興味本位

 もう明け方近かったが、その夜は二人と連絡先を交換して、この部屋に泊めてもらった。考えることが多過ぎてそのまま眠れなかったが、厄介ごとの中心地に放り込まれたようで、起き上がる気力も湧かなかった。朝までダラダラと布団に転がっていると、タンタンとリズミカルに階段を降りてくる音がした。そう言えばこの家ってどのくらいの広さなんだろう?

 

「志道さん、起きてますかー?」

 

 扉をノックされ、外からソーマが呼んでいる。一応体を起こし、起きてるぞーと返事をすると、扉が開いた。

 

「おはようございます。僕これから学校なので朝ごはん食べるんですけど、志道さんもどうですか?」

 

 すでに制服に着替えを済ませ、声を掛けてくれたソーマを見て、なんだか日常感があってホッとする。なんならスカート姿の方が似合うんじゃないか? ってくらい、癒される笑顔をしている。お言葉に甘えて部屋を出ると、長めの廊下の途中に階段があり、2階にはたくさん部屋がありそうだ。廊下の並びのそれぞれの扉には、風呂やトイレと書かれたプレートが掛けられており、突き当たりの扉を開けて入ると、広いダイニングキッチンとリビングがあった。ソーマはすぐにトースターでパンを焼き始め、手際良くサラダや目玉焼きも作っている。俺は椅子に座って、その様子を眺めていた。

 

「ずいぶん手慣れてるんだな。いつも料理してるのか?」

 

「朝食は僕の担当なので。夕食とお弁当は姉さんが作ってくれますよ」

 

 冷蔵庫から取り出した弁当箱を手に持ち、ソーマは嬉しそうに話している。焼き上がったパンを皿に乗せ、朝食としてはしっかりした量のおかずと一緒に、テーブルに並べられていく。

 

「このぐらいしか用意できませんが、どうぞ食べてください」

 

「いや充分だよ。ありがたく頂くな。そういえばアイラは?」

 

「姉さんはまだ部屋で寝てます。基本的に朝は弱い人なので、10時過ぎくらいには起きてくるかと」

 

 アイラの雰囲気的に料理が出来るのは意外だったが、朝が苦手なのはイメージにぴったりだと思った。

 

「ん? てことは、アイラは学生じゃないのか?」

 

「姉さんは今年の3月に高校を卒業しました。今は悪魔についての研究機関で、専属ハンターとして雇われています」

 

 その話を聞いて驚いた。確かに命懸けの戦いを善意や使命感だけで続けるのは無理があるが、職業として報酬を出してくれる組織まであったなんて……。どうりで色々と詳しい訳だ。

 

「なるほどな。エクスプレッサーはみんなハンターになった稼ぎで、戦いながら生活してるのか?」

 

「全員ではありません。ハンターは討伐力のテストを受けて、クリアするとマイナンバーで照合できるデータ上のライセンスを与えられます。ライセンスを持つハンターからの紹介でのみ、テストを受ける事が出来ますが、クリア出来ないエクスプレッサーはそもそも悪魔と戦う事を推奨されません。ただ能力の種類によっては情報収集やサポートに適していたりするので、僕のように調査員として多少の報酬を得ている人もいます」

 

 テストや資格があり、ハンターだけじゃなく調査員という道もあるのか。確かにエクスプレッサーは人類全体にとって貴重な存在だし、殺されて生贄にされるぐらいなら戦わない方がいいというのも理にかなってる。割としっかりした組織みたいだし、面倒だけど俺の置かれている状況についてもハッキリさせられそうだ。ソーマに色々聞かせてもらっているうちに、食事が終わった。

 

「ごちそうさま。美味かったよソーマ。後片付けくらいは俺がやっとくし、他に手伝えることがあれば言ってくれ」

 

「ありがとうございます志道さん。ではすみませんが、洗い物だけお願いします。それが終わったら姉さんが起きるまでは、この部屋か和室で過ごしてもらえればと。姉さんからも色々話があると思うので……」

 

 支度を済ませて出掛けるソーマを部屋から見送り、手早く食器を洗ってテーブルを拭く。テレビやソファーなど家具は揃っているが、汚れも無いしあまり使われていないようにも見える。あえて聞かないでいたけど、二人の親はどこに居るんだろうか。そんな事を考えながら、ボーっとソファーに座って掛け時計を見ると、まだ8時だった。

 

「悪魔についてネットで検索したら、何か出てくんのかな?」

 

 暇だったのでスマホを取り出し、ネットで調べてみた。悪魔で検索しても、当然のように神話やらゲームやらの情報が並ぶだけで、研究まで検索ワードに加えると、オカルト的なサイトばかりが並んだ。黒い怪物で検索すると、後半に目撃情報のような記事があったが、あまりにも情報が少なすぎるので、もしかしたら意図的に消されているのかもしれない。ネットサーフィンを始めて30分近く経った頃、2階から足音が聞こえてきた。少し上を歩き回った後、階段を降りてくる。

 

「あら、リビングに居たのね。ソーマもちゃんと起きられたみたいで良かった」

 

