ブラコンズ

 

「お、お前が……マリーちゃん……だと…………」


「お兄ちゃんが知ってるなんて、私も有名になったもんですなぁ……」


 スマートフォン越しだが、ひまりが鼻高々なのが声色でわかる。


「あのお前がぁ? いやいや、ナイナイ。冗談やめろよ。Vtuberやってるは百歩譲ってありえるだろうが、お前があの、ダウナー系の超絶美少女妹のマリーちゃんがお前なわけ――




「ひ、ひどぃよ…………にぃ」




「なっ」


「……私が、にぃ……に嘘……ついたことある?」


 スマートフォン越しから聞こえる声は、確かに俺が知っている『マリー・黒島・オルゴール』そのものだった。

 に、『にぃ』だと! 俺はひまりにそんなあざと過ぎる呼ばれ方を一度もされたことが無いぞ! もっと言えば『にぃ』呼びは、その昔マリーちゃんが罰企画でリスナーのことをそう呼んで、多くの死者を続失しさせ、禁止カードとなった呼び方だ。

 たとえひまりのそれがマリーの物真似だとしても、その事実を知っていなくては、その呼び方は出てこない。


「ほ、本当にひまりが、マリーちゃんなのか?」


「だから、最初から言ってるでしょ。それにマリーなんて、しょ」


「そのままって」


 どういう事だ、そのまま? 一体何がそのままなんだ? 

 頭の中で2年前に会ったリアルのひまり姿をイメージした後に、俺らのマリーちゃんのイラストを想像したがその似姿は全く一緒じゃない。

 あまりにも近すぎる存在だからこそ分からないのか? 

 確かにひまりは平均よりも美少女ではあると思うが、二次元の彼女には僅差で勝てない。(当社比)


「いや、全然違うだろ。お前は銀髪のロングでもなければ、赤色の瞳でもない。まあ一緒なところはむ――」


「お・に・い・ちゃ・ん? 少し黙ろうか。 それ以上は戦争だよ。流石に家族でも見逃せないよ?」


「おっと、お前にはこれは禁句だったな」


 ひまりはお世辞にも発育が良いとは言えない体つきだ。おそらく中学1年の時から殆ど身長と胸は成長していない。

 その昔思春期だった事もあり俺は、一度ひまりの胸をまな板と形容したことがあった。結果は1カ月話を聞いてくれないほど、ブチ切れられた。


「わかればよろしい。まあマリーちゃんと一緒だったとしてもよ……あくまで仮定として」


「あっ、察し」


 恐らく机か何かに台パンをしたであろう、スマホ越しから、乾いた音と何か物が落ちる音が聞こえた。




「よろしい ならば 戦争クリーク だ」




 今この瞬間、俺の実家に、ラストバタリオンの大〇指揮官殿が降臨してしまった。これはまずい。


「お兄ちゃんは私が実家暮らしなの忘れてるでしょ、わかってる? お兄ちゃんが高校時代に必死こいて集めた秘蔵のコレクションをそこまで、不燃ゴミか萌えるゴミにしたいと言うなら、ご希望聞くけど何から捨てればいいかな、かな!!」


「すいませんでしたあああああああああああああああああああ」


 俺は電話越しに90度直角に上半身を折り曲げ謝罪した。


「そ、それだけは! それてだけは! どうかご容赦くださいひまり様!」


「お・に・い・ちゃ・ん? 二度は無いからね」


 マリーちゃんのバストはAカップ、ひまりはAAAカップなので、一緒でさえないということを思い出したが、これ以上は俺のコレクションの為にやめておこう。


「ごめん、ごめん。久々にお前と話をしたのが嬉しくて、少しテンションが上がってるのかもな俺は」


「そ、そんなこと言うのは卑怯じゃんっ……わ、私も少し言い過ぎたかも……しれないし」


 チョロい。我が妹チョロい。


「それで、ひまりとマリーちゃんの共通点だろ…………ん?」


 今の自分の発言に違和感を覚える。

 おい、おい、こんなにくだらない事なのか、本当に? こんなこと?


