それから五十五年後のとある兄弟 2

 私と春生は室内をウロウロと徘徊していた。水木さんが生きていて、私たちに会いに来た。過去は本当に変わってしまったんだろうか。これは世紀の大発明になるぞと、私の興奮はもはや水木さんが生きていたどころの問題ではなくなっていた。


『コンコン』とドアがノックされた。私と春生はドアの前に立ち並び、扉が開かれるのを待った。


「失礼します」外には私たちより一回りほど若い、全くうり二つの男性が、二人並んでいた。


 私は虚を突かれた、てっきり水木さんと武井さんの二人が来たのだと思ってしまった。春生も同じ気持ちなのか、目の前の二人がいったい何者なのか、考えを巡らせていた。


「申し遅れました。私は水木秋夜しゅうやといいます。そしてこっちが弟の春夜しゅんやです。父と母の名前に冬と夏が入っていましてね。家族そろって春夏秋冬なんです」と兄を名乗る男性が饒舌じょうぜつに話した。


「僕たちが双子だったから都合が良かったんでしょうけどね」と弟が兄弟が双子であることを示した。


「親父はなにがなんでも秋と春を使いたがってたろ」と秋夜さんが弟の春夜をたしなめた。「あなた方にあやかって、と生前に話してました」


「水木冬夜さんの、ご子息なんですか」私はたまらずに訊ねた。


「ええ」


「お父様は、亡くなられたんですか?」


「父も母も既に他界しております。安心してください。あなた方が心配しているような火事での死ではありません。私たちも驚きました、坂本兄弟を助けたことがあるんだぞ、って子供のころから聞かされ育てられましたから。その坂本兄弟が誰なのか見当もつかなかった話ですけど、将来きっと有名になるんだ、って両親が熱く語っていました」


「あなたたちのお母様は、武井夏美さんですか」私は驚いた。火事の当日まで見知らぬ関係だった二人が結婚し子供までいた。いや、でも、これは過去が変り未来である現在が大きく変わったことになる。秋夜の言いぶりでは、あの火事で二人は亡くならずに済んでいる。これまで私たちは、二人の手によって火事から救い出されたことになっている。私たちの記憶は改変されていないのに、私たちだけが意識の混濁もせずに、記憶を保有したまま新しい未来軸にやってきたのだろうか?


「どうやら両親が話してたことがホントのことのようなので安心しました。ここに来るまで冷や冷やしてましたから」秋夜はいささか困ったような顔つきで苦笑した。


「ちょっとお聞きしたいんですが、過去の出来事はどのように知ったんでしょうか」


「父から聞かされていました。坂本兄弟は幼い頃に火事に遭ったと、そんな経歴、お二人の口から一切聞いたことないのに。だから二人にお会いするまで絶対に怒られるって弟と話してました」


「親父の言ってることは正しかった」春夜は恥ずかし気に胸を張った。偉大な父を誇りに思っているようなそんな現れだ。


「これを父に頼まれたんです。遺言ですが、どうしてもお二人に渡して欲しいと頼まれました」秋夜は一枚の便せんを私に差し出してきた。


 三つ折りにたたまれた便せんを開き、私たちは唖然とする。

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