 まだ眠そうな様子のアイラだが、寝起きとは思えないほど綺麗でまとまりのある髪をしているし、すっぴんなのに肌もきめ細かくて艶がある。ハーフの若い女性ってすごいんだな……

 

「ボケーっとして何を見てるのよ」

 

 眠そうな目から蔑んだ目に変わった。ここで見惚れてしまうのは、男として仕方がないと思うんだがな。

 

「あぁすまん、おはよう。ソーマに誘われたから、先に朝食まで頂いちゃったよ。その後7時40分くらいに学校だからって出掛けたぞ」

 

「明け方まで起きてたから、今日は遅刻かなって思っていたけど、相変わらず真面目な子ね。律儀だからあなたの分の食事まで作ったんだ。それで何か話したの?」

 

 嬉しそうにソーマの作った料理を見ながら、食卓に着くアイラ。食事を始めた彼女に俺は、悪魔の研究機関がある事や、ハンターや調査員について簡単に聞いた事を説明した。

 

「あー、あと夕飯と弁当はアイラが作ってるって事と、朝が弱いってのも聞いたぞ」

 

「そ、それは関係無いでしょ! 他人のプライベートに関心持たなくていいから、ハンターや研究機関について聞いて、あなたはどう思ったのよ?」

 

 ふむ、かなりツンツンしてるけど、茶化した時にもちゃんと反応してくれるし、やっぱり面白いなこの子。

 

「悪魔に対してあれこれ対策している辺り、今更だけど現実味がでたし、君達が戦っているのも報酬という目的があっての事で納得したよ。俺も能力者なら他人事じゃないし、他人の助けになって給料も貰えるなら、それもいいかなって思った」

 

「そう。あなたも戦いたいと言うなら、止めはしないわ。でもひとつだけ大きな勘違いをしてる。私が戦っているのはお金の為じゃない。復讐よ」

 

 急に呆れたような無表情になったかと思えば、今度は何もないテーブルの真ん中を睨み付けながら、ドスの効いた声色で復讐だと言い出した。アイラ達に一体何があったのかは分からないけれども、昨晩悪魔について説明していた時の、彼女のただならぬ気迫の原因も、復讐のひと言で納得できた。

 

「そうか。プライベートに関する詮索は辞めろと言うので聞かないが、君達が戦う理由がなんであれ構わないさ。君が悪魔を倒してくれたおかげで、俺の命は助かった。そうやって人を助けようとしてる組織もあって、俺も力になれるかもしれない。どうせやりたい事もなくてフリーターしてた俺が、命の恩人に協力出来る可能性まであるなら、目的も無くふらふらしてるよりはよっぽどいいなって思っただけだよ」

 

 率直な心境を述べたまでだが、思いの外アイラの心理状態にも影響を与えたらしい。さっきまでの冷たい雰囲気が無くなり、食事中だった手を止めて、不思議そうな顔でこちらを見ている。

 

「意外だったわ。それなら勝手にしろって見放して、全部無かった事にしたがるかと思った。あなたは面倒事が嫌いだと言っていたけれど、こんな最上級の面倒事に、本当に首を突っ込みたいの?」

 

「正直数時間前までは忘れちまおうと思ってたよ。だけどこのタイミングで自分が能力者だって分かって、君達は戦い続けるんだと知ってしまった以上、ここでしっぽ巻いて後ろめたさを感じ続ける方が、俺にとってよっぽど苦痛なんだよな」

 

 アイラは少しだけ笑顔を見せた後、中断していた食事を再開した。何を面白く思われたのか分からなかったから、ソファーの背もたれにだらんと寄り掛かり、頭の後ろで手を組んで天井を見上げ、自分の発言を思い返す。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食事を終えて手を合わせたアイラの声は、とても優しくて穏やかだった。しかしスッと立ち上がったと思ったら、こちらを向いて偉そうに腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら俺を試すように話しだした。

 

「あなたの理由は命を懸けるにはくだらな過ぎるけれど、気持ちだけは伝わったわ。恩を返したいのなら、一刻も早く自分の能力を発現させなさい。ハッキリするまで今日から毎日特訓するわよ」

 

「毎日特訓って……。俺明日も明後日もバイトあるんだけど」

 

「それなら今日中に発現させればいいわ。それと、これから夜は予定を入れないようにして。ライセンスを取るのなら、やらなきゃいけないことがたくさんあるわ」

 

 急にものすごい熱の入り方だな。アイラがこんなに協力的になるとは、正直想像もしていなかった。だがこの調子だと、かなり詰め込み式のきつい特訓をさせられそうだ……

 

「今日中か……。そんな簡単に出来るものなのか? あとなんで夜を空けなきゃいけないんだ?」

 

「簡単かどうかはあなた次第ね。夜は悪魔退治に行くからよ。悪魔は日が落ちてる間にしか出現しないの。あなたは悪魔との戦い方や能力の使い方を、実際に戦闘を見ながら学んでいく必要があるわ。だから私達に同行させるのよ」

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