「まさか、ひまりとひ、マリーって事か!?」


「ピンポン、ピンポン、大ッ正解!!」


「そんなダジャレなのかよ! マリーって!」


 嘘だといってよ、バーニィ。そんな理由ってあるか!


「そうなのよ。名前の何処かに黒って入れること、苗字二文字名前ひらがな三文字は決まってたんだけどさぁ」


 確かに『大黒天』を組んでいる二人は苗字2文字、ひらがな三文字だ。もっと言うとひらがな三文字の後ろ2文字も『りん』で統一すると思ってたくらいだ。『大鎌みりん』『天野かりん』は過去に『りんりん』という少し滑ったコンビ名で配信をしていた事もあったし。


「でも、原画というかイラストが先に出来てたみたいで、マリーちゃんほら、銀髪ロングの美少女でしょぉ、どうしても黒入れるのがイメージ的に難しくてさぁ。私とスタッフの皆さんが知恵を絞った結果が、今の名前」


「そんなに適当でいいのかよ、株式会社カレンダー。『大黒天』結成のための大切な一人だろうに」


「あの時は名前会議は5時間以上かかって……もうみんな深夜テンションだったんだよ……」


 しみじみと『マリー・黒島・オルゴール』の命名苦労話という、裏側の人間しか絶対に知らない門外不出の話をする妹に流されようになるが、しかし俺の中には未だ妹がマリーちゃんではない、可能性を捨てたくない自分が居る。


「いやでもなぁ――」


「正解した兄ちゃんには、オプーナを買う権利を買う権利をプレゼントしまーす!」


「いらねぇよ! というかもう持ってるよ! 実家の俺の部屋にあるだろ!」


 あれは名作なんだぞ! 馬鹿にするんじゃねぇ。


「いや、でもお前とマリーちゃんはキャラが違いすぎるというか、その」


 俺の中ではダウナー系のトーンで喋るひまりイメージが一切ない。ひまりはどちらかと言うと、浜ヶ崎先輩寄りのタイプだ。


「そんなのキャラ作ってるに決まってるでしょ、普通に考えてよ。お兄ちゃんはいつもアイドルがアイドルしてると思ってるの? どんなアイドルもウンコもするし生理も来るんだよ」


「やめろぉ、俺に現実は辛すぎるやめてくれぇ」


 この前まではそう思ってたんだよ! 親父といい、ひまりといい、そんなに俺をいじめてそんなに楽しいか、ああ!? 良いだろ別に、俺は甘い上澄みだけの現実を眺めていたいんだよ!


「我が兄ながら流石のオタクぷりですね。それでねお兄ちゃん、いや」


「なんだよ」


「にぃ……って呼んだ方が……いい?」


 ひまりの こうげき!

 かいしんの いちげき!

