とある若い男女のはなし re、4

「これです」僕は外に出て紙を武井さんに差し出した。ドアに背を向けていた彼女が振り返り手紙を手に取った。


 無言で手紙を受け取り、目で文字を追いかけ始めた。


「本当にわたしの名前が書いてある」とりあえずといった感じで彼女は感想を述べた。これが書かれた日付や火事に関する日時は確かにない。しかし最後の文には、どうも競馬の着順が書かれている感じだった。日付は明日で、この着順が来るとでもいうのだろうか?


「僕たちは、この手紙の主を火事から救い出して、命を落とすみたいです」


「未来からの手紙っぽいですけど、この手紙の主に心当たりはあるんですか?」


「まったくと言っていいほどないです」


「文章から読み取れるのは、私たちは兄弟を助けるみたい」


「しかも家族って書いてあるから、小さい子供なのかも…」


 僕は想像を巡らせた、見知らぬ幼い二人の兄弟が、火事の中で苦しみもがく姿を。これは人生に生きる希望を無くした僕だからこそ、救えるチャンスがあるんだ。半ばその手紙の内容に僕は確信を抱いていた。火事が起こるとしたら今日か、もしくは手紙を読むことが遅れてすでに火災の後になっているか。真実は分からない、それよりも先に身体が動き出していた。


「ちょっと見てきます」


「見てくるって、どこに」焦った様子で武井さんが追いかけてくる。「手がかりもないのに、むやみに探し回っても得策じゃないよ」


「こういう時ほど、人生って決まり通りに動くものだと思いませんか。僕と武井さんだって、気味が悪いほど偶然にちかい形で出会ったんだし」


「私たちの行動は、必ずこの手紙の結末に近づいている?」


「良くあるパターンです」そういって武井さんが納得したかは分からなかったが、僕は足の赴くまま街中を駆けた。


「そっちは私の家の方角」僕の後ろをピタリと付いてくる武井さんがそう声をあげたのは河川敷からすぐの場所だった。


「もしかしたら、僕たちは偶然出会ってなんらかのきっかけで、武井さんの家に向かうことになっていたんじゃ」それなら手紙になぜ二人の名前が記されていたのか辻褄が合う。そして、火事も今日起こることがさらに可能性として大きくなった。僕たちは今日知り合って、死ぬはずなのだから。


「こっち、付いてきて」と武井さんが西の方角へと駆けだした。長く揺れる後ろ髪は見る人を惹きつける魅力があった。僕は見失わないよう必死にその髪をみつめて走った。




 黒煙が立ちのぼり始めていた。赤い屋根の一軒家の二階の窓には黒煙が蔓延していた。行き場を失った黒煙は住宅の隙間から這い出して、満員電車から降りられてせいせいしたとでもいうように勢いよく空へと駆けあがっていた。僕たちが現場に着く前、すでに火事は起こっていた。


 家の周りには数人の住民があたふたと駆けまわっていた。電話をする者もいれば、スマホで撮影をしだす者もいた。


 僕は近くの人に、「中に人は」と声を掛けた。中年のおばさんだったが、気が動転していたのか声を掛けるまではただ茫然と立ちのぼる黒煙を見つめていた。


「中に人は!」今度はきつく言った。身体をびくっとさせ、やっとおばさんは正気をとり戻した。


「春ちゃんと秋ちゃんが」僕の心臓が強く鼓動を鳴らした。隣にいた武井さんも小さな悲鳴を上げる。僕たちは頷き合い、坂本と書かれた表札がある門戸を開け放ち、玄関の扉まで走った。

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