中二病はコーヒーのあとで

 

 時間は平等で刻々と時間は減っていき、日は昇る。

 細川光代が自身のベットに入った時には、もうすでに疲労困憊の状態だった。

 朝まで悪友二人とFPSや好きなVtuberを語らう事なんてことは、日常茶飯事であっても、勉強という目的で朝まで集中したことは、生まれて初めてだった。たとえそれが自分の得意なゲーミングデバイスというコンテンツであったとしても。

 慣れない作業に彼は、浜ヶ崎がベットと枕に残した残り香を、堪能することを忘れて、眠りに落ちてしまった。

 3限からの講義のために午後12時30分に起きた彼は、起きた瞬間にその鼻の奥をかどわかす、甘い香りに、その事実に、気くことが出来たが、今更そんな気分にはなれず、血涙を流しながらベットカバーを引っぺがして、洗濯機に突っ込んだ。

 

 父親への相談は大学に登校する前に終わった。

 緑川も初めは難色を示したが、彼が妹があの『マリー・黒島・オルゴール』である事と、これからの作戦を懇切丁寧に説明した。最終的には母さんには絶対に秘密という条件で了承してくれた。その後、彼は妹にチャットアプリで『今日の夜、ディ◯コードで今後のことについて話そう』と送信したのであった。





「……おっし! 今夜が本番だな」


 なんとしてもひまりの協力を――


「なぁーにが、一体ィ、本番なんだ? 教えてくれよ、光代ィ」


 講義の開始を教室で待つ彼の隣の席に、悪友の畔上琢磨が最高に下品な笑顔と共に、着席をしてきた。

 チッ…………聞かれたか。面倒な。


「えーっと、だなぁ」


 彼らは悪友と言えど、大学では四六時中同じではない。なぜなら家に帰宅してディ〇コードを繋げればずっと一緒なのだからだ。大学ではタイミングが合えば一緒に行動をする程度。別の友達と昼飯を食べることもあるし、それぞれ入っているサークルも違う、取っている講義の系統も違う。

 細川場合、火曜日の講義は3限と4限のみ履修をしており、その中で4限が悪友3人が揃う講義であった。


 やっぱり、見つけてきやがったか。


 細川は、今日のこの時間は悪友達と会いたくなかった。なぜならこの時間は、一人で今晩のひまりへの交渉の作戦を、考えたかったからだ。だからあえて、いつもは座らない位置の席に陣取っていたが、しかし流石の悪友は、彼を見つけて来たのだった。


「なぁ、なぁ、なぁ! 是非教えてくれよ光代くぅん? 一体、なにがぁ本番なんだぁ?」


 笑顔が汚い。琢磨は机の上出していた、俺の前腕をガシッっと掴んだ。

 あーめんど、どーしよ、昨日通話ブチ切って、めんどくさいから、そのままにしてたのによぉ。


「いやー」


 俺の前腕を掴む琢磨の握力が、徐々に強くなっていくのが分かる。

 なんて言えばいいんだ。昨日はお前たちに嘘をついて、浜ヶ崎先輩と西園さんと一緒に俺の部屋で、カレーパーティー開きましたなんて言ったら、ウチの大学中の男子を集めて、リンチされるんじゃないか俺。


「そのー」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。俺の腕ミンチになっちゃう。でも昨日の通話で、俺が女性を連れ込んだという事実だけは、こいつに伝わっているというか、気づいているし。