 ほそかわこうだいに 1000000ポイントの

 ダメージを あたえた! ▼


 くっ! こいつふざけやがって。我が妹はタダでさえ可愛いのにこれ以上可愛くなってどうするんだ。

 光代は軽度ブラコンだった。


「や、やめてくれ、妹に萌えそうになるのだけは避けたい」


 あと1発で俺の中の豚さんが叫びをあげるところだった、ふー、危ない、危ない。

 マジで『にぃ』呼びhは禁止カードだわ。


「ふふっ、でさぁ。お兄ちゃん」


「ああ、なんだ」


「コラボ配信しようよ」


「コラボ配信って? 誰とだよ」


「そりゃ『星空ヒカリ』と『マリー・黒島・オルゴール』でコラボ配信しようよって話」


 あっ……しまった。

 ひまりは俺のことを『星空ヒカリ』と思って話が進んでしまっている。


「いやー、それはだなぁ……」


 俺からは言えない『星空ヒカリ』がバ美肉声親父であるなんて。ひまりが例えVtuberであったとしても、それは俺が打ち明けていい秘密ではない。

 親父がVtuberをやっていることは、母さんとひまりには秘密、それは親父との男と男の約束だ。

 それはひまりがVtuberでは無いという前提があると思うが、俺からは話してはいけない。

 母さんには絶対にと釘も刺されている。


「なに、なんか放送の予定詰まってる? 別に私はいつでもいいよ」


「いや、そういう訳じゃないんだがなぁ」


「じゃあ何、企業Vtuberとは組まないっていう反骨精神みたいな? 来歴をざっと調べたけど、ヒカリちゃんは確かにコラボ少ないみたいだけど」


「いや、そうでも……」


 それはアゾフ海より浅い理由がございまして。


「じゃあやろうよぉ、私はただ単に昔みたいにお兄ちゃんとゲームがしたいだけなんだよぉ」


 そう言われるは正直嬉しい、俺も久しぶりにひまりとゲームがしたい。

 俺が大学に進学して一人暮らしをするまでは、確かの俺たちの兄弟仲はかなり良好だった。

 一緒にお風呂とまでは行かないけど、よく二人で深夜アニメ鑑賞や、同じRPGゲームを何時間も一緒にプレイした。ニチアサだって毎週の俺たちの朝ルーティンだった。


「ああ、そうだなぁ」


 それにここで断るのは不自然だ。

 相手は天下の株式会社カレンダーのVtuber。登録者数56万人、今一番の話題性を持っている『マリー・黒島・オルゴール』、断る理由もない。むしろ認めたくはないが『星空ヒカリ』がコラボ相手で相応しいのかと疑問に思うレベルだ。


「逆に聞くけど『マリー・黒島・オルゴール』的には良いのかよ、『星空ヒカリ』は登録者数30万人は居るが、個人勢だぞ。俺はマリーちゃんがカレンダーのライバー以外とコラボしてるの見た事ないぞ」


 それこそ個人勢なんて前代未聞じゃないか。

 彼女は他のカレンダーのVtuber 達が集まる大型コラボ放送や、『大黒天』の配信以外はコラボしたことないはずだ。

 『大黒天』のために作られたVtuberであるが故に同期、つまり同時にデビューしたVtuberが居ないというのも大きいかもしれないが。彼女の配信の殆どは、永遠とソロでFPSのランクマという狂気の沙汰だ。

 Vtuberは殆どが、話題性のあるゲームをプレイしたり、ジャンルの違うVtuber達とコラボして視聴者を共有していく。つまりはコラボもせず、同じゲームを何度もやるのは商売の仕方が間違っている。

 だが『マリー・黒島・オルゴール』は殆どFPS1本でその高みへ上り詰めた。その安易に流行りに媚びないというか、FPSだけをやり続ける姿勢が俺らFPSゲーマーを惹きつけている訳なんだが。彼女はVtuberであるが、正真正銘のFPSストリーマーと言っても過言ではないだろ。


「もちろんマネちゃんには確認するけど、多分オッケー出ると思うよ」


「そんなに簡単なのか? 企業Vtuberっと他とのコラボとかもっと厳しいと思ってたんだが」


「うちの会社、基本コラボは私達に一任されてるからね、キャラのイメージが逸脱しなきゃ良いんだってさ、あとは男性Vtuberじゃなきゃ」


「ユニコーンか、それはもう有名税みたいなもんだな」


 カレンダーのVtuberは最初期は男性Vtuberを交えての配信があったが、最近はめっきり無くなってしまった。やはりその縛りは存在するのか。その売り方に変えてから、カレンダーのVtuber達は人気になったと言っても過言ではないので、あり得ない縛りではないと思ったし、ファンの中では察してはいた。


「私はどうでも良いんだけどね、男性Vtuberの件は。でもお姉様方はかなり運営と交渉してるね。『もっと幅広くするべきだって』でもやっぱり男性Vtuberとは、かなり手順踏まないとコラボ企画さえ通らないみたい」


 お姉様というのは『大黒天』の他の二人の事だろう、放送でもそう呼んでたことがあるはずだ。というか俺もひまりが誰か知らない男と楽しそうにゲームするのやだなぁ。というか見たら発狂しそうだ。

