星が紡いだ絆
4月の空は夕方でもまだ明るい。
俺の隣を歩く浜ヶ崎先輩は、俺の気持ちなんて知らずに呑気に鼻歌を歌っていた。
「星がーふるーよーでー」
どどどどどどど、どうすする俺。
細川光代は新進気鋭の妹系Vtuber『神楽シスターズ』の『神楽雫』魂兼、自身の通う大学で1、2を争う程の人気を持つ、浜ヶ崎朱美との夕方買い出しデートに、激しい動揺を覚えていた。
あ、あ、あああ、手、ててててがああああ。
家を出る際に彼女からつながれた俺の左手は、未だに彼女の右手に握られていた。
じょ、じょ女性と手をつなぐなんて、しょ、小学生以来だ。
突然の異性との肉体的接触に彼は混乱を極めていた。
「あ、あ、あ、は、浜ヶが、崎先輩!」
「ん?」
俺が突然立ち止まったことで、繋がれた手に抵抗を感じ浜ヶ崎先輩は足を止める。
細川は父親譲りの長身で身長は178センチメートルほどある、立ち止まって二人は並んでみると、ちょうど彼女は彼の肩ほどの慎重しかなく、立ち止まった細川を彼女は不思議そうに見上げる。
「あ、あ、あの!」
「あー、ごめんよ息子君。手、繋ぎぱなしだったね、ついつい」
あっ
自身の手から彼女の熱が失われるのがわかる。
彼にとって家族以外の十二年来の異性との肉体的接触は自宅から出て三十秒で終了をした。
「ごめん。つい弟のノリで、えへへ。失礼だったね、みんご、みんご」
浜ヶ崎先輩は恥ずかしそうに手を繋いでいた右手で頭の後ろをかき、俺の前を歩き始める。
ああ、なんて貴重な経験を……話しかけるのあと一分、いや五分遅くすればああああああああ。
俺は心で泣きながら再び浜ヶ崎先輩と同じ速度で隣に並ぶ。
「そ、そうですかぁー、浜ヶ崎先輩は現実でも本当にお姉ちゃんなんですねぇ」
確か『神楽シスターズ』は姉妹設定だが『神楽雫』の方が姉の設定だったはず。
「流石だねー息子君、ちゃんとウチらの設定知ってるんだぁ」
「い、いやー偶然ですよ、偶然、あははははー」
二人の間に微妙な沈黙が流れる。
やばい会話が途切れた。き、気まずい。……やばい、何か話さないと! な、な、なんかないか! あ、あ、あ、大学の話か、こ、講義の話とか、学食の……
彼は必死に彼女と普通の会話をしようと、頭を悩ませるが、普段男友達とアニメとゲームに話しかしない彼のにそんなボキャブラリーは無かった。
やばい、話題が。
「じゃあ『神楽シスターズ』にもう一人お姉ちゃんが居るのは、知ってる?」
その沈黙を破ったのは、浜ヶ崎先輩からの助け舟であった。
「やっぱりいるんですか! 『神楽鈴』ちゃんは!」
あっ。
「くっくく、やっぱり知ってるじゃん、そんな最初の頃の設定も知ってるんだ。凄いじゃん、何で隠すの。マジで大吉さんの事前情報以上だよ、ぷぷ」
隣を歩く俺に、浜ヶ崎先輩は嫌みのない笑顔でそう言った。
く、いいのか俺のオタク知識を全開にしても、ホントはいろいろ補足をしたいし色々聞きたい。最初の頃にあったスピリチュアル的な設定の話、突如消えた妖怪と話せるという無理の合った設定も気になる、とって話をしたい。でも。
…………そうだった、先輩は親父から聞いてるんだよなぁ。今更取り繕っても遅いよなぁ。
「……いや、なんか、その」
「そのぉ?」
「……キモくないですか俺」
自分で言っていて悲しくなる。大学生にもなり彼女も作らず、飯、ゲーム、飯、ゲームの日々。熱中している物があると言えば聞こえはいいが、自分が傷をつかない甘い蜜を吸って生きているようなもの。俗に言う陰キャだ。女性とまともに話したことなんてないんだ。
「私はそう思わないけどなー。逆に好きなことに全力って、いいことだと思うよ?」
「そうですか?」
「そうだよ。確かにオタクって事でキモイ、キモイって騒ぐ子も居るけど、今は気にする子も少ないよ、それに私もオタクだよ! それが転じてVtuberやってるんだもん!」
先輩が自信を示すように胸をドンと叩く。いや効果音的には ポヨン が正しい表現かもしれない。
「た、確かに」
先輩の胸がい、いま。お、お、おっぱ。
「まあ、流石に周りには公言してないけどね。あ、息子君の周りのお友達にも内緒にしてねVtuberのことは。オタク趣味ならいいんだけど別に」
人差し指を立てて シーッと する。
「大丈夫ですよ! 誰にも言いませんよ」
どうせ口を滑らせたとしても信じてもらえないと思う。
浜ヶ崎先輩は少し小走りで俺の前に回り込み、くるりターンを決めて後ろ向きに歩きながら、そのまま俺に話しかける。
「それでどこ行く? 息子君。なんとなくて駅の方に歩いてるけど」
「浜ヶ崎先輩はこのあたり普段来ますか?」
浜ヶ崎先輩は俺よりも一学年上だ、俺よりもこのあたりに詳しいかもしれない。
「いーんや、わたくしさんのテリトリーは大学より北側。向こうに住んでるからさー。2年間大学通ってるけど、あんまり来ないんだよねー、こっち」
浜ヶ崎先輩は両手で人差し指を立てて大まかな方角を指さす。
「じゃあ、近くのコンビニで、と言ってもそんなに選択しないんですよねこの近辺じゃ」
彼らの通う大学は少し東京の都心から離れた県外にある。彼の住んでいるこの辺りの街は、大学が出来たことで発展して栄えたので、大学の周りにはスーパーなどはあるが、ほとんどは住宅地。これと言った繁華街も家電量販店も無い、コンビニだって数件しか無い田舎なのだ。
