とある兄弟のはなし 2
「
「春生、ああいう奴らは他人の人生なんてこれっぽっちも興味がない。あるのは視聴率とカメラ越しに映る他人の不幸だ」
「そう言う秋生兄さんだって、他人の事には興味ないのにね」春生は苦笑いした。
私が三十八歳の秋生まれ、弟が三十六歳の春生まれ、名前の統一性があることから、両親が子供にたいして一定の関心があった事を理解してもらえるだろうか。
そんな大切な名前をくれた当の両親は、いまから三十年前、寝静まる私たち兄弟を置いて、飲み屋に出かけていた。そして夜明け近くに帰ってきたかと思えば、タバコをふかしそのまま寝てしまった。火を見るよりも明らかとはまさにそれで、タバコの火が布団へと燃え広がり火災が発生した。両親はそのまま火事の犠牲者となり、火事の原因も煙草の後始末が原因だったことから、当初、私たちの親は激しく非難された。
死体蹴りとはよく言ったもので、罵声を浴びせる相手もいないのにテレビでは連日のように親に対しての暴言が繰り返され、子供ながらに心臓を直接殴られているような痛みを感じていた。これが世間の総意なのだと、しかと心に刻みつけたのであった。
「俺が興味あるのは、過去の二人が生き伸びられるかどうかだけだ」
「僕たちの人生はそのためにある」春生も真剣な表情で私に追従した。
「あと、成功までに必要な年月は最低でも十年は掛かるだろう。たとえ世間から忌み嫌われようとも取材は断らない。資金をねん出するためなら俺はピエロにだってなる」
「世界広しと言えども、兄弟として有名になれた研究者はライト兄弟とうちら坂本兄弟くらいだよ。ピエロだなんて下卑する必要もないよ、秋生兄さん」
「だがな春生、この研究にはどうしたって資金と歳月が必要なんだ。投げ出すことは簡単だ、希望を捨てればいいだけのこと。自分たちはあのとき死んでいたも同然だった、それを救い出してくれたのは水木さんと武井さんだ」
「うん、だからこそ救ってあげたい。二人には生きていく希望を見せてあげたい」春生は深くうなずいた。
自分たちの研究は、成功と失敗の背中合わせのようなものだった。完璧であって完璧でない。なにがしの存在がこの研究に影響を及ぼしていることは、ほぼ間違いなかった。
私たちの研究が世に知られるきっかけとなったメディアへの公開実験のときもそうだった。転送したはずのリンゴから、甘味成分だけが消えてしまっていた。リンゴから甘味が消えてしまっては、この世からリンゴが消えたに等しい、それくらいの失敗であった。
そして驚くことに、あのとき、コンマ数秒ではあったが、転送装置からリンゴが消える直前、隣にあった空のボックスにリンゴが出現していた。その後、転送装置内にあったリンゴが跡形もなく消えていた。つまりこの転送装置は時をさかのぼることが出来るのだ。
私たちはさらに研究を重ね、時間を大きくさかのぼることに成功し、日時と時間を指定して送ることさえ可能になった。ただ、その代償として装置のエネルギー充填時間が約半年間掛かることとなり、転送される物質の、転送後のなにがしらが欠けてしまうという事象の改善にまで、手を掛けられなくなってしまった。
「このまま不完全なりに転送を続けた方が成功する」というのが私と春生の見解だった。
この成功するという解釈もギャンブルに近かった。
私は一枚の手紙を取り出した。色あせた和紙の便せんには虫食いのように文字が散りばめられていた。『希望を差し上げたいと存じます』や、『この手紙は決して悪ふざけではございません。』とハッキリ書かれている部分もあるが、大半の文章は抜け落ちている、といった印象だった。
「どうやら人の生死に関わる文言や、史実を悪用する文言は削除されるような感じに受け取れる」
「うん、確かに前回送った手紙よりは情報量は増えたけど、大切な部分は消されているね」と春生が手紙を覗きこみ呟いた。研究者というのは思い浮かんだことがすぐ口に出てしまう。
「もしかして、神様は本当に存在しているのかもしれないな」
「存在しているんだとしたら、二人を見殺しにするなんてひどいと思うけど」と春生はぼやいた。その考え方も正しい。神のいたずらであるなら、二人の失われた命が不憫でならない。
「この研究は神への冒涜か、それとも挑戦か」
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