彼女の損益分岐点
ひまりは俺の説明を、静かに傾聴してくれた。
『星空ヒカリ』の正体が俺らの父親である緑川大吉であること、その繋がりで、俺が『神楽シスターズ』のコーチになったこと、そして『神楽シスターズ』のチャンネル登録者数80万人ために来るCreation& Destruction Tournamentで優勝ないし、それに迫るほどの優秀な成績を収めたいという事。
そして『星空ヒカリ』と『神楽シスターズ』の3人を、俺と共にコーチングし、その様子を定期なコラボ配信として行って欲しいという、無茶なお願いも。
「えーっと、ちょっと待ってね……頭の整理ができてないんだけど」
姿は見えずとも通話越しにその声から、ひまりが頭を抱え困惑しているのが容易に想像できる。
無理もない昨日とは話の内容が全く違う。
「んーっと…………状況をひとつづつ確認するね」
「ああ」
昨日の話では『星空ヒカリ』の正体が俺だということで話は進んでいたし、ひまりもそう思って今日の話し合いに臨んでいたんだろうからその混乱は必然だと言える。
「……まず初めに……『星空ヒカリ』はお兄ちゃんじゃなっくて…………お父さんで」
「そうだ、アイドルVtuberの『星空ヒカリ』の正体は俺たちの親父、緑川大吉だ。さっきも説明したがどうしてそうなったというと、幼い頃の俺との約束を守るために、転生しバ美肉声したということだ」
実に悲しいことに。
「……まず、なんで、そんな約束したのよ、お兄ちゃん」
「いや、これと言って俺も当時の記憶がないんだ」
すまない親父。本当にすまない。幼い俺がアイドルなんて単語にハマらなければ、こんなことにはならずに、後2年は早くは早く帰ってこれたんだもんな。
「つまり『星空ヒカリ』は俺じゃないんだ、昨日は嘘ついてごめんな、ひまり。信じられないと思うが、その証拠に」
俺は自身のパソコンのモニター画面に映し出されている『星空ヒカリ』の配信に視線を向ける。ひまりもきっと同じものを見ているだろう。
「うん、そうだよね。これなら信用するしかないというか、『星空ヒカリ』ちゃんがお兄ちゃんでないことは確かだし」
親父には、本来予定になかった『星空ヒカリ』のゲリラ配信を、今現在してもらっている。ひまりとの交渉の前に親父と相談した結果、別人であるという証明のためにこの話し合いの裏で、配信をしようという話になったからだ。
「それに、送られてきた写真も……」
そしてさらなる決定的な写真のために、親父に自身の顔を含めた『星型』の痣の写真を自撮りし、俺に送ってもらい、それをひまりに送信をした。ボディビルダーのような、筋骨隆々の中年男性がタンクトップを着て笑顔で、フロント・ダブルバイセップスをしている写真であったが、その二の腕にはくっきりと俺と同じ位置に『星型』の痣が写っている。ただ痣の証明であればいいのに、これを実の娘に送る精神は狂っていると言わざるを得ない。
「ああ、あの写真が親父だ」
やはり俺の高身長と体格は親父の遺伝なのだろう。ひまりが親父に似ずに可愛く育ってくれて、本当に良かった。
「というかお父さんは、日本に帰ってきてたんだね」
「俺も母さんやひまりには、日本に居ることを伝えていると思ったんだが、そこまで秘密にしていたのは驚いたというか、徹底してるというか、母さんがすこし可哀そうだと純粋に思ったよ」
2年前にはベーリング海から日本に親父は帰ってきていたはずだったが、そのことは母さんとひまりには知らされてなかった。昨年も知り合いにロシアから年賀状代わりのポストカードを送ってもらっていたらしい。流石に親父も俺との約束とはいえ、母さんにアイドルをしているということは打ち明けられなかったらしい。
「んーね、まあわかる気もするというか、流石に言えないよね、お兄ちゃんとの約束とは言えバ美肉声してネットアイドルしてたなんて……」
「全部は幼い頃の俺が悪いんだ、母さんには黙っておいてくれ、ひまり」
ひまりには見えないだろうが俺は、ディスプレイに向けて頭を下げる。
親父にも母さんだけにはと、そのことだけはとても念を押された。
「うん。私は正直お兄ちゃんとは違って、お父さんは元々いない人だったから、変な感情もないしそこは大丈夫だよ、せっかく家族がそろったのに、それに水を差すようなことはしないよ」
「ああ、よろしく頼む」
