1K結義

 

「そりゃ、もうマブよ。光代と私は親友と書いてマブダチよ!」 


 俺の肩を先輩が突然抱く。


「せ、先輩!」


 彼女は部屋に来た西園へ仲の良さをアピールするために、ぐいぐいと彼に体を寄せる。

 マ、マブ!? 嬉しいこと言ってくれるぜ浜ヶ崎先輩。これで俺もちょっとは先輩と仲良く…………てっ、ちょ、ちょ、ちょ、先輩!? 

 先輩は気づいていないのか、自分の胸が俺に当たっている事に。胸? 胸? 胸????



 むむむむむ胸ががががががががががっががががががGAGA我AGAGAGAGAGAGA



 初めて感じる成熟した女性の胸の感触に、直接触れたわけではないのに細川の脳は処理能力が追い付かず、フリーズを起こした。

 彼はただ単に彼女とのオタクトークに集中していて、彼女との肉体的接触に気づかなかっただけであった。しかし一度気づいてしまったら最後、今では肩に当たる柔らかな感触と、髪から漂う良い匂いしか意識が向かない。

 先ほどまで彼女と不朽の名作、さよ◯ら絶望先生について、熱く語っていた彼の頭の中は、今では彼女のおっぱい先生で一杯になってしまった。ああ、男とは何て悲しい生き物なのだろう。



 ちょっと、先輩!? か、肩も、というか足ももももももももももももも。



 しかし彼からは、その事実を告げることはできない。そもそも言う度胸なんて物は持ち合わせてはないのだが。


「で、カレーライス出来た? 七海」 


 彼女は彼の気持ちなんて知らず肩を組んだ姿勢のまま、キッチンにから出てきた西園に晩御飯の様子を聞いた。

 細川の狭い1Kの部屋には、西園が作る美味しそうなカレーの匂いが漂い始めていた。


「ええ、カレーはもうすこしで完成。それでデザートの件でちょっと朱美に手伝ってほしいのよ」


「あいよー」


 彼女は肩を抱くのを辞めて、キッチンへ消えていく。

 それに伴い彼は、左半身に感じていた彼女の熱がなくなるのを感じ、再起動する。


「あっ」


 はっ! お、俺は今まで一体なにを……


 トンっと、親父に肩を叩かれ俺は振り返る。

 親父は笑顔で俺にサムズアップをしていた。その目は言っている。『どうだった彼女の胸は、いい思い出来ただろう』と。

 そして俺は気づく、今まで自分の置かれていた状況と、さっきまでの自分の行動が彼女の尊厳を傷つける行動であったことに。俺は膝から崩れ落ちた。


「…………すいません、浜ヶ崎先輩」


 浜ヶ崎先輩に直接言う度胸は無い俺は、キッチンに行った先輩に聞こえない小声で謝罪をした。

 すいません、浜ヶ崎先輩。俺は、俺はなんてことを。せっかくの先輩の信頼を。


「ごめんなさい、細川くんこの…………大丈夫?」


 床で絶望している俺に対して、再びキッチンから顔を出した西園さんが心配をしてくれた。


「あ、はい。お気になさらず。どうかしましたか?」


 俺がその姿勢のまま受け答えをする事に、若干西園さんに引かれたような気がしたが、気にしない。俺みたいな下種野郎にはそれがお似合いだ。


「あ、それでキッチンへ来てくれるかしら。デザートの食べる時間で説明があるの」


「はい! 今行きます」


 俺はビシッと立ち上がりキッチンに向かうと、浜ヶ崎先輩がオーブンからホール状のケーキらしき物を、取り出しいる瞬間であった。


「これはケーキですか?」


「チーズケーキなのだけれど、大丈夫だったかしら?」


「大丈夫も何も大好物です! ありがとうございます!」


 やったぜ! チーズケーキだ!