「あれはなー」


「あー、居た居た、お前たちいつもと違う場所座ってるから、わからなかったぜ」


 俺が琢磨の回答に悩んでいると、別の方角から声がかかり、前腕の拘束が解除された。悪友最後の一人、三ヶ島歩夢もその場に現れた。

 俺の左腕は守られたが、結局いつものスタイルになっちまったな。


「歩夢聞いてくれよ、こいつ昨日、俺らに嘘ついて、女連れ込んでやがったんだぜ」


「バカ、声がデケェよ」


 俺は思いっきり琢磨の後頭部をひっぱたいた。


「痛てぇよ、馬鹿、これ以上馬鹿になったらどうするんだよ」


 琢磨は後頭部を手で押さえて、俺に振り向き抗議をしてくる。


「お前はこれ以上馬鹿にならないから、大丈夫だぞ、お前はもう最底辺だ」


「そういう、こと言ってんじゃねーよ!」


 俺に体を向けて抗議をする琢磨に、背中側から歩夢は肩に優しく手を置く。


「なんだよ、歩夢。お前も俺の敵かぁ? でもこいつが女を――」


 琢磨が振り向き、俺が視線を向けると、そこには苦虫を噛み潰したような顔で、今にも血涙を流しそうな歩夢が居た。


「ご、光代も……大人になっだっで……ごどだよ」


「「お、おう」」


 俺と琢磨はその表情にドン引きした。

 歩夢はそのままの表情で、琢磨の隣の席に着席した。そしてまるで缶ビールでのように、手に持っていたマウンテンデューの缶を呷る。


「どうしたんだよ、歩夢。そんな顔して」


「くっ……ぎ、ぎぎ、な、なんでもないのだよ」


 奥歯をかみしめながらくぐもった声を絞り出した歩夢は、俺たちに視線は向けずに、どこか遠くを眺めていた。

 この様子だと、俺の握らせた1万円だけだったら裏切ってたなコイツ。どうやら浜ヶ崎先輩の『おねがい』を守るために、必死に平常心を保っているだけか。


「……まあ。歩夢がそう言うなら」


 未だ遠くを見つめている歩夢に興味を失ったのか、琢磨は再び俺に体を向けた。


「別に最初から女を連れ込んでるなら、言ってくれればよかったのによぉ、邪魔しねぇよ流石に」


「お、おう。そうか……」


 琢磨は俺に肩を組んできたが、相手が浜ヶ崎先輩と西園さんと知っていたら、この腕はそのままチョークスリーパーに代わっていただろう。


「でもよぉ、これでお前もやっと、童貞卒業だな」


 ガチャっと、薄い金属を潰したような、音が聞こえた。

 その音の方向に俺たち二人が視線を向けると、そこには、中身の入ったままのマウンテンデューの350ml缶を、握り潰している歩夢に姿があった。


「お、おい。歩夢どしたよ、吹き出してんぞ」


 歩夢の座っている机の上は、あふれ出したマウンテンデューで小さなプールが出来始めている。しかし彼はそんなことはお構いなしに、未だに変わらず苦虫を嚙み潰したような顔で、どこか遠くを見つめている。


「いいんだ、琢磨。こうしなければ俺は今俺を抑えられない」


「あ、はははー」


 歩夢は昨日、俺と浜ヶ崎先輩を見ているから、今の話の流れだと、俺が浜ヶ崎先輩が致したようにとらえることが出来るだろう。片や琢磨は、俺が女性を連れ込んでいるという現状しか知らない。お互いの持ってる情報によって、ここまで内容が異なるのか……まあどちらも馬鹿どもの勘違いで、そんなことは一切なかったんだがな。

