とある兄弟のはなし 1

 インタビュアーがマイクを向けてくる。マイクは向けてくるも、手元にある台本に目を落として次の質問へのアドリブなどを考えているのだろう、いま自分たちに向けられた質問もリハーサルの段階では台本通りの質問だったはず。あえて本番中に質問に少し手を加えてくるあたり、テレビの業界というのは油断も隙もないものだ。


「坂本ご兄弟を救い出してくれた、二人の、若い男女ということだったのですが、、どんなお言葉をお掛けしたいですか」という具合に、奥歯にものが詰まるような質問だった。


「そうですね、まず初めに申し訳ありませんでした、と伝えたいですね。そして私たち兄弟を救っていただきありがとうございます、という感謝の気持ちをお伝えできればと思います」と私は腹立たしい気持ちを抑えて、冷静に話した。


「男性の方は水木冬夜みずきとうやさん当時二十六歳ということでご存命なら五十六歳というお歳になっておられます。もしかしたら家庭をお築きになって幸せな人生を過ごしていたかもしれませんね」


「はい、そういった意味でも自分たちは、水木さんと武井さんに対して、恥のない人生を築いていこうと決心しました」と弟が熱弁をふるった。私たち兄弟が世間に注目され出したのは転送装置なるものを開発したからである。


 転送元てんそうもととなるボックスに物質を置き、その右隣りに空の箱を設置する、これが転送先とする。


 転送元となるボックスで、物質を量子レベルにまで分解し転送先へと量子を送り再構築する。理屈では理解できても再現の出来なかったこの研究に、私たち兄弟は成功したのだ。世界のメディア立ち合いの下、研究成果のお披露目でも、先述したように左に装置、右に透明の箱を並べた。装置内にリンゴを置きスイッチを押す。たちまちにリンゴは右の箱へと瞬間的に移動した。


 沸き立つメディアを予想していた私だったが、『マジックでも見てるみたいだったな』と冷静な声がいくつも上がった。確かに、はたから見ていればそう思われても仕方のないくらいに派手さのない地味な現象かもしれない。そのリンゴは、確かに、見た目は転送前と一切変わらない原形をとどめていた。しかし私たちの研究は未だに完成形とは呼べず、試しに食べてみると甘味が無くなっていた。物質を量子へと変換し転送先に飛ばした時、何かしら成分の量子がどこかへと消えてしまう失敗がたびたび起こっていた。


 こうして私たちの研究が取り上げられ、不完全ながら何かの役には立つかもしれないと世界中の機関からオファーが殺到した。日本のマスコミも連日これを報道し、多数の取材が申し込まれた。


 そうした過熱報道に嫌気がさした私たちは、取材先を選別し私たちの信念や信条を報道してくれるところをやむをえず選んでいった。その行いは出し抜かれることを忌み嫌うマスコミの反感を買い、いつしか私たち兄弟の過去の悲惨な出来事を蒸し返され、ワイドショーのかっこうの標的となっていた。


 この取材も結局のところ私たちの研究がいかに無意味で、いかに無駄な税金が投入され、日本の国民にとってなんの利益にもならない、ということを伝えたいだけなのだ。日本の偉人紹介などといって、税金を貰ってこの人たちは暮らしています、忘れないでくださいね視聴者の皆様、と伝えたいだけなのだ。


「今日はどうもありがとうございました」と撮影班が研究室から退室していく。


「いやぁ、これからも研究を頑張って、この日本を豊かにしてあげてください」とインタビュアーが握手を求めてきた。カメラの回っていないときの彼のぞんざいな言葉遣いには唖然とさせられた。


「えぇ、必ずこの研究を成功させてみせますよ」私は力強く布告した。これは私と弟の宿命なのだ。

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