「そうなら良かったわ、それでね……」


 西園さんの説明を聞くにこのチーズケーキは、今日の晩御飯で食べるのではなくこの後、調理工程として冷蔵庫で一日寝かせなくてはいけない様だ。つまりはこのチーズケーキは最初から俺のためだけに、作ってくれたものだった。

 俺は、西園さんの手料理が食べれるというだけでうれしいのに、俺個人のためと聞いたときは天にも昇る思いだった。

 親父もチーズケーキの話は聞こえていたらしく、自宅に冷凍パックで送れと言い始めたが、もちろん無視した。

 そして西園さんはカレーにはこだわりがあるらしく、完成まで後少し待って欲しいと提案を受け、俺はもちろん二つ返事で了承をした。

 俺と浜ヶ崎先輩がリビングに戻った時に、ちょうど先輩のノートパソコンのFPSがアップデートが終わっていたので、カレーが出来上がるまでの間、当初の予定の通り、浜ヶ崎先輩と親父のFPSの腕前を見ることにした。


「……先輩はやっぱり、そのままでやるんですね」


 俺は再び俺のベットでうつ伏せになりやる気満々の浜ヶ崎を見て念のため確認を取る。


「え? なんのことだい?」


 先輩はこちらに振り返り首を傾げた。


「いや、まー、やっぱそうなんですね。先輩はいつもそのマウスでパソコンを操作してるんですよね」


「え、マウスさん? そうだよー」


 浜ヶ崎先輩は可愛いピンク色の、折り畳み式スリムポータブル無線マウスを持ち上げて俺にアピールするように振って見せる。

 あー、そうね、やっぱりそこからね。


「いいでしょ光代くん、可愛いしコンパクト、さらに七海ともお揃いなのさ、このマウス」


「へぇー、俺も新しいマウス折り畳みにしようかなぁ便利か?」


 その話を広げるな親父。


「そうなんですよ大吉さん、これ本当に使いやすいんですよ、ここが折れるんですけどー」


「えー、ではそのマウスさんは、一度ご退場頂いただいてですね」


 マウスの話題で盛り上がる、親父と浜ヶ崎先輩を放置すると永遠に話が進まなそうなので、俺は浜ヶ崎先輩から件のマウスを取り上げて、先輩のタウンリュックにボッシュートする。