 もちろん俺からは指一本も触れることさえなかった。お、お、お、おっぱ、肩を組んだくらいだ。

 そのあまりにも異常な歩夢の壊れっぷりに、その話は有耶無耶になった。

 講義が始まり、教室がある程度静かになる。

 講義も中盤に差し掛かり俺と歩夢の集中力も切れたころ、講義開始から爆睡をこいていた琢磨が起き上がり、俺たちに話しかけて来る。


「それであれよ、昨日の観たっしょ、マリーちゃんのCad杯の動画」


「「観たよ」」


 俺と歩夢の声が被る。


「まじベェーよな」


「だよなぁ」「ああ、そうだよな」


 俺はその大会で優勝目指してるんだ、マジやべぇーよ。

 こんな状況に陥ってなければ、俺だってこいつらと同じテンションではしゃげたんだろうなぁ。


「優勝誰が出るんだろう大会は『三神』とか『高梁』とか出るのかなぁ」


「ああ、でもVtuber限定じゃね、あの煽り文句だと……」


 歩夢と琢磨の二人は、Cad杯についてあれやこれやと、ないことある事、想像を膨らまして話に華を咲かせ始める。


「――――いやー、『大黒天』ネタには痺れたわぁ」


「――――あのサイトさぁ」


 俺はある程度中身を知っているがゆえに、ぼろを出さないように真面目に講義を受けるふりをして、会話を避けた。


「で、光代はどこが優勝すると思う」


 しかし話を振られてしまえば、参加せざる負えない。


「……そりゃ、『大黒天』なんじゃねぇのかなぁ」


 こいつらが知らない、俺が持っている情報すべて統括しても、『大黒天』が一番の優勝候補だろう。そのための大会だ。


「だよなぁー」「ですよねー」


 頭が痛い。ポ〇セン縛りで殿堂入りする方が300倍楽に思えて来る。


「…………はぁ」


 まずは、第一歩。今日の交渉は必ず成功させなくては。

 ひまりにとっては敵に塩を送る行為になることは重々承知だ、だがしかしここで、ひまりのYESを引き出せなくては、この作戦の成功率は著しく下がる。


「……せめて、出場者が全員わかればなぁ、すこしは対策が――」


「そうだよぁー、マジでどこが出るんだろうなVtuberなら『ますたーますたーど』と『Tri-edge』は堅いだろう」


「でもどうだろうなぁ『ますたーますたーど』の『パセチ』は最近はFPS放送してないじゃん、もう解散の雰囲気漂ってね」


「いや『ますたーますたーど』は出るって…………あっ」


 やば、ついノリで喋ってしまった。


「マジ!? それどこ情報だよ」「マジかよ」


「あ、いやー。あれだよ。『ますたーますたーど』の実力なら出て当然みたいなもんで言ったんだよ」


「なんだよぉ」「まあありえない話じゃないよな、Vtuberじゃかなりうまい方だし」


 ……ほっ、こいつらが馬鹿でよかった。マジでうっかりしゃべらないように気を付けないと。

 俺は講義が終わるまで、適当に奴らの言葉に相槌を打ちながら、ひまりへの交渉について頭を巡らせた。





「そういえば今日は、この後どうするよ?」


 講義が終わり、琢磨が筆記用具を片付ける俺たち二人に、声をかけて来る。


「というか琢磨は手ぶらかよ、お前ほんとに大学になにしに来てるんだよ」


 講義だって半分以上、爆睡してたじゃねぇかよ。


「俺ぇの事は良いんだよ、でFPS今日やるっぺ?」


 ……いや良くないだろ。

 歩夢は持ってきた荷物を抱えながら、その中で一番大きいトレッキングケースを見せつけるように背負う。


「今週は今日から金曜までは、新入部員獲得のために、サークル活動だ、悪いな」


 歩夢は音楽系のサークルに入っている。それも結構ガチの。


「お前のジャズなんちゃらかんちゃらか、確か女子の新入部員が二人は入ったんだろう、もういいじゃないか、今日は俺と光代と一緒にFPSしようぜぇー」


「いや、我がジャズビート――」


「俺は1週間で新入部員が辞めるに、1万ガバス、琢磨お前は?」


「三日で蒸発に2万ペリカ」


「おいおい、琢磨も辞めるに掛けたら賭けにならないだろ」


「いや、お前が逆に――」


「お前たち、不吉なこと言うんじゃねぇよ! なんで新入部員の二人が辞める方向になってるんだよ」


 俺と琢磨の不謹慎な賭けに、歩夢は抗議の声を上げる。


「これでもなぁ、俺のサークルはかなり歴史のあるサークルだし、結構学祭とかじゃ、評判良いんだぞ、先輩にも音楽で成功した人が――」


「いや、だからだろ。真面目過ぎるから、ゆるふわ女子が着いていけないんだろ」


「まあ、原因の一旦はそれだろよ」


 去年は5人も女子の新入部員が入ったそうだが、全員チャラいバンド系のサークルにその女子たちは吸収されたらしい。俺と琢磨も一度だけ歩夢の強い勧めで、サークル活動に参加させてもらったことがあったが、サークル活動のあまりの本気さに、ドン引きをしたことがあった。


「光代まで、そんなこと言うなよぉー。真面目の何がいけないんだよぉ」


「いや、だから、何度も言ったろ、お前たちのサークルガチガチ過ぎて、お遊びで入れないんだよ。一度誘われていったときにマジでびっくりしたわ。俺はあんな空間に居れんよ」


