5-8

 

 「あの、もしかして、うどん…あんまり好きじゃなかった?」



 内心では妙に緊張しながら、そんな質問をしてることはバッチリ隠して、なんでもないことのようにさらりと、私はそう尋ねてみた。


 どんな答えが返ってくるかとドキドキしてたんだけど、相変わらずただジッとうどんを見つめるお兄ちゃんは、ぽつりとこんな返事をした。

 まるでため息をつくときのように、ささやくみたいにして。



 「いや、なんだかもったいないな、と思って…」



 「え? もったいない?」



 もったいないって…なにそれ、思ってもいなかった答えが返ってきたものだから、なんだか気が抜けた私はポカンとしてしまって、バカみたいにお兄ちゃんの言葉をオウム返ししたら、やっとお兄ちゃんが、どんぶりの中のうどんから私の方へと視線を変えた。

 私を見るその顔は、なんだか戸惑っているような…いや、判別が微妙に難しいけど、どうやら照れているらしかった、…ええ?



 「誰かに作ってもらった…手作りの料理を食べるのが、久しぶりだから。

 すごく、もったいない…食べるのが」



 「あー…いや、だけど、食べ物はやっぱり食べるためにあるから、冷めないうちに食べてよ、お腹すいてるんでしょ? …そんなの、いつでもいくらだって作れるんだからさ」



 「…うん、ありがとう美桜」



 自然と顔がニマニマとにやけてきてしまうのを我慢しながらしゃべったら、口調がどことなくぶっきらぼうになってしまった。

 …変なやつだって、思われなかったかな?


 だけど、そんな私のおかしな態度を気にすることはまったくなく、お兄ちゃんはしみじみとお礼を言ってくれてから、やっとうどんを食べ始めてくれた。

 そして、食べ始めるとあっという間にうどんはどんぶりの中から消滅していったのだった、汁まで一滴も残らず。


 すごく気持ちのいい食いっぷりで、うどんをすするお兄ちゃんの姿を、私はテーブルの向こう側から、思わず見入ってしまった。

 その光景は、いつまで見てても飽きない気がした、どんな名作映画や人気ドラマよりも私の注意や関心を惹きつけて離さないくらいに。

 でもそれって、なんでだろう? ただお兄ちゃんがうどん食べているだけなのに。


 不思議だなって思っていたけど、ちょうどお兄ちゃんが完食しそうになった頃に、やっと気がついた。

 私が作った食事を、誰かに食べてもらうのが初めてだからだ、…しかもこんなに美味しそうに、そして嬉しそうにしてもらいながら食べてもらうのが。


 これまで、そこそこ料理はしてきたけど、それはただ自分の空腹を満たすためだけが目的で、普通においしくてお腹がいっぱいになればそれでいいっていう、生活をしていく上で必要だからやっているだけの行為に過ぎなかった。


 だけどこうして、誰かのために…お兄ちゃんのために料理を作って、そして目の前で食べてもらう…それは、これが初めてなんだ。


 私が作ったものが、別のひとに食べられて、やがてそのひとの力になる。

 …あらためて想像してみると、なんか変なかんじ。



 「美味しかった、ありがとう美桜」



 「いえ、どういたしまして…」



 空っぽになったどんぶりの横に、丁寧にお箸を置いて、お兄ちゃんは本当に満足そうな声色でお礼を言ってくれる。

 それなのに…しまった、またしても私は可愛げのない返事をしてしまった…。


 こういうとき、妹が兄に対して答える模範的な返事って、どんななんだろう?

 もっと可愛く甘えるみたいに返事したらいい? それとも、本当の兄妹ならもっとツンツンしてるものなのかな?


 始まったばかりの『お兄ちゃんシミュレーション』に、ああでもないこうでもないと試行錯誤して悩みながらも、私はそれを楽しんでいる。


 兄妹ふたりで過ごす初めての夜は、まだ始まったばかりだ。

 私とお兄ちゃん、ふたりだけがいるあたたかなこの部屋を、音もなく降り積もる雪は、現実から切り離してくれている。


 雪はまだ降りやむことは、なさそうだった。

 

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