 西園さんとお揃いってところだけは、評価してやろうこの無線マウスよ。だがお前ではだめだ、FPSにはふさわしくない。


「なんでさ!」


 彼女とマブになった今の彼は肉体的接触さえなければ、軽口も叩けるようになった。もう正直彼にとっては悪友二人と同じ扱いだ。彼女の女性という性別を意識し始めなければ。

 俺は浜ヶ崎先輩のノリツッコミを無視をして、パソコン周辺機器を管理している棚へ向かう。


「とりあえずスタンダードなのでいいか、それとー、あれー」


 俺は周辺機器の棚から、昔自分が使っていたゲーミングマウスを引っ張り出し、そして視線をもう一度、未だベットでうつ伏せになっている先輩に向ける。


「ん?」


 可愛い! 首をかしげる先輩も可愛い! って違う。そうじゃない。

 俺は首を力強く左右に振り、ピンクな脳内をリセットする。

 やっぱりマットレスの上じゃ、あれがないと難しいかなぁ。あれ何処にしまったかな。

 俺は棚の奥から昔悪友二人と秋葉原のパソコンショップでノリで購入した、お目当てのマウスパッドを取り出す。 

 これ特殊すぎて俺に合わなかったんだよなぁ。高かったんだけどなぁ。


「先輩とりあえず、これとこれを使ってください」


 そう言って俺は先輩に、お古のゲーミングマウスと硬質プラスチック製のゲーミングマウスパッドを手渡す。


「お、これはマウスと下敷き?」


 先輩は俺から受け取った、ゲーミングマウスパッドを不思議そうに眺め、感想を述べた。


「下敷きぽいですけど、それはマウスパッドです先輩」


「へー、こんな形のマウスと下敷きがあるんだねぇ」「ほうほう」


 親父も珍しそうにモノを眺める。


「だからマウスパッドですって。とりあえずその今使ってるマウスパッドも、ほら、こっちに渡してください」


 俺は手を伸ばして先輩にマウスパッドの交換を要求した。


「光代くんが言うならしかたないなー、このクマのマウスパッドもお気に入りだったんだぞー」


 俺は先輩から可愛らしいペラペラのマウスパッドも回収し、タウンリュックに投げ入れた。


「はいはい、最低限は整えないと実力も見るに見れませんので、今回は渡したのを使ってください」


「で、この下敷きは?」


 振り返ると、先輩は今度は自身の頭にこすりつけて、髪の毛を浮かそうとしていた。


「だからー」


「嘘嘘、マウスパッドでしょ。こんな形のマウスとマウスパッド初めて見たよ」


 先輩は俺が渡したマウスパッドを今までマウスパッドを置いていた位置に置き、ゲーミングマウスをノートパソコンに接続をした。


「おー、何このマウス、横にボタンがあるじゃないかー。おもしろー」


 浜ヶ崎先輩は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、無邪気にマウスを操作し、手になじませている。

 サイドボタンは…………いいか別にあとで説明すれば。


「それで先輩、質問なんですけど自宅でもパソコン操作は今と同じベットの上ですか、それとも布団とかなんか別の物を引いて床ですか?」


「なになに、私さんのプライベート気になっちゃう感じですかー? どうしよっかなぁー」


 わざとらしく可愛い声で挑発をする先輩。

 イラッ。 なんだろう、今先輩から悪友二人と同じ匂いを感じた。

 俺は出会った時の西園さんの話を思い出す。


『細川くん本当に気を付けてね、朱美は仲良くなったら結構なんでもお構いなしよ』


 西園さんの忠告はこのことだったのか。だったら。


「ええ気になります。大いに気になります。今後のコーチングに大切な事なんで教えてください。もう一度言いますね、いつもは自宅で床でやっているか、ベッドの上でやってるか、はたまたその姿勢さえもネタなのか説明してもらっていいですか?」


 俺は全力の作り笑いをして、浜ヶ崎先輩をまくし立てた。


「お。おう、光代くん、か、顔が怖いよ」


「なんのことですかー? で、どっちなんです」


 いつも先輩の事を笑顔で攻め立てる、西園さんの気持ちが今理解できた。


「い、家ではお布団の時もあるし、ヨガマットの時もあるよ。あとクッションを敷いて体制を固定する感じかな? 今みたいに」


 先輩は少し体を反らして、胸のあたりに敷いた俺の枕を指さす。

 なるほど。というか今日俺はあの枕で寝れるのか。無理だぞ多分。先輩のお胸を支えていた枕様だぞ俺どうするよ。


「えーっとですね。最初にくどくど説明はしたくなかったんですけど、とりあえずこれだけは聞いてください。親父も」


「お! コーチ! よろしくお願いいたします!」「おう」


「とりあえずのゲーミングマウスとマウスパッドを使う理由を簡潔に説明しますね。その先輩の今使っているマウスと、俺がいつも使っているマウスは、主にFPSをプレイするためだけに作られたマウスです。専用機といいますか、そのためにチューンアップされたものです。もちろんメーカーもそういう名目で販売しているものです」


「ほうほう」「スポーツカー見たいなもんか?」


「親父良い例えだ。そのイメージで良い。浜ヶ崎先輩がいつも使っているであろうあの可愛らしいマウスは、普通車みたいなもんです。それで今握ってらっしゃるのはスポーツカーです。もちろんFPSという名のレース大会に、普通車でも出場ができますが、少しでも勝つためにはスポーツカーの方が勝率は高くなるでしょう。なので一応今回は使ってもらいます」


「「なるほど」」 二人が声をそろえて頷く。


「で、マウスパッドについても同様と考えて下さい。FPSでは機敏で正確なマウス操作が必要になります。ましてや、マットレスの上でマウス操作とかはありえません。先輩はこれからでいいので、その姿勢でFPSをプレイする際にはマウスパッドは床に敷いてください」


「あいあいーさー」


「そのマウスパッドは、市販されてる中では一番固いマウスパッドなんで、ある程度は俺のベットのマットレスを軽減してくれると思いますので、今回はそれを使えばある程度はまともな操作ができると思います。本当はマウスパッドとマウスはちゃんと個人の特性に合ったものを使用したいのですが、今回はお試しですので」