 まさか仮入部なのに楽器も触らせてもらえないとは思わなんだ、永遠と譜面の読み方を教わるとは予想外だった。


「琢磨の言う通り、楽しくワイワイキャッキャって雰囲気だけ味わって、彼氏を作る目的の女子には合わないよなぁ」


 肺活量を鍛えるために発声練習とかもするって聞くし、夏には合宿だってあるらしい。本気だからこそ、初心者は軽い気持ちで、入部できないんだろうよ。


「はぁ……やっぱり、そうなのかなぁ……」


「まあいいじゃねぇかよ」


「そうだよ、入った女子は今年の一年の中じゃ可愛いだろ、確か」


同じサークルでもないのに、琢磨はどうやってそんなに学内の女子情報を集めているのだろう、謎だ。


「俺は年下はタイプじゃないんだよ! 年上がタイプなんだよ! かりんちゃんみたいな年上が良いんだよ!」


「いや、そしたら何人新入生を入部させても意味ないだろ、新入生は大多数がお前の年下だろ」


「『天野かりん』が年上かは置いといて、新入生で年上は難しいだろ」


 大学だから年上の新入生も居るかもしれないけど、確率はゼロに等しい筈だ。そんな青い鳥を探してるのかよ、こいつ。


「居るかもしれなねぇだろ! 良いんもん! 居るんだもん! メ〇のバカもう知らない! ……じゃあ俺は、年上のおねぇさんの新入部員獲得目指して、今日もトランペット吹いてくるから、またな!」


「お、おう……」


 俺と琢磨はそう言って走り去った歩夢の背中を優しい目で見送った。


「光代、年上のおねぇさんの新入部員って、ありえるとおもうか?」


「琢磨、オタクにやさしいギャルって、存在すると思うのか?」


「居て欲しいと思うが、現実は非常だ」


「つまりそういうことだよ琢磨。大〇唯か、和〇愛依が存在する世界線なら、ワンチャン居るんじゃねぇのか」


「ああ、つまりは非現実存在なんだな」


「ああ、つまりはそういうことだ。南無三」


 俺と琢磨は去っていった悪友の方角に、手を合わせた。


「で、お前はどうするんだよ、あの……おうだ、けいぼうなんたらかんたら? だっけお前のサークル」


「琢磨お前、歩夢のサークルの名前も覚えてねぇし、俺のサークルの名前も覚えてねぇじゃねぇかよ」


「だって、興味ねぇーもん。歩夢は音楽、お前は歴史だっけ? お前らオタクのくせに所属サークルは、意味不明すぎるんだよ」


大田南畝おおた なんぽ研究会な、今日は活動日だから一応顔は出すかな」


「ああそんな、名前だったな。じゃあ今日の夜は入ってくるのか?」


 コイツの言う夜とはもちろんディ〇コードの事だ。


「んー、今日もすこし調べものとかがあるから無理かもなー」


「りょ、りょ、じゃあ俺は今日も一人寂しく、ソロでFPSしてますよーっと。じゃあなー」


「おう、じゃあな」


 琢磨とも教室で別れ、俺はそのまま大田南畝おおた なんぽ研究会が活動している部活棟へ向かう。




 俺の通っている大学は理系、文系が合わさって一つの大学だ。するとサークルの数、部活動の数も膨大で、部活棟も巨大だ。部室棟は7階建てエレベーターもエアコンも完備している学生にとっては非常に快適なものだ。所属している大田南畝おおたなんぽ研究会の部室は、6階の隅に部室がある。

 俺は大学に入学後に悪友二人に黙っていた事がある。それは新しい趣味を見つけた事と、このサークルの活動内容についてだ。


鏑木かぶらぎ先輩と葉葉木はばき先輩、居るかなぁ」


 部室棟の中を歩きながら、サークル唯一の先輩である、二人を行動を想像する。


「葉葉木先輩、3月にはまだエジプトって連絡来たしなぁ、まだ帰ってきてないかなぁ……」


 葉葉木先輩は、奇想天外、唯我独尊、十全十美が服を着て歩いているような人だ。今北極に居ると言われても、驚かない自信がある。


「鏑木先輩も、この時期は部活棟が騒がしいから、来ない日もあるしなぁ」


 毎年この時期は、運動系のサークルが部室棟の1階周辺の広場で、いっつもバーベキューやら、なんやらのどんちゃん騒ぎをしているからなぁ、鏑木先輩もしかしたら、4月は部活来ないんじゃないのか。

 細川はようやくエレベーターで大田南畝おおた なんぽ研究会のある6階にたどり着いた。エレベーターから降りて、長い廊下を眺めると太田研があるであろう扉の前に誰か立っている。


「まさか、ウチに入部希望者か? ……いや、まさかそんな」


 太田研は特殊も特殊、この巨大な大学で俺を含めメンバーが3人しかいない零細サークルだ。そんなところに……


「嘘だろ……おいおい、ウチはゴスロリ研究所じゃないんだぜ.」


 廊下を歩き、太田研に近づくことで気づいた衝撃事実に、俺は頭を抱える。太田研の扉の前には、上から下までバッチリとゴスロリコーディネートで決めた女子が立っていた。


「琢磨…………大〇唯は居なくても、神〇蘭子は居るみたいだ」


 仮称、神〇蘭子(仮)の目的が、ウチではありません様にと心で繰り返し祈りながら、俺は部室に歩みを進める。しかし案の定、仮称神〇蘭子は、俺が部室の扉を開けるためにカギを取り出した俺に話しかけて来る。


