だった。


 女の私から見て、腹が立つくらいに。

 ずっとこのまま眺めていたいって、思うくらいに。


 お兄ちゃんが寝入ったのを確認してから、私もササッと簡単に着替えて、最後に和室の電気を消すと、お兄さんのとなりに並べて敷いた布団の中にもぐりこんだ。


 お兄ちゃんが眠ってしまったことで、うちの中は夜の闇の包まれ、真の静寂だけが広がっている。

 だけどこの闇と静けさは、私が一人だけで眠る前に感じるものとは、なんだか種類が違う。


 よくよく闇の中に耳をすませてみると、となりから微かに眠り姫の呼吸音が聞こえてくる。

 吐息の、あたたかい音が。


 何の明かりもなくなった暗い部屋の中で、お兄ちゃんの隣の布団でころがっている私は、うとうとしながらも、彼の寝顔を見ながら考えた。


 お兄ちゃんが自分の横で眠っているっていうシチュエーションは、もっと居心地の悪さを感じたり、不快感とかがあったりするのかと思ってたけど、特にそんなこともなかったな…。


 同性である母親でさえ、となりで寝ているときにはちょっと気をつかうというか、多少緊張するような感覚があるのに、眠り姫と化したお兄ちゃんには、まったくそういう感じがしない。


 本当に不思議なことに私は、『お兄ちゃん』の存在を、もう当たり前のように受け入れられているみたいだった。

 まるで昔から当然にこうしていたかのように。


 目を閉じながら、私は暗闇のなかに耳をすませる。

 お兄ちゃんが呼吸する音のほかに、雪の降る音が聞こえたりしないかなって思って。


 雪が積もりはじめたせいなんだろうか、今夜の闇は、いつもよりも白く明るい気がする。

 

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