「おっけーさー! じゃあゴー! ゴー!」
そう手を天に突き上げ浜ヶ崎先輩は、再びターンをして俺の前を歩いて行く。
「はーい」
浜ヶ崎先輩は本当に噂通りの人なんだな。いや大人なのか、俺が幼いだけか。
「浜ヶ崎先輩は、親父からどれくらい俺のこと聞いてるんですか?」
「えーっと、」
俺の前を歩く浜ヶ崎先輩は、指を顎に当てる様な仕草を見せて、振り返らずにそのまま答えてくれる。
「『星空ヒカリ』の古参リスナーのユニコーンで、」
うぐっ
「Vtuberとゲームに精通していて、FPSが上手い、コメントでの指示も的確、」
おお、
「でもたまにTwitterとコメント怪文書を送ってくる」
ぐふぁ
「あ、あの先輩、その程度で」
親父から聞くのはいいが、浜ヶ崎先輩の口からは、た、耐えられない。
「でも内容はいつも励ましや、動画の感想でとっても救われたって言ってた」
お、親父。
「でもたまに、変態みたいなのも送られてくるって」
親父いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。
「あ、はい、そうです。多分あってます、そうです変態です」
親父ぃ、もうちょっとオブラートに包んで伝えてよ、俺このままだと厄介オタクだよ。
まったくもって事実である。
「いやー、最初はどんな人が出てくるか、怖かったけどさぁ。流石に盛っているというか」
「そ、そうですよね」
盛りすぎだよ親父そ、そんなにLet It GOしなくてもいいじゃないか。
「でも大吉さんが『俺の息子だから大丈夫だ。不器用だけどいい奴だ』って言うから、そこまで言うならって今日来ちゃったのよ」
「そ、それで?」
「さっすがに全裸の登場には驚いたけど、大吉さんの言う通り面白い子でよかったよー」
「その節は大変お見苦しい物をお見せしました」
評価は面白いでいいのか俺、というか言う通りって。
「でも、あんまり女の子の胸とか太ももとかガン見するのは、やめたほうがいいよっ」
えっいいいいいいばばばばっばばばあああああああああああああああ
突然の指摘に脳がフリーズする。
「男の子はあまり気づいてないかもしれないけど、女の子は視線には結構」
「ご、ごっごごごごごめなんあさいいい」
俺は前を歩く先輩に対して腰を九十度に90度に折り謝罪をする。
あ、おうおおあああおあおあおああ
俺が立ち止まったことで、浜ヶ崎先輩が振り返る。
「いいのよ別に、男の子ってそんなもんだし。息子君のはそんなにイヤらしい感じもないしから」
すいませんイヤらしいで目で見てましたああああああああああああああああああ。
「それに私達は正直慣れてるから、七海もあんまり気にしてないと思うよ」
「いやいやいやい、あ、いや、あのですねぇ」
な、なんかいいいい、言い訳けを! せっかく先輩と仲良くなりかけているのにににに。
「そんなぁ頭上げてよ、ふっ。むしろ初々しくて可愛いくらいよ」
あっ
彼女は頭を下げた細川の頭を優しく撫でる。
「もういいよっ! 謝ってくれたし、これから気をつけてね」
「あい。あ、はい!」
「でも本当に弟っぽくて、可愛いいのぉ。よし、よし」
未だ浜ヶ崎先輩は俺の頭を撫で続けている。
これはー、これでー、あり、というかご褒美なのでは。
「あ、あのー先輩の弟さんというのは……」
「この前小学校3年生になったのよー、これがまた可愛くてさー……」
俺は小学生か……というか弟くんと同列ってことか。男とさえ見なされていないのか。
「いやーそれでね、このまえ」
浜ヶ崎先輩の可愛い、可愛い弟自慢は5分間も続いた。
その後も俺は話題に困りながらも、先輩からの助け舟を受けながら、なんとか会話を繋ぎコンビニに到着する。
そして実感をする、彼女が我が大学でどういった存在であったか。
俺たちは二人そろってコンビニに入店をする。
「えーっと、パックのご飯は何処だろうか」
「確かに、何処ですかね」
一人暮らしだと、白米って食べないからなぁ。
二人揃ってご飯のパックの場所がわからなかったので、とりあえず、中を散策することにする。
「お、浜ヶ崎じゃないか!」
俺達二人がレジの前を横切り、食品棚に入る瞬間にレジから元気な声が先輩を呼んだ。先輩は足を止めて、声がするレジの方へ向き返った。
「ん? ああマサルッチ。こんちゃー、そういえばここのコンビ二でバイトしてたね」
知らない先輩だあああああああああああああああ。た、他人のフリしよう。そうだそうしよう。
俺はそのまま他人のフリをして、浜ヶ崎先輩の横を通り抜け商品を探すフリをする。
「どうしたんだ、珍しいじゃないか。お前がここまで来るなんて」
「えっーと。む、むす、光代くんと少し買い物で」
「ん? コウダイ? 誰だそいつ」
「あ」
言っちゃダメえええええええええええええええええええええええ。
「あはは、えーっとね…………あー……おーい光代くぅん」
浜ヶ崎先輩の声から、やってしまったという、後悔が伝わってくる。
し、仕方ないか。
俺は意を決して立ち上がり、先輩の隣へ並び立つ。
「えーっと、彼?」
なぜに疑問形?