母さんの前では、やはり親父はかっこよく居たいという事なのだろう。
「お母さんの様子を見てると、アイドルなんて関係なさそうなくらいだと思うけどねー」
「そうなのか?」
母さんは俺に気取られないようにしているが、今でも親父が好きなのは知っている。そしてその気持ちを俺と親父が和解したから、多腕を振って家でアピールできるって事だからな。母さん今まで本当にごめん。
「うん、お兄ちゃんの話をしたらお母さん大喜びでさ、ダブルベッド買うって、寝室の横幅メジャーで図り始めてたもん」
「うわぁー」
それは聞きたくなかった。
「それで話を戻すけど……お兄ちゃんが『星空ヒカリ』のマネージャー的な?」
「親父と会ったのは、結局のところ昨日が初めてだから、まだそれらしいことは何もしてないけどな、一応そんな感じだ」
これから『星空ヒカリ』を世界に広める為に頑張る所存ではある。
「ふーん、お兄ちゃんそんなにVtuberの事詳しかったんだね、知らなかったよ」
「まぁ、なんだ……そのぉ……」
ひまりには俺が『星空ヒカリ』のマネージャーになった経緯は、俺がVtuberに詳しく今後の『星空ヒカリ』の活動に幅を利かせ、登録者数を伸ばすためと説明した。
実は親父は辞めるつもりだったとか、俺の恥ずかしいあのこっぱずかしい告白の話はしなかった。
「ひまりはわかると思うけど、元々俺はアニメとかゲームとかより、2次元コンテンツ全般のオタクだからな。今のネットの流れ的にVtuberのファンになったというか……いろいろ詳しくなったというか」
俺はひまりに実際に会っている訳ではないのに、無性に恥ずかしくなり、頬を掻く。
Vtuberにはまったきっかけ何て、よく覚えていないが、大体そんなもんだったとおもう。流行りものを追っていたらいつの間にか好きになっていた程度の感じだったはずだ。
「ふーん…………ち、ちなみにお兄ちゃんは、推してたVtuberとか居るの?」
「あー……」
流石に言えない。俺が『星空ヒカリ』つまり親父のガチ恋勢、ユニコーンだったことなんて。言ったら死ぬまでネタにされるだろう、憎んでいた実の父に、本気の恋をしただなんて。
「そうだなぁ………しいて言うなら。『大黒天』かなぁ……」
「ほんとにっ!」
俺の解答にひまりの声のトーンが一段階上がる。
この場では忖度しているように思えるだろうが、概ね真実だ。
「さっきも話したが、俺は休日によく大学の知り合いとFPSをするんだ。だからやっぱり話題は『大黒天』になることが多いんだよ」
もちろん一番の推しは『星空ヒカリ』だったが、二番目と聞かれれば『大黒天』なのは間違えない。
「えへへっ、そっか、そっかぁ……」
俺のさらなる補足説明に、ひまりが喜びをかみしめている様子が、声から手に取るように分かる。
「でっ! ちなみに『大黒天』のど、どんなところがす、す、好きなの?」
好きと来たか、まあ好きと言われれば好きなのかもしれない。でも俺の中では好感度が高いという感じた。正直なところ『星空ヒカリ』以外に好きという感情を持ったことがない。
「そうだなぁ……というか本人を前にというか…………ひまりがマリーちゃんなのを知っているとなんだか、そういうことを言うのは……恥ずかしいなぁ」
彼女達のFPSの配信や、切り抜き、フラグムービーは穴が開くほど見たし、彼女達と同じ動きをしようと、何度も何度も友人たちと真似をした。しかしその模倣は本物にはなりえなかった。だからこそ俺たちは『大黒天』にあこがれ、尊敬を抱いた。それは他のネットユーザーも同じ気持ちだろう。その超絶プレイがあるからこそ『大黒天』のFPS配信は人気を博したのだから。
実の妹があの羨望の思いをはせた一人『マリー・黒島・オルゴール』だった。いち視聴者として話したい事はたくさんあったが、いざ本人を前に好きなところを直接話すだなんんて恥ずかしい。ましてやその相手は妹だったのだ。
俺はなんだが妹に愛の告白をしているような感じに陥り、非常に恥ずかしくなった。
「えー、なになに、お兄ちゃん私に恥ずかしがってるのぉ?」
そうだよ、お前に直接言うのは恥ずかしいんだよ!
「いや、だって、そりゃ……うん。あれだな、あれ」
「なに、なに」
だがここは、少しでもひまりに忖度した方が、この交渉は良い方に進む! ええい、ままよ!
「そ、その他のVtuber達の放送と違って『大黒天』のFPS配信は美しさというか、カッコいいというか、他のVtuberには感じない本物さっていうか、格が違うって感じがするんだよな…………って俺はなに言ってるんだろうなぁ! やめ、やめ! この話やめ!」
結局何が言いたいかはまとまらずに無難なことを言ってしまった。
しかし、全VtuberのFPS配信の内容、プレイ、トークすべての要素を比較しても、忖度なしで『大黒天』が一番だと、俺は確信している。それだけはネット上のVtuberファンならほとんどが同意をするだろう。
「ほほぉ、それはお目が高いですなぁ」
英国紳士の様に自慢げに存在しない口ひげを撫でる仕草をする、ひまりの姿が声のトーンから想像できる。
「まあ、それなりの物は提供できている自身はありますよ、私たちも、ええ」
「ああ、本当に流石だよ」
あの超絶プレイとコンビネーションは一長一短で身につくものではないし、配信中の3人の役割分担もしっかりとしている。かなり裏で打ち合わせと努力をしていることは容易に想像できる。
「ち・な・み・に、お兄ちゃんは『大黒天』の中では誰推しとかある?」
「そりゃ…………マリーちゃんかな」
ここも俺は、忖度をした。
3人の中で誰かが推しと言われれば、本当は『大鎌みりん』ちゃんだ。デビューしてかなり時間がたつので、様々な配信を見たことがあるのと、やはり彼女の多彩な趣味と、2次元趣味のバリエーションの多さが実によく共感できる。
俺の発言の後、ポロンと通知音が鳴り、ひまりがミュートになった。
ん? 親フラというか、母さんがひまりを呼びに来たか?別に俺ならいちいちミュートにしなくてもいいのに。
ポロンっと、聞きなれた効果音が鳴り、30秒ほどでミュートは解除された。
「どうしたひまり、母さんか?」
「い、いや、大丈夫。なんでもないよお兄ちゃん」
彼は一生知る事はないだろう。彼女の今行った30秒の狂喜乱舞の喜びの舞を。
『大黒天』を推していて、その三人の中でさらに、自分が一番と言われたのだ。つまりはVtuberで一番自分が好きと言われたのと同義だ。
彼女は兄の人生の中で、何かで自分自身が一番である事、さらにそれが兄の好きなジャンルであり、なおかつ恋愛感情に近い存在であったことに、感激をしたのだ。まさに彼女にとっては愛の告白に等しい発言だった。
「そうか、飯か風呂か? 母さんが呼んでるなら、この話はまたその後でも俺はいいけど」
しかし彼はその事には気づかない。いや正確には喜んでいるとは思っているが、そのベクトルが褒められたから喜んでいるという物だと勘違いしているだろう。
「だ、大丈夫、お母さんは今日フラダンスの飲み会で帰り遅くなるみたいだから、お母さんじゃないよ、大丈夫」
「そうか、お前が良いならいいんだよ」
「ち、ちなみにーなんだけど、ひ、ひま、じゃなかった。マリーちゃんのどこら辺がす、すす、推せる所?」
普段の彼女ならここまで大胆な質問はしないが、今はテンションが有頂天だ。今の自分のテンション話の勢いに任せて、彼女はさらに自分の欲望をここぞとばかりに、兄にぶつける。
「……ふむ」
マリーちゃんの推せる所か、そりゃあ。
「そりゃ、他の二人には無い圧倒的なFPSの実力だよ、あれは神憑り過ぎてる。なんと言ってもスナイパーを拾ったときのキルレシオは凄すぎる。それにマウスドラックの正確さ、的確なスキルの使用タイミング、絶対に外――」
「でへへへ」
妹の惚けた声で彼が今自分が何をしていたか理解した。
うわっ、そうだ、ひまりがマリーちゃんなんだ。さっきあんなに葛藤したのに俺の鳥頭は、ついうっかりひまりがマリーちゃんである事を忘れてしまった! つい本人の前で彼女のいいところを淡々と喋ってしまった。この前に先輩たちに同じことをしたばっかじゃねぇかよ俺。
「エイム力って、…………俺らの中で話してる」
もっと言いたい点はあるが、これ以上は気持ち悪いと思い話すのをや言葉を濁す。
「そうですかー、そうですかー、うんうん、お兄ちゃんがしっかりと私を推してたって事は分かったよ。うんうん」
客観的に見れば光代は、そんなに特別な事を言った訳ではない。今の意見は『大黒天』の『マリー・黒島・オルゴール』を知っていれば誰もが口にする意見だ。しかし彼女は基本エゴサーチをしないし、まとめサイトも殆ど読まない。だから兄が自分の事を、本当に最推しと勘違いするには十分だった。
なぜなら彼女のFPSの実力は、兄への想いその物であり、その努力を認められた気がしたからだ。今の彼女の精神状態では、今の発言はそういう解釈となる。
俺は親父同様にまた血の繋がった身内に、こっぱずかしい告白をしてしまったので、全身がむず痒くなったが、だが話の流れはいい方向に進んでいると確信をして、話を先に進める。
「あ、あのプレイの上手さは付け焼き刃じゃない。相当努力をしたんじゃないのか? だってひまりはFPSはやってなかっただろ」
俺が家にいた頃ひまりは、俺のやっているゲームジャンルの中で唯一をFPSをやならなかった。ひまりが好き好んでやったゲームは、ターン進行性のゲームや、シミュレーションゲームや、ボードゲーム系だ。
「えへへ、そうでもないよ」
兄との居れない時間を埋め合わせるために始めたFPSだ。本人はそれを努力とは思っていない。たとえそれが毎日10時間以上にも及ぶプレイであったとしても。
「いや、でも今のひまりのFPSの実力は本当にすごいんだ、Vtuber界の中では一番と言っていいい」
「そうかなぁ、もっと強い人は居るよぉ」
ひまりは口ではそう言っているが、その声色からすでに有頂天と言った感じだ。
こんなにひまりは乗せやすい性格だったか? いや、そんなことより今は。
「……だからこそを貸してほしいんだ、ひまり」
一瞬の沈黙が流れ、通話からは再び戸惑ったような声が聞こえて来る。
「あー、あのーなんだっけか、かみらく? シスターズだっけ?」
「『神楽シスターズ』だ」
「あ、そうそうそんな名前、で『神楽シスターズ』と『星空ヒカリ』ちゃんの話でしょ……」
通話越しの彼女の声はやはりどこか浮かない。考え事をしているようだ。
「お前に1ミリもメリットもないのは重々承知だ。だがどうか、この通りだ。せめて考えるくらいはしてもらえないだろうか」
ディ〇コードの通話では俺が頭を下げていることは、ひまりには伝わらないが、俺は再び自分のパソコンの前で頭を下げた。
「うーん、そうかー、そういう話になるんだよねぇ」
「どうだろうか、『星空ヒカリ』とのコラボ配信に相乗りさせてもらう感じでいいんだが……」
彼女が彼にコラボ放送を持ち掛けた理由は、広いユーザー層の獲得でも、コラボ放送で目立つことでも何でもない。
兄とゲームがしたいただそれだけの理由であった。しかし彼には彼女の思惑など知る由もなし、彼女もそのことを理解している。だから兄と遊べない時点でこの話は論点がずれている。
「……うーん」
「もちろん、お前にとってあの大会は重要なものだし、俺らがその外様で、それを利用しようとしているという無茶なお願いなのは、わかっているんだ」
違う、そういう事ではない。彼女にとっては大会だろうが、優勝賞品のCDデビューだろうが、そんなことはどうでもいい。もっと言うと、父親と彼女達にFPSをコーチングすることも正直どうでもいい。一番の問題は兄と一緒にゲームができる、つまりは相手が兄であるか、それに限るのだ。
「……頼む! 今の俺にはひまりしか頼ることが出来ないんだ! 俺にできることなら何でもする!」
「ん? 今何でもするって」
「ああ、俺にできることならなんでも協力する!」
兄ほどのオタクなら反応を示す、ネットミームにも反応を示さないことに彼女は驚く。それほどに兄がこの案件に真剣であるという事に。
彼女とて大好きな兄のお願いであれば応えてあげたいと思っている。
むしろ彼女は今この件を利用し、いかに兄と口実を付けて、合法的に二人で時間を作るかを必死に考えている。彼女もこの2年間待ちに待った兄と遊ぶことが出来るという、天から差し伸べられた蜘蛛の糸だ、絶対にその手は離す気はない。今はその糸をどう登るかを、考えあぐねているのだ。
しかしそれと同時にもう一つ気になる点がある。