「もし、そこの御仁」


 ヤベェよ、『御仁』だってよ、2次元以外で初めて聞いたよ。


「あ、はい。なんでしょう」


 俺は神〇蘭子(仮)に振り返る。


「其方に聞きたい事が一つあるのだが」


 うぉ…………マジか。

 俺は思わず息を飲む。神〇蘭子(仮)は可愛かった。それこそバッチメイクも決めているだからかもしれないが、確実に新入生なら上から数えたほうが早いレベルである事は一目瞭然であった。


「な、なんでしょうか?」


「サバトは、ここで行われてるのか?」


 アイタタタタタタタタタタタタ、痛い、痛いよ。やばいよ、ガンギマリだよこの子。サバトとか言い始めちゃったよ。マジで居たよ神〇蘭子。

 その衝撃に、俺は思わず顔を少しずらして、明後日の方向を見る。


「いえ、ここは大田南畝おおた なんぽ研究会です。そんな意味不明なーー」


「隠せずとも良い、我もこの豊潤な漆黒の匂いに誘われ、ここに参上したのだ。ヘルヘイムからの招待状は持っておらずとも、ここのサバトに参加する資格は持っている筈だぞ」


 やばばばバハムートの人だよ。俺、自分以外の中二病患者って初めて見たよ。うわぁきちぃ。中学生の俺ってこんな感じだったのかよ。やべぇ。

 細川も男の子であった、例に漏れず中二病は中学生時代に発症していた、だからこそ共感性羞恥で自身もダメージを受けてしまう。


「あのー、すいません。僕は闇の者ではないのので、分かりやすく話していただいて良いですか?」


 生憎俺が、そちら側に所属していたのは6年前もでな、今の俺では波長が合わない。


「だ、だからっ!」


 あっ。声色変えないと、声も可愛いのかこの子。


「あ、あの! こ、ここはコーヒー研究会ですよ……ね?」


「ええ、そうです。太田研はコーヒーの研究をしているサークルです、何処でそれを?」


 そうなのだ、大田南畝おおた なんぽ研究会とは仮の名前で、その実態ははコーヒー研究会なのだ。


「そ、それはぁ‥‥‥‥我もこの魔導書を読んだのだよ……ククッ、こんな遠まりな事をしながら同胞を集めているとはな、流石のメデューサの瞳を持っている我でも見逃す所だったぞ」


 彼女は新入生入学の時に配られるサークル紹介、パンフレットを俺に広げて見せた。そこには赤マジックで我がサークルの紹介文に大きな丸が書かれており、注目です!と可愛い丸文字が記載されていた。


 やばいよ、やばいよ。メデューサに瞳だってよ、アイタタタタァ。つらい、つらいよぉ…………でも、あの紹介文を読んでそこまで理解できたなら、この子は、ならもういいのか。

 

「わかりました、その捻くれた紹介文でここまでたどり着いたなら、良いですよ、うちの部室にご案内します」


 俺は再びポケットから鍵を取り出し、部室への扉を開ける。扉を開けた瞬間に、二人を豊潤なコーヒー豆の匂いが包み込む。十五畳ほどの部室の中には本棚、ソファ、テーブル、そして大量のコーヒーの豆、コーヒーセットが並んでいる。


「あ、そこに適当に座ってください、今から淹れますで」


俺はコーヒー豆の匂い若干でトリップしている、神〇蘭子(仮)ちゃんに声をかける。


「あ、はい!」

 

 先ほどまでの威勢は何処へ消えたのか、神〇蘭子(仮)は部室の3人掛けのソファにちょこんと、可愛く座った。

 時々借りてきた猫の様な態度になるなこの子、可愛いじゃないか。

 俺はコーヒーを入れるためにシンクに立つが、今日はコーヒーセットが使われた痕跡は無かった。


「先輩達、今日は来てないぽいな、マジで新学期でも、葉葉木先輩帰ってきてないのかよ、えーっと、来客用のがまだ残っていたはず、あった、あった」


 俺は棚から来賓用とテプラがついたコーヒー豆の入った袋を取り出し、この一年間修業した技術をすべて叩き込んでコーヒーを淹れた。彼女に出す前に、一口先に飲んでみるが、まったくもって納得はいかない。