先輩は俺を件のコンビニの店員に紹介する。
「がぁぁぁぁあぁれえぇぇぇぇぇ?」
や、やばいよ。店員さんから◯意の波動が見えるよ。やばいよ、やばいよ、やばいよ。店員さんが俺のこと見る目がギンギンだよ。もう滅◯豪昇龍が見えるよ俺、236236+KKKで殺されるよ俺。
恐らくコンビニに店員が◯意の波動に目覚めたリュ◯に見えるは、半分は事実そのコンビニ店員のたっぱの良い体格からで、半分は細川の恐怖が生み出した幻想なのだろう。
「光代くん、彼は
浜ヶ崎先輩は目を皿にして大貫先輩を睨み付ける。
「マサルッチ、彼は細川光代くん」
「よろぉしくぅうううう」
大貫先輩はキメッキメッの笑顔で挨拶をしてきた。
やばいよ、やばいよ、もうこれは完全にこのレジカウンター挟んでなかったらヤバいってボコボコだよ、なんか黒いオーラ見えるもん。あれは確実に殺◯の波動だよ。
俺を邪推し、けん制する大貫先輩を見て、浜ヶ崎先輩は話題をずらす。
「もう、本当にあのミスコンのあとは大変だったんだからね!」
「いやー、何度も謝ってるじゃないか。数合わせに出てもらったのにあんなになるなんて思わなかったんだよー、だから焼肉おごったろぉ、あのあと」
「そうだけどさぁー、でもさ……」
仲良さそうに大貫先輩と話す浜ヶ崎先輩を見て、俺は改めて自覚する。彼女が男子学生から太陽の形容された意味を。自分がおごっていたことを。
ああ、そうなんだ、先輩は誰にでも平等に分け隔てなく接する人なんだ。……チッ、知ってたことじゃねぇかよ。勝手になんでショック受けてるんだよ。
「それにしても」
ああ、家からコンビニまで、今までいい雰囲気だったなんて、俺はなんて思い違いをしてしまったんだ。くそこんなのだから俺は親父に童貞なんて。
「浜ヶ崎が男連れとは珍しいな、あれ以来男子と話すときに二人っきりになるのは、やめたんじゃなかったのか?」
えっ
思わぬ大貫先輩の情報を受け、浜ヶ崎先輩の顔を見る。
しかし大貫先輩先輩からは先ほどよりも殺意の波動を感じる。肌がヒリつく。
今なら豪鬼でも倒せるよこの先輩。
「そうかねぇ、結構大貫君とは大学でお昼一緒じゃないかい…………って確かに周りに友達もいるか。あちゃーそうか、そう言われればそうだったね。いやー別に私さんも避けてるわけじゃないのよ、周りに友達が居るだけで」
「確かに、最近いつもご一緒の女王様は?」
大貫先輩はコンビニの中を見渡す。
「今、ちっーと別行動中」
「でぇ、そいつとの関係は?」
鋭い視線が俺を貫く。
やばいな、大貫先輩はちゃんと話題がそらされたことをわかってる。それに俺との間柄を説明してない事にも気付いてる。
「んー、ここはどうか内密にお願いできないだろうか、私と勝の仲ではないか」
「なるほどなぁ、オフレコか、これは明日から細川くんの大学生活が楽しみになるだろうなぁ」
ヤバい、大貫先輩の眼光がさらに強くなったぁ。ああ、あ、あ、あ。
「なぁ、細川。ギリシャ神話でイカロスって知ってるか? 両親の助言を聞かずに、太陽に近づきすぎたイカロスはどうなったか知っているかぁ?」
やばいやばいやばいやばいやばいもう瞬獄殺まで5秒前だよよよよよよよ。
オオヌキがぁ!! 捕まえてぇ!! オオヌキがぁ!! 画面はじぃ!!
脳内で伝説の実況が改変されて自動再生される。
「そうさね マサルッチ」
「なんだぁぁ。浜ヶ崎きぃいいい、俺は今ちょっとコイツを」
「今年のミスコン出てやるよ、それで手を打たないか」
「なに?」
俺に向いていた◯意の波動が一気に弱まる。
「マジかよ、浜ヶ崎ぃ。なるほどぉ、やんごとなき理由があるってわけか」
浜ヶ崎先輩の発言を受けた、大貫先輩は腕を組み俺を品定めするように眺める。
「最初に断っておくと、マサルッチの想像するような仲では無いよ。光代くんとも今日あったんだ。それに複数人のグループだよ、ただ偶然に買い出し係がこの二人ってだけさ」
言ってることは大体間違ってはない、俺と先輩がであったのはほんの数時間前だし、俺と親父と西園さんと浜ヶ崎先輩を入れれば確かに複数人のグループだ。
「なるほどなぁ、了解だぜ、浜ヶ崎。んまそんなもんだと思ったよ。ごめんな細川、あるわけないよな。浜ヶ崎が誰かになびくなんてな、がっははは」
「そうだともさ、それでマサルッチ、ここにはパックのご飯は売ってるかね」
「あるぜ」
「じゃあ10個頂こうか」
10個!?せ、先輩はいったい何を。
浜ヶ崎先輩は『俺にここ話任せろ』と言わんばかりにアイコンタクトを送ってくる。
なるほど、10人のグループってことにするのか。
「ここはそういうシステムじゃないんだけどなぁ、いいぜ」
そう言って大貫先輩はカウンターから出てきて、陳列棚の間に入っていく。
「あ、あとハー◯ンダッツさんも10個用意してくれ」
「味はぁ?」
見えないが棚の向こうから声が返ってくる。
「大将のお任せで!」
「あいよー、濃い目、固め、マシマシで」
それは果たしてハー◯ンダッツの味なのか。
大貫先輩は素直に先輩のオーダーを聞き、レジにカゴいっぱいのパックのご飯とハーゲンダッツを持ってくる。
浜ヶ崎先輩がここぞとばかりに俺のわきを肘で突っついてくる。
「あ、あとビールも!」
「しゃーねぇな、先輩顎で使いやがってよぉ、今回だけ特別だぜ」
俺のオーダーを受けて大貫先輩は再び店内へ消えていく。
「銘柄と数は?」
「えっ」
「10缶で頼むよ、女子用に2リットルジュースも3本欲しいなぁ。銘柄は大将のおまかせでいいよ」
言葉に詰まった俺の代わりに、先輩がフォローを入れてくれる。
「ってだいぶ量あるな。ほら!っよ!」
今度こそ大貫先輩はレジの後ろに戻り、カゴの大量のの中身を順番にレジスターで会計をしていく。
「うむ、ありがたい」
腕を組みうんうんと浜ヶ崎先輩は頷いている。
「コンビニはこんなシステムじゃねぇぞ。それにしてもかなりの人数のグループだな」
「おいおい、詮索は無しだぜ。そういう取り決めだろう?」
「そうだったな、お前がミスコンに出るんだ。お前の謎のグループを黙っていても、大学祭としてはおつりが出るくらいだ。今年のミスコンは盛り上がるぜぇぇ」
大貫先輩は感嘆の言葉を述べながらも、テキパキとレジ打ちを進める。
「あとぉ! 水着審査とかふざけたことを言ったら、当日にドタキャンしてやるからな。大貫くん!」
せ、先輩の水着!?
