2-2


 晩餐会は盛大に行われた。


 楽団による演奏のとなりで、世界中の料理と酒が次々と振舞われた。劇場で一番人気の踊り子が人々の間を練り歩き目を楽しませれば、巷で流行しているという奇形を連れた曲芸師が芸で場を盛り上げる。望めば天から金でも降ってくるかのようなもてなしに、客人たちは多いに楽しみ、騒いでいた。


 小人の曲芸師が芸を披露するのに、ロクタは顔を顰めた。隣のユーゴは他の観客と同じように笑っている。

 「ユーゴ、行こう」

 ロクタはユーゴの腕を引いて庭へ連れ出した。


「どうしたのロクタ」

「あんなの、面白いかな」

 唇を尖らせてそう言うロクタに、ユーゴは意外だというように目を丸くしてみせる。

「面白くなんてないけど。ロクタがそんなこという?」

「なんで?」

「ロクタの方が、なんでもないって顔するの得意なのに」

「……そうだっけ?」

 大広間からは相変わらず、賑やかな音楽と人々の笑い声が聞こえる。室内の明るい光が、ふたりの横顔を照らした。

 ロクタはどこかこの狂騒に溶け込めなかった。ずっと何かが喉元に引っかかったままのような気がするのだ。

 なにか、やらなければならないことがあったような。


「ねえロクタ」

 ユーゴはロクタを見つめたまま聞いた。

「あの約束、覚えてるよね」

「え……」

 なんだっけ。なんにも思い出せない。

 それどころか僕らは、どうしてここにいるんだっけ。


 ロクタは記憶を辿ろうとすればするほど混乱した。どうしたらいいかわからなくて、目の前のユーゴを見た。

 ユーゴは月明かりのように柔らかく、透き通った目でまっすぐにロクタを見ていた。

(あれ……)

(どうしてユーゴを見ると、こんな気持ちになるんだろう)

 こんなに見慣れた顔なのに、なぜか初めて見るような。



 バン!



 突然、体に響くほどの大きな音がしてロクタが驚いて振り向くと、屋敷の上空に花火が上がっていた。これも、今日の為に用意されたものだ。ともすると爆発音のようなそれに、耳が慣れないうちは恐怖すら覚える。

 大広間から、花火に気付いた女の子たちがきゃあきゃあと手を取りながら庭を走ってきた。釣られてずらずらと人が外に流れ出る。


 ユーゴは、そんななかロクタの手をそっと取ると、強く握った。

 振り向くロクタに、ユーゴは言った。

「僕たちはまた会える。僕が絶対に探しにいくから」

 なんのことかと聞き返す前に、ユーゴは人混みに紛れてすっと姿を消してしまった。



 

 ヒュー……バン!


 花火は一定間隔で上がり続ける。

 空を見上げる人のなかで、ロクタは大広間を見ていた。


 ヒュー……バン!


 ふっ、と大広間の灯りが消えた。あたりは急に暗くなったが、客人たちは花火をよく見る為だと思っているようだ。

 ロクタは静かに、大広間へ向かって歩きだす。花火が打ち上がる度に、あたりは昼間のように明るく照らされる。


 バン!


 ロクタはこちらへと向かってくる人の波をかき分けて進んだ。進むにつれ、その先に小さな混乱が生じていることに気づく。大広間へ近づくほど、”なにか”に気づいた人たちは花火に対してではない悲鳴を上げて庭へ逃げ出してきた。

 ロクタは足を止めた。花火の灯りが、それをまざまざと見せてくれたからだ。


 大広間の中央に突っ伏すようにして倒れている男。

 その腹の下からは血が滲み、地を這う蛇のようにドロドロと辺りを赤黒く染めていく。


 この男は、たった今誰かに殺されたのだ。

 ロクタは足元まで届きそうな血を見下ろしながらそう思った。すると途端に心拍は早くなり、呼吸がうまくできなくなった。ロクタの体は勝手に後退りし始める。

 額に滲んだ汗を拭おうと手をあげた。その手がふと、腰元に触れた。 ”僕”は カマーバンドの下になにかを隠し持っている。 恐る恐る確かめたロクタはその無機質な手触りに、それが何なのか気づいてしまった。




 僕は銃を持っていた────





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ミュルクヴィズと7人の子ども 未曾有 @miso_umai

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