決戦の狼煙
「ごちそうさまでした」
細川の狭い部屋に男女四人の合わさった声が響く。
「いやー、俺こんなにおいしいカレーライス、初めて食べましたよ! 最高でした!」
打倒『大黒天』へ向けて、決意を新たに心を一つにした4人は、丁度完成をした、西園の腕によりをかけたカレーライスを食べ、英気を養うこととなった。しかし出鼻を挫くように問題が起きる。4人で一つのテーブルを囲んでカレーライスを食べるには細川の部屋は狭すぎたのだ。結局、部屋にある小さいテーブルに彼、西園、浜ヶ崎が囲んで座り、緑川は彼が普段使っているパソコンデスクのテーブルで食べてカレーライスを食べることになった。
「だろうよ光代くん、七海は超絶料理がうまいからなぁ。今日も最高においしかったよ七海」
浜ヶ崎先輩は西園さんに笑顔でサムズアップをした。
「本当においしいかったよ、西園くん。今日はごちそうさま」
俺たちは各々に西園さんにカレーライスの感想を述べ賞賛をする。
「細川くん、大吉さん、ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」
狭い室内で至近距離で三人に見つめられ賞賛を受け、西園は少し恥ずかしそうにその言葉に答えた。
腹ごしらえが終わり、食器を片付けが終われば、自ずと4人の話題は『大黒天』のFPS大会の話になる。
「それでぇ、コーチ。私たちはまず何をしたらいいんだい?」
「そうだな。今週の指針くらいは考えているのか? 息子よ」
テーブルを挟んで俺の正面に座っている浜ヶ崎先輩、俺の後ろのパソコンデスクに座る親父から声をかけられ、その言葉に続いて、俺から見てテーブルの左に座る西園さんは、俺に視線を向けて来る。
俺は脳内で立案した大会へ向けての作戦を、3人に向けて説明をし始める。
「親父には絶対に揃えてもらうとして、お二人が良ければ、まずはFPSをプレイする環境を揃えて欲しいと思っています」
「おいおい、俺は強制かよ」
俺は後ろから親父の冗談交じりの反論が声が聞こえてきたので、振り返って反論をする。
「当たり前だろ。『星空ヒカリ』は、これから俺たち部員と一緒に、Vtuber界を駆け上がっていくんだぞ。それくらいの環境は揃えてもらうぞ」
俺の返答に親父は少しうれしそうに鼻の下を擦った。
まだまだこれからだ。『星空ヒカリ』はこれからもっと上を目指すんだ。今回の大会だって、その踏み台の一つに過ぎない。
「環境っていうと、マウスさんの事かい?」
浜ヶ崎先輩の声を聴き、俺は二人に向き直る。
「マウス?」
左に座る西園さんは、浜ヶ崎先輩の言葉に疑問の声をあげる。
俺は立ち上がり親父と座る場所を変わり、そして自分のパソコンデスクから、普段使用しているゲーミングマウスとマウスパッドを取り出し、三人が囲んでいるテーブルの上に広げる。
その後パソコンデスクの椅子に座り、西園さんへ御飯を食べる前に、浜ヶ崎先輩と親父にしたFPSについてのアレコレを説明した。
「なるほどね、マウスとマウスパッドにもそんな種類があるのね。FPSは奥が深いわ」
やはり実際に握ってみると説明していることも納得ができる様子で、西園さんはテーブルの上で俺のゲーミングマウスを握りマウスパッドの上を走らせている。
「そうなんです。まだお話しできていない事が沢山ありますが、幸い大会まで期間はありますので、まず初めにFPSをプレイできる環境をそろえておきたいと思うのですが、どうでしょう。ノートパソコンのスペックに関しては申し分ないので、僕としては最低でもマウスとマウスパッドは揃えて欲しいって話です」
「わかったわ」「承知の助!」「おうよ」
テーブルに座る三人は二つ返事で了承をする。
「あのー、えーっと。それでですね……」
俺が次の言葉を言い淀んでいると、浜ヶ崎先輩が元気にビシッと挙手をした。
「はい、浜ヶ崎先輩なんでしょう」
「最低でもって言うと、マウスとマウスパッド以外にも持っていると有利なデバイスがあるってこと?」
「確かに気になるわね、ほかの参加者がそれを使っている可能性はあるのかしら、だったらこちらも揃えるべきじゃないのかしら」
「そうですね、その二つ以外にも有利になりえるデバイスは存在します。例えば次に購入するものとして考えられるものは、キーボードか、ヘッドホンですかね」
俺は再び立ち上がり、自分のデスクトップパソコンから普段使用しているゲーミングキーボードと、ゲーミングヘッドセットを引っこ抜いて、再び三人の囲んでいるテーブルの上に広げた。
「キーボードとかは見た目では普通の物と変わらないように見えますが、これも先ほどの説明したマウスと同じで特別仕様なものです。なにかキーを一つ押してみてください」
