5-5
手ぶらになった私は、やけに空虚を感じる手をぶら下げて、そのままとぼとぼと、お兄ちゃんの待つ居間へ戻り、さっきまで自分が座っていたイスにすとんと腰を下ろした。
部屋の中が、やけに静かに感じる。
今までそこらにあった兄の持ち物がなくなっただけで、部屋全体の質量がいくらか軽くなった気さえした。
バカみたいだ。
無意識にキョロキョロとあたりを見渡し、それから視線をなんとなくテーブルへ向けると、さっき箱から取り出した、5粒のトリュフチョコレートがポツンと、ころがっているのが目に入った。
「チョコ…食べよっか」
おもむろに3粒取って、それをお兄ちゃんのテーブルの前に置く。
「ありがとう」
相変わらず丁寧に、お兄ちゃんは私にお礼を言う。
だけど、自分の前に置かれたチョコレートを1粒手に取ると、それを正面にいる私のところへ戻した。
あれ、いらないの?
もしかしてチョコレート、好きじゃない?
そんなことを考えて、私はお兄ちゃんを見た。
だけどお兄ちゃんは、自分の前に置かれている残った2粒のチョコレートの包装をはがして、まさに今食べようとしているところだった。
「美桜が3個食べるといい」
どうやらチョコレートの数が奇数だから、多い分を私に譲ってくれようとしているみたい。
「え、いいよ」
いまさら遠慮なんかしないでほしい、いま私たちは兄妹で、家族なんだから。
これから行われるのは、精密な『お兄ちゃんシミュレーション』なんでしょう?
なら今さら、他人行儀にしなくていいって。
そう私が口に出そうとしたとき、先にお兄ちゃんはこう言った。
「お菓子は、妹のほうが多く食べるべきなんだ。
俺は、お兄ちゃんだからな」
自分の分の2粒のチョコレートを食べながら、親密さの含まれた瞳で私をみつめ、どこか楽しそうに話すお兄ちゃんを見て、私は思った。
このひと…ただノリがいいだけじゃなく、私のお兄ちゃん役、楽しんでやがる…と。
妙にうきうきしたカンジでそんなことを言っているお兄ちゃんに、何か言い返すことをあきらめた私もチョコレートをもぐもぐ食べながら、ふいに気になったことをきいてみることにした。
少し気持ちが落ち着いて、いまの摩訶不思議な状況に空気がなじんできたら、お兄ちゃんについて、自分はいろいろと質問しなくちゃいけないことがあるって、気づけたからだ。
「そういえばお兄ちゃんって、もうごはん食べたの?」
ちらりと壁にかかっている時計に目をやると、22時が終わろうとしているところだった。
私のバイトが終わったのは21時すぎ、それからこのアパートに戻ってきて、駐輪場で眠り姫をやってるお兄ちゃんをみつけた。
このひとは、いつからあの冷たい駐輪場にいたんだろうか?
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