5
そんなカンジで、私が自分の兄に対するざっくりとした説明をしている間、彼は相変わらずマグカップに両手をそえたまま、目を閉じて、静かに話を聞いてくれていた。
目を閉じてしまうと、室内の蛍光灯の下でもやはり彼の長いまつげは、美しい形をした影を白い肌の上に落とし、さっきまでの眠り姫のような儚げな雰囲気を取り戻す。
だけど私の話がおおむね終わると、またぱっちりと目を開けて、その涼やかにキリッとしたまなざしで私を見るのだった。
「やろう」
そして、迷うことなくスパッとこう言い切った。
「えっ、いいの?」
自分からお願いしたくせに、やろう、とはっきり言い切られた私は、ちょっと戸惑ってしまう。
マジでぜんぜん断ってくれてもいいと思っていたから。
やっぱり初対面の人にむかって「私のお兄ちゃんになって欲しい」なんて頼むのはおかしいわ、…と、ひととおり話したあとで妙にクールダウンした私は、冷静に痛感したところだったのだ、今さらだけど。
「もちろんだ、それで君が俺にしてくれた親切に対して、報いることができるのであれば」
彼はすごく真面目な顔をして、真摯で、それでいて親密さを込めた瞳で、正面に座る私のことをじっとみつめていた。
それで私は、気まぐれな思いつきで提案した私のお願いが、本当にこれから実行されることを実感して、なんだか一気に恥ずかしくなり、自分の顔がカーッと熱くなっていくのを感じた。
「さっそく君の言う、兄妹ごっこのシュミレーションを開始しよう。
それにはまず、ルール設定からだな」
「ルール設定?」
カッカとしていた私の頭は、さくさくと話を進めていこうとする彼の言葉に、ちょっと落ち着きを取り戻した。
ていうかさ、なんかこのひと、思った以上にノリノリじゃない?
クールそうな見た目をしてるくせに、なんかノリが良すぎませんか?
「こういうのは最初の打ち合わせが肝心だ。
確実なシュミレーションを遂行するならば、リアリティを追求しなければ。
俺も、兄という存在をもっていない。
従って、俺には『兄』というものの正解がわからない。
君の『兄役』をするにあたって、どのように振るまえばベストを尽くすことができるか、始めるまえに、その辺りはきちんと設定したほうがいい」
「はあ」
やっぱりこのひと、真面目か。
なんか私よりも、やる気に満ちあふれてない?
「美桜」
そんなことを考えていたら、いきなり彼に名前を呼ばれてビクッとなる。
思えばこのとき、はじめて彼に名前を呼ばれたんだ。
こちらをまっすぐみつめてくるイケメンに、下の名前を呼び捨てにされて、私の心拍数は一気に急上昇した。
女の子のクラスメイトにだって、下の名前を呼び捨てにされることなんてないのに、まして男の子から…しかもこんなイケメンから名前を呼ばれるのは、人生初のことだったから。
ドキドキしてることがバレたら恥ずかしかったので、それを隠すため、私は眉間にグッと力を寄せて、無言で彼を見返した。
だけど、そんな私のリアクションを、彼はよからぬものとして受け止めてしまったみたいだった。
「…すまない、こんな呼び方をしたら駄目だっただろうか。
兄というものは、妹の名前を、そのままストレートに呼ぶものだと思ったから」
そう言って、彼は困ったように、なんかシュンとしてしまった。
おいおい、そんなふうに伏し目がちでうつむかないでよ、そういうことすると子猫ゲージが上昇して、かわいく見えちゃうから。
「ううん、ごめん、いいよ呼び捨てで。
私もそう思う、世の中のお兄ちゃんは妹を呼び捨てにするもんだと、私も思うよ。
今のはごめん、ちょっと慣れなくて、びっくりしちゃっただけ」
子猫モードの彼をあわててフォローすると、目を伏せていた彼が、その視線をまたこちらへと向けた。
そして真面目な顔で、こんな発言をした。
「お兄ちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます