明かされた真実と秘密
「なに?」
クリエイ、何つった今。でも『大黒天』の大会って琢磨は。
「今日は普通の定期放送だったんだがな、なんか最後にこの後サプライズーって、みりんちゃんと、かりんちゃんが配信に入って来てさぁ!」
俺は琢磨との通話を繋げたままリビングに戻る。
三人の視線が一堂に集まるが、スマートフォンを持っていない手で人差し指を口の前に立てて、静かにと意味を伝える。
「それで、マリーちゃんの放送で『大黒天』主催のFPS大会が発表されて、その後はどうしたんだ琢磨」
俺はあえて琢磨の言ったことを復唱し、リビングの三人に事情を伝る。
そして事実確認のために三人をすり抜け、自身のパソコンを起動させる。事情を把握した三人は俺の後に続いて、ディスプレをのぞき込む。
俺は三人にも通話の内容が聞こえるように、通話をスピーカーモードに切り替えデスクの上に置いた。
「ああ、だから他の二人が配信に入ってきてだな、そのままディザーサイトのURLを張って発表会がはじまったんだよ。やべぇぜ8月末だってよ! 8月末!」
知っているさ、そんな情報、だが他にはどうだ。
「なるほど、8月末に開催予定か、それは熱いな。他はどうだ何か配信で言ってなかったか?」
俺は琢磨との会話を続けながら、株式会社カレンダーの公式Twi〇terから、目的のサイトを開いた。
「ああ、そうだなぁ。予選があって」
サイトを開くと、一面黒色でサイト中心に縦書きで『大黒天』と行書体で文字がアニメーションで現れる。その後ヤクザの入れ墨のような本物の大黒天のイラストが現れ、煽り文句も現れる。そこには。
『我々は大黒神の逆鱗に触れたのだ、その福の神はついに真の姿を現す』
『神に蹂躙されるか、神を討ち取るか、世空前絶後のVtuber同士のFPS大会』
『 presented by Calendar 』
『 Creation & Destruction Tournament 』
と文字が流れる。
「……ついに来たか」
なるほどな。カレンダーは非公式ネタとされてきた、大黒天とシヴァ神同一ネタをここで公式に取り込んで来たか。Creation and Destructionつまりは創造と破壊か。たぶんこの単語には深い意味は無いだろうが創造と破壊はシヴァ神が司るものだ、だから大会名なのであろう。
七福神の一柱である大黒天の元禄は、ヒンドゥー教のシヴァ神とも言われている。『大黒天』のファンの中では、彼女達の鬼神の様に強いFPSの腕前を、シヴァ神の逸話と絡めてイラストを書く奴もいた。ファンの中では彼女達をシヴァ神と形容するのは当たり前だ。
しかし公式では彼女たちのチーム名『大黒天』を頑なに、七福神の神としか扱ってこなかった。もちろん『大黒天』と名前を付けたのはカレンダーだから、デビューからこのネタを考えていないわけではなかっただろう。
俺らからすれば、やっと認めたというか、やっと俺たちの解釈が間違っていなかったと思うだろう。
さらには公式の煽り方がうまい。この煽りを読むと彼女達は、未だに配信で本気を出していない印象を受ける。そして中二病心をくすぐる演出のディザーサイトに俺も興奮を抑えきれない。
事前に大会を知っていて一度興奮を発散している俺でさえ、こんなにも興奮するのだ、確かに琢磨が電話をかけて来るのも頷ける。
「っての予選らしくてさ」
俺たちはディザーサイトを確認したが、知らない情報は無く放送を見ていた琢磨に詳しい発表の様子を聞き出す。
「ああ、他には配信で何か言ってたか?」
「あー、なんだっけホームページには無いけど、かりんちゃん曰く優勝賞品はコラボCDの発売ってポロリがあって――」
「コラボCD!!!! あっ」
琢磨の言葉に思わず浜ヶ崎先輩が声を上げてしまう。
「ん? 光代今なんか」
俺の横にいる先輩は、思わずやってしまったという顔で両手で口を抑えているがもう遅い。
「あー、俺、これから風呂だわー、じゃ!」
「おい! 光代まてよ! てめぇいま――」