 光代はブラコンだった。


「まあ確かに、初期勢のあの二人には今の状況は、少し窮屈に感じるだろうな」


「だから頑張って実績作りに勤しんでるよ、ほんとにお姉さま方凄いよ」


 『大鎌みりん』と『天野かりん』が未だに、男性Vtuberとのコラボ歌ってみた動画をあげるのはそう言った理由があったのか。


「今のカレンダー的にはてぇてぇって言うんでしょ。そういう売り方で行くんだってさ、だから私は逆にもっと女性Vtuberとコラボやれってマネちゃんの圧が来るのよ」


「なるほどなぁ」


 Vtuberも楽じゃねぇなぁ。わかってたが、ただ単にゲームしてるだけじゃないんだな。


「コラボとなると、お姉様方ならまだ良いんだけどさぁ、他の子達には、ちょっとねー」


「話せる気がしないって?」


「よく私の事わかってるね、流石お兄ちゃん。ゲームかニチアサの話題ならいいんだけど、服とかオシャレの話題が全く着いていけないのよ。私は2年前までお兄ちゃんと同じシャンプーで髪洗ってた女子だよ、今頑張って勉強してるけど、オシャレとか最近の映えの流行とか、数学の勉強より辛い」


 まあ確かにひまりは美人さんだからな、お洒落だって母さんに習った程度しかやった事無いだろうし。それに昔よりもオシャレになったひまりは、見てみたくあるな。

 光代は重度ブラコンだった。


「もしかして、だからマリーちゃんはダウナー系のキャラ付けなのか」


「そうだよ、だってそういうキャラなら沢山話さなくていいでしょ。現実であんなしゃべり方する女の子は居ないって」


 うぐっ


「それにウチには語尾にペコ付けてる人も居るし、あれぐらいがちょうど良いくらいのキャラ付けでしょ、2.5次元的な感じでさ」


 ぐふっ


 ひまりの一言一言で俺の中の『マリー・黒島・オルゴール』像が崩壊していく。


「それにいちいちFPSしてるときにワーキャー言ってらんないって言うか、実況してる暇ないんだよね、だから出来上がったのがあのキャラ付けって感じよ」


 がはぁ


 俺の中で作り上げていたマリーちゃん像は粉々に砕け散りました。

 知りとうなかったそんな真実。魂もああいうキャラだと思うやん普通。


「で、どう、コラボ配信、そっちにもメリットは大きいともうけど」


 ひまりも自分の立場はわかってる様だ。


「俺的にはオッケーを出したい……」


 『星空ヒカリ』のこれからを考えると、ここで頷かないのはあり得ない。

 彼女をトップスタァーにするなら、実の妹さえも踏み台にしなくてはならない。

 とりあえずはコラボの依頼は受けて『星空ヒカリ』の正体が、バ美肉声した親父であるという真実を、ひまりに明かすように説得だ。


「やったー、って出したい? お兄ちゃんがオッケーしたらそれでいいんじゃないの?」


「いや、そのーあれだ、スケジュールを管理している人に連絡をだな」


 そして恥も外聞も投げ捨てて『神楽シスターズ』の80万人作戦にはひまりに協力をするように親父と俺から協力を要請する。ひまりはあのFPSの申し子『マリー・黒島・オルゴール』だったのだから。