三人はおそるおそるキーボードのキーを押すと、カチッ、カチッっと独特の音が鳴る。
「なにこれ、可愛いい!」「面白いなぁこれ」
案の定、西園さん以外の二人は、ゲーミングキーボードのキーを連打し始めた。
「ん!んん!、いいですか二人とも」
俺は咳払いをして再び注目を集める。
「そのカチッと音が鳴るのは副次的なものですが、それも少しでもFPSを有利にするためのものだと思ってください。気になるのであれば後日解説しますね」
「わかったわ」「はーい!」「おう」
浜ヶ崎先輩はよっぽど、青軸キーボードが面白いのか、いまだにカチカチと音を立てて遊んでいる。が俺はそんな先輩を無視をして説明を続ける。
「これ以外にも様々なものがあります。正直こだわり始めたら青天井なので、マウス一式の次にって話なら、キーボードかヘッドホンかなと俺は思います」
「ふーむ」「じゃあこれも揃えるべきなのかしら」「そうだな確かに」
三人はテーブルに並べられた、他のゲーミングデバイスたちも興味深く眺め、触り感触を確かめている様子だ。
「うーん、どうなんでしょう。初めにそこまでお金をかける必要が……うーん」
西園さんは今度はヘッドホンを着用してみたり、親父は浜ヶ崎先輩のノートパソコンに刺さっていたゲーミングマウスと、マウスパッドをテーブルの上に広げ、使い心地を比べている。浜ヶ崎先輩は未だにキーボードをいじくり回していたが、WASDキーに指を当ててしっかりと吟味をしていた。
「皆さん次第ですかね。俺は正直ここまでそろえてるのも、こだわり的な感じなんで、即自的に強さに直結するとは……うーん」
どうしたものか、最初から全部揃えるのは、それはそれでいいけど値段がなぁ。一概に俺の一存で買わせていいレベルを超えてるんだよなぁ。
「細川くん、そういえばこれ全部でおいくらくらいになるの?」
ヘッドホンを取り外しながら西園さんが疑問を投げかけて来る。
「えーっとですね」
俺は脳内でテーブルに出ているゲーミングデバイスの合計を瞬時にはじき出す。購入する際に死ぬほど吟味をしたデバイス群だったので、値段は手に取るように分かった。
「……俺の普段使用しているこの4つで、単純計算3万円は超えるかと。親父が出してくれた先輩に先ほどお貸しした物も含めると、5万円は超えます……」
嘘だ、本当は6万3000円くらいだ。変な意地が出てしまった。
「ご、5万円!?」「えっ!」「ああ?」
その値段を聞いて、さっきまで遠慮なく俺のデバイスをガチャガチャ動かしていた三人の手が止まり、テーブルにそっと置いた。
ですよねー、そう反応になりますよねー
「……それは本当?」「光代くんの冗談ではなくて?」「マジかよ……これが?」
西園さんと浜ヶ崎先輩は、信じられないと驚く視線を俺に向けて来る。
親父は持っているゲーミング マウスをひっくり返したり注意深く観察を始めた。
「ええ、まあ俺の今使っているのはって話ですよ。もちろんお二人にそこまでゲーミングデバイスを揃えて欲しいって話ではありません。そうですね、マウスとマウスパッドで合計1万5000円ほどの出費を覚悟しておいて欲しいなぁと」
「い、1万5000円、意外とかかるのね」
「まあFPSやってない人はそう思いますよね。たかがマウス、たかがマウスパッドにそんなにって……」
俺は高校生活から今にかけて、ほとんどの時間とお金をFPSやゲームに捧げてきた。周りの陽キャたちが2万のジーンズだ、1万のジャケットだっておしゃれに使ってきた時に、俺は8000円のゲーミングマウスを買うような生活をしてきたのだ。価値観に違いがあって当たり前だ。
むしろ今はゲーミングデバイスは様々なメーカーが増えてきて値段が落ち着いてきているとも感じる。しかしそれでも普段この分野にお金を使っていない人たちにとっては、高く感じるのは当たり前か。
「ええ、すこし想像以上だったわ」
「だねー、正直、両方合わせて6000円くらいで済むと思ってたよ。ってでもそうかー、結構するんだね」
「はぁ……確かにこれにお金を使ってたら確かに、モテないわな」
うっさいわ親父、大きなお世話だ。
親父の俺の童貞いじりにいちいち突っ込んではいられないので、無視して話を続ける。
「ええ、親父はともかく我々大学生には大きい買い物になると思います。……もちろんお二人は本日からFPSの練習をしたいともうのですが、今使用しているマウスで変な癖がついてしまうと練習に支障があるかもしれませんので……」
「わかったわ」「コーチがそう言うなら」
「……それで、ご提案なんですが……」
俺は心の中で決心を固めるが、言葉が出てこない。
言うぞ! 言うぞ! 言うぞ! 言うぞ! 言うぞ! 言うぞ!
