3-2

 テーブルの上の、カラになったコンビニ弁当のパッケージごみの横で、頬杖をつきながら私はしばらくの間、取りとめもなく考えを巡らせていたんだけど、そんなときようやく、眠り姫の体が微かに動いた。


 ぴくりと動いた右手は、何かを探るように動いた後、倒れている自分の体を起こすために、ようやく床へと向けられた。

 そして彼はゆっくりと上半身だけを起こして、玄関前の冷たい床の上から、部屋の中央にあるテーブルの前に座っている私を見た。


 私たちは、そのまま黙って見つめあう。


 それまで閉じられていたまぶたが、やっと開いて、ここで私は初めて、目を開けた彼の顔を正面から見ることになった。


 切れ長で、やや鋭く感じられる目の形。

 私に向けられる瞳の、闇のように黒々とした色。


 目を閉じて、眠り姫モードになっていたときの彼は、白い肌に落とす長いまつげの影がそう思わせたのか、ホントどっかのお姫様みたく弱々しく儚げな印象があったけど、いま私の目の前にいる彼は、その瞳の奥に強い意志が感じられる、しっかりとした力強い男性だった。


 寝顔だけを見て、か弱い子猫を拾ってきたつもりでいたのに、起きてきたらその正体は、虎だった…みたいな、予想外の現実を見せつけられた気持ちに私は勝手になってしまい、少しこの状況に後悔した。

 私を見る彼の目つきが、あまりにも凛々しかったので、ちょっと怖くなっちゃったんだ。


 顔や態度には出さないようにしていたけど、目覚めた彼と対峙した私は、けっこうドキドキビクビクしていた。


 そんな私の気持ちを知るはずもない彼は、やはり足が痛むのかそのまま立ち上がることはなく、相変わらず上半身だけを起こした状態で、じっと私を見ながら、そっと声をかけてきた。



 「ここは…君のうちなのか」



 疲れがにじんだ、少しかすれた声だった。

 落ち着きのあるその声の響きに、内心ビクついていた私は、少し冷静になれた。



 「そう、私のうち」



 「…すまなかった、ありがとう」



 これだけの会話である程度のことを察したのか、彼は目を伏せると、そのままうつむいた。

 …ちょっと、やだ、やめてよ、その仕草かわいそうに思えちゃうじゃん。

 私の中での彼の印象が、また、虎側から子猫側にちょっぴり偏る。



 「…お茶、飲む?」


 

 「…いいのか?」



 「立てる? こっちに来なよ、お茶いれてあげるから」



 そこでやっと彼は、それまで履いていた汚れのついたブーツを脱いで(きちんと彼はそれをそろえて玄関の端の方に置いた)本格的に室内へと上がってきた。

 壁に手をつき、よろよろしていたけど、ゆっくりと自分の足でテーブルまでやってきた彼に、私はイスに座るようにうながした。


 生まれたばかりの子鹿さんのようなスローリーな動きの彼が、やっと指定されたイスに座るころには、私はもう彼の分のお茶を用意し終わっていて、熱々の緑茶がはいったマグカップをその前に置いてあげた。


 丁寧にお礼を言ってくれたあとで、彼は私の差しだしたマグカップを、すぐには飲もうとはせず、大事な宝物を抱えるみたいに、両手で包みこむように触れたまま、しばらくジッとしていた。


 さっき外でつかんだとき彼の手は、死人のように冷たかったから、まずは暖をとりたいのだろう。

 テーブルをはさんで正面の席に座っている私は、そんな彼の様子をただ何となく眺めていた。


 しばらくして手も温まったのか、ひとくちお茶に口をつけてから、彼はつぶやいた。



 「迷惑をかけて、本当にすまない。

 これを飲んだら、ここから出ていくから、少しだけ待ってほしい」



 「えっ」



 礼儀正しく、私に対し、一貫して穏やかな対応をする彼に、その頃にはもう、すっかり警戒心なんて持たなくなっていた私は、本当に申し訳なさそうな声でそう言いだした彼にびっくりして、すぐにこう言い返した。



 「いいよ、今夜はここにいても。

 だって、外はめっちゃ雪が降ってるんだよ、明日まで止まないんだって、けっこう積もる予定なんだから。

 もう夜も遅いし、そんな足で外に出たら死んじゃうよ、そうなったら私も気分悪いし」



 「だが…」



 一気にそう私がまくし立てるのを聞いても、彼は相変わらず申し訳なさそうに言葉をにごす。



 「もうすぐ君の家族が帰ってくるだろう?

 俺なんかがいたら、驚かせてしまうし迷惑だと思う」


 

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