 俺がFPS素人を3人コーチングするのは、正直気にが重すぎると思っていたのが本音だ。


「ああ、マネちゃんみたいなもんね」


 俺がそのマネちゃんなんだけどな。ごめんなひまり今度しっかりと説明するからな。

 交渉の仕方次第だと思うが、最高の結果は、初心者を指導的な内容で『星空ヒカリ』と『神楽シスターズ』をコーチングする『マリー・黒島・オルゴール』の定期放送だ。

 これが出来れば万々歳だ。C&Dの発表、マリーちゃんの初めての外部とのコラボ放送、今までのランクマを永遠に回るガチガチ放送からの温度差、確実に話題性は抜群だ。

 あの『マリー・黒島・オルゴール』がコーチングしてるとなれば、幾らでもゲーム腕が上達してもおかしくない。俺が三人を裏でコーチングしても怪しまれない。


「もう遅い時間だから明日明後日には返事を出来ると思う、たぶん」


 後はどうやってひまりからYESを引き出すかだな。


「りょ! じゃあお兄ちゃんメッセ残しといて―」


「わかった。それでだな、ひまり」


「ん? 何お兄ちゃん?」


 親父と西園さんと浜ヶ先先輩の了承は100パーセント得る予定として、もうひまりの予定も抑えてしまおう。


「お前、今週の土日は時間あるか?」


「今週の土日? ちょっと待ってねー」


 今週末の秋葉原にはひまりに来てもららおう。

 コーチングコラボ放送が断れたとしても、マウスや周辺機器を買う時のアドバイスくらいは、最低でも協力してくれるだろう。


「えーっとですねぇ、放送予定、放送予定、あった、あった」


 通話越しにマウスのクリック音とゲーミングキーボード独特のメカニカル軸の音が聞こえる。ひまりはパソコンで放送のスケジュールを管理してるんだろう。


「土日はねぇ、土曜は13時からソロのランクマFPSの耐久放送、日曜は17時から【大黒天】億万長者に私はなる!!! 桃鉄三年決戦【コラボ放送】の予定があるあるくらいかなぁ」


「相変わらずソロのランクマとか狂気だな」


 耐久放送っておい。自分で言っちゃダメだろ。


「そんなことないよ、趣味の延長線上でゲームができるんだよ。ソロが一番気楽で良いんだから」


 お前も相変わらずのボッチムーブだな。流石兄妹だ。完全に同意。


「あれ? もしかしてコラボは今週の土日がいい? 日曜はお姉様達とだから動かせないけど、土曜の予定は別に予定だし、なんなら日曜は『大黒天』の配信前ならいいよ」


「いや、コラボについてじゃないんだ、ひまり」


「うん?」


「ひまり、そのーだな。土日のどっちか、俺と一緒に、秋葉原に行ってくれないか?」


「ん!」


 スマホ越しだが、ひまりの方で、何かが取っ散らかった音が聞こえた。

 スマホを落としたか、なんか机の上の物かなんかを落としたか? かなり大きい音が聞こえたぞ。


「大丈夫かひまり、なんか大きい音がしたけど」


「だ、大丈夫、お兄ちゃん、べ、別にいいんだけど、どうしたの珍しいじゃん、お兄ちゃんから遊びに誘うだなんて」


「そうだな、気分を悪くしないで欲しいんだが、打算的な理由だ。FPSのマウスを買う予定でな」


 先輩達のゲーミングハードウェア選びには絶対、俺以外にも、ひまりが居た方がいい。

 むしろひまりが来てくれるなら、俺が邪魔さえある。


「なるなる。確かに今の私ならFPSについては、お兄ちゃんより詳しいかなぁ、どうだろう。マウスは結局、個人の相性な気もするんだよねぇ」


「まあ、多角的に意見が欲しいんだ」


 一人より二人だ、決して今になって先輩達との秋葉原デ、デートに日和ったわけじゃない。決してないぞ。


「お兄ちゃんそれって…………デートって事かな?」


 俺の心を読んだのかコイツ。


「いやー、まぁ。そうだなぁー、広義的にとらえれば、デートになるんじゃないかなぁ。ははっ」


 恥ずかしいいいい。というかデートだとしても妹同伴してもらうとか俺クッソ恥ずかしくないか。

 再びスマホ越しに取っ散らかった音が聞こえる。今度は椅子からでも転げ落ちたか? キャスターの音が聞こえたけど。


「ひ、ひまり。大丈夫か、本当に」


「だ、だいひょうぶです!」


 噛み噛みだぞ本当に大丈夫か、キーボードにコーヒーでも御馳走したか? 俺も二万のキーボードにレットブルを飲ませた時は絶望だったよ。


「まあ、お前が良いなら、それで土日のどっちが都合がいい? お前に合わせるよ」


「……ら…………予約して、…………お姉さま………………聞い……曜に……に行……、……で」


 何やらひまりが小声でぶつぶつと、何か呟いているのがかすかに聞こえる。


「ど、土曜日はちぃーと厳しいかなぁ。に、日曜日でどうかなお兄ちゃん。マウス買うならパソコンショップだから、十時には空いてるし、ウチから秋葉原近いから16時くらいまでなら付き合えるよ」