俺は急いでスマートフォンの通話を切った。
「ごめん!!! 光代くん! また私!」
買い出しの時同様に先輩は、俺に両手を合わせて謝る。
「い、いえいいんですよ、それより大会の事話しましょう」
琢磨からチャットが2,3件飛んできたが、無視していいだろう。三ヶ島の時とは違い、声だけで先輩とはわからないだろうし。まあ俺が女性を連れ込んでいるって勘違いはしたみたいだが、それだけならまだどうにかなる。
「うー、ごめんよ」
「いいんですって、それより通話を切りましたので、もう親父も西園さんもしゃべっても大丈夫ですよ」
息を殺していた二人が口を開く。
「まさか、優勝賞品はコラボCDとはな、優勝する前に俺は歌の練習もしなくちゃいけないなぁ、息子よ」
「コラボCDって、どんなことやるのかしら」
「うーん、詳細は親父のところに送られてくるのを待つしかないですかね、とりあえずディザーサイトにはその表記は無いので、かりんちゃんがポロリしたっていうところを、切り抜き動画か公式のアーカイブで探しましょう」
該当の動画はすぐに見つけられることができた、動画サイトの検索欄に『大黒天』『大会』と検索したら、それに関連した動画がずらっと出て来る。超人気のVtuberの放送だ、切り抜きには事足らなかった。
俺はとりあえず一番上に表示された【重大発表】マリーちゃんの放送でVtuber界を激震させる超重大発表が!!優勝賞品はまさかの!?【大黒天】という切り抜き動画を開く。
「えっーと……実はこの後、重大発表が……あります」「いえー! みんなー『天野かりん』でーす」「ちょっと、かりん早いでしょ、まだ!」
動画は字幕は無かったが、ちょうど該当部分からの動画であった。俺たち4人はそのポロリのために、一言一句聞き漏らさないように集中して動画の声を聞く。
「みんな…………サイトは見れたかな?」「ふむふむ、運営から連絡でサーバー落ちたそうです!皆さんごめんなさい、少し待って欲しいみたいです」「まじぃ、みんなアクセスしすぎぃ! でもありがとー!」
ダウナー系の『マリー・黒島・オルゴール』、止まらないコミュ力お化けの暴走機関車『天野かりん』、そしてその二人の手綱を握り最大限の彼女たちの魅力を伝える『大鎌みりん』何度見ても素晴らしいトリオだと思う。
ディザーサイトがサーバ落ちというアクシデントが起きても、三人は何事もなくトークを繋ぎファンを飽きさせない。
動画を見始めて5分弱、俺らはついに問題の部分を見つける。
「それで優勝賞品はコラボCDだっけ?」「ちょっと! かりん!」「えっ!」「それはまだ…………オフレコ」
恐らくサイトを見れないファンのために『天野かりん』は、気を利かせてホームページの内容を話すつもりだったのだろう。ポロリはファンを思う彼女の気持ちが起こした悲しき事件であった。
「これか」
「そうだな、確かにコラボCDと言っているな」
「……CD」
シークバーを戻してもう一度聞いても、確かに『天野かりん』は優勝賞品はコラボCDと言っている。だがサプライズではなく、失言であったため、『大鎌みりん』の提案で、優勝賞品をネタバラシした罰として、かりんちゃんは忘〇ろビーム3連発披露させられていた。彼女の本気の焦りとこの流れを見るに、本当にサプライズではない様子であった。
念のために再びディザーサイトに戻っても、そのことには触れられていなかった。
しかしTwi〇terのホットワードには『#CaD杯』『#マリーのお散歩』『コラボCD』『忘〇ろビーム』と先ほどの配信の話題で持ちきりだ。
「うーん、ここまで話題になればコラボCDは本当になるでしょうね」
「だろうねぇ、もうみんなどんな曲が聞きたいとか、もうリクエスト大会始めてるよ」
自身のスマートフォンでTwitterをエゴサしている先輩からも同じ感想をもらう。
念のためにもう一度だけディザーサイトを、上から下ま目を皿にして確認したが優勝賞品の情報は無かった。
「とりあえずいったん戻りますか」
俺は座っていたが、さっきから三人は立ちっぱなしだ。
「そうですね」「そうだな」「だねー」
俺はそのままデスクにの椅子に座り、親父は今度はベットに腰掛け、西園さんと浜ヶ崎先輩は元の場所に戻り、俺から全員の顔が見えるようになる。
「俺はすこしだけ、先ほどよりも大会が現実的に感じるようになりました、ありえない話ですが、ここまで親父が作った手の込んだドッキリだったとしても気づくことはできませんでし、でも今の動画を見てサイトを見て、改めてあの『大黒天』の大会に出るんだって自覚をしました。若輩者ですが、これから一層頑張りたいと思います」
俺は立ち上がり三人に頭を下げる。
「俺がそんなことすると思うのかー、ひどいなー息子よ」
「いや、何個前科があると思うんだよ、親父」
椅子に座り直し再び3人の顔を見る。
「光代くんよぉー」
浜ヶ崎先輩が小さく挙手をする。
「なんですか先輩」
「『大黒天』とのコラボCDもし、『神楽シスターズ』が出せたらどれくらい人気になると思うかい?」
人気か……どれだけ人気になるかなんて考えたこともなかったな。だが確かに『神楽シスターズ』の目的はこの大会での優勝、そして売名と先輩は言っていた。
「どうでしょうね、人気というかチャンネル登録数の上昇に関しては水物ですので、こう確定って話は言えないんですが……僕の予想でいいですか?」
「うん、お願いするよ。たぶんこの中じゃ一番Vtuberに詳しいのは光代くんだから」
三人の意識の集中が俺に集まるのを感じる。三人とも表情は真剣そのものだ。
「そうですね……『マリー・黒島・オルゴール』は活動して9ヵ月で登録者数60万を超えたのはご存じですよね、これはカレンダーに所属しているVtuberで最速の記録なんですね……」
「……たった九ヵ月で」「俺なんて三十万人行くのに一年半も掛かったのにつれぇなぁ」
知らなかったか、結構話題になったんだがな。活動をしているし外野の方が気づきやすいものもあるのかもしれない、仕方ないか。
マリーちゃんの凄さに、落ち込む西園さんと親父。だが『星空ヒカリ』と『神楽シスターズ』が劣っているわけではない、『星空ヒカリ』は個人勢で登録者数30万人もあるし、『神楽シスターズ』だって西園さんつまり『神楽舞』が参加して、『ぶんどき』先生ブーストがあったとは登録者数8万人、十分にすごい存在だと俺は思う。
「き、気を落とさないでくださいマリーちゃんが異常なんです。元々カレンダーの一番と二番人気の『大鎌みりん』と『天野かりん』の二人と『大黒天』を組むように後発で採用されたのが彼女です。スタート地点から認知度の差がありますから」
西園さんが小さく挙手をした。
「不勉強で申し訳ないのだけど、すでに人気だったってことは、ほかの二人はどれくらいの期間を活動をしてるの?」
「そうですね、『大鎌みりん』『天野かりん』はもう活動を始めて2年ちょっとくらいだと思います。かなり前から活動していました」
「解説ありがとう、細川くん」
「いえいえ、それで話を戻しますね。正直なところ株式会社カレンダーの所属Vtuber全体が、伸び始めたのは『マリー・黒島・オルゴール』がデビューして『大黒天』が結成されてからなんですね。『大黒天』が人気になればなるほど、周りの二人や、それ以外の所属Vtuberも話題になり始めました。そしてその中心に居る、彼女の人気はデビューからずっと右肩上がり、でたらめかもしれませんがファンの中では、あと半年ないしそれくらいで、マリーちゃんは登録者数100万超えると言われています。もう『大黒天』のリーダーみりんちゃんはもう秒読みですし……ない話ではないかと」
デビュー約1年で登録者数100万に行くというその予想に、3人は思わずつばを飲み込む。
半年であと40万人の登録者を獲得するってことだ、俺も無理だとは思うが、今の『大黒天』にはその凄味がある。しできてもおかしくはないと感じてしまう。そうか、そういうことか。
