とある若い男女のはなし re、5
僕がドアノブに手を掛けようとした瞬間、武井さんがそれを制した。「火事のとき金属は熱せられて高温になってる場合があるわ」とノブの部分を指さした。
僕は頷き上着の裾を引っ張った。手を上着で保護して、ドアノブに触れてみると熱くはなかった。とその瞬間、ガチャという音が鳴った。これは鍵が開いたのか、もしくは閉まったかのどちらかだ。僕はためらうことなくドアを引いた。中から大量の煙が噴き出してくる。変わって僕の背後から風が中へとなだれ込んでいく。電車に、我先にと乗り込んでいく人々が呆然としている僕を追い越していくかのようでもあった。
僕の眼下には、幼い二人の兄弟が立っていた。泣くこともなくしっかりとした足取りで、二人が肩を組んで玄関から出てきた。
「大丈夫?」武井さんが二人を抱きかかえ家から直ぐに離れさせた。二人の身体の状況を調べて怪我がないことを確認していた。
僕も二人に声を掛けた。「君たちは兄弟かい?」
二人は顔を見合わせて、静かにうなずいた。兄らしいこの手には僕にも見覚えがある紙を持っていた。「それ、何持ってるの」と僕はたずねて、受け取った。
あの手紙は、未来のこの兄弟が僕にあてて書いたものだとしたら、未来は変わっているはずだ。どうしてだか僕たちは生きている。そしてこの兄弟も生きている。どこかで道を間違えたのか、誰も死なない世界が始まったのか?
僕は兄弟から受け取った手紙に目を見開いた。武井さんも同じように驚いている。確かに僕に送られた手紙と同じような雰囲気を感じられた。なによりも、その手紙の内容に驚いた。
「これ、どうしたんだい」僕は兄弟にたずねる。
「テーブルに置いてあった」とお兄ちゃんが答えてくれた。
「お父さんとお母さんは?」と、今度は武井さんが兄弟にたずねた。まだ早朝だが確かにあたりを見渡してもそれらしき人物は見当たらない。それに、あの手紙にもこの兄弟の、つまり家族がこの火事で死ぬことを暗に示してあった。本来なら、この兄弟だけが、僕たちの手で救われるはずだった。
「まだ中で寝てる」と弟がうつむき答えた。今にも泣きだしそうなほど、目に涙をためている。
武井さんは弟を優しく抱き寄せた。家に目をやると、二階部分が激しく燃えさかっていた。どう考えても出火元は二階のようにおもえる。
遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。ウーウーと叫び声をまき散らすように次第に大きくなるサイレンは、兄弟の不安をかき乱す悪魔の叫び声のようにも聞こえた。
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