エクスプレッサー

「姉さんは言い難いみたいなので、代わりに僕が説明しますね。僕達はエクスプレッサーと言って、悪魔と戦う為の特殊能力を持った、能力発現者なんです。志道さんを襲った悪魔を倒した時も、姉さんはその力で身体能力を強化し、人間離れした蹴りやパンチを使っていたんです」

 

 なんだか予想よりもリアクションに困る理由で、ソーマの話を聞きながら少し呆けてしまった。

 悪魔の次は特殊能力? なんだか都合が良過ぎて茶番に付き合わされた気分だが、さっき俺が体験した事に理由をつけるなら、このぐらいぶっ飛んだ説明じゃないと釣り合わないのも事実。

 何よりソーマがアイラと一緒になって俺をからかっているとも思えない……

 

「その、エクスプレッサーだっけ? さっき僕達って言ってたけど、ソーマもお姉さんみたいな力で悪魔を倒してんの?」

 

「エクスプレッサーはそれぞれ固有の能力を持っていて、僕の力は戦闘には向かないんです。姉さんの能力は霊力操作で、霊力による身体強化の他にも、爆発させたり封印したり出来るんですよ! その破壊力は悪魔を一撃で仕留められるほど強力なので、悪魔殺しって異名まであるんです」

 

 ソーマは嬉しそうに姉さん自慢をしているが、その感覚にイマイチ寄り添ってあげられない。

 そもそも霊力って言われてもピンと来ないし、他の比較対象を知らない為に、凄さの程度が測れない。

 とりあえずあのデカブツをぶっ飛ばした腕力は霊力によるもので、そんな能力者の中でも彼女の力は強い方って事でいいのかな……?

 

「ソーマ、そんな話をしたところで、一般人には理解出来ないわ。それに私が悪魔殺しなんて呼ばれているのも、あなたの察知能力のおかげで有利に戦えているからでしょ。私ひとりだったらとっくに殺されてるわ」

 

「察知能力……? ソーマの能力はアイラさんと違って、霊力ってのは使わないのか?」

 

「私も呼び捨てでいいわよ。あなたの方が年上なんだし。この子は視覚・聴覚・嗅覚等の感覚器が優れていて、敵からの攻撃を察知したり、遠い所の敵の行動まで把握出来るの。自分の気配を隠す事も出来るから、奇襲や監視だってこなせるわ」

 

 ソーマの能力はどっかのスパイや暗殺者みたいだな。アイラの能力よりもイメージし易いし、現実味がある。

 それにしてもこの姉弟、ちょっと仲良過ぎないか? お互いの良さについて語る顔が、本当に嬉しそうだ。

 

「わかった。詳しく説明してくれてありがとうアイラ。それで悪魔の存在が伏せられているってことは、エクスプレッサーについても当然秘密なんだろ?」

 

「当たり前よ。悪魔の召喚に必要な生贄は、生物の生き血と欲望や復讐心による悪の感情、もしくは恐怖や絶望といった負の感情なの。悪の感情の方が強い悪魔を召喚出来るみたいだけど、負の感情でも大量に集めれば敵の数や強さが増す。下手に悪魔に関係する情報が流れれば、それだけで敵にとっては好都合なの。だから私達エクスプレッサーは、犠牲者や目撃者が出る前に、常に迅速に処理するのよ」

 

 今語っていたアイラからは、真剣に自分の使命と向き合い、あの化け物達相手に本気で戦っているって気迫を感じた。冗談みたいな内容だが、実際に人が殺されている現場も見ている訳だし、馬鹿げた話と目を逸らし続けてもいられないか。

 

「なるほど。悪魔とエクスプレッサーについては、俺の中だけに留めておくよ。それよりエクスプレッサーって他にもたくさんいるのか? 何人もで協力して戦った方が、危険も少なくて済むんじゃないか?」

 

「敵も味方も実際に何人いるのかは分からないけれど、どちらも年々増えているのは確かよ。私みたいに広範囲を守れる人は少ないから、ある程度地域ごとに分かれてる。何度か一緒に戦っていた時期もあったけど、戦闘中にやられちゃったり、ある日突然消えちゃったりしたわ。命のやり取りだからね」

 