「『星空ひかり』ちゃんはお父さんだから、まあわかるんだけど…………その『神楽シスターズ』さんはお兄ちゃんのなんなの?」
大学の先輩だか何だか知らないが、兄がその『神楽シスターズ』の魂の女性に良い顔をしようとしているのは事実だ。
高校までは彼女の、かの字も匂わせることが無かった兄だが、大学に入ってからはその動向は謎だ。もしかしたらその二人のVtuberの二人のうちどちらかが彼女かもしれないという懸念もある。
「いや、その…………うーん」
今度は彼が悩む番だ。
その沈黙に彼女は思わず生唾を飲み込む。
『神楽シスターズ』が俺のなんなのと言われれば、そんなに深い関係ではない。西園さんと浜ヶ崎先輩としっかりと話したのも昨日が初めてだ。さらには手伝おうと思ったきっかけの半分は親父に乗せられたといえ、邪な気持ちだ。
だが今は『星空ヒカリ』の件があるにしても、本気で『神楽シスターズ』を応援、支援しようと思っている。じゃあ、俺にとって『神楽シスターズ』とは何なのだろうか。
先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「もしかしてお兄ちゃんの、か、彼女さんとか?」
「彼女ぉ!? い、いや、俺なんかが!? そんな! ありえない、ありえない」
先輩や西園さんが、糞陰キャの俺なんかじゃ釣り合う相手じゃない。協力を承諾した時には、もしかしたら俺にもワンチャンスあるかと思いこんだが、よくよく考えてみればそんなことは有りえない。
月とすっぽん、モブと太陽、モブと女王様なのだ。
「うーん…………しいていうなら仲間的なかんじなのかな、俺は一応そう思っている。たぶん、それ以上もそれ以下もない関係だと思うよ」
悲しいがそれが現実。
「はぁ…………なるほどねぇ」
今度は彼女が頭を抱える。
兄の反応自分が思い悩むそういった男女関係でないことはわかったが、彼女達は兄が動揺するほどの、魅力を持つ女性である事はわかった。
「……やっぱ難しいか」
元々無茶な願いだっただけだ。ひまりは何も悪くない。
「……うーん」
「せっかく、ひまりからコラボをお願いしてきてくれたのに、無茶なお願いをしてごめんな」
思い返してみても、相当俺はひまりに無茶を言っているな。すこし昨日から徹夜続きでランナーズハイになっていたのかもしれない。
「いや、そうね、うーん」
「そりゃそうだよな。一言にコーチング配信って言っても、事前にいろいろの準備もしなきゃいけないもんな、もちろん俺も手伝うと思っていたが、それでもひまりの負担が圧倒的に大きい」
何を言っていたんだ俺はまったく。
「ん? 準備って?」
「ほら、やっぱりパワーポイントみたいのを用意したり、武器の詳しい仕様をまとめたりキャラクターの特徴とかを資料として作ったり、配信用に画像の切り抜きとか、やっぱり初心者向けの配信に向けて何か色々あった方がいいかなっと、勝手に俺が妄想してただけだ、気にしないでくれ」
せめてもの定期のコーチング配信じゃなくても、1回だけコラボ配信はどうにかならないだろうか。配信内容はFPSじゃなくてもいい。すこしバズるきっかけになればいいんだ。
「じゃ、じゃあ――」
「その準備って、お兄ちゃん一人がするの?」
あきらめかけた瞬間、ひまりに寄って俺の言葉は遮られる。
「え? ああ、まあそうだな。やっぱりメインの主体はひまりになってしまうのかなぁ。ある程度は俺の主体で用意できるんだけど。やっぱり配信中の素材はひまりの思い描いている物の方がいいし、ひまりと事前に打ち合わせをして、俺がその希望に沿って素材を製作する見たいの準備は、俺にもできるかなと思ったんだが……」
結局、俺の甘い想像だったわけだ。俺は配信業なんてやったことないし、素人に毛が生えた浅い発想だったな。
「それってつまりは定期配信の前にお兄ちゃんと打ち合わせがあるって事?」
「ああ、今考えてみると、ひまりにすごい負担だ。本当に俺の考えが浅かったよ。毎週定期放送だとしたら、毎週放送の前日に打ち合わせと科を無くちゃ――」
「やります」
「え?」
いまなんて。
「やります! お兄ちゃん、私コーチング配信します!」
なにぃ!?
