6-2
まったく…本当に、やんちゃなお兄ちゃんですこと。
(ここまで来ると、やんちゃという言葉で片付けていいものか分からないけど)
そんなわけで、血や泥で汚れた顔や手を洗い、ついでに歯もみがいて(交換用として買っておいた、私の新しい歯ブラシを1本あげたんだ。ピンク色の柄の歯ブラシを使って、真面目な顔して歯をみがいているお兄ちゃんを見てると、ちょっとかわいくて吹き出しそうになった)スッキリした表情のお兄ちゃんを、また居間のテーブルの前のイスに座らせると、次に私はその傷だらけの手を消毒して、さらには絆創膏まみれにしてやった。
うさぎちゃんのかわいい絵がプリントがされている絆創膏がべたべた貼られた自分の手を眺めながら、これくらいの傷そのうち治るのに大げさだ…と言って、お兄ちゃんは渋い顔をしていたけど、私は華麗に無視した。
(でもそんなこと言ってもお兄ちゃんは、私チョイスのかわいい絆創膏をはがしたりなんかせず、きちんと手に貼ったままにしてくれてたけどね)
そうこうしているうちに、もう時刻は深夜1時になっていて、さすがに少々眠気から頭が重くなってきた私が思わずあくびをすると、お兄ちゃんがすかさずこう尋ねてきた。
「美桜、眠いだろう。
もう遅いから、眠ったほうがいい」
「うん…」
いや、それはそうなんだけど、確かにお兄ちゃんの言うとおりなんだけどさ、だけど…そうは言っても、どうやって寝ればいいんだろ。
私はさっきから、そのことについて考えていた。
うちの部屋は、玄関入ってすぐの居間の他には、隣に続いている和室しかないのだった。
私と母は、その和室でいつも布団を並べて一緒に寝ていた。
(とは言っても、母は外出続きだったので、一緒に寝ることなんてほとんどなくて、実質私のひとり部屋と化していたわけなんだけど)
だからまあ、布団は二人分あることはあるんだけど、まさかお兄ちゃんとはいえ、今日出会ったばかりの人と…ていうか若い男性と、布団を並べて眠るってのはどうなんだろうか。
別にいまさらお兄ちゃんのことを、警戒なんかしてないし(武闘派ではあるものの、私に対しては律儀で紳士的なこのひとが、私みたいな小娘に何かするとは思っていない)変に意識してるわけでもないんだけど、相手がどう感じるかっていうか、どうすることが正解なのか、私には即座に決断することができなかった。
すると、私のそんなためらいを感じとったのか、あるいはお兄ちゃんもお兄ちゃんで考えていたのか、さらりとこんなことを言われた。
「美桜はいつも、奥の部屋で眠っているんだろう、俺のことは気にせずに、いつも通りにゆっくり休むといい。
俺はここにいるから」
「ここ? ここって、こんなとこで今夜は寝るっていうの? どうやって?」
テーブル前のイスに座りながら、涼しい顔でそんなことを提案するお兄ちゃんに驚いて、私はすぐに言い返した。
いま私たちがいる居間は、すぐ後ろには台所があるし、部屋のスペースのほとんどを占領しているこのテーブルやイスはいわゆる食卓用で落ち着くような作りでもなく、さらに横はトイレや洗面所にお風呂と、水物系の場所に隣接している、まったく人が休むのに適している部屋じゃない。
こんな狭いとこに布団を敷けるようなスペースももちろんない、そもそもここは玄関と繋がっているからヒーターがついていても、けっこう寒い、ただでさえ床は板張りで冷たいっていうのに。
それに、今夜は雪が降っている。
寒さだって、いつもとは別格なんだから。
「このイスを借りることができれば、問題ない」
「はあ? まさか、このままイスに座って一晩過ごすっていうの?
雪が降っているこの夜に? 怪我人のお兄ちゃんが?」
なんでここにきて、また他人行儀に遠慮するようなこと言うんだろう。
イライラする気持ちがどうしても口調に出てきてしまって、荒っぽい声でそうお兄ちゃんに返してしまっても、それでも、そっとやさしく微笑んで眠り姫は言うんだ。
「ここは充分にあたたかい。
美桜にみつけてもらうことなく、あのまま外にいた場合に比べれば、楽園のようにあたたかい」
思わず、手で自分のこめかみを押さえてしまう。
…ああ、まったくもう!
これはたぶん私だけじゃないと思うんだけど、どうしてだろう、人間ってやつは相手から言ってきたら絶対断ってしまいそうなことでも、謙虚にむこうから先にそれを遠慮してきた場合、なんかカッとなってこっちの方から、やれよ!って、勧めてしまうんだよね。
「あのね、お兄ちゃん、ここは人間が休むために用意されている場所じゃないの、このテーブルやイスも、寝るためにあるわけじゃないの、ごはんを作って食べるときのため用なの。
ここの部屋はね、トイレやお風呂にいくときの通り道でもあるから、こんなとこでお兄ちゃんに休まれちゃあ、夜中に私がトイレにでも行きたくなったとき、じゃまなの。
わかった? ここでお兄ちゃんに休まれたら、私がイヤなんだよ。
わかったなら、奥の部屋にお兄ちゃんの分の布団も敷くから、さっさとそこで横になって。
いい? わかったよね、お・兄・ちゃん! 」
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