 さっきとは正反対に、今度は諦めたような哀愁漂う表情になった。

 俺は余計なことを思い出させてしまったのかもしれない。

 

「姉さんは破壊力はもちろんですが、分が悪ければ一旦引ける機動力もあります。そんな汎用性の高い能力ってなかなか無いんですよね」

 

「そういう訳で、私とソーマだけでは素早く対応出来る範囲に限界があるの。私達の連絡先を伝えておくから、もしあなたの周辺で悪魔に関係しそうな情報があったら、すぐに教えて」

 

 なんだかんだ心配してくれているようだし、俺でも多少は力になれそうな気がして、少し嬉しくなった。

 二人と連絡先を交換する為、いつも通りにズボンの左ポケットからスマホを取り出そうしたが、俺のその行動に全員が驚愕し、凍りついたように固まった。

 

「志道さん、どうやって……?」

 

 悪魔に噛み付かれ骨まで砕けていたはずの左腕が、なんの違和感も無くポケットのスマホを掴んで取り出していたのだ。

 もちろん俺の意思で動かしているのだが、痛みも感じないし、そもそも動かそうとしても動くはずがない。

 ソーマは驚きで開いた口が塞がらないって様子だが、アイラは目を見開き、今にも怒鳴り散らしてきそうなキツい形相だった。

 恐る恐る包帯を外していくと、確かに牙が刺さった痕跡は残っているが、それ以外見た目には元通りに治っていた。

 

「どう言う事だよこれ……。さっきまで千切れかかってたんだぞ? アイラかソーマの力は怪我まで治せるのか?」

 

「私達にそんな力があるなら、医者に行けなんて言わないわよ。あなたは5時間くらい眠ってたけど、それにしてもこんな回復力、尋常じゃないわ」

 

 確かにアイラには病院で治療しろと言われたし、そもそも治したのが二人のどちらかなら、一緒に驚く理由が無い。左腕全体を見回しても塞がった傷跡しか残ってないし、強く握ると多少内部が痛む程度で、骨はしっかり繋がっている。

 信じられない状況に困惑していた俺に、呆気にとられて眺めているだけだったソーマから、意図の読めない質問を投げかけられた。

 

「志道さん、もしかして11年前に流行りだした殺人ウイルスに感染したことがありますか?」

 

「ん? あのウイルスなら発見されてすぐに俺も感染したけど、医療機関も逼迫ひっぱくして治療出来なかったから、1ヶ月くらい自宅療養してなんとか自力で完治したよ。それがどうしたんだ?」

 

 それを聞いた途端、アイラは深くため息をついた。

 何か呆れられる事でも言ったかと疑問に思っていると、苦笑いして見ていたソーマが続けて説明してくれた。

 

「エクスプレッサーには大きな共通点がふたつあります。ひとつは過去に殺人ウイルスに感染し、完治している事。もうひとつは完治した際に抗体ができているから起こるのですが、一般の人と比べて異常に免疫力と自然治癒力が高い事です。能力発現前だとしても、風邪を引かないとか怪我の治りが早いという前兆は出てるんです」

 

 確かにここ10年、疲れや乗り物酔い以外で体調を崩した覚えがない。怪我に関してはそもそも骨折みたいな大きな怪我をしていないから、自覚が無かった。

 そしてすごく嫌な予感がする……

 

「あなたは間違い無くエクスプレッサーよ。それも相当強い能力の持ち主ね」

 

 アイラの宣告には耳を覆いたくなった。だが同時に、あまりに出来過ぎているとも感じた。

 悪魔が出現してからのウイルスの蔓延。人を殺すはずのウイルスで、真の人間の敵である悪魔に対し、対抗策となる能力を手に入れる。

 悪魔とウイルス両方を見ると、増え過ぎた人類が淘汰されているようにも見えるけど、ウイルスは人間を選抜する為の試練で、選ばれた人間が悪魔から人間を守れって見方もできる。

 だめだ、あまりに現実離れした体験をし過ぎたせいで、俺の思考もとんでもない方向へ向かっている気がする。だけど悪魔もウイルスも、なんならこの世界全体を創造した者が居てもおかしくない状況だ。

 

「まぁ良かったじゃない。病院に行く手間も省けたわよ。あと一応連絡先はお互い知っておきましょ」

 

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