「え!? ほ、ほんとうにいいのか!? ひまり!」
俺にとっては願ってもない返答だが、どういった心の変化なんだ。
もちろん彼は気づいていない、自分が彼女にとって最良の提案をしたことに。
「でも、いいのか、さっきな――」
「正直、初心者に教えてところで私達『大黒天』の優勝は揺るがないし、私がコーチング放送をしたらかなり話題になるとは思わない? 大会の事もあるし」
彼女も頓挫しかけていた話を立て直すために矢継ぎ早に理由を話す。
確かに素人三人をいくら鍛えたところで、『大黒天』に勝てる確率なんて非常に低い。簡単に越せない存在だからこそ、彼女達は映えるのだ。
「いや俺はてっきり断られるのかと、だってひまり側にメリットは無いし……」
それに打ち合わせの負担はやっぱり大きいと思う。
「もともと、その初心者応援定期コーチング配信って意見自体は、かなりいい案だなーって、思ってたよ私」
「ほ、ほんとうか?」
「うん。メリットとしては…………そうだね、昨日も言ったけど、そのてぇてぇ的な? 売り出し方ができるというか、マネちゃんの圧を取っ払えるのと、大会に向けての広報活動ができるってところかなぁ」
彼女にとっての本当のメリットは、兄との定期打ち合わせだが、それは言えるはずもない。
「いや、まあ、ひまりがそう言ってくれるならありがたいんだが、本当にいいのか?」
究極的なところを話すと、その放送をするに外様の『星空ヒカリ』や『神楽シスターズ』を使わなくてもいいはずだ。このアイディアだけをパクリ、もっと内々で株式会社カレンダーのVtuberを起用すればいいのだから。
「まあ、その過程で、お兄ちゃんにはちーとばかし、私との打ち合わせとか、ロケハンとか、いろいろな事に付き合ってもらうことになるけど」
その程度お安い御用だ。
「ああ、任せてくれよ。何時間でもひまりに付き合う、というか付き合わせてくれ」
俺にはひまりに与えてあげられることは無いだろうから。もとよりこの企画や台本製作、配信外の裏でのコーチングはするつもりでいた。
「お兄ちゃんが付き合ってくれる!!!」
兄の不意な発言に、彼女の脈拍は今世紀最大を記録する。
「ああ、任せろ! いくらでも付き合う覚悟はできている」
意味は違えど兄からの言葉に彼女は一瞬トリップをする。
「お兄ちゃんが、私と、お兄ちゃんが私と、付き合う、覚悟はできてる、お兄ちゃんが……」
ひまりが通話越しに聞き取れないほどの小さな声で、なにかブツブツとしゃべっている。
「ん? どうしたひまり」
「はっ! な、なんでもないよ、お兄ちゃん」
惚けていた頭を水浴びをした後の犬のように、左右に振り、彼女は気合を入れなおす。
「じゃ、じゃあ。その定期コーチング配信について、一応マネちゃんに確認しておくね」
「ああ、すまないが頼んだ」
俺がカレンダーのマネージャーだったとしてもこの企画を通すか、通さないかは半々だろう。
まず相手が身内じゃない、『星空ヒカリ』は個人勢としても登録者数としても妥当なラインだが、『神楽シスターズ』はそこそこ、というか『大黒天』の『マリー・黒島・オルゴール』と定期コラボ配信をするにしては幾分かグレードが低い。
しかし今までコラボ配信を敬遠してきたマリーちゃんが自分自身から持ってきた企画だ。今後のきっきかけのためにも通すということもあるだろう。
「企画がもし通らなかったら――」
「絶対に通すから!」
「え」
「絶対に通して見せるから任せてよ! お兄ちゃん」
「お、おう」
ひまりがそこまでこの配信に乗り気でいてくれることは非常に心強い。
「たぶん結果は明日明後日にはわかると思うんだけど、それで大丈夫? お兄ちゃん」
「ああ、全然大丈夫だ。いつでも連絡してくれ」
「うん! わかった…………っと!」
ひまりの通話からスマートフォンのアラームの音が聞こえる。
「あちゃ、ごめん。おにいちゃん、打ち合わせの時間になっちゃった」
「こちらこそ、貴重な時間を割いてくれてありがとうひまり、とっても助かったよ、というかこれから助けられるよ」
「いいってことよ! じゃ、また連絡するね!」
「ああ、わかった、じゃあなひまり」
「うん! バイバイおにいちゃん」
こうして交渉はお互いが最良の結果に終わった。
しかし彼女は未だに気づいていない、今週末のデートもこの作戦の一環であるということに。
俺の推しVtuberがまさかのバ美肉声した父親だったなって、そんなの俺は認めない! 先生(さきしょう) @sen_sei
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