「はーい」


再び先輩はベットの上でマウスとマウスパッドを走らせ、感触を確かめている。


「じゃあ親父は俺のパソコンでFPSに参加してくれ」


「いいのか? 俺も俺の家の配信環境と同じ方がいいんじゃないのか?」


「親父の配信用のパソコンと、俺の使ってるデスクトップパソコンのマシンスペックはほぼ同じだ。ディスプレイはどんなの使ってるか知らないけど、俺の24インチディスプレイなら現行の最上位モデルだから劣ってることはないと思う。マウスとキーボードも最新のものだから今回は試しだから先輩と同じだし今回はそれでいいよ」


「俺は別にお前が良いならいいぜ、でもなんで俺のパソコンスペック知ってるんだよ。俺前に話したか?」


「え? 『星空ヒカリ』の配信用のパソコンスペックなら部員の中では常識じゃないか。だって俺のそのパソコンは『星空ヒカリ』の配信用のパソコンと同じスペック同じパーツ構成になるように組んだんだから、親父が買い換えてないなら同じもののはずだぞ」


 ケースと記録媒体以外はマザーボードのメーカーから、メモリ構成まで同じだ。


「「怖っ」」


 二人は再び声をそろえる。


「……お前キモイぞ」


「やめろ、当本人を前にして、俺自身も今キモいと自覚したところなんだ」


 このパソコン組んだ時には悪友二人と、あんなにもテンションあがったのに、他人というか本人に説明すると恥ずかしいいいいい。


「まあ我が息子が気持ち悪いのは今に始まったことじゃないか、いいぜ」


 親父は了承してくれたようで俺のデスクに座る。


「じゃ、じゃあ、これ以上はとりあえずなんも言わないんで、二人で一度プレイするってことで」


「おうよ」「まかせてくれたまえよ!」


 浜ヶ崎先輩はエアー腕まくりをして、親父はこれから運動でも始めるのか、肩と首を回し始める。


「でも本当にFPS苦手なんだよなぁ。こう、本物の方が得意なんだよなぁ、サバゲ―とかだったら上手い自信あるぜ」


「Vtuberがサバゲ―って前代未聞だろ、それじゃもうただのYoutuberになっちゃうだろ」


「だったな! がっははは」


 親父は姿勢を正し俺のパソコンへ向かい、浜ヶ崎先輩は再び俺のベットにうつぶせになり、ゲームを立ち上げる。

 ああ、枕よ。お前はいけない枕だ。なんて罪深いのだ。

 はっ! ち、違う、今は二人のゲームプレイに集中しなくてはいけないんだ! 集中しろ、集中するんだ俺。親父はともかく、先輩はさっきの話ではFPSは一度だけ、アクションゲームは少し配信でもやっているて言ってたし期待してもいいのだろうか。