「じゃあ日曜日でよろしく頼む」


「わ、わかったです」


 おし、これで先輩たちのハードウェア問題はオールクリアだろう。なにせ競技プレイヤーと肩を並べれれる『マリー・黒島・オルゴール』がアドバイスをくれるんだからな。


「…………そ、それでなぁ ひまり」


 俺は聞かなければならない、あの事について。


「は、はい! な、ななんでしゅか!」


「お前…………母さんの再婚の話ってどこまで聞いてる?」


 ほんの少しの間だけ、ひまりが言葉に詰まるのがわかる。


「再婚の話…………うん。今度、再婚相手の人と都内の高級レストランで顔合わせする話になっているよ……急にどうしたのお兄ちゃん」


 ひまりの声が先ほどの兄妹との会話のトーンではない。あからさまに優しい。

 やはり俺に気遣っている。


「相手は元親父、つまり緑川大吉だろ」


 それはそうと、あの糞親父、俺を省いて高級レストランだと。それは今日の話で聞いてないぞ、おい。


「……どこから聞いたのお兄ちゃん、お母さんからお兄ちゃんには、特に内緒にって釘刺されてたくらいなのに……」


「再婚相手が離婚した元親父だったってことを、俺に黙っていた理由を聞いていいか?」


 確かに再婚の話は俺はシャットアウトしてきた方だし、再婚相手にも興味なかったが、相手が元親父なのは聞いていないはずだ。


「それは…………お兄ちゃんがお父さんを憎んでるからって、お母さんが時期を見て話すって言ってたから……私も……」


 ああ、やっぱりかよ。わざと俺に話さなかったんだな。


「…………はぁ。いや、ひまりを責めてるわけじゃないんだ」


 いやでも、先に親父から居なくなった理由と、この2年間の努力を聞いていなかったなら、確実にブチ切れてたな。母さんが正しいな。


「お母さんが話したの?」


「いや親父、本人からだよ」


「え! お、お父さん!?」


「今日……親父と会ったんだ、出会ったきっかけは、今度……詳しく話せると思う……」


「えっ! お父さんに会ったって本当!?」


「ああ、本当だ。ひまり、母さんに伝言を頼まれてくれるか」


 そう俺は、親父に会ったんだ。


「そ、それはいいけど……」


「俺は親父と和解した。俺が間違っていた。母さんには小さい頃から苦労かけたと、そう言っておいてくれ」


 これを母さんに面と向かって言うのは、恥ずかしい。自分から言うのは今度実家に帰った時にするとしよう。


「……うん! お母さんも喜ぶと思うよ、これでやっと家族4人そろったね! お兄ちゃん!」


「ああ、やっとだ」


 ついに我が家の止まっていた、家族という時計が動いたんだ。

 これから12年間出来なかった分、俺たちは家族の時間を過ごすんだ。


「それで……お父さんどんな人だった?」


 そりゃ気になるよな。親父が居なくなった時、お前は年齢は4歳だ。俺でさえ記憶がおぼろげなんだから、お前は覚えていなくて当然だ。


「そうだなぁ……一言でいうとおとこだった」


 まさに漢だった。見た目容姿もそうだが、幼少期の俺との約束を守るために2年間もがむしゃらに努力をしてくれていた。まさに漢だった。


「え、マジ。やっぱりジョン・メ〇トリックスみたいな、筋肉モリモリマッチョマンだった?」


「ふふっ、確かに身長190の巨漢だったよ、そんなことより精神が漢だった」


 いや漢であるがゆえにその鋼の精神で、アイドルになってしまったんだがな。


「へー、それは会うの楽しみになってきた!」


「その高級レストランとやらには行けないけど、俺も親父が家に帰ったらちょくちょく実家に帰るよ、去年はあまり行けずにごめんな」


「それは楽しみ、まあお兄ちゃんとインターネット上でゲームするのもいいけど、顔を突き合わせてゲームとかおしゃべりしたいもん、約束だよ!」