「話していて思ったのですが8月末ってことは、今回の大会は彼女の登録者数を100万にするための、ブースト大会なのかもしれませんね」
マリーちゃんの一番輝けるFPSという大舞台で視聴者を集めて100万人、そして優勝はコラボCDと銘打っているだろうが、『大黒天』が優勝すれば『大黒天』オンリーのCDを堂々と売りに出せる。広告も十分だ。
「なるほどなぁ。すげぇ裏があったのこの大会」
「だぶんだけどな。それで先輩への回答なのですが、どれくらい人気になるかですが、想像ができないほどが回答になると思います。
「想像ができないほど……」
「さっきの想像通りにいけば『大黒天』はVtuber界初のミリオントリオです。そのトリオと組んでCDを発売する、事前にコラボ放送もあるでしょうし、もし優勝なんてしたらそれこそ登録者数は指数関数で伸びるんじゃないでしょうか、少なくとも『神楽シスターズ』でも50万人は硬いんじゃないでしょうか……わからないですよ! ……たぶんですけど」
もちろんそれ以上もあり得る。
「……しっ! これなら」
浜ヶ崎先輩は小さくガッツポーズを取る。
「……朱美」
その姿を西園さんは何か思いつめたように見つめつそう呟く。
「七海、もう乗りかかった船だ、光代くんに話をしてもいいよね」
「朱美私はまだこの大会の参加はデメリットの方が強いと思うの、私たちは素人だしそんなにうまく事は運ばない、大吉さんにお願いして、参加を取り消しもらっても」
なぜかここにきて、西園さんがこの大会の参加を取り消そうとしている。そこまでデメリットを大きく見てるのか、確かにそうか、結果を残せなければ意味がない。時間もお金も消えてい良く。今思えばデメリットの話をしてからは、西園さんはあまり乗り気というか、その態度に戸惑いが感じ取れる。
「二人揃って『神楽シスターズ』でしょ七海、今の私たちにこれしか道はないと思う!」
「……でも」
二人の言い合いに首を突っ込むのは野暮だが、コーチとしてしっかりと意見を述べた方がいいと思い、俺はあえて割り込みをする。
「西園さんのデメリットのお話は最もだとは思いますけど、たとえ結果が残せなくてもしっかりと、これから努力を積み重ねればアンチとかは増えないと思いますし、少しは売名になると思いますよ、ファンは減ると言っても登録者数が減るわけではないですし、僕も最大限努力しますし、大会で恥をかくようなプレイはしないとは思います」
「ね? コーチもそう言ってることだしデメリットは無いって事よ! どうせここで反らなきゃ『神楽シスターズ』に明日は無いんだ。だから話していいよね七海」
「……え、ええ。細川くんがデメリットが小さくなるというのなら」
何の話だろうか。それに親父はさっきから黙っている。彼女たちの話したいことを知っているのだろうか。
浜ヶ崎先輩はあの誓いの時のように、真剣な顔で俺を見つめる。
「光代くん、ノリみたいにやってしまったけど桃園結義の意味は理解して、さっきの誓いをしたんだよね」
「無論です、先輩。俺はいかなる時も生死を共にする覚悟ですよ。男二言はありません」
それは面と向かって言える。乗せられたように桃園結義を言った俺だがその意味は違えるつもりはない。その覚悟だけはあるつもりだ。
「じゃあ、もう一個だけ、私たちが背負ってるものを光代にも背負って貰うよ、あのね」
「朱美、私から言わせてもらうわ」
浜ヶ崎先輩の言葉を遮り、今度は西園さんが俺を真剣な眼差しで見つめる。
「細川くん、あのね。私達、いや私は」
「私達だよ、七海」
浜ヶ崎先輩は西園さんの言葉を訂正し机の下で西園さんの手を握った。
西園さんは一度先輩に微笑みかけると、再び俺を見つめた。
「私達『神楽シスターズ』はあと一年で登録者数80万人を達成できなかったら引退するの」
「え!?」
引退? そ、そんななんで。
俺は親父に向き返り視線を向ける。
なんかのドッキりか? 二人で話した『星空ヒカリ』の引退にかけてるのか?