「とりあえず、ゲーム内のパーティ組んでマッチング開始までは俺が操作しますので、試合開始してからは親父が操作しますので、先輩は一旦そのままで」


「あいー」


 俺は親父の後ろから手を伸ばし、自分のパソコンでFPSを起動する。そして先輩とゲーム内でパーティを組んで試合開始ボタンを押す。

 画面には見慣れた試合開始のローディング画面が表示される。


「それでは先輩、親父よろしくお願いいたします」


 俺は二人の画面を見せる場所に移動した。


「じゃあ、一緒にいっくよー、雫ちゃん! 『チーム神星』再始動だよー」


「おうだぜ! ついて来いよ部長!」


 試合が始まった瞬間、二人の配信者スイッチが入った。

 緑川大吉はアイドルVtuber『星空ヒカリ』へ、浜ヶ崎朱美は姉妹系Vtuber『神楽シスターズ』の姉『神楽雫』へ変貌を遂げる。

 こ、これが生の『神楽雫』ちゃんのボイス! 感無量かよ! お、親父も声はそのままだけど、話口調が本当に『星空ヒカリ』になった。すげぇ。

 二人はゲーム内で飛行機から降下し、バトルロワイアルの舞台である無人島に無事に着地し試合を開始できた様子だ。


「なんか静かだなー部長。そっちはどう。もっと敵だらけでバンバン打ち合うもんだと思ってたぜ。この前見たFPS動画とはえらい違いだな」


 そうだろうよ先輩、いや雫ちゃん。君は知らないかも知れないが、このゲームの初めは激戦区で始まらなければアイテム集めが最初だ、撃ち合うことはないんだよ。

 それにしても雫ちゃんの部長呼び懐かしいな! そういえば初の放送でも、雫ちゃんは『星空ヒカリ』を部長呼びだったけ。そんな設定は存在はしないが過去の放送でも『私も星空高校に入学したい』とリップサービスで言っていたし! これは熱い。 熱いですぞぉ!


「ですね、強い人たちというか他の人たちは軒並み、別のところに降りたんではないでしょうか雫ちゃん」


 俺は二人のその変貌に舌を巻いた。何気ないやり取りでも先ほどまでの二人とは別人のように全く違う。言葉選びの一つ一つが『星空ヒカリ』『神楽雫』に変わっている。


「まっ そんな事よりガンガン行こうぜ! 部長!!」


 あーでも、なんか先輩、親父と別方向に走っていったなー。まあマップの見方分からないとそんなもんか。


「上機嫌ですね、雫ちゃん」


「そりゃそうだぜ! 実質これが私の初試合! それにさっきキッチンで見てきたけど、マイマイはカレーとデザートめちゃくちゃ頑張ってたし、私も頑張ってコーチに見捨てられない様に頑張らないと!」


 本当にどんな脳をしているんだ、日常会話なのに西園さんの事も『神楽舞』として話している。それにしてもカレーの件マジっすか。やっぱり? レトルトっていう割に時間かかってるし、やっぱりそうなのか! いやー超楽しみ!



「ああ。ぐっ!」



 あ、親父がさっそく別部隊と接敵したな。

 銃撃を受け大吉が見ている画面には、操作キャラクターがダメージを受けたエフェクトが光る。

 親父の操作するキャラクターは未だハンドガンしか拾えてないのに、敵チームに見つかって、ああ、そこでドームシールドだよ親父…………これは終わったな。


「部長? 何やってんだよ? 部長!!」


 浜ヶ崎先輩は画面の見方はわからないけど、どうやら親父がピンチ臭いって事は今のでわかったのかな。というかテンション高いな二人とも。



「ぐぅっ! うおぉーー!」



 親父よ、親父の声で雄叫びを上げたら、それはもう『星空ヒカリ』に聞こえないんだよ流石に。

 ああ、そんなに連射しちゃって。それハンドガンだけど単発だから当てるの難しいんだよ。あ、でも相手に2発当たったか? まぐれだろそれは。結局ダウンしちゃったし、もう親父は死んだな。

 ん? でも親父をダウンさせた相手チームはなぜか引いたな。ラッキーだな。これで先輩が親父を起こせればまだ巻き返せるぞ。




「はぁ、はぁはぁ……なんだよ……結構当たんじゃねぇか。……ふっ」




 結構当たるんじゃねぇかよって おい。 は? は? いつからだよ、おい。


「ぶ、部長……あ……あぁ……」


親父の画面は操作しているキャラクターが瀕死状態を合わす真っ赤に染まっている。


「なんて声……出してるんですかぁ…………シズクゥ…」


「だって……だって……」


「私はぁ……星空高校広報部部長、『星空ヒカリ』ですよ! ……はぁ……このくらいのダメージどってことないですよ」


 いやもうダウンしてるよ親父、早く先輩助けに行ってあげて。というかいつまで続くんだこの茶番。


「そんな……私なんかのために……」


 いや親父は先輩をかばったりしてないよ、勝手に敵陣に突っ込んだだけだよ。


「部員を守んのは私の仕事です」


 だから守ってねぇよ、というかどこまでやるんだよ。仕方ねぇな。


「でぇも!」


「いいから行きますよ!」


 不肖細川光代、それでは心の中で歌わせてもらいます。お聞きくださいフ◯ージア。




「皆が待ってるんです。それに……」


 