「あ――――」
「ん?」
突然俯きしゃべらなかくなった俺を二人は疑問そうに眺める。至近距離からの二人の視線で俺の緊張はさらにさらに増し、口が動かなくなる。
その時、俺の前に座っている親父が彼女達に見えないように、肘で座っている俺の足を小突いた。
漢を見せろってことだろ、ああ、わかってるよ親父!
俺は再び顔を上げて二人を真剣なまなざしで交互に見た。
「あ、あの! こ、今週の休みに、僕と一緒に秋葉原でマウス買いに行きませんか!!」
言ってしまった。誘ってしまった。うちの大学のツートップを事実上デデデデ、デートに。
細川はゲーミングマウスの話を始めた時から、脳内ではこの話をしよう、しようと、ずっと思っていた。しかし言えずにいた。なんたって人生で女性自分から誘った経験なんてなく、しかも相手は自分の大学の美人で有名な二人。西園に至ってはその振舞から女王と形容されている、こういったことに嫌悪を持っているかもしれない、もちろん下心がないと言われればゼロでは無い。正直ゲーミングデバイスだってAmazonで買えばいい話である。さらにここで断られて雰囲気が悪くなるなら、この話自体を持ち出さない方がいいとも思う。でも個人に合ったのをしっかりと選ぶのであれば、現地購入が一番良いなどと、色々な理由を永遠に頭の中でこねくり回していた。
しかし言うことにした、彼女達の勝利ためにも。後悔しないためにも。
「いや、あ、あの、お二人というか、親父も一緒で、行くっていう――」
彼は答えを待たず俯きになり、しどろもどろに言い訳を始める。
断れても関係が壊れないように。そして、自分が傷つかないように自分に言い聞かせるためでもあった。
そんな言い訳を聞かずとも、彼女たちの答えは最初から決まっていた。
「こちらこそお願いするわ」「おっけー!」
「え? いいんですか?」
最悪西園の、女王様としてのお言葉を受けると覚悟していた彼は、彼女達二人の色よい返事に顔を上げる。
「いいも何も、コーチが集合っていうなら集合するさ!」
「そうね、正直さっきの説明じゃ未だに私はマウスの良さを理解できていないし、購入する際に色々なアドバイスをもらいたいわ」
「はい! わかりました!」
よ、良かった。こ、断られたらどうしようかと。たぶん二度と二人と話せない自信がある……
再び親父が俺の足を肘で小突いた、意味はおそらくよくやった息子よって意味だろう。
「じゃあ、週末にマウスとかは買いに行くとして、今日は月曜日、残りの4日はどうするんだ息子よ。それまでずーとお預けはないだろう、さっき俺たちはあんなに熱い結義を交わしたんだぜ」
「そうだねー土日のどっちかに買いに行くにしても、これからなーんもなしは無いよね」
「何か今日からでも始められる事はないのかしら」
3人の意見は最もだ。もちろんだ。それも考えてある。
「そこで、まずはこの4日間は各々でFPSの用語を覚えて貰いたいと思ってます。俺が直接教えたいのですが、俺も練習するにあたって少し準備をしたいと思ってますので」
明日からでも俺がディ〇コードを使って画面共有してプレイを見せるって手もあったが、俺も教えるなら今一度FPSを最初から勉強しなおしたいから、少し時間が欲しい。
俺は三人に言った内容がわかりやすいように、問いを投げかけた。
「そうですね…………お二人は、リコイルって言葉の意味わかりますか?」
西園さんと浜ヶ崎先輩は少し悩みこんで、俺からの問いに返答をする。
「わからないわ」「リコイルって後ずさりするって意味の英単語でしょ、後退? じゃないかな」
二人は俺の問いに対して真剣に答えを導いてくれた。
「不勉強ですいません、リコイルって単語が、逆に後ずさりって意味は初めて知りました。先輩すごいですね……」
「それほどでもある!」
えっへんと、浜ヶ崎先輩は胸をそらして両手を腰に当ててポーズをとった。
俺は揺れる先輩の胸を思わず追ってしまったが、すぐに頭を切り替える。
「親父はならわかるか? 実銃を触ったことがあるんだろ」
「……リコイル。つまりはリコイルコントロールのことか。銃を発砲したときに発生する衝撃、反動、もしくはそれを抑えることか」