「俺が委員長でいる今年はそんな卑怯な真似はさせないさ。それにお前の水着姿もほかの奴に見せる気はねぇよ。いつも通りのシステムで行くぜ。それにお前の出場エントリーも伏せとくさ」
「それで頼んだよ。それはこの二年間の友情を信頼するとしよう」
「おうよ、それでレジ袋込みで合計は6,525円だ」
「あっはい」
俺は財布から昼間に貰ったおつりから指定の金額を払う。
「7000円受け取りで、おつりは475円になります」
おつりを受け取ろうと手を差し出したら、大貫先輩に腕をつかまれ、レジ向こうに体を引っ張られる。
「刻んだぜ、おまえの名前」
ひっいいいいいいいいいいいいいいい
殺害予告は浜ヶ崎先輩には聞こえなかったようだ。
俺と浜ヶ崎先輩は大貫先輩が詰め込んでくれた、商品を受け取りコンビニを後にした。
俺は大貫先輩に言葉に少し意地になっていたんだろう。
先輩に少しでもいいところを見せようと、ハーゲンダッツ10個、2リットルペットボトルとビール缶10個の袋を持つ事にした。しかしそのせいで両腕が塞がってしまった。
「ごめんよ、光代くん! くだらないことに巻き込んだ!」
コンビニを出て、道を曲がったところで浜ヶ崎先輩は両手を合わせて、俺に深く頭を下げて謝る
「いいや、いいんですよ。全然!」
あの陽キャの塊みたいな先輩は正直、気に食わなかった。俺のってなんだ、俺のって。
「それにしたって買いすぎてしまった。申し訳ない。6人分は出させてもらうよ」
そういって先輩は財布を取り出そうと後ろポケットに手を伸ばす。
「いえいえ、いいんですよ、別に一人暮らしなんで食料はいくらあっても大丈夫ですし、それにどうせ親父からもらった金です。それよりいいんですか、ミスコンなんて約束しちゃって?」
先輩が1年生の時にミスコンで優勝して、その後男子に言い寄られて大変だったのは聞き及んでいる。
「まぁ、私もいろいろと経験をして、男の扱いにも慣れてきたしね」
い、いろいろと経験。
先輩の発言にピンクの妄想が広がり、生唾を飲み込む。
「それにあいつとあの委員会のみんなには、結構よくしてもらってるんだ。これも人付き合いって奴よ」
『まかせてくれよ』と浜ヶ崎先輩は俺にウインクをした。
「そ、そうですか」
「そうさね、マサルッチはああいうストレートな性格なんだよ。陰湿な真似はしないからそこは信頼してくれ。悪い奴ではないんだよ」
先輩は少し恥ずかしそうに下を向く。
「……ただ彼は私が好きでね」
すっすうううううううううううううううううううううううううううううう
「かれこれ2年間で、3回、告白をされてるんだ」
す、すっごい。お、大人な世界だ。同じ人にさ、三回も告白うするなんて。お、俺だったら1回断られただけで、心が折れる自信がある。
「まあ見てわかったように全部、断ってはいるんだけどねぇ。彼もあれで、ほかの女子からモテモテなんだよ、私の事なんて置いておけば、もっと良い青春を送れているだろうに……」
そう言われると、大貫先輩の気持ちも少しわかる気がする。俺もいろいろなVtuberを見てきたが、推しと心血を注いだのは『星空ヒカリ』だけだ。1人をずっと思う気持ちはわかる気がする。
「お、ちょっと待ちたまえ、ナナミンからなんか来てるっちょ」
浜ヶ崎先輩は立ち止まり、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
なんだろう西園さん。親父がなんかしたか?
「光代くん、きみんちのオーブン使ってもいいかい?って七海から」
「オーブン?」
確かに、繋いでいないオーブンをキッチンに置きっぱなしにしていたな。あれはたしか母さんが新しいの買ったからって無理あり俺に送ってきたお古だったっけ。
「別にいいですよ、あれでも使ってないし、でもブレイカーだけ気をつけてとお伝えください」
でも、カレーにオーブンって使うのか?