「『ぶんどき』やっと分かったんだ。私たちにはたどりつく場所なんていらないの」



『ぶんどき』先生を巻き込まないであげて下さい。

      


「ただ進み続けるだけでいい。止まんねぇかぎり……道は続く」

        


 あ、先輩はマップ場外で落下死したな。おいおい。


        

「私は止まんねぇからさぁ……」


       


「君たちが止まらないかぎり……」


        


「その先に私はいるぞ! ……だからよ……止ま◯んじゃねぇぞ……」


 親父もダウンの時間切れで死んだのか。

 画面はグレーアウトして、いつも見ている部隊全滅の文字が表示されていた。

 というか、これを即興で出来る親父と先輩の、アドリブ力というかネタ力が強すぎるだろ。これ、初FPS初配信で出来たら切り抜き動画伸びただろうなぁ。勿体無いことをした。それよりも。


「はーい、親父戻ってきて、先輩は座ってください」


 俺の冷めたトーンに俺の言いたいことは、二人は理解しているだろう。


「おうよ」「あいあい」


 俺は二人をベットに腰掛けさせる。


「あの? 今の茶番は何ですか?」


 俺あまりに二人が完璧すぎて、心の中でフリー◯ア歌っちゃったんですけど。


「いえーい!」


 二人は嬉しそうにハイタッチをした。

 最初から仕組んでやがったなこいつら。


「……はぁ。あのどこから仕込んでたんですか、そのネタは」


「前々からやろうと浜ヶ崎くんから言われていたな、あれで合ってるか? 俺は見たこと無いんだが」


「もうバッチリっすよ! 大吉さん完璧です」


 完コピできたことに大興奮の先輩は、親父にサムズアップする。


「……いや、いや。俺は二人の寸劇を見たいわけじゃないんですけど」


「まあ、まあ今のはジャブよ、少し光代くんを驚かそうとしただけよ。でもFPSの実力じゃなくてVtuberとしての実力はわかってもらえたかな?」


「まあ、二人の変わりようには驚きました。でもFPSはどこにいったんすか」


「本当、本当、もう一回! もう一回! ちゃんまじめにやるから! ワンモーチャンス!」


「あ、あの真面目にお願いしますね。じゃあもう一回だけ」


「おうさ!」「まかせろよ」


「今度は声色変えなくていいし茶番も要らないですので本気でお願いしますよ、二人とも」


 その後行った試合は、さっきとほとんど同じ結果に終わった。試合開始後最初に当たったチームに、なすすべもなく蹂躙されていた。


「はい、集合」


「はい!」「おう!」


 二人は先ほど同じように俺を向いてベットに腰掛ける。


 厳しいことを言うようだけど、嫌われるかもしれないけどはっきり言おう。


「結論から申し上げますと、今のままでは大会に出ないほうがいいレベルです」


「それは困る! 一回目に茶番をしたのは謝る! この通りだ!」


 俺の評価に先輩は慌て、座りながら深々と頭を下げる。


「落ち着いてください先輩、もちろん茶番は抜きにしての話です」


 俺は両手で先輩を制す。


「理由は?」


 慌てた先輩と違い、親父は冷静に質問を返す。


「いいですか、今のレベルはって話ですよ。少し遠回りになりますけどご説明します、その理由を。最初にまず、初めに言いましたよね『大黒天』は玄人志向って」


「そうだね」「そうだな」


「今の『大黒天』のネームバリューと実力、そして大会の規模を考えれば、本来であればレートと言って、ある程度ゲーム内のやりこみが必要な要素で、足切りをするレベルの大会だと僕は思います。それこそVtuberを集めるより、プロチームを呼ぶみたいなレベルの規模だと思います」


「だがそのレートというのないのだろう」


 その通りだ親父、でもその理由には裏がある。


「確かに制限はないそうですね。それで確認なんだが親父、有名なVtuberのチームには事前に大会の招待状来たのは本当か?