「……はぁ。やっぱり先輩達のようにいかないなぁ、何が悪いんだろう。あのー!」


「は、はい!」


 俺の声に一度ビクッと肩をあげたが、彼女は可愛く返事を返した。


「何も聞かないで、淹れといてなんですけど、ウチのサークルはコーヒーに砂糖とガムシロップ入れないんですけど大丈夫ですか?」


「我も混沌の闇に身を置くもの、闇は私の故郷のようなものだ」


 ああ、そのままで大丈夫ってことね。だいぶ俺もアンテナも調整があってきたな。

 俺は完成した自分と彼女の分のコーヒーを、彼女が座るソファの前のテーブルに置いて、自分は彼女と反対側のソファに座った。


「あんまり淹れるの上手くなくてすいません、どうぞ」


「……あ、ありがとうございましゅ、い、いただきます」


 俺が持ってきたコーヒーカップを彼女は両手で掴み、可愛く口をつけて一口飲んだ。


「お、美味しい……」


「そうですか、お口に合ってよかったです」

 彼女の飾らない素直な感想が少しうれしかった。

 俺も自分で自分のコーヒーを呷る。

 やっぱりだめだ。美味しくはあるが、先輩達の入れたコーヒーほどではない。悔しいなぁ。今日の反省会は後で開くとして、今は目の前の神〇蘭子(仮)ちゃんの相手をしなくては。


「よくあのサークルの紹介文で、コーヒー研究会ってわかりましたね」


 うちの入部条件の一つに、入学時に学生自治会から配られたパンフレットの紹介文から、ここの活動内容がわかる人間に限るとある。紹介文とは『大田蜀山人によって日本国にもたらされた至宝について、植物学、科学を元にさらなる探求を求める』だ。パンフレットのサークルの分野も歴史研究となっている。これはこのサークルに、カフェ巡りとかいうチャラい考えの奴が来てほしくないという先人の知恵だったらしい。


「ふふ、悠久の時を生きた我には、あの程度の謎、ヴィゾーヴニルの尾羽を手に入れた我にとっては造作もない事よ」


 ギリシャ神話に、北欧神話か、意外と節操ないなこの子。でもあの文からここに来たなら入部条件の一つはクリアしている。


「誰かにココのこと話しちゃいましたか? 一応オフレコにしておいて欲しいんですけど」


「ふふ、我が盟友は今は電子の海の彼方に漂っているよ…………此処には無論我一人だ。パンドラの箱の中身を解き明かすような、無粋な真似はせんよ」


 あっ。この子、友達居ないんだ。


「なら良かったです、あ、それでなんですけどお名前を聞いて良いですか?」


「よくぞ聞いてくれた同胞よ、我が古の真名はルーファス――」


「あ、じゃあ現生の仮の名前でいいです」


 あのまま続けられたら、永遠と自分語りされてしまう。俺にもそんな時期があったからわかる。


「……………です」


「え?」


「い、伊藤……花子です」

 