「あいあいー、んそれなら」
浜ヶ崎先輩が返信をすると、すぐに西園さんから返信が返ってくる。
「んーとね、どうやら七海はデザートと作りたいそうだぞ」
「なんと!」
カレーに続き、デザートだと、やばいわ西園カフェ開けるわ。
「んーと、追加の買い出しで、クリームチーズ、砂糖、卵、薄力粉、生クリーム、ビスケットひと箱、それにゴムベラとジッ◯ロックだってさ、一応光代くんが食べたいならって」
「食べたいです!」
食い気味に返事をする。
「じゃあ、追加で行こうか!」
「はい!」
「そうだね。流石にコンビニには無いから、近くのスーパーは……?」
「あそこのライフですかね、ちょっと道はそれますが、帰り道の最中にありますよ」
「じゃあ行くかー! ナナミンのデザートはまたこれがうまいんだよぉ」
「あ、先輩」
「ん?」
「出来るなら裏道を取りませんか、大貫先輩みたいないらぬ誤解というか、なんというか」
「確かにそだね。いやー、申し訳ない」
恥ずかしそうに再び先輩は頭の後頭部に手を当てる。
「いえいえ、そんな先輩のせいではー」
先輩は裏通りへ歩き出しながら話し始める。
「私さんは高校まで女子校でね。大学生になった時にデビューって程じゃないんだけど、少し人付き合いを積極的過ぎまして、あの時は色々大変だったよ」
……なるほど。
「今ではねー、女子の中心というか顔役みたいな感じなんだけどさー、あの頃はねー」
浜ヶ崎先輩は少し遠い目をして空を見つめる。
「そう考えるとVtuberデビューもそれくらいですか?」
『神楽雫』は『星空ヒカリ』とデビュー時期はほぼ同じで俺が高校3年の時だ。たしか1年半前くらいだったはず。
「いやーその通りです。お恥ずかしい限りで、結構リアルの人間生活拗れてねぇ。ネットに逃げた次第だよ、まあそのおかげで今があるんだけど」
じゃあそこの頃があるから今があるのか。知ってしまった『神楽雫』デビューのバックボーンを。
「あとは、ぶんどきっちに会ったのもあの頃でね」
「ぶんどきっちって、『ぶんどき』先生の事ですか!?」
『ぶんどき』先生は浜ヶ崎先輩達の『神楽シスターズ』の原画を担当している神絵師様だ。
「おっ? 流石―やっぱり知ってるねぇ、私たちのママも」
「ママ?」
「おっと口が滑った。表向きにはパパでしたな」
ママ……だと……、えっ、えっ、えっ。
「これはオフレコで頼んだよ」
「だ、大丈夫です」
ぶんどき先生は正式名称は『ぶんどき』とういペンネームで幅広い二次元活動を行っている神絵師だ。同士サークル『筆箱』で活動をしていて、コミッ◯マーケットでは有名な壁サークルだ。昔では商業の系の仕事もしていたが、最近ではイラスト集をメインに活動を行っている。個人Vtuber『神楽雫』の時には原画を非公開に活動していたため一応そうではないかと噂があったが『神楽雫』自体に人気が無く噂で消えてしまった。
『神楽シスターズ』を結成時に原画を公開し、正直『神楽シスターズ』はそのおかげでバズったというのもあるだろう。公表している性別は男だったはずだが。
「そうそう大吉さん、というか『星空ヒカリ』を紹介してくれたのも『ぶんどき』さんよ。この情報は多分、世の中に出てないんじゃなかったっけ?」
「ほんとですか!?」
マジかよ『チーム神星』の結成に『ぶんどき』先生が関わっていたなんて、そんな裏話が。
「……親父、どこでそんな神絵師様と出会いを」
「あー、まあー、それは本人から聞いてくれたまえよ、私は知ってるけど、私から話すというか、許可を取ってないからね」
先輩は気まずそうに少し振り返り返る。
「そ、そうですよね」
再び二人の会話が途切れ沈黙が訪れる。
な、なにか。
「あのー」「こうだ」
声が被る。
「どうぞ、どうぞ」
「いいよ、いいよ」
「いえいえ、先輩どうぞ」
「そうかね、今日の話をしたくてね、今日はごめんね。家族水入らずのタイミングで押しかけちゃって」
「いえいえ、いいんですよ。でも確かに驚きましたよ、先輩たちがVtuberな事には、親父ほどの衝撃は無かったですけど」
あー、今でも後悔する。あの時に俺を止められればヒカリちゃんは永遠のアイドルであっただろうに…………ん? でもあれか、それだと先輩たちとも出会えてないし、『星空ヒカリ』も引退もしていたのかそう思うと、あの時で正解だったのかもしれん。
「確かにね。憧れのVtuberがバ日肉声したお父さんは、衝撃だよね」
「ええ……今までの人生で一番かもしれません。というか先輩たちはよく昨日今日で来れましたね、場所が近いとか偶然が重なったのはわかりますが」
昨日俺と親父が通話したのはそこそこ遅い時間のはずだ。それに時間は親父からの指定だったし。
「元々、3時から打ち合わせの予定ではあったんだよ」
なるほど。
「今日の作戦会議のことですか?」
「そうそう、どうしようかってね。いやーでも光代くんが居てくれてよかったわー、本当に」
浜ヶ崎先輩は歩く速度を緩め俺の隣に並ぶ。
「そ、そうですか?」
「ホント、ホント、頼むよコーチ?」
浜ヶ崎先輩は俺をのぞき込んでニカッと笑う。
可愛ええええええええええええええええええええええええ。
「それでねコーチ」
「なんですかぁ?」
なんでもいってー、オジサンなんでも言う事聞いちゃうぞーぉ。
「私たちは、勝てるのかい? 『大黒天』に」
俺は浜ヶ崎先輩の真面目な声のトーンに、お花畑の脳内から引き戻される。
勝てると来たか。
「んー……厳しいことを聞きますね。本選出場じゃなくて、『大黒天』に勝つですか」
なぜ浜ヶ崎先輩は『大黒天』に勝つことにこだわっているのだろう、本選出場でも売名行為としては十分意味を果たすと思うのだが。
先輩は変わらず真剣な表情で俺を見つめる。
ここは先輩の真剣さに免じて、根拠のない励ましではなく、厳しい現実を説明しなくてはならないか。
「先輩はあのゲームの前シーズン、『大黒天』の試合勝率をご存知ですか」
浜ヶ崎先輩は一度思考を巡らせるように、真剣な表情で腕を組む。
「……知らない、不勉強でごめんよ」
「いや、いいんです。そういうことも、これから勉強していきましょう」
やはり知らない先輩たちは『大黒天』の異常さを。
「答えは……25%です」
