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 そんなカンジで、私が自分の兄に対するざっくりとした説明をしている間、彼は相変わらずマグカップに両手をそえたまま、目を閉じて、静かに話を聞いてくれていた。


 目を閉じてしまうと、室内の蛍光灯の下でもやはり彼の長いまつげは、美しい形をした影を白い肌の上に落とし、さっきまでの眠り姫のような儚げな雰囲気を取り戻す。


 だけど私の話がおおむね終わると、またぱっちりと目を開けて、その涼やかにキリッとしたまなざしで私を見るのだった。



 「やろう」



 そして、迷うことなくスパッとこう言い切った。



 「えっ、いいの?」



 自分からお願いしたくせに、やろう、とはっきり言い切られた私は、ちょっと戸惑ってしまう。

 マジでぜんぜん断ってくれてもいいと思っていたから。


 やっぱり初対面の人にむかって「私のお兄ちゃんになって欲しい」なんて頼むのはおかしいわ、…と、ひととおり話したあとで妙にクールダウンした私は、冷静に痛感したところだったのだ、今さらだけど。



 「もちろんだ、それで君が俺にしてくれた親切に対して、報いることができるのであれば」



 彼はすごく真面目な顔をして、真摯で、それでいて親密さを込めた瞳で、正面に座る私のことをじっとみつめていた。


 それで私は、気まぐれな思いつきで提案した私のお願いが、本当にこれから実行されることを実感して、なんだか一気に恥ずかしくなり、自分の顔がカーッと熱くなっていくのを感じた。



 「さっそく君の言う、兄妹ごっこのシュミレーションを開始しよう。

 それにはまず、ルール設定からだな」



 「ルール設定?」



 カッカとしていた私の頭は、さくさくと話を進めていこうとする彼の言葉に、ちょっと落ち着きを取り戻した。


 ていうかさ、なんかこのひと、思った以上にノリノリじゃない?

 クールそうな見た目をしてるくせに、なんかノリが良すぎませんか?

 

  

 「こういうのは最初の打ち合わせが肝心だ。

 確実なシュミレーションを遂行するならば、リアリティを追求しなければ。


 俺も、兄という存在をもっていない。

 従って、俺には『兄』というものの正解がわからない。


 君の『兄役』をするにあたって、どのように振るまえばベストを尽くすことができるか、始めるまえに、その辺りはきちんと設定したほうがいい」



 「はあ」



 やっぱりこのひと、真面目か。

 なんか私よりも、やる気に満ちあふれてない?



 「美桜」



 そんなことを考えていたら、いきなり彼に名前を呼ばれてビクッとなる。

 思えばこのとき、はじめて彼に名前を呼ばれたんだ。


 こちらをまっすぐみつめてくるイケメンに、下の名前を呼び捨てにされて、私の心拍数は一気に急上昇した。

 女の子のクラスメイトにだって、下の名前を呼び捨てにされることなんてないのに、まして男の子から…しかもこんなイケメンから名前を呼ばれるのは、人生初のことだったから。


 ドキドキしてることがバレたら恥ずかしかったので、それを隠すため、私は眉間にグッと力を寄せて、無言で彼を見返した。

 だけど、そんな私のリアクションを、彼はよからぬものとして受け止めてしまったみたいだった。



 「…すまない、こんな呼び方をしたら駄目だっただろうか。

 兄というものは、妹の名前を、そのままストレートに呼ぶものだと思ったから」



 そう言って、彼は困ったように、なんかシュンとしてしまった。

 おいおい、そんなふうに伏し目がちでうつむかないでよ、そういうことすると子猫ゲージが上昇して、かわいく見えちゃうから。



 「ううん、ごめん、いいよ呼び捨てで。

 私もそう思う、世の中のお兄ちゃんは妹を呼び捨てにするもんだと、私も思うよ。

 今のはごめん、ちょっと慣れなくて、びっくりしちゃっただけ」



 子猫モードの彼をあわててフォローすると、目を伏せていた彼が、その視線をまたこちらへと向けた。

 そして真面目な顔で、こんな発言をした。



 「お兄ちゃん」


 

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