細川ひまりの傾慕

 細川ひまりは超重度のブラコンである。

 彼女は兄を一人の男性として見ているし、自分も一人の女性として見て欲しいと思っている。

 もちろんそれが日本という国、世界という歴史で認められていないことも知っている。


 いつから兄に思い焦がれていたかと問われたところで、彼女は答えられない。

 物心ついた頃には、彼女の心の中は、細川光代という男で一杯であった。

 幼い頃から彼女の将来の夢は、兄のお嫁さんになることであったし、それは今でも変わっていない。


 オタク趣味だって始めたきっかけは、兄の影響だ。

 兄と同じものを見て、感じて、少しでも彼に近づこうとした結果が、今の彼女だ。


 彼女の人生の1度目の転機は小学生高学年の頃だった。

 まさに青天の霹靂だったであろう、彼女はついに知ったのだ、血のつながった兄と結婚が出来ないということに。

 その頃は漠然と、結婚できないという事実だけが、彼女を苦しめたがそれだけであった。

 結婚せずとも兄と一緒にいることはできる。

 幸い、兄は自分を可愛がってくれる。

 こんな日々が永遠に続けばいいと思っていた。


 自分は中学校に進学し、兄は高校へ進学をする。

 決して交わることが出来ない、年齢差があることを知りつつ彼女は、兄の居た中学校へ進学した。

 彼の見たもの感じたもの、味わった青春を少しでも同じものを感じたかったからだ。

 中学生にもなると、女子は男子よりも早く、第二次成長期を迎え、周りの女子たちは胸も大きくなり、自身の肉体に変化がないことに戸惑いを覚えた。

 そして保険体育の授業と、ませた女子たちの体験談によって知る、男女の仲、性について。

 知れば知るほど自分の中にある、モヤモヤした気持ちは愛であると理解が出来た。

 自分の思いを理解はできたが、兄が今まで自分に向けていた感情が親愛である事も理解が出来た。


 それからは地獄の日々であった、彼女の中では常に倫理観と愛情がせめぎ合っていた。

 兄へのコミュニケーションも過度なものは辞めた。一緒にお風呂に入ることも、寝ることもやめた。

 兄に男性を感じてしまう事が、イケない事であると思ったから。

 努力をして兄以外の人を好きになろうと、努力をしたこともあった、だがクラスメイトや学校に居るどの男子よりも、自分の兄は魅力的に見えた。

 クラスの男子に告白もされたことあったが、頷く気持ちにはなれなかった。


 兄への愛を抑えれば抑えるほど、反比例してオタク趣味にのめり込むようになる。

 オタク趣味を極めれば極めるほど、兄との共通の話題が増えて、不自然ではない、一緒にいる時間が増えたからだ。

 自分が異常だということが理解できるからこそ、辛い。

 いっそのことなら自分が異常であると振り切ればよかったものの、その一線を越えることはできなかった。

 父は居なかったが母と自分と兄の関係は良好であった。そんな幸せを自分から壊すことはできなかった。


 中学時代彼女の唯一の救いは、兄の周りに女性の気配が見えなかったことだ。

 その頃から兄が生涯一人であったなら、自分も生涯一人でいようと決意をした。

 兄への気持ちは諦めることは出来なかったが、兄の幸せを阻害する気持ちにはなれず、踏ん切りをつけたつもりだった。



 2度目の転機は兄の大学進学であった。

 今まで14年間考えたこともなかった。兄が自分の生活に居ない世界を。

 自分も兄に着いて行こうと思った、だが母を残して二人で居なくなることはできなかったし、着いて行く理由も思いつかなかった。

 自分の半身をもがれたような損失感を味わった。

 今まで目の前に居たからこそ、制御できた兄への愛情を完全にコントロールできなくなった。だって彼女の想像の中の兄はいつでも、自分のことを思ってくれるのだから。

 兄の部屋に残ったベットのマットレスを、母に黙って、自分のマットレスに変えることもした。

 シャーペン、ボールペン、筆記具だって兄の物を使った。

 少しでも失った半身を補うために、兄の残り香を感じられる物に触れていなければ、精神が持たなかった。