『大黒天』はプロゲーマーやストリーマーではない。あくまで企業Vtuberのゲーマーチームだ。プロと違い試合数は少なく、参考になる数字ではないが、それでもこの数字は異常だ。20チームで戦うバトルロイヤルのゲームで勝率25%、つまり4試合に1試合は優勝をするという確率だ。その高さゆえに今でもゴーストプレイヤー説は絶えないのも頷ける
「それは高いのかい低いのかいって、そこまで言うんだ高いのか」
「プロチームでも勝率32%くらいのゲームです。もちろんプロは彼女達の何倍も試合をします。それでも異常です。Vtuberにして置くのが持った得ないくらいです。もちろん彼女達も最初にアイテム運が悪く一方的にやられる試合もありますが」
「それはぁ…………やばいね」
『大黒天』の勝率は本当にすごい、だが最も異常なのはそこじゃない。
「先輩は『マリー・黒島・オルゴール』はご存じですよね」
「うん、マリーちゃんでしょ。『大黒天』のちょー可愛いダウナー系の妹ちゃんよね!」
「そうです。マリーちゃんの得意とする武器はスナイパーライフルなんですが、前シーズンは少しスナイパー有利のマップだったんですがね」
「うん、うん」
「マリーちゃんが試合の最序盤でスナイパーライフルを拾った時、最初にアイテム運が恵まれた時の試合だけで勝率を計算すると、どうなると思います? これはこの前切り抜き動画を出した人が居て、少し話題になったんです」
「もしかすると、もっと高いってことかい?」
「35%です。これは正直言ってあり得ない値です。空前絶後のスコアと言っても過言ではありません。確かに『大黒天』は非常にいいチームです。リーダーの『大鎌みりん』の作戦力、『天野かりん』の状況把握能力とてもバランスが取れています。でもそのリーダーの無茶なオーダーを実現できるマリーちゃんの正確無比のエイム力が異常なんです」
この前の切り抜き動画では、4チーム入り乱れての混戦を彼女一人で2チームを壊滅まで追い込んでいた。
「逆に、最序盤に彼女が倒されれば勝機はあると」
「ゼロではないです。なんせバトルロワイアルでランダム性に高いゲームですから。でも『大黒天』以外にも強いチームはたくさん出てくるでしょう。っていうかよくエントリーできましたね、結構倍率はあったんじゃないんですか?」
「それは大吉さんの運に感謝だよ、あの人は本当に大吉だ。強いチームのところには招待状が届いていたらしいし、たぶん野良の参加枠は少なかったと思う、本当のところはよくわからないんだ。厳正な審査とはメールには書いてあったけど」
「さすが親父だ。豪運です……っと」
しゃべっているといつの間にか目的のスーパーマーケットライフまでたどり着いていた。
「着きましたね」
「そうだねって、流石にこれでスーパーはまずいかな」
俺の両手にはハー◯ンダッツ10個、2リットルペットボトルのジュースが3本とビール缶10缶を両手に持っている。先輩はご飯のパック10パック。別に入店しても問題はないが、あらぬ疑いをかけられる事もないとは言えない。
「じゃあ俺外で待ってますよ、先輩それ貸してください」
「いいのかい? 光代くん外で待たせちゃって」
浜ヶ崎先輩からご飯パックの袋を受け取る。
「いいんですよ、男は荷物持ちーなんちって」
実はさっきみたいなことが起きないように、先輩と人が多いところに入ることは避けたいだけだ。
「じゃあ、お任せしちゃおう! ハーゲンさんもあるし急いでくるよ。じゃ!」
浜ヶ崎先輩は小さく敬礼をしてスーパーの中へ消えていく。
先輩は走る後姿も可愛いなぁ。
俺は浜ヶ崎先輩を待つために、スーパーの駐車場の隅のフェンスに寄っかかる。
……はぁ、正直な所つらい。浜ヶ崎先輩は俺に話題を合わせてくれてるんだろうけど、無駄に肩肘張る。あー、あいつらと何にも考えない脊髄反射の会話が恋しい。
「お、光代じゃん、どうしたん?」
「いやさー聞いてくれよ。俺さぁ」
ほらこんなふうに
「お?」「お?」
「歩夢ううううううううううううううううううううううううう」
俺の声がスーパーの駐車場に響き渡る。
「おいおい、何だよ人の顔見たとたん声上げて」
振り返るとそこには、俺の悪友でもある三ヶ島歩夢が立っていた。
やばいやばいやばいやばいやばい何でここに居るんだよ! って大学か! お前は今日5限あったかああああああああああああああああ。
「それで親父さんには会えたのか」
「お、おう」
運悪すぎだろ、浜ヶ崎先輩と違って、俺の大学の知り合いなんて数えるほどしかいないのに。
「へー、そいつはよかったな、どうだった親父さんは」
「よ、予想通りというか俺と同じで高身長だったよ、流石親子っていうか」
やばい早くこいつをと別れないと、先輩が返ってくる前に。
「へー、やっぱり170台だったんか?」
「いや180後半から190はあったと思う」
「マジかよ、本当に日本人かよ?」
「まあ母さんが小さいんだよ、妹も身長小さいし」
適当な理由を付けてコイツと別れるか、帰らせなくては……なんかいい方法は。
「ほーん、それでなんか面白い話しとか聞いたか?」
「二の腕が俺の倍の太さはあったよ」
「まじぃ! マジですげぇっていうか想像がつかん、どんだけ筋肉あるんだよ」
スーパーに逃げ込むか? こいつは通学組だ。スーパーで買いもなんてしないし。
「写真今無いの? クッソ気になるんだが」
「写真は撮ってねぇよ。お前も自分の親父と写真撮るか? この年で」
いや、こいつはこれから帰るだけだ、最悪付いてくることもあり得るし、ここは大学最寄りのスーパー大貫先輩みたいなこともあり得る、ダメだ。
「たしかに、親父とツーショット写真は確かに無いわぁ」
その後も俺は歩夢と、微妙にかみ合っていない脊髄反射の会話を繰り返していたが、一向に彼が帰宅する気配は見なかった。
やばいぞ、もう五分以上はたってる、どうする、どうする。
「お、見ろよ光代」
三ヶ島が俺の肩を叩き、俺の背後を指差す。
「あれ、浜ヶ崎先輩じゃね」
早い、早いっすよ。先輩! そりゃーハゲーンかかってるからって早いっすよ。
「な、なぁ歩夢もう帰った方がいいんじゃないか!」
俺は奴の両肩をつかみ俺に注目させる。
「お、確かにそうだな。光代今日は入ってくるのか?」
「そ、そうだな。これから用事かあるからたぶん、たぶん夜には!」
そうだ、早く帰れアホ!
