とある若い男女のはなし 3

 そこで、夢と同じく人がうずくまっているのを、僕は確認した。夢と同じ二級河川である河川敷の、草の生い茂る地面で、その人は小刻みに肩を揺すっていた。


「どうかしましたか」と僕は声を掛けた。ここからは夢じゃない、夢じゃないが夢の続きだ。


「えっ」戸惑いの声をあげた髪の長い女性は、ゆっくりとこちらに振り向き、僕を見上げた。夢と同じく白い花柄のワンピース姿のその女性は、瞳にうっすらと涙がにじんでいるようにも見えた。


「なんか、気になったから。薄暗いこんなところで、何してるのかなって」そうだ、こんな薄暗くて人気のない河川敷でうずくまって、もしも泣いていたとしたら、それは声を掛けても罰は当たらないんじゃないかと僕は考えた。死ぬ前に人の悲しみで癒されるのも悪くはない。


「たいしたことじゃないんです。ただ、どうしてもここに来たくなって」


「ここに所縁ゆかりでもあるんですか」


えん所縁ゆかりもありません。気がついたらここまで歩いてきていました。着いた瞬間に泣けてきちゃって」女性の話す姿や仕草にから、僕は歳がさほど変わらないんじゃないかと感じた。


「偶然、って言っても良いでしょうか。僕も気持ち悪がられるかもしれないんですけど、夢を見たんです。貴方がここでうずくまっていた夢を」


 そこでようやく、彼女の顔に変化が見られた。眉間にしわを寄せて、考えを巡らせているような、そんな表情だった。


「私も、そんな夢だった気がします。後ろから声を掛けられて、そこで夢が終わっちゃいました」


「奇妙なこともあるものですね」僕は肩をすくめた。奇妙どころか薄気味が悪い。あの得体の知れない手紙が届いてから、立て続けに僕の周りで不可思議なことが起こりはじめている。それは彼女も同様なのでは、と僕は考えた。「なにか、妙な手紙が届いてませんでしたか?」


「手紙、ですか」彼女は首をかしげる。心当たりはなさそうな気配だ。


「あ、届いてないなら良いんです」僕は手を振り自分の発言を取り消した。


「最近ポスト見てなかったから、これから帰って、一緒に確認してもらえませんか。なんだか気味悪い」


「気味悪いこと言って、ごめん」


「え、どうして謝るんですか」


「だって僕の勘違いかも知れないし」


「勘違いだったらそれで良いじゃないですか、『あぁ勘違いでよかった』って安心できます」


「貴女は、前向きな人なんですね」


「貴方は前向きじゃないんですか」


「僕は」口をつむぐ、言おうか言うまいか、悩んでしまった。


「あ、思い出した。夢の中で掛けられた声、明るくて元気で、希望に満ち溢れてましたよ」


「じゃあ、その声を掛けた人は僕じゃないですね。僕は希望なんてありませんから。今日を生き抜くことですら苦労してますから」


「希望をもって生きていくことが大事じゃないですか」彼女は真っすぐに僕を見据えて、僕の中にある闇に、光を突き立てようと光の矢を引き絞っているようでもあった。辺りはいつの間にか日が差し、暖かな春の陽気が顔を出しはじめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る