俺の視線に気づいた親父は静かに首を横に振る。二人に再び視線向ける。
「嘘ですよね」
「本当だよ、光代くん。『神楽シスターズ』は来年の4月までに登録者数80万人超えなきゃ引退なんさ」
「え、ああ。本当なんですね、引退ですか……それは悲しいです」
ファンではなかったがよく切り抜きは見ていた。『星空ヒカリ』の同期であったし愛着もあった。それにしたって80万人なんて、だからか。
「だから、『大黒天』の大会なんですね。今初めて点と点が繋がりました」
「少しは察しがよくなったな息子よ」
「親父は知ってたのかよ、この話」
「ああ、だから大会にエントリーしたんだ俺は、言ったろうこの大会で『星空ヒカリ』は引退の予定だったって」
「引退!?」
今度は二人が親父の言葉に驚く。
「二人のこの話を聞かなきゃエントリーさえしないで引退してたさ。引退前に同期を助けようと思ってな」
「引退」「え、でも」
「二人には話してなかったな、まあ自分たちで一杯一杯だろうし、最初から言う気はなかったがな」
「で、でも」「……大吉さん」
「でもなぁ、実は二人が居ない時に息子にせがまれてな、引退すんな、まだこれからだろってさ。だから引退は取り消したんだ。まあいいんだ俺の話は、二人の話に戻ってくれ」
俺はいまだに彼女たちの引退には背景が読めないので、疑問を投げかける。
「だから『大黒天』の大会で優勝したいんですね、でも個人勢なのに引退とか誰が決めてるんですか? なにかの目標なんですか? 自主引退とか」
来年の4月から浜ヶ崎先輩は大学四年生だ、就職活動も始まるし、遊びの時間も終わりって事か。
「いやー本家がそう決めてね、それに80万人行かないと、七海は大学も退学することになる」
「え? ど、どういうことですか? なんで登録者数と大学が」
なんだ、どうしてVtuberの活動なんかが大学と関わりがあるんだ、それに本家って何だ?
「あのね細川くん話せば長くなるのだけども、聞いてくれるかしら……」
「はい。ちょっと今のままではちょっと話が見えないです。お願いします」
「じゃあ初めから、あれはーー」
西園さんの話を要約すると、彼女の家は鹿児島県でも有名な由緒正しい旧家の出らしい。それこそ旧時代の考え方を持っている超が付くほどの家だそうだ。高校卒業と同時に女人は家庭に入り家を守るという考えが当たり前で、西園さんは例に漏れずそれに当てはめられた。小さいころから花嫁修業を行い、ありとあらゆる作法と叩き込まれた。しかし彼女には耐えられなかった、家のためとはいえ、見知らぬ男性と婚約させられる女として使われる自分の人生に。
幸運なことに彼女の兄たちは小さいころから彼女を溺愛し、その古臭い家柄にも不満を持っていた、だから彼女が自分たちの様に古臭い家の犠牲にならない事、彼女が自由になることを望んでいた。そのためにもあえて小さいころから自分たちの真似をさせ、汚い言葉を教え、浜ヶ崎朱美という外の友人も与え、本家にとって都合の悪いように育てた。本家の言いなりになるお嬢様ではなく、自分のしっかりと意見を持った少し男勝りに育つように。
高校進学まで4人の兄は、本家つまりは当主であるおじい様を説得したが完全に説得することはできなかった。しかし高校卒業後、外の勉強として大学進学の4年間を認めさせた。その代わり卒業後は本家の認めた男子と結婚し家庭に入るという条件を付けて。
「そこまでは、まあ順調だったんよ、七海の兄様たちの努力で七海は、私と一緒の大学にこれたし、でも私が要らないことしてさぁ」
「私はこの活動を要らない事とは思ってないわ、朱美。私は今でもVtuberになったことは後悔してないわ」
西園さんは机の下で浜ヶ崎先輩の手を再び強く握り返した。
「そう言ってくれると救われるよ、ここからは私が話そう光代くん」