 この部屋が俺と彼女以外に誰かが居たら、絶対に聞こえなかったであろう程の小さな声で彼女はそう答えた。

 なんだ普通だ。よかった。


「伊藤さんはどうしてウチのサークルに?」


「ふふ、よくぞ聞いてくれた我が同胞よ――」


「あ、これ入部テストも兼ねてるんでちゃんと答えてください」


「…………コーヒーが趣味で……好きで」


 伊藤さんの中二病モードじゃないときに、頬を少し赤くして俯くの可愛すぎないか。


「でもカフェ巡り系の洒落たサークルは他にも沢山ありますよね、あのドヤスタバするだけの意味不明の集団の奴ら」


「いや……カフェ巡りじゃなくて、コーヒー豆の焙煎とかが趣味で……」


 なんだ伊藤ちゃん意外とガチ勢だな。


「伊藤さんは、焙煎が趣味なんですね」


「他にもカップとか集めも趣味で……す」


 なるほどな。俺の頭の中で、ゴスロリ趣味 → カップ集め → コーヒー の連鎖ラインが整った。


「ならウチのサークルとしては、多分問題ないです。そういう目的で入部すると多分続かないんで」


「……あ、はい」


「入部するかはともかく、とりあえずここに来てくださったので、我が太田研がどのようなことをしているかをご説明したいんですけど、お時間ありますか?」


「……はい、お、おねがいしましゅ」


 恥ずかしそうにコーヒーを飲む伊藤さん、これは萌えるな。い、いかん、いかん俺には『星空ヒカリ』が、って『星空ヒカリ』は親父だった。

 俺は頭を左右に振り、悲しい現実を思い出し気分をリセットする。


「ウチの活動は最高においしいコーヒーを淹れること、そのコーヒーを自分の最高のタイミングで飲むことです。それ以外は基本自由です」


「自由?」


「そうです。一応定例の活動日は毎週火曜日ですが、今日みたいに僕しか来ない日もあります」


「ほかにこのサバトに参加する同胞たちはいかほどいるのか? 最終決戦に向けて――」


「僕を含めて3人です」


 この子がこれ以上、将来自分の行動を振り返って悶絶しないように、バニッシュ〇ントディスワールドをこれ以上発動させてはならないと思う。


「俺は2年生の細川光代。三年生に鏑木沙耶かぶらぎさや先輩、そして4年生に大和田葉葉木おおわだはばき先輩が居ます。全盛期には10名ほどいたそうですが、今は3人です」


「ほう、少数精鋭というわけか」


「そうですね。俺はともかく先輩方二人は、少数精鋭だと思います。部長の葉葉木先輩は本当にすごい人ですよ。毎年コーヒー豆を買い付けに世界各地に飛び回っています。3月はエジプトに居たそうですし」


「え、エジプトに!」


「ええ、おかげで昨年は卒業できなくて留年してますね」


「え、ええぇ」


 伊藤さんがドン引きするのもわかる。でも葉葉木先輩のコーヒー馬鹿は今に始まったことじゃない。ジャワ猫を日本に連れて帰ろうとして、国際問題になりかけたこともあった。


「あ、それでですね、基本活動日も僕と鏑木先輩が勝手に決めているだけなので、活動日も強制では無いです。正直火曜日で予定が空いたら一緒にコーヒー飲もう程度です。葉葉木先輩が日本に帰ってきたらどうせ先輩はここに住んでいるような人なので、毎日活動をしていると言えばしています」


「な、なるほどぉ」


「つまるところコーヒー淹れるという目的以外はないサークルなので、このサークルでキャンパスライフ!みたいな感じをイメージされているなら合わないと思います」


 昨年は葉葉木先輩に振り回されて、北海道までコーヒー豆を探しに行ったり色々したが、あれをキャンパスライフと呼ぶならそうなのだろうけど、あれはほぼ拉致だった。それに葉葉木先輩が日本に居ない間、何度も何度も鏑木先輩と、この部屋で二人っきりだったが、甘い雰囲気なんてなることは一度もなかった。


「あ、あの……」


伊藤さんは再び俯き、言葉に詰まる。

やっぱり想像してたのと違うのかな……だよねー。


「そのですねぇ、アドバイスと言いますが、先輩風吹かすわけじゃないんですが、僕の一年間を振り返って助言をさせてもらいますと、伊藤さんはギリシャ神話とかにも造詣が深いので、今からでも漫画系やアニメ系のサークルに参加するのもいいともいますよ、彼氏もできると思いますし」


 それこそサークル全員が彼女の騎士になるだろう、だってリアル神〇蘭子なのだ。それにかなり可愛い。オタク系のサークルに入部すればそれこそ、彼氏の質は保証できないが、彼氏をとっかえひっかえのバラ色のキャンパスライフを送れるだろよ。


「わ、わたし! ここに入部したいです!!」


 マジ?

 俺があっけに取られていると伊藤さんはさらに飾らない自分の言葉で思いを語る。


「あ、あの私は、おじいちゃん子で、あ、おじいちゃんが家で喫茶店をやってまして、ずっとずっとコーヒーの匂いを嗅いで育ったんです。それで物心ついたときから、おじいちゃんの喫茶店を継ぐのが夢で! コーヒーの事いろいろ勉強をしていて! あ、あのこの服とかは別の趣味で、別に……その、そのですね! 今のお話を聞いて、私の大学四年間はここで過ごしたいと思ったんです!!!」