「ああ、『ますたーますたーど』の『ますたーど』から聞いたから本当だと思う。一緒に組まないかって連絡が来たんだ」


 『ますたーど』は個人Vtuberである程度知名度があり、FPS実力もある人だ、そのソースは信用できるだろう。


「というか、よく知り合いだな親父」


「まあ、あいつは直結厨って噂だからな、その目的で声かけてきたんじゃないのか。たぶん」


 うわぁー聞きたくなかったーそんな事情。『ますたーど』でも正解だよ、だってこれが来るんだろう、女子高生を想像してこの筋骨隆々の190近くのおじさんが来たら、つらいわ。つらかったわ。


「すいません話を戻します。おそらく招待チームは予選大会バラバラに分散させると思います。そして本選で集まる。そういう絵を、運営は思い描いていると思います」


「つまりは俺たちは前座、数合わせか」


「数合わせよりもっとひどいと思います。悪く言えば本選を盛り上げるための生贄かなっと」


「……生贄」


 彼女は悲観的につぶやく。


「一応、大会の目的は、Vtuberの界隈を盛り上げるためって書いてありましたけど、本当の目的はたぶん違います。本当の目的は予選で幅広い層のVtuberの視聴者を集めて、本選でその視聴者を全員集客する。そして、予選を勝ち上がって来たチーム達を『大黒天』でなぎ倒す。そんな絵が欲しいんじゃないですかね、カレンダーは。つまりは参加Vtuberのファンを『大黒天』のファンに変えたいんですよ。彼女たちの圧倒的なプレイで」


 一度見ればその鮮烈な戦いに虜になる、彼女たちのプレイはFPSというゲームに詳しくなくても人を惹きつける魅力のあるプレイだ。


「それってあんまりじゃないかい、つまりはファンを奪うって訳だろ?」


「そうじゃないかなってあくまで僕の予想です。でも胴元は株式会社カレンダーですし、それに浜ヶ崎先輩も言った通りこの大会で目ぼしい活躍をする、それこそ『大黒天』を倒したりすれば逆に、彼女たちのファンをこっちに引き付ける、つまりは売名ができます。それこそ想像以上の絶大な効果は期待できるでしょう。この大会は参加者にもちゃんとメリットとデメリットがある大会って訳です」


 この大会は『大黒天』が勝つことが前提で成り立っているように感じる。ありえるのか、確かに彼女たちは規格外だが、万が一ってこともある。なにか必勝の手が、いやそれは無い。大きな大会でそんなリスクを負うわけがない…………つまりは勝てるものなら勝って見せろという訳か。


「なるほど。だからここまで大々的な大会を開くのか、個人Vtuberを参加費も取らずに呼んでさらに、紹介コメントも掲載される、確かにうまい話だとは思ったんだ」


「何度も言うが、たぶんだぜ親父。カレンダーも危ない橋を渡ってるよ『大黒天』が優勝しなければ成功とは言えないからな、序盤で負けでもしたらそれこそ他のVtuberの慈善事業になるし、だから界隈を盛り上げるってのも半分は本当」


 話を聞いている先輩が、大会の真相に近くに連れていつの間にか下を向き、黙り込んでしまった。だが大会の真相よりも恐ろしいことがあり得る、この事も告げなくてはならない。


「それで最初に言った出ないほうがいいという意味は、先ほどのファンを奪われるというのもありますが、最悪このまま、もし本選に出場したらファンが減るどころか、アンチが増えて今後の活動に支障をきたすかもしれないからです」


「その理由は?」


 落ち込んでいる先輩の代わりに親父が俺との会話を続ける。


「大会に出場できなかったVtuber達のファンの一部がアンチになるからです」


「なぜそうなる」


「いつだって俺みたいな厄介オタクは、自分の推しが一番なんですよ。『俺の推しは人気のアイツよりもゲームがうまい』『歌がうまい』『トークがうまい』ってずっと思ってます。登録者数なんて関係ないですよ」


 俺はSNSなどでそういった内容を発信をしていないが、心の中ではそう思っていることもある。そしてSNSでそういった、他人のふんどしでマウントを取り合うのことをするファンも一部居ることは真実だ。


