2-2

 かるい気持ちで駐輪場をのぞきこみ、暗がりの中に人影を見た私は、もちろんギョッとした。

 声には出さなかったけど、心臓が冷たく縮み上がるくらい。


 これが緊急時における生き残るための野生の本能とでもいうのか、自然とその場で私の足は止まり、物音をたてないよう、体は微動だにせず、けれど感覚は妙に研ぎ澄まされて、息をひそめながら私は、寒い夜の駐輪場の暗がりの中にいる、不審な人影を見つめた。


 その人は男性だった。

 狭い駐輪場のさらに一番奥のすみっこで、背中をあずけるようにもたれかかり、体をちいさく縮めたまま、目を閉じぴくりとも動かなかった。


 ボロアパートの敷地の入口付近まで、じわじわとゆっくり距離をとりつつ、そこで突っ立ったまま、私はその男をジッと観察した。


 ここまで距離を取れば、そこにいる男が何者であれ、いざというとき繁華街へ続く歩道へと逃げることができる、そう思えばこっちの心にも余裕というものが生まれるものだ。

 そんなわけで、じっくりと私は、そこにいる男の観察を続ける。


 最初に思ったのは、酔っぱらいだろうか、という考えだった。


 この辺りでは、夜も遅くなってくると道のはじっこで、酔っぱらいが倒れたまま寝込んでいるなんていう光景はいつものことで、住民はいちいち気になんかしない。

 道に倒れている酔っぱらいはスルーするのが、当然の対応だった。


 ヘタに声なんかかけたら、思いもよらない面倒に巻き込まれたり、酔っぱらいにこっちが暴力を振るわれる可能性もある、だから関わるべきじゃない。

 この街ではすべてが自己責任なのだ、お酒を飲むのも自由だし、酔っぱらって道で寝るのも自由、そしてその結果、どんな目に遭おうが他の人間には関係のない話なのだ。


 ここで暮らすようになってから、そういったことは高校生の私であっても自然と身に染みてよく理解している。

 だけど…と、目を閉じ動かない男を観察し続けながら、私は考えた。


 こいつが昏倒した酔っぱらいだとしても、いつもよりも出現時間が早すぎる。

 まだ時間は21時過ぎ、いつから飲み始めたのか知らないけど、こんな時間から道で倒れるほど酔うなんて、ハイペースで飲みすぎか、あるいは酒弱すぎでしょ。


 酔っぱらいどもが道ばたに出現しだすのは、まあ24時を過ぎたぐらいがスタンダードなのに。(私調べの統計だけど)

 それに、よく道で倒れているやつらと、この男はちょっと雰囲気が違う。


 酔っぱらいどもは、だいたい30代から50代前くらいのスーツ姿のサラリーマンのおっさんが多い。(私調べ)

 でもこの男は、若い。

 スーツ姿でもないし、たぶん歳は、20代前半…いや、ヘタすると10代かもしれない。


 大学生? 慣れてないのに調子に乗って酒飲んで、つぶれちゃったパターン?


 そこまで頭を巡らせた私は、ちょっとした好奇心がじわじわと芽生えてきてしまって、もう少しだけ近づいてみて、その男を観察することにした。

 

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