とある若い男女のはなし re、1

 その不思議な手紙が僕の目に飛び込んできたのは、蛇口から水が出てこないことを知ったときだった。水を諦めてコップを机に置こうとしたとき、ポストから持ち帰ったチラシや督促状の束の中から白い封筒が飛び出していた。


「こんなもの挟まってたっけ」と僕は首をかしげた。いろいろと切羽詰まった状況で、正常な判断が出来なくなり始めていたのかもしれないと、深く考えることすら早々に諦めた。


 僕は封をあけ、中から一枚の便せんを取り出した。




水木冬夜様、この手紙を見ているということは私たちの実験が成功したということになりますが、その成功を私たちが喜べる日が、果たして来るのかどうか分かりません。


この手紙は決して悪ふざけではございません。信じてもらえるか分かりませんが、私たちはあなたが暮らしている現代よりもさらに未来で暮らしています。それを踏まえてお伝えしたいことがあります。あなた達は私たち兄弟を火事から救い出し、命を落とします。


その救ってくれた命を無駄にせず、私たちは研究に励み過去へと物質を転送できる研究に成功できるようになりました。なによりもあなた方二人を救いたい一心で、この研究を進めてまいりました。あえて申し上げます、火事の現場に居合わせたとしても中に入らないでください。放っておいてください。私たちは家族ともども死ぬ覚悟はできています。最初から決まっていた運命なので、決して気になさらないでください。誰もあなた方を責めたりはしません。そして失われてしまった水木冬夜様と武井夏美たけいなつみ様の命の代償として、犯罪行為となるやもしれませんが、希望を差し上げたいと存じます。それでは、どうかお幸せに。


四月一八日 中山競馬場 第十一競走 八番―六番―十四番


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