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 映画なんかでよく見るように、銃で撃たれてしまった仲間を助けにきた兵士のような気分で、私にもたれかかる彼の重い体を支えながら、左手で自分の通学カバンの中をごそごそあさって、うちの部屋の鍵を探りだし、なんとか玄関の扉を開け、弾丸のように激しく雪が降る世界から、二人そろって飛び込むように室内に入った。


 すぐに玄関扉を閉めて、外の雪の世界から切り離されるとまさに、激しい銃撃が行われている戦場から安全地帯に逃げ込んできたみたいな、妙にホッとした気持ちになったものだった。

 そんな気持ちは私だけじゃなくて彼もそうだったのか、実際、そのまま彼は室内に入ったのと同時に、負傷兵が崩れ落ちるみたいに、ばったりとその場に倒れてしまった。


 それで、肩を貸していた私も、引きずられるようにして、一緒に床へ倒れ込んだ。


 雪が降る外に比べればマシだけど、ずっと無人だったうちの中は、どこまでも冷えきっていて寒く、おまけに電気をつけていないので、暗い。


 そんな中で私は、見ず知らずの男の子と、これまでにないほどの至近距離で、抱き合っているとも言えるくらいの密着度のまま、床の上で倒れている。


 板張りの床はひんやりとしているはずなのに、いつもの冷たさは感じなかった。


 積雪予報にそなえて、私はダウンコートを着込んでいたから、というのもあったけど、せまい玄関前の短い廊下で、彼と密着してふれあい、また眠り姫に戻ってしまった彼の綺麗な顔を、キスができるくらいの距離からみつめていると、むしろ顔がカッカと熱くなってくるくらいだ。


 だけど、私の頭はわりに冷静だった。

 こういう非常時にあっては、他人から「あんたって、いつも冷めててノリが悪いよね」なんて言われる自分の性格も役に立つものだ。


 しばらくの間、眠り姫の美しく整った顔の端々までをじっくり堪能させてもらってから、昏睡モードの彼を踏まないように気をつけて立ち上がり、まず部屋の明かりとヒーターをつけた。


 うちは玄関を入るとすぐに、台所があったので(そこは8帖ほどのリビングルーム…っていうかメイン部屋だね、うちはあと寝室とここと、2部屋しかないから)眠り姫はその場に放置したまま、手を洗い、部屋の中央にあるテーブルの上に買ってきたコンビニ弁当を置いた。


 それから温かいお茶をいれる。

 いちおう眠り姫にも、お茶が欲しいか声をかけてみたけれど、彼はさっきよりも深い眠りの世界へと安らかに落ちているようだったので、とりあえずほっとくことにした。


 お腹がへっていたので、あったかい緑茶を飲みながら弁当を食べる。

 寝てる人がいるので、テレビはつけなかった。

 弁当を食べながら、なんとなくケータイをいじり、それと並行してチラチラと相変わらず玄関前で倒れている彼の様子を見たけれど、やっぱり微動だにしない。


 テレビもつけていないし、このアパートに帰ってきているのは私だけみたいで、周囲からも物音一つせず(ここの住人たちは、夜のお仕事をしている人が多いから、この時間帯はみんな不在なのだ)この世の果てみたいに静かなのに、彼からは寝息すら聞こえてこなくて、眠り姫を通り越して死体なんじゃと不安に思ってしまい、私は倒れたままのその姿をじーっと眺めた。


 …っていうか、これからどうしよう。


 ここまで成り行きにまかせて行動しちゃったので、まったくのノープランだった。

 人助けとは言え、知らない男の人なんか拾っちゃって、どうすんのよ私。


 だいぶぬるくなったお茶をすすりながら、肝心なところで自分の頭の思考部分が鈍くショートしているのを感じる。


 とりあえず、このとき私の頭の中に浮かんだ考えは、今夜はお風呂に入れそうもないな、ということだけだった。


 ノープランな私だけど、さすがに何の考えなしというわけじゃない。


 何があったか知らないけど、あんなヤンキーどもとトラブルを起こすくらいだから、彼自身も実は厄介な人物である可能性はゼロじゃない。

 とはいっても、倒れてはいても私がヤンキーどもから庇ったことはきちんと理解していて「すまない」って言ってくれたし、ここまで運んであげたときもさりげない態度から、こっちへの気遣いが感じられた、たぶん悪い人ではないんだと思う。


 でも、どこの馬の骨とも知れない他人であることには変わりない。

 怪我人とはいえ、見ず知らずの男を一人でうちに放置したまま、のんびり風呂に入るなんて無防備な真似はできないのは当然だ。


 だけど、彼は足を怪我しているから満足に歩くことができないみたいだし、万が一こっちに攻撃的な行動をとってきたとしても、たぶん勝てるし逃げられる。

 ヤカンのお湯をぶっかけてやったり、お皿を投げつけてぼこぼこにしてやるんだから。


 彼の足の怪我は、彼を助けることにした理由でもあり、うちに入れてあげてもまあ平気かな、と私が判断した材料でもあった。

  

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