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私は特別お母さん大好きってわけでもなかったし、口で言うほど母のことをものすごく心配してもいなかった。
母も、もとから娘である私にはたいしてさほど興味がなかったし、別に私が父と一緒に実家に残ることを選んだとしても、父ほどがっかりはしなかっただろう。
私と母はお互いに、それほどお互いを必要としていなかった。
むしろ父の方が、私にそばにいて欲しいような印象があったし、実際父と暮らした方が、私も気が休まっただろう、それに経済的にももっと楽だったはずだ。
(とは言っても、このアパートの家賃やら生活費を工面してくれたのは、父なんだけど)
それでも、このアパート暮らしには、私にとって大きなメリットがあった。
私がもっとも欲しかったものが、ここにはあったから。
私が一番欲しかったもの…それは、ひとりだけの自由な時間だった。
父と別居することになってから、母は外出が多くなった。
贅沢はできない暮らしだけど、父のおかげでお金に悩む必要はなかったので、別居したとたんに母は、自分の趣味に本格的に没頭するようになったからだ。
で、その母の趣味というのが、自分と同じように子供を失った者同士が集まって、その傷を慰め合う集会に参加することだった。
それが心療内科的な集まりだったのか、はたまた何かのNPO団体なんだか、あるいは宗教だったのか、そんな母の活動にまったく興味のなかった私には詳しいことは分からない。
とにかく母は俄然イキイキしはじめ、私と暮らすアパートに帰ってくることが少なくなった。
活動を通して友達もたくさんできたし、自分の行いにやりがいを感じるんだそうだ。
さらには機嫌がよかったときに母がこぼした言葉から察するに、どうやらボーイフレンドもできたらしい。
にっこりと笑顔を見せる母に、私も微笑んで返した。
よっぱど自分と似たような仲間たちと過ごすのが楽しいのだろう、それは何より。
そんなわけで、なんかの活動が充実している母が滅多に帰ってこなくなったアパートは、ほぼ私の一人暮らし状態になった。
ひとりぼっちのアパートの部屋の中で、こういう生活も悪くないよね、と、相変わらず無邪気に笑い続けている赤ちゃんの兄の写真に、私はつぶやいてみた。
自分の好きなときに、好きなことをする。
好きなものを食べて、好きなテレビを見て、好きなときに眠る。
誰の愚痴も聞かなくていい、言い合いをする感情じみた絶叫を聞くこともない。
相変わらず私の生活の周りには兄の存在があったけれど、静かになった空間にひとりきりで暮らす日々は、想像以上にサイコーだった。
だけど、そんな素晴らしい日々にも落とし穴があったりする。
あまりにも自由になりすぎて、私の生活が不規則になり、自堕落になりはじめたのだ。
これは本当に私が悪いんだけど、ありがちなことに、これといった意味もなく学校を休みがちになってしまった。
朝起きると学校に行くのが、ものすごく面倒くさくなってしまって二度寝をしてしまう、あーあ、またやっちゃった、まあいいや、明日はちゃんと学校へ行こっと、そう思って昼まで寝て、だらだらと一日が過ぎ、そして結局は次の日も…みたいな日々を続けていた。
せっかくバカみたいに必死こいて勉強して入った高校だっていうのに、いわゆる受験終了後の燃え尽き症候群もあったのか、私は学校に対する興味や情熱をきれいさっぱり失っていた。
高校の卒業資格は欲しいとは思うけど、実際に通ってみた高校というところは、やっぱり退屈極まりない場所だったから、どうしても足が向きにくかったのだ。
でも学校へ通うことが億劫になってしまった一番の原因は、別にある。
それは、自分ではどうすることもできない感覚のせいだ。
どうしても私は、学校の教室の中にいる自分という存在に違和感を持ってしまうのだ、あの独特の感覚に。
同い年のクラスメイトがあつまる、賑やかな教室の中にいると、私は自分が、どうしようもなく異端な存在であることを、いつも実感した。
まるで羊の群れの中に、何かの間違いで紛れ込んでしまった、間抜けなカピバラみたいに、そこにいると、自分と周囲との本質的なものすごい異質感を悟ってしまい、そわそわと落ち着かない気持ちになる。
そして、ここからさっさと出ていきたい衝動に駆られてしまうのだ。
とは言うものの、そんな私の内心の違和感を、クラスメイトたちは知らない。
本当はカピバラな私だけど、羊の群れの中にいる間は、きちんと羊のふりをして、羊らしく過ごすことができたから。
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