「ああ、約束だ……っと、話過ぎてしまった。ひまり遅い時間にありがとう」


「いいのよ、こっちから通話かけたんだし、マネちゃんにコラボの話通していてね、こっちも通しておくから」


「わかった!」


「そ、それに! 日曜日楽しみにしてるから!」



 ひまりとの通話が終わり、俺は親父に『『チーム神光星』のこれからについて話したい、明日連絡を改めてする』と、軽く話していい話ではないので、概要だけ短くメッセージを送信した。先輩達には『秋葉原の件は日曜日になりました。改めてよろしくお願いします』とメッセージを送信した。


「さってとー!」


 大きく体を伸ばし俺はパソコンデスクに座る。


「じゃあ、日曜のためにハードウェア下調べしますかぁ!」


 光代がその後、空が明るくなるまで現行のゲーミングハードウェアについて勉強をした。




――――――――――――――――――――――――――




 時間は少し戻り、そこは細川光代の実家。細川ひまりの部屋。

 彼女はもう寝る時間だというのに、少しお化粧をして、服もパジャマの中で一番可愛い服を着ており、ゲーミングチェアに正座をして、机の上のスマートフォンと向き合っている。

 それはもちろん、愛しい兄との通話で、突然ビデオ通話をするかもしれないというためである。

 ほぼ1年間音信不通の兄と、やっと通話できる理由を見つけた彼女は、この通話に勝負をかけていた。

 合法的に兄と、定期的に遊ぶという目的を達成するために。




「いやー、まぁ。そうだなぁー、広義的にとらえれば、デートになるんじゃないかなぁ。ははっ」


 スマホ越しの兄から彼女がこの16年間ずっと、待ち望んでいたデートの誘いを受ける。


 なななななななななななななな!!!!!!!!おおおおおおおおお兄ちゃんとでえええええええええとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 やばい、やばい、やばい、ついに私の時代が来た! ありがとう神様! いや大黒天様! お兄ちゃんがついに私の魅力に気づいたんですね!! ってうわっ!!!

 あまりの興奮で彼女はゲーミングチェアから転げ落ちる。


「……痛い」


 こ、腰を打ち付けたぁ。で、でも!! そんなことより!


「ひ、ひまり。大丈夫か、本当に」


 はっ! お兄ちゃんに動揺してゲーミングチェアから転げ落ちたなんて恥ずかしいこと言えない!

 ここはいつもの私で!


「だ、だいひょうぶです!」


 か、噛んだっぁぁぁぁぁ、マジ最悪。


「まあ、お前が良いなら、それで土日のどっちが都合がいい? お前に合わせるよ」


 や、やばい。今の私お兄ちゃんに見せる服なんて持ってないし、髪もぼさぼさだぁぁ。ああ、こんな事になるならカレンダーVtuberの定期女子会通話に、もっと参加しておくんだった! うわぁー。


「今から美容院を予約して、明日からお姉さまに最新コーデ聞いて土曜に買いに行って、それで……」


 大丈夫まだ間に合う。日曜日ならまだ間に合う! オシャレについてはもうお姉様方に泣きつこう。

そして、ついでに秋葉原のデートスポットもリサーチして。


「ど、土曜日はちぃーと厳しいかなぁ。に、日曜日でどうかなお兄ちゃん。マウス買うならパソコンショップだから、十時には空いてるし、ウチから秋葉原近いから16時くらいまでなら付き合えるよ」


 こ、この5日間で私は、私の究極完全体になって見せる!!!


「じゃあ日曜日でよろしく頼む」


 やっべー! マジで念願のお兄ちゃんとデート!! それに秋葉!! 


「わ、わかったです」


 このチャンス絶対に逃せない。





 ひまりは超重度のブラコンだった。

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