「ごめーん、遅れちゃったかな光代くん?」
終わった。
浜ヶ崎先輩は駐車場を小走りで移動し瞬く間に俺の場所へ到着した。失敗した事にスーパーに買い出し中の先輩を隠すように、俺が三ヶ島の前に立っていたせいで、先輩は俺が友人と話していたことに気づかなかったようで、声をかけてしまった。
俺の目の前に居る三ヶ島は当然の状況に、訳が分からずフリーズしている。
「お、おい今先輩が」
「あと、スーパーにはゴムは売ってなかったのよ、光代くんの家にあるかなぁ? ゴム?」
「ゴム?」
先輩の言葉足らずの発言に俺の悪友は再起動をする。
その略し方はまずいっすよおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
先輩もやっと俺が誰かといることに気づいた。
「あ、ごめんお友達と話してた?」
「はい! こここ、こいつと知り合いの三ヶ島歩夢って言います! 本日はお日柄もよく……」
再起動した歩夢は俺の拘束から抜け出し、浜ヶ崎先輩に軍隊の様にビシッと敬礼をしている
「まじったかい私は、光代くん」
先輩はそんな歩夢を眺めつつ、俺に聞こえるくらいの声で話しかけてくる。
「今度は俺に任せてください先輩」
俺はも先輩にしか聞こえないように話しかけ、腹をくくり再び歩夢の両肩をつかむ。
「歩夢ゥ、向こうで男と男同士のお話をしないか!」
先輩から俺に注意が向いた歩夢からは、先ほど大貫先輩から感じた殺意の波動が見える。
「俺もそう思ってたよ光代。屋上へ行こうぜ……ひさしぶりに……きれちまったよ」
屋上なんかには当然行かなかったが、俺達は決闘をするかの様に二人そろって先輩から離れて、スーパーの駐車場の奥へ歩いていく。
着いたとたん、いきなり歩夢が俺の胸ぐらをつかむ。
「こぅだぁいくぅんん??、いつからお前のお父さんは我が大学の太陽、浜ヶ崎先輩になったんだい??俺の見間違いかなぁ? それとも1限の時に俺は聞き間違えたかなぁ?かなぁ?」
笑顔が怖い。先ほどの大貫先輩ほどではないが確実に目はガンぎまっている。
「……これには事情があってだな」
「おうおう、説明してくれよ。お前が親父と偽って浜ヶ崎先輩に会っていている事情をよぉ?」
「いや、事情は詳しくは話せなくて」
言えるわけが無い、親父がバ美肉声したVtuberだったなんて。
「はははは、話せない情事だとぉ?」
「事情だ、情事じゃない事情だ」
「それに、さ、さっきお前のことをこ、光代くんって下の名前で」
それはさっきの大貫先輩の時に。いや、でもなんで先輩は俺のことを光代って呼んだんだ? 細川でもいいのに。
「そそそそそっそそにお、おおおお前にゴゴゴゴ、ゴムって先輩ががが」
ゴムベラな、あれは確かに先輩が悪い。
なんか、はたから見るとキョドる陰キャって、こんなにキモいのか。これがさっきの俺かー、見ていて辛い。
「あーね、ゴムベラね。お前の思い描いているものじゃない」
「ゴゴゴ、ゴムベラってお前何に使うんだよ!!」
そりゃ、たぶんデザート作るのに使うんだろうよ。知らんけど。だめだコイツは今冷静じゃない。話にならんな。
俺は財布から1万円札を取り出し奴の手に握らせる。
「お?」
「歩夢、お前は今日は何も見ていない、これで今この場のことは忘れろ」
「くっ、しかし! しかしだなぁ!」
「お前この前B◯OTHで発売した、カリンちゃんの新しいボイス欲しいとか言ってたじゃないか、なぁ? いいだろうお前にはカリンちゃんが居るだろう? ここで大人しく聞いた方がお前のためだぞ」
「くっ、くそ。だ、だが! 今日の事は!」
「これだけあればアクキーも買えるじゃないか、なあ今日はこれで帰れ」
「し、仕方ないなぁ」
さらば諭吉!
平和な話し合いの末、2人は伴ってスーパーの前で待っている先輩の所へ戻った。
「先輩話し合いは終わりました。コイツは今見たことを忘れてくれるそうです」
「本当かい!」
先輩は俺の隣にいる歩夢の手を取り両手で優しく包む。
「ごめんね、内緒にしてね」
「はいいいいいいいいいいい」
先輩の悩殺スマイルにヤツは気持ち悪い声を上げて、了承をした。
あー、つらたん。友人が鼻の下を伸ばして気持ち悪く叫ぶ姿がこんなにも、見ていて辛いなんて。
「じゃあ行こうか光代くんよ!」
「はい先輩」
先輩と俺は、三ヶ島歩夢と別れて、念には念を入れて再び裏路地に入る。
「ごめんねまた、私のせいで」
「いやいいんです。今後は、大学の近辺は気をつけましょうか、西園さん共々」
「そだね。流石に疲れたよ」
浜ヶ崎先輩は大げさに肩を落として疲れたアピールをする。
「そうですね」
会話が途切れたが、共に困難を乗り切った2人の間には、最初の時とは違い、心地よい沈黙が訪れる。
「そういえば、あれを見せてくれてよ、光代くん」
「あれですか?」
あれ? あれ? ってなんだ、蒸気になる。ってそんなボケてる場合じゃない。なんだあれって。
「星形の痣だよ」
「ああ、痣ですか、別に隠すものないですしいいですよ」
俺は荷物を持ち替え、服の袖をまくって先輩に見えるように腕を上げる。すると浜ヶ崎先輩は俺の二の腕をペタペタと空いている片手で触ってくる。
「ほー、こりゃすいごいね、薄いけど本当に綺麗な星形なんだね」
「ええ、聞いたとは思うんですが、これで本当に親父と会えるとは思いませんでしたよ」
俺は浜ヶ崎先輩に二の腕を触れてるのが恥ずかしくなり袖を元に戻す。
「大吉さんと光代くんのその長身は、実はイギリス人の血が混ざってるとか?」
なぜにイギリス人?
