re,try
月野夜
とある若い男女のはなし 1
あてのない外出から戻り、郵便ポストを覗いた。日が沈み、廊下の蛍光灯だけでは中にどれほどの郵便物が入っているのかは、確認できない。
フタを開けると、ポストに溜まっていたのは、
今の僕にはどうすることも出来ず、ただぼんやりとその日付を眺めているだけだった。
死刑囚の執行日は突然やって来る、とは聞いていたが、自分に降りかかった日常生活の終了を告げる執行日は、すでに定まっていた。
お金がない事は罪だろうか? 働く意思も意欲もある、無いのはそれを活用できる場と、人並み程度もない自分の仕事をこなしていくスキルだった。
誰が悪いわけじゃない、と自分を慰めながら今のいままで逃げてきたがもう誰も僕を見逃すつもりはないらしい。
部屋の前に立つと玄関ドアには、『家賃滞納は犯罪です』と大家からの張り紙が掲載されていた。
地域の掲示板でも、『ゴミ出しルールは守りましょう』や、『車上荒らしに注意』といった注意喚起がなされているが、我が家に貼り付けられたその用紙も延長線上にあるような気がして、いまでは気にも留めなくなってしまった。
紙の束を抱えて家に入るとそれをテーブルの上に放り投げた。テーブルの上でバネのように弾んだ紙の束は、縮み、上に跳ねることなく水がこぼれたようにテーブルの上に薄く広がった。
そこで白い封筒が紙の束からひょっこりと顔を出していたことに気がついた。
トランプのマジックでも見ているかのようで、意外なものが混ざっているととても興味が惹かれるのだ。
手に取ってみると、どうやら差出人不明で直接ポストに投函されたものだとわかった。『
僕は差出人が誰なのかという疑念はすぐに捨て去り、さっさと封筒を開けることにした。
紙の厚さから考えると、便せん一枚か二枚、入っているような感触だった。ハサミで端を切りおとし指先に力を加える。僕にむかって物言わぬ封筒の口が、開かれた。中に入っていたのは、やはり便せん一枚だった。
「ラブレター、みたいなロマンチックなものじゃないよな」僕は差出人不明のこの便せんに、淡い思いを抱いた。それは恋しさというよりも、なにか楽しいことが起こらないかという期待感だった。
いよいよ人生の終着点が間近に迫ったいまの僕に、心の底から楽しいとおもえる時間は無いに等しい。
頼みの綱であるコンビニのバイトも出勤日数を減らされ、収入も減ったことで自由に使えるお金など僕の手元に残っているはずもなかった。
「何が書いてあるんだろ」僕は封筒の中からひょいと、便せんを一枚取り出した。
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