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 そこから私は、残っていたトリュフチョコを取り出した美しい空き箱の中へ、部屋中に散らばる兄の遺品をしまっていった。


 食器棚だけじゃなく、寝室の衣装タンスの上にも、いくつもの兄の写真の他、愛用のおもちゃたちが(小さいねずみのぬいぐるみや、ガラガラなど)ひと通り置いてあったので、そこにあるものをすべて回収し、あとはあちこちに点在している残った品々をどんどん集めていった。


 こうしてあらためて見ていくと、兄の遺品アイテムは多種多様だ。


 私と母が日常で使うものと一緒に食器棚にしまわれていた、幼児用の食器、プラスチックのスプーン、哺乳瓶。

 衣装ケースの中にある、赤ちゃん用の洋服、よだれかけ、かわいい動物の絵がプリントされている兄のためのタオル。


 室内を行ったり来たりして、そんなものを回収していく私を手伝おうと、ずっとイスに座っていたお兄ちゃんも立ち上がって歩き出そうとしたんだけど、そこは足を負傷しているせいで、やっぱり生まれたばかりの子鹿さんみたいに頼りなく、動きがフラフラしている、いいから座って待っててすぐ終わるから、と私が制止すると、すまないって言いながらやっとイスに戻ってくれた。


 そこにいてくれるだけでいいのに、なんだかんだ気をつかってくれる人だ。

 私が、一応は命の恩人だからだろうか?

 それとも、これも『お兄ちゃんシミュレーション』の一環だから?


 こうして私の知る限り、この部屋の中にあるすべての兄の遺品が、この綺麗なチョコレートの空き箱に収納された。


 集めてみると兄の遺品は、多いようで少ないような気もした。

 私の兄という人が、生きてこの世にいたのだという証が、すべてこの箱の中にまとめられている。


 丁寧にそれらを詰めて、そっと箱のふたを閉めると、深海の底に沈んでいく古い旅客船のように、兄の存在は静かに眠りについていく。

 ここにいる私たち以外の誰にも知られることなく、閉ざされた闇の中へと。


 そして閉ざされたチョコレート箱から顔を上げると、そこはもう、私が体感したことのない世界へと変化していた。


 なんだか不思議な感覚がした。

 私の周囲に兄にまつわる品々が置かれていない状況なんて、生まれて初めてだったから。


 まるで、井戸の中から出てきて、初めてどこまでも広がる外の世界を見たカエルみたいに、なんかポカンとした、どこかぼんやりした心持ちで、閉まっている箱をなんとなく眺めていると、お兄ちゃんに声をかけられた。



 「さあ、その箱もしまってしまおう。

 君の視界に入ることのないよう、どこか奥深く、完全に閉じてしまえるような場所に」



 お兄ちゃんがそう言うので、私は、チョコレートの箱を両手で持つと、いま私たちのいる部屋の隣にある、寝室として使っている和室の押し入れにそれをしまうことにした。


 持ち上げたチョコレート箱は、思ったより重くなかった。

 軽くもなかったけど。


 かつての、兄が眠る棺もこれくらいの重さだったのだろうか?


 今は使っていない不用品が詰まっているダンボール、それらがいくつも押し入れの中には置かれている。

 その積まれたダンボールたち、一番奥の隙間と隙間の暗闇のあいだに、死んだ兄の思い出がつまったチョコレートの箱を静かに置いて、私は押し入れのふすまを完全に閉めた。

 

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