とある若い男女のはなし 2

 便せんを開く。目に飛び込んできたのは文字ではなく、紙の余白だった。


 一枚の紙にみっちりと字が書き込んであった訳ではなく、ただ一言


『希望を差し上げたいと存じます』とだけ紙の下の方に書かれていた。


「なんだよ、希望を差し上げたいと存じます、って。この紙以外に何も入ってないけど」僕はらしくない不満を漏らした。


 人生に諦めを付けていたにもかかわらず、イタズラまがいの手紙にどうして不満をぶつけたのか理解ができなかった。それはまだ心のどこかで希望を持っている表れなのかもしれない。


 そんな僕の心を見透かした誰かの、手の込んだイタズラなのか。文字にして総数十四字の、この意味不明な手紙の正体に、僕は恐怖を覚えた。


 希望という言葉には、生きる活力や勇気を与えてくれるという、念みたいなのが込められていても良いはずなのに、どうしてこの手紙にはそう言った力強さを感じないのか。


 薄気味の悪い感触に包まれて、僕はほどなくして布団に身体を沈めることとなった。




 それは確かに、夢だった。


 見覚えのある河川敷でうずくまった人の背中が見えていた。後ろ髪の長い、おそらく女性だろうか、白い花柄のワンピースを身に着け、地面を睨みつけてアリでも観察しているのかとおもったが、そうでないことは小刻みに震えている肩を見て分かった。泣いている。


「どうかしましたか」と声を掛けたところで、僕の視界が暗転し、薄汚いよく見慣れた天井が徐々に浮かび上がった。


「夢か」ぼんやりと天井を見つめながらため息を一つ、ついた。夢と理解したうえで河川敷でうずくまっていた彼女になにがあったのか、気になっていた。もういちどまぶたを閉じ、夢を見ようと試みたが、意地悪くも僕の脳みそはすでに活性化をし始めていた。


 僕はさっさと諦めて布団から起きあがることにした。外は薄暗く、まだ夜明け前だと認識するにはさほど時間はかからなかった。蛇口をひねりコップをかざす、いつもなら落ちてくる水はそこにはなかった。いよいよ水道は止められ、僕は砂漠に迷い込んだような錯覚を覚えた。


 僕は、急に息苦しさを感じ家の外へと飛び出した。あてもなく、ふらふらとサンダルで道を歩いた。薄暗い道は、街灯の心もとない光でなんとか地面を照らしだしていた。街灯にたかる羽虫が運悪く蜘蛛の巣に引っ掛かったが僕に助けるすべはない。そのうち僕もお前たちと同じ運命をたどる、先に行って待っててくれよ、と投げやりになった。


 もう終わりだ、このまま踏切に飛び込んでしまおうかと考えたところで、僕の足が夢の中に出てきた河川敷へと向かっていることに、気付いた。

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