無事に大学に入学後、先に入学をしていた俗世を知った浜ヶ崎先輩に西園さんは、様々なことを教わったらしい。寄ってくる男のあしらい方、女子同士の繋がりの作り方、それは浜ヶ崎朱美が経験した失敗も成功も含めてすべてを伝えたそうだ。
その中に偶然Vtuber活動という物があり、それに西園さんは興味を持った。西園さんも浜ヶ崎先輩と同門なので高校までは女子高、異性とのコミュニケーションに不安もあったということで、トレーニングの一環もかねてというか理由でVtuber活動を始めたらしい。これが『神楽シスターズ』の始まり。
活動は順調で『ぶんどき』先生の助けもあり順風満帆に進んでいた。特に西園さんは歌うことで他人と触れ合えることが楽しかったとのことだ。でもその活動が本家に見つかってしまったのが問題であった。
「もう、現当主の大爺様はカンカンでね。大学は遊びに行かせるために行かせたんじゃない、それにそんなわからない活動に大切な西園の娘を! ってね」
「ええ、
「もともと大学は時間稼ぎのためだったんよ。大学進学中の4年間あれば、一彦兄様が本家の当主を継ぐから、それまで七海をどこか本家の権力の外に連れ出したかった、それが作戦だったんだけどねぇ、私がドジを踏んだあの時なー」
「だからそれは」
「ごめん、ごめん、でもその次もドジ踏んだのは私だ」
その後、4人の兄と浜ヶ崎先輩の努力によって、Vtuber活動は認められたが条件を付けられてしまったらしい。
「あの時80万人なんて私が言わなきゃなぁー、あー!」
浜ヶ崎先輩は自分の頭を両手で勢いよくかきむしる。
「大爺様はその活動が、今後の西園家のために必要な私の能力向上のための勉強だとい言い張るなら、今の頂点の者と同等の成果を上げろ、西園の女として恥ずかしくない成果をって、でなければ即刻家に戻すって話になってね」
「当時『大鎌みりん』ちゃんの登録者数が80万人くらいだったんよ、クッソ、あのとき20万とか言っとけばまだ楽だったのによぉ」
「それでその期限が、来年の今なんですね」
「勝手に巻き込んで申し訳ないのだけれど、そういうことなの細川くん」
「黙っていてごめん、光代くん」
西園さんと浜ヶ崎先輩は俺に深々と頭を下げた。
「い、いえ逆に話してくれて嬉しいです。やっと一員に認められたんだって気がします」
俺の言葉に頭を上げた二人は微笑んでくれた。
「なるほど、だから登録者数が80万人行かなければ西園さんは、ご実家に帰られるので、『神楽シスターズ』は解散という事ですか」
「私は朱美には私に付き合う必要がないって、言ってるんだけど……」
「当たり前でしょ、私と七海。『神楽雫』と『神楽舞』2人居ないと意味ないの。一人でやってた時とは違う。今更一人じゃ活動はできないよ」
だから西園さんはデメリットに話をした時から大会の参加を渋り始めたのか、もし成し遂げられなくても、アンチが増えて、ファンが減ると、先輩のVtuber活動に支障が出るから。
しかし先輩も言う通りでもある『神楽シスターズ』は今や二人で一つ、どちらが欠けたら今の活動はできないだろう。
「親父も最初からこの理由を知ってたんだね」
俺が視線を向けると親父は静かに頷く。
だから最初に親父は『我々は優勝したいのだ。できるかお前に』と聞いたのか。
「もともとFPSが得意で話がわかる女性の大人の『えち』に声をかけたのだが、彼女は妻子持ちであまり時間が取れないという話でな、だが彼女以外にここまで深い事情を話せて、長い時間素人の練習に付き合ってくれる知り合いは居なくてな、どうするか悩んでいたところで、偶然にもお前と出会えた」
「そうか、タイミング的にも偶然に偶然が重なった訳だ。……って『えち』たそが妻子持ち!?」
あのロリロリボイスで有名な、みんなの妹『えち』たそが!? はぁ!? ええ!?