 そんな時に出会ったのがFPSという存在だった。

 いつものように兄の部屋で物色をしていた時に見つけたのが、彼が残した、ゲーミングマウスとゲーミングマウスパッドであった。

 彼は引っ越しをした際に、ゲーミングデバイスを一新したので残っていたのだ。

 兄がFPSをしていることは知っていたが、人殺しのゲームという漠然としたイメージから、敬遠をしてきたジャンルであった。しかしそんなことは言ってられなかった。

 その時の彼女には少しでも兄を感じる必要があった。

 FPSにのめり込めばのめり込むほど、不安な気持ちは解消していった。

 そして思い至る。FPSが上手ければ兄ともう一度ゲームをするきっかけになると。

 それからは遊ぶのではなく、兄のためと銘打って心血を注いでFPSに励んだ。

 つまり今の彼女のFPSの実力は、兄への愛情の大きさとイコールである。



 その時に並行して知ったのが、バーチャルYoutuberの存在だった。

 溢れる気持ちを抑えるために、兄以外の依存先を見つけようとした結果だ。

 幸い彼女にはFPSの才能があり、それがネタで有名な会社からデビューをすることが出来た。

 Vtuberとしての活動が、非常にやりがいを感じた。

 登録者数という目に見える指標もあったし、会社や先輩Vtuber達も彼女をサポートしてくれたからだ。

 しかし心のどこかでは兄を追っていた。

 『にぃ』とリスナーを呼んだのは、リスナーを兄と見立て代替しようと思ったのがきっかけだ。

 あの罰ゲームは自分立案なのだ。

 しかし結果はダメだった。兄以外の人間を兄と思うことは、彼女にはできなかった。

 反響は大きかったが、それ以降その罰ゲームだけは企画に上がっても、絶対に通さなかった。

 だって彼女の兄は、世界でただ一人、細川光代だけなのだから。

 Vtuberの活動は楽しくはあったが、兄の代わりにはならなかった。

 やはり兄を感じられるのはFPSだけだった。




『星空ヒカリ』の切り抜き動画を見つけたことは偶然だった。

 動画のタイトルは、星型の痣!? ジョー〇ターの血統と判明した星空ヒカリ【切り抜き】。

 星空ヒカリのファンか、ジョ〇ョの奇妙な冒険に興味のない人なら、見ることが無いようなタイトルであったが、彼女にはその動画は天啓に思えた。

 彼女は知っているのだ、自分の兄も星型の痣があることに。そんな特殊な痣がある人間は、世界に兄しか居ないということに。


 配信が終わり、『星空ヒカリ』の事について目を皿にして調べ上げた。

 ほかのVtuberの事なんて、一度も調べたことはなかったが、ファンが作成したであろうウィキを隅から隅まで、熟読をした。

 兄と断定できる有益な情報は無かったが、疑える点は見つかった。ヒカリという名前は光代から来ているのではないかという事。そしてさらに兄のチャットアプリのアイコンが彼女である事に気づいた。

 やはり決定打は星型の痣があるという話だ。


 そして『星空ヒカリ』がバ美肉声した兄であれば、今の自分の立場を使えば、定期的に兄とゲームをする口実を作ることが出来るし、もしコラボをすれば、いっつもマネちゃんから言われているコラボの件も解決できる事に気づいた。


 もし兄が『星空ヒカリ』で無かったとしても、兄と久々に話ができる。

 兄にVtuberをやっているなんてことは明かしたことのない秘密だったが、とぼけたフリでもして話の流れで明かしてしまおう。自分にはそれほどのネームバリューがあるし、少しでも兄の興味が引ければそれでいい。


 どうにかしてもう一度、兄と遊ぶ口実を作ろうと、彼女は考えた。






「…………おっし」


 彼女は部屋にある鏡で何度も自分の姿を確認する。


「髪は……うん、自然な感じ。服も一番かわいいの」


 約1年ぶりの兄との会話に緊張をする。


「いくぞぉ!」


 彼女は覚悟を決め、震える手で愛しの兄へ電話をかけたのだった。

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