それから五十五年後のとある兄弟

「秋生兄さん、ついに手紙が完成したよ!」現代に残された手紙の空白が、たった今、転送したばかりの手紙によって埋められたことを、春生が確認した。ようやく、私たちの研究が実を結ぶ時だ。いや、現実の世界にはもう二人は存在していないのだから、成功とは言うべきではないかもしれない。


「長かったな」私は大きなため息を一つついた。はたしてこの研究になんの意味があったのか、それは私すら分からない。ただこの手に残っている手紙だけを長年眺め続け、便せんが埋められていくことだけに喜びを見出していた。それが達成感といえば、そうとは言えないだろう。


 この手紙を見てくれた二人が助かってくれることを、私たちは本気で願った。それが、私たちが研究を続けようとおもい続ける希望でもあった。


「これで二人は、助かるの、かな」春生が訊ねてくる。


「もし助かるなら、過去はガラリと変わってしまうな。私たちが突然消えても不思議じゃない」


「あの映画みたいだね、過去や未来にタイムスリップするやつ」


「過去の手紙に競馬の万馬券の結果を載せたのも、あの映画のアイデアだ」私は笑った。あの映画では過去が改変された場合、新たな世界線が派生するという仮説があった。仮にそうだとしたら、二人が生きて、私たちが死んでる、という世界がすでに出来上がっているに違いない。


「この目で確認できないのが悔しいね」


「なんともな」私はそう言いながらも、清々しい気分だった。やりきった、我が人生に一片の悔いなし、と叫びたい気分でもあった。


 そのとき研究室の電話が鳴った。受付からの内線だった。春生が応対し、受話器に耳を押し当てて怪訝そうな顔をわたしに見せる。通してください、と受付に返答したので来客なのかと、私は察した。


「誰か来たのか」私は訊ねる。


「二人組の人が、僕たちに会いたいって」


「名前は」


「水木、って名乗ってるらしい」

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