「なんだ知らなかったのか、彼女は二児の母だぞ」
「はいぃいいぃいいいいい!?」
う、嘘だろ。というかマジで今日は情報量が無量大数過ぎる、脳がパンクする。
「えー、嘘だろ、あの『えち』たそが……?」
やばい……俺たちの妹が……それはそれで親父の時と同じ心的ダメージが。
「お、そろそろ遅い時間だし、今日は解散といこう二人よ」
緑川は部屋の壁掛け時計で時間を確認し、二人にそう促した。
「お、そうですねー」「あ、もうこんな時間なんですね、帰って洗濯物回さないと」
まさかの角度で発生した心的ダメージにより放心状態の俺を、放置して三人は帰りの準備を始めていた。
はっ、俺はいったい何を。
俺が回復した時には、浜ヶ崎先輩がノートパソコンをタウンリュックに入れ終わったところだった。
「あ、あのー」
「やっと気づいたか、息子よ。お前はいったい誰のユニコーンなのだ、節操なさすぎだぞ」
親父は浜ヶ崎先輩のコード類をまとめながら、俺に話しかけて来る。
「いや、違くって、というかまあ……そうなんだが……みんなの妹『えち』たそが……」
……あの妹に添い寝される安眠【ASMR】を作ってくれた、俺達のことをお兄ちゃんと呼んでくれた『えちぜん』たそが二児の母だったなんて。
「その
「き、きもいってなんだよー!! お前にだけは言われたくないわボケェ!」
そんなくだらないやり取りを親父としているうちに、西園さんと浜ヶ崎先輩は荷物をまとめ終わっていた。
「じゃあ、私たちはこれでお暇するねー」「今日は本当にありがとう細川くん」
二人にあいさつをされて俺は急いで椅子から立ち上がる。
「あ、はい! これから一緒にがんばりましょう!」
「おうさー! じゃ、バイバーイ」「細川くん今日はありがとう、さようなら」「おう、じゃあな息子よ」
「ええ、また」
バタンと家のドアが閉められる。西園さん、浜ヶ崎先輩、そして親父はが居なくなった俺の部屋には、少しの寂しさと小さな沈黙が訪れた
俺はそのまま立ち尽くし、自問自答を始める。
今日昨日は本当に色々なことがあった。間違えなく俺の人生で一番と言っていいほど濃厚な2日間だった。
本当に俺に出来るのだろうか、『神楽シスターズ』を救うことなんて、あの場では、ああ言ったし、もちろん手を抜く気もない、チーム全体のやる気もある。だが現実は厳しい。ズブの素人三人を約4ヶ月で、FPS大会の優勝まで導くことなんて、無理だ、ありえない。
じゃあ今から一年間で『神楽シスターズ』の登録者数を80万人…………それこそ大会の優勝がなしえなければ無理だ。Vtuberの世界は惰性で人気が出るほど甘い世界ではない。あるとしたら、インターネット中を巻き込む大バズりが起きてネットミームになるほどじゃないと無理だ。
個人勢は事務所にもよるが、そう言った勢いを作るのが難しい。これがあと三年間ならまだまだ考えられる手は合っただろうし、頑張って活動すれば見えた数字かもしれないというレベルだ。
「クソッ、どう考えてもムリゲー過ぎるぞ…………ん?」
デスクの上に置いたスマートフォンが再び着信を示す電子音が鳴る。
もう三人は居ないので事故ることもない、それに琢磨と話せば何か糸口が見つかるかもしれないと俺は、スマートフォンを取るが、着信相手は思いもよらない相手だった。
「……珍しいな」
着信の相手はもうそろそろ1年弱は合っていない妹の細川ひまりであった。
