おまけ 2

花束 おまけ 姉からの手紙

咲良


 覚えていてくれて嬉しいです。まだ小さかったあなたが、こんなに綺麗な文字を書けるようになったのだと思うと、お姉ちゃんは泣きそうになりました。

 咲良はもうあんまり泣いたりしないのかな。咲良の夜泣きとか、いまでも耳に残っています。子供はどうして、泣くときに、この世が終わるみたいに泣くのかな。本当に終わると思っているのかも。

 私が出ていくときも、たくさん泣いていましたね。こっそりいなくなろうと思っていましたが、それはよくないと、あの父親が久しく私に怒ったのを覚えています。

 話したこと、あったっけ。それともお母さんとかから、聞いてるのかな。お姉ちゃんがどうして、咲良を置いておうちを出て行ったか。


 お姉ちゃんはどうしても、動物のお医者さんになりたかったけど、地元の大学に全部落ちて、地方に出るしかなかったんです。「動物のお医者さん」なんて書いてしまったけど、咲良ももう成人してるんだったね。でもきっと、いま会っても、子供の時みたいに声、かけちゃうんだろうな。


 唯一受かった国立大学のあるところは、冬になると屋根に雪が積もってしまうくらい、寒いところです。東京を出たときも、春なのに雪が積もっていました。桜と一緒に散ることさえありました。


 咲良は一人暮らしをしているのかな。このお手紙、お母さんやお父さんに見せないでね。私はあの人たちのことが嫌いでした。嫌う理由があったんじゃないと思います。けど、好く理由もありませんでした。咲良のお世話をするのは好きだったけど、なんで私が子育てをやるのだろうと思っていました。母はキャリアに響くとかで、産休も育休もろくに取らなかったので、そのキャリアとかに響かなかった代わりに、私の生活に響きました。どうせ学校には行っていなかったけれど、でも、十代そこらの私になにが分かったでしょう。


 咲良が綺麗な文字を書けるようになったことが、嬉しくて泣きそうになったと書いたね。それは本当に、本当の意味で、そうです。私は、咲良によくない影響を与えていたんじゃないかって、よく思い出して、怖くなるんです。子供のお世話をする上では、正解も不正解もよく分かりませんでした。咲良が一歳とかになる頃に、本当になんで泣くのか分からなくて、大きな声で怒鳴りつけて、あなたを放って家を出たことがあります。


 でも十分経って怖くなって、戻りました。私が帰ると咲良は笑ってて、今度は私が泣きました。そういう大きな事件はそれくらいだったけれど、間違って熱いまま哺乳瓶を与えてしまったり、きちんと見ていられなくて咲良がテーブルの角に頭をぶつけてしまったり、うつ伏せで寝かせていると危ないってこともよく知らなくて、苦しそうになるのを慌ててひっくり返したり、たくさんたくさん、失敗してしまいました。


 咲良がいま、どこかで困っているんだとしたら、そういう私の失敗の、積み重ねなんだと思うと、怖くて、夜、眠れないときがあります。咲良から連絡が来ないのも、きっと嫌われていたからだと思っていました。でも、お手紙、ありがとう。きもち、全部、伝わりました。やっと、答えが出た気がしました。


 私がしてきたことは間違ってなかったんだね、咲良。立派に生きててくれてるんだね。言いにくいことを素直に書いてくれてありがとう。あなたの選択は、ひとつも、間違っていません。もし、世間でそれが間違いだと言われるなら、私はあのとき、あなたの頭をテーブルの角にぶつけておいてよかったんです。


 私は言葉の分からない生き物たちを相手に仕事をしています。たまに伝わってるんじゃないかと思うときもあります。特に、悪い意味の言葉はなぜかよく伝わります。人も動物も、悪意にだけは敏感で、なかなか嬉しいことには気づけないですね。


 咲良。あなたの名付けには、両親だけでなく私も加わりました。母は桜の一文字にしようとしていたし、父もそうしようとしていました。でも私は、前に読んでいた本に、花の名前を付けるのは縁起が悪いんだって書いてあったのを思い出して、四月いっぱいしか咲かない花はやめようって、言いました。いい名前でしょう、咲良。たくさん失敗した気がしていたけど、お姉ちゃんはそこだけ、ずっっと、誇っています!


 またお手紙をください。あなたみたいな人が世界に増えたらいいのにね。ああ、そう、お手紙にあった、比奈さん?(文字、合ってる?)の引っ越したところって、たぶんこの辺じゃないかなって、思うんです。書いてあったのを見る限り、寒いとこなんだよね。いつか比奈さんとおいで。千秋さんにもよろしく。私はなかなか東京に出られる機会はないけど、でも比奈が許してくれてるって知ったいまなら帰れる気がします。


 すぐに。すぐにね。いつか。きっと。絶対に。


水橋椿

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花束 小佐内 美星 @AyaneLDK

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