 マジかよ、伊藤ちゃんも先輩達と同じでコーヒーガチガチガチ勢じゃん。俺よりもすげぇやん。


「あ、あの……こんな私じゃ……ダメ? ですかね」


 彼女は少し涙目になりながら首を傾げた。


「あ、いや、全然。すごい高尚な目的をお持ちですね、凄いです」


 偶然ここに来た、俺とは大違いだ。


「じゃ、じゃあ」


「で、でもですね、一応ウチのサークルの伝統的に、入部するには部長が認めるか、サークルの過半数が認めないといけないんですよ」


「や、やはり、そう簡単にネブカドネザルの鍵を渡してはくれまいのか…………それでこの夜会の主は何処に」


 もう彼女が中二病モードでも会話が普通に続けられるようになった。

 やっとチューニング完了だ。


「あー、部長の葉葉木先輩は今音信不通なんですよ、3月のエジプトから連絡がつかなくて、日本にもいるか怪しいんで」


「……さ、流石に深淵の主たる私でもマアトの領域には踏み込めぬ、それで同胞よ、ほかの策は無いのか?」


「ああ、なので僕の同意はもう取れたので、あともう一人の先輩の鏑木先輩に連絡を取っておきますね、先輩は寡黙な方ですけど、普通の人ですし、伊藤さんと同じ女性なので安心していいですよ」


「そうか………………よかぁたぁ」


 伊藤さんは小声で呟き、小さく両手でガッツポーズを取った。

か、かわよ!


「今日中に鏑木先輩には連絡しときますので、都合が合い次第、こちらから連絡でまたここに集合でよろしいでしょうか? たぶん今週か来週中にはご連絡できると思います。伊藤さんは都合の悪い日ありますか?」


「あ、あの…………我が大爺様の魔導の探求のために、天秤と磨羯、そして獅子が夜空に輝く時は、いくら同胞からの呼び声であったとしても、応じることはできぬ」


 はいはい、今度は占星術ね、黄道十二宮とかいつぶりだよ。えっーと天秤宮はたしか金星、サソリは土星だろ、獅子?


「あの獅子宮って?」


「あ、……に、日曜日です」


 あ、はい。

 流石に連絡事項はちゃんと日本語言って欲しい。誰しも君と同じレベルで会話ができると、思わないで欲しい。


「じゃあ金、土、日の週末以外では基本放課後は大丈夫ですか?」


「あ、はい。それでおねがいします」


「じゃあ連絡先教えていただいていいですか?、流石に僕は使い魔とか飛ばせないんで、電話番号か、チャットアプリのアカウント教えてください」


「あ、……はい」


 俺は彼女にこれ以上、使い魔とかカラスとか新しい単語をいちいち言われるのもめんどくさいので先手を打つ。すると彼女は普通のスマートフォンを取り出して、俺とチャットアプリの友達登録をした。


「じゃあ、すいませんけど、伊藤さん、今日はこれでお引き取りしていただいていいですか、僕この後用事がありまして……」


「これは、すいません! 私のおかげで、お引きとめしちゃったみたいで!」


 伊藤さんは、がばっとソファに座りながら頭を下げた。


「いいんです、一応今日活動しようかなーって思ってたんで、気にしないでください」


 嘘だ。本当は鏑木先輩と葉葉木先輩が居なければ何もせずに帰る予定だった。彼女が部室の扉の前に立っていた時点で、先輩二人が居ないことは確定していた、つまりは正直怖いもの見たさで伊藤さんの前に出てきたのだ。

 ごめんな、伊藤さん。俺が間違ってたわ。

 彼女はすっと立ち上がり、こちらに再び綺麗なお辞儀をする。


「じゃあ、今日はありがとうございました、これで失礼します細川先輩」


 ほ、細川先輩っ! なんていい響きなんだ。


「あ、いえ、入部したらもう仲間なのでそこまでかしこまらずに、いいですよ」


「お、お気遣いありがとうございます」


 彼女はそのまま、部室の扉まで歩いていき、一度回れ右をして俺に向き変える。


「細川先輩、今日は…………」


「ん?」


「細川先輩! 闇に〇まれよ!」


 お前が言っちゃダメだろ、つうかやっぱりその服装は、神〇蘭子オマージュなのかい!俺がずーっと思っていて、口に出さなかった疑問を解消した彼女は、再び綺麗にお辞儀をして部室を去っていった。


「はぁ…………また俺の周りに変人が増えてしまった」


 悪友二人、親父、葉葉木先輩、そして伊藤さん。どうしてこうも変人が俺の周りには集まるのか。

 本人は気づいていない、自身も広義的には変人の部類であると。


 「つか、やべ! 早く家に帰ってひまりに連絡しないと!」


 部室の壁かけ時計を見ると時間は18時を回っていた。


 「20時の約束には間に合うか……でも親父とも事前に話したいし!」


 俺は急いで部室から飛び出し、鍵を閉めて自宅へ走った。


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