「正解だ。話の通りに本当に実銃を打ったことがあるんだな親父、FPSではないが銃に関する知識はしっかりと持っていて何よりだ親父」
「ああ、実銃に関してはセルゲイとアンドレイにみっちり教え込まれたからな。ハンドガンとアサルトライフルなら市販されてるものは整備くらいは出来るぞ」
誰だよセルゲイとアンドレイって。
「いや、日本には銃は市販されてないし。まあいいや。こういった専門用語のような言葉がFPSには沢山あります。それこそリコイルとは違い、インターネット上で作られた造語のようなものまであります。……そうですね、例えばレレレ撃ちなんてものがあります、どういった意味だと思いますか」
三人の顔には今なんて言った?って表情が伺える。
「レ・レ・レ? 撃ち?」
西園さんは恐らく俺が単語を噛んだと思ったのだろう、聞き直してくる。
「ええ、レレレ撃ちです」
三人は再び俺の問題に真剣に頭を悩ませている。
「……いや、あのそこまで真剣に考えなくても」
「コーチ、ちょっとまっち」「ええそうね、考えさせて」「そうだなぁ、レ・レ・レ?」
その後3人は5分間にわたってプチクイズを行った。しかし正解の回答は一向に出なかった。わかるわけも無かっただろう、語源はあのレ〇レのおじさんなのだから。
「最初の問題のレレレ撃ちは、だいぶ特殊なんですけど、多分俺は教える時についそういった単語がつい出てしまうと思うんです。その度に用語を解説してたら操作のテクニックとかそう言った以前の問題ですし、キリが無いのでまずこの4日間はまずFPSに関連する単語を覚えてもらいたいです」
「わかったわ」「おうよ」「パ〇スのファ〇シの〇シがコク〇ンからパ〇ジって状態になるって事ね」
突然意味不明な単語の羅列を並べる先輩に二人が疑問の視線を向けた。
「え、ええ。先輩も概ね言いたい事がわかってくれてるようで何よりです」
どこまで守備範囲が広いんだこの先輩は。ノムリッシュも履修済みかよ。
「ええ、適当にサイトを見繕ってお二人が帰る頃にはご連絡をします」
「はーい」「わかったわ」「おう」
「それで――」
俺が言葉続けようとしたときに、俺のスマートフォンが鳴る。
「あ、すいません。切ってませんでした」
急いでスマートフォンの電源を切ろうとする俺を、西園さんは止めた。
「いいの? ご友人からの電話じゃないの?」
「いいんですよ、どうせ――」
自身の部屋にある電波時計を確認する。
「今日はディ〇コード入ってこないかっていう友人の催促ですよ」
「でも、人付き合いは大事にした方がいいよぉー」「お前の数少ない友人だろう」
「うーん」
確かに浜ヶ崎先輩が言うのと説得力が……親父の言うことももっともか。
握られたスマートフォンは未だになり続けている。確かに少し不自然だ。いつもならL〇NEあたりのチャットでの催促しか来ないのに、電話をしてくるなんて。
「じゃあ、すいません。少し出させてもらいます」
俺は三人に断りを入れて、念のためにキッチンまで行き、電話に出る。
「おう、ど――」
「おいおい! 光代聞けよ! マジで! マジでやべぇぜ!」
スマートフォンからは大興奮をした俺の悪友、畔上琢磨の声が聞こえてくる」
「っ。うっせぇよ、ちょっと声抑えろよ」
「あ、ああすまん、すまん。」
「で、なんだよ。というかなぜに電話?」
「だっていくら待ってもお前たちディ〇コード来ねぇんだもん。それにこの興奮を早くお前たちと分かち合いたくて」
「は、はあ」
歩夢の奴も入ってこないなんて珍しいな。でも、まぁおおむねの予想はつくが。
「で、なんだよ。わざわざ電話をかけて来るなんてよっぽどのことなんだろうな、大したことじゃなかったら切るぞ、また昨日みたいにマリーちゃんに殺された―とか」
「そうだよ! そうだんだよ! 今日のマリーちゃんの放送でさぁ!」
また殺された自慢かぁ、まあコイツはマリーちゃんのユニコーンだからなぁ。
「『大黒天』のFPS大会Creation& Destruction Tournamentが発表されたんだよ!!」
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