「おう、どうした。ひまり」
何か母さんにトラブルでもあったか? 俺は親父に会ったぞ。とは言えない。
一応親父との約束でひまりと母さんには、まだVtuber活動を伏せておいてほしいとのことだった、それに伴って今日も会っていないことになっている、
「お兄ちゃん。今ちょっと時間大丈夫かな?」
「いいぞ、でもひまりと話すのも結構久しぶりじゃないか?」
大学生になってからはめっきり家とは連絡をしなくなってしまった。
「そうかな? でもそうかも。だってお兄ちゃんは、正月も家に帰ってこないんだもん」
「ああ、それな。お正月は郵便局のバイトが忙しいんだよ」
オタクの俺にとって正月三が日は書き入れ時だ。なにせその前の年末3日間は1年間で最も大出費をする日だからだ。三が日がで少しでもお財布を回復しないとやっていけない。
「それでね、お兄ちゃんさ『星空ヒカリ』ってVtuber知ってる?」
え、ええ、え、!? どうして我が妹がVtuberの話を、というか親父を?
「お兄ちゃんのL〇NEのアイコンって『星空ヒカリ』でしょ、もちろん知ってるよね」
「え、ああ。知ってるが」
魂を知った今であれば、30万人いる部員の誰よりも『星空ヒカリ』誰よりも知っている自負がある。
俺が返答に困っていると、通話越しの我が愛しの妹ひまりはさらに言葉を続ける。
「やっぱりそうなんだね、お兄ちゃん」
「え!?」
「お兄ちゃんが『星空ヒカリ』なんでしょ」
そ……ッッそうきたかァ~~~~~ッッッ
「あ、ああ。いいか妹よ」
とりあえず、その間違いを正さなくては、俺ではない。
「もう証拠は上がってるんだよお兄ちゃん。私この前の配信の切り抜き動画見たから、二の腕に星形の字って、そんなピンポイントな場所、お兄ちゃん以外ありえないよ」
ですよね、そうなりますよね。でも違うんだ。そうじゃないんだ。親父にもだな。
「す、少し、話を」
「……流石に兄がバ美肉声したアイドルVtuberしてたなんて……私史上で一番驚いたよ」
ですよねぇ、俺もそうだったんだよ。でもそれは違うんだよ、俺じゃなくて、親父なんだよ。でも言えないんだよ。
「いや、俺ではないんだが、そんな事よりお前よくVtuberなんて分野の動画を見てたな、お前の守備範囲は特撮系のはずだろ」
俺と一緒に遊ぶことが多かったひまりは俺と同じオタクだ。だがひまりのメインは特撮系だったと思ったんだが。
「あれ? 言ってなかった……? 私今、Vtuberをやってるの」
「ぶっふぉ。え!?」
思わず吹き出してしまう。
嘘だろ、ひまりがVtuberだとぉぉおお。お兄ちゃんそんなに聞いてないぞ。というか親父と妹がVtuberとかどんな家族だよ家。そして俺は親父のユニコーンだったし、もうやばすぎだろこの家系。
「お兄ちゃんには言ったと思ったんだけど……」
「い、いや聞いてないんだががが」
「ああ、そうだっけ」
「今私、『マリー・黒島・オルゴール』っていう名前で活動してるの。知ってる? お兄ちゃん」
俺は『星空ヒカリ』の正体を知ったあの時を思い出す。『身体のどこかに痣がある人は、"来世貴方がどんな姿に生まれ変わってもその痣を頼りに迎えに行く" 』俺らが打倒すべき怨敵『大黒天』のメンバーの一人『マリー・黒島・オルゴール』の魂は俺の妹だった。
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