「でもどうでしょうか、自分の推しが敗退した、参加できなかった、大会にズブの素人が混ざっていたら。俺なら『『星空ヒカリ』より、実力が無いこんな奴が、なんで試合出てるんだって』って思いますかね。『大黒天』が玄人志向ってのも相まって、大会の視聴者層はそう感じるんじゃないんですかね。あくまで予想ですが」


「難しい問題だな」


「この大会かなり気合入れないと、本当に大変なことになると思います。ファンが減るといっても浮遊票みたいなもので、古参のファンは減りません。でも一定数は減ると思います。さらにアンチは増える。しかし逆にさっきも言いましたが、本選出場、それこそ、優勝なんてしたときのプラスに働く効果は計り知れません。親父、ちなみに優勝商品は何なんだ?」


 俺が視線を向けると、親父は自分のスマートフォンを開いてメールの確認らしき事をしてくれる。


「未だ連絡は来ていない、資料にある通り、そこそろ発表だと思うんだが」


 俺は再び浜ヶ崎先輩に向き直る。


「どうしますか? 中途半端な覚悟で参加をした場合だと『神楽シスターズ』の今後の活動も影響が出ると思います、それでも出場したいですか、今ならエントリー取り消しもできるそうですけど」


 先輩は勢いよく顔を上げ俺を見つめた。その顔は覚悟を決めた真剣な眼差しだ。


「無論だよ、もうここで伸し上がれなきゃ『神楽シスターズ』に先なんてないんよ! だよね七海」


 先輩に呼ばれ、西園さんキッチンから姿を見せる。


「本当にいいの朱美? 話は聞いていたけど……私は」


 俺の正面に西園さんが座り、彼女は浜ヶ崎先輩の顔を心配そうに見つめる。


「いいって事よ! 七海が一緒じゃなきゃ『神楽シスターズ』は意味ないのさ、光代くん」


 西園さんへ微笑みかけた浜ヶ崎先輩は、もう一度覚悟の決まった顔で俺を見つめ直す。


「はい」


「もう一度しっかりとお願いするよ、私、いや私達『神楽シスターズ』のコーチになってくれ、大会のためなら、なんだってするよ。だから、だから!! 私達を優勝に導いてくれ!」


 浜ヶ崎先輩と西園さんは俺の両手を握り、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。


「ここで優勝させますって言えないのが非常に申し訳ないですが、僕の全力をかけて先輩たちをサポートさせて貰います」


 俺はその手に力を込めて二人を見つめ返す。


「おいおい、三人で盛り上がらないでくれ、俺も導いてくれるんだろ、光代」


 三人の握られた手の上に親父の大きな手が被さる。


「ああ、そうだな! 親父!! 頑張りましょうこの4人で!」


 4人で決意を新たにしたところで、浜ヶ崎先輩は親父と西園さんに目配せをする。


 ん?


 親父はニカッと歯を見せて笑い、西園さんは諦めた様にため息をつく。



「我ら! 天に誓う!」



 親父が芝居がかった声でいきなり叫んだ。



「我ら生まれた日は違えでも!」



 続くように西園さんも叫ぶ。



「死する時は、同じ日同じ時を!」



 最後に先輩も叫び、三人は俺に視線を向けて来る。


「はぁ……それも仕込んでたんですか先輩」


 俺はこの祝詞の意味を知っているがゆえに、嬉しさに思わず口がゆがむ。

 このネタをサプライズで仕込んで来たってことは、この言葉の意味も当然三人は知っているのだろう。

 

「いいだろう、盛り上がるだろう、さぁ最後は光代くん決めてくれ」


 そう先輩は俺にウインクをした。


 俺は大きく深呼吸して気合を入れ、桃園結義最後の一言を叫んだ。



「願わん!」



「打倒『大黒天』!!『チーム神星かみぼし』改め、『チーム神光星しんこうぼし』結成だ! 勝つぞお前たち!」


 親父が俺の言葉に続き、再び叫んだ。


「おー!!!!」


 四人の決意の掛け声が部屋に響いた。

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