「いや、それは聞いたことないですね」
「じゃあ、親族に海洋学者が居るとか?」
海洋学者? ああ、そういう事か。
「おあいにく様、資産家のおじいちゃんも、ヤンキーもギャングスタ―も親戚には居ませんよ。って先輩ジョ◯ョ詳しいですね」
「あたぼうよ! ジョ◯ョはオタクの義務教育だぜ」
「そうでしたか、いやー僕も中学生の時には本気で波◯の練習とかしましたよー」
「やるやる! ファント◯ブラットはやっぱり名作だよね!」
「ですです! 先輩は何部が好きですか?」
「私はねー……」
オタクが二人そろって同じ作品が好きとなれば、後は流れるように話は白熱する。
最初から彼は自分のオタクワールドの話をすればよかったのだ。無理をして背伸びをして普通の話をしようなんてせずに、Vtuberをやっている彼女も同じ穴の狢なのだから。
「じゃあ好きなスタ◯ドは何ですか!」
「マ◯ダム!」
「うっわ、渋いっすね! いいですよねリ◯ゴォ」
二人は盛り上がる、さっきまでのいろいろなしがらみや問題なんて既に頭にはない。二人の頭の中にもう共通のオタクワールドが広がっている。
「先輩! 他にどんなアニメとか漫画好きですか!」
「そうだな……やっぱこれだよ」
先輩はビニール袋を持っていない、右手を前に突き出して人差し指、中指、薬指、小指、そして最後に親指を順々にゆっくりと折り曲げる。俺は知っている、それこそ波紋修行をした中学生より前、小学校の頃は気が狂うほどにやった構えだ。
「ス◯ライドですか!」
「正解! よく分かったね、古いアニメなのに」
「わかるに決まってるじゃないですか! 男の義務教育ですよ!」
「いやーわかるわー、マジ光代くん最高だわー。私の周りにわかる人いなくてさー」
それはそうだろう。そのアニメは一部の古いオタクには人気がある作品だが、もうすでに放映から十数年がたっており、今では知っているオタクも少ない。それに彼女の周りにはオタク自体が少ないのだ、語る事なんて居なかっただろう。
「その人は、人生も半分損してますね」
「それな」
「じゃあ、じゃあ……」
二人がお互いの世界に入り込んで白熱していると、あんなに気まずかった行きとは違い、あっという間に自宅についていた。
「わかるかい! 酒◯ミキオ先生の良さは!」
未だに二人はオタクワールド全開で、そのまま扉を開けて自宅の扉を開ける。
「おかえりなさい二人とも」「おう、やっとビールが来たな」
キッチンでカレーを煮込んでいる西園さんと、リビングでくつろいでいる親父から声がかかる。
「ただいまー」「ただいま帰りました」
二人はその声に脊髄反射で返事を返す。
「ピ◯レスクって最高ですよね、もう無限再生できますよ!」
彼女は俺の言葉を受け俺に向けて、短く拳を突き出してくる。俺はそれに拳でタッチをする。
「な、仲良さそうね」「ああ、そうだな」
二人の指摘に、俺と浜ヶ崎先輩はやっと二人のオタクワールドから抜け出す。
「あ、すいません西園さん。これ頼まれたのもです」「モノですー」
キッチンで作業している西園さんの足元に追加で購入した材料と、ご飯のパックの袋を置く。
「いやーカレーの匂いがいいですね」「そうだねぇー」
「ありがとう、細川くん。追加で買い物もお願いしてしまって」
西園さんはカレー鍋の手を止めて、袋の中身を確認しながらキッチンにデザート製作の準備を広げていく。
「いえいえ、デザートまで作っていただくそうでありがとうございます。」
「ええ、今から作らせてもらうわ。それにしてもこの量は……」
西園さんが俺と浜ヶ崎先輩が二人そろって冷蔵庫に、大量の飲み物とハー◯ンダッツを入れているのを見てツッコミを入れる。
「あーね、これはー、その成り行きといいますか。あはは」
あ、大貫先輩とのやり取りを濁したな、先輩。
「そう、私はてっきり朱美が私との約束を破って、宴会用に買ってきたのかと」
「ちゃ、ちゃうわい!」
あ、先輩絶対自分もあわよくば飲もうとしてたな。
「あのね、朱美何度も言っているの……」
俺は西園さんに問い詰められている浜ヶ崎先輩を置いてリビングに入る。
リビングで親父はテレビで野球中継を見ていた。
「おい、どうだった息子よ」
ベットに腰掛けて一息ついた時に親父が声をかけてくる。
「ど、どうって」
「おいおい、いつの間にか仲良くなっちゃってんじゃんかよ、俺と同じで手が早いぜ息子よ」
「ち、ちげーし」
せ、先輩とはそんなんじゃねーし。
「そうか? まぁ頑張ってくれよ、俺が死ぬ前には孫をよろしく」
この状況でよくそんなド下ネタをかませるな、頭のネジ飛んでんのか。なんでこの親父は俺の中でせっかく上がり始めている好感度を下げらるのだろうか。
「あ、ほらほら、やっぱりそうだよマリ◯ン・マンソンだったよ。光代くん、マリ◯ン・マリソンじゃなくてさ!」
浜ヶ崎先輩はいつの間にか俺の漫画の本だから『ジョジョの奇妙な冒険』のコミックを抜き出して、ページを開いて俺の隣に勢いよく座る。
「本当だ、俺の記憶違いでしたね、あ、あとウェザー……」
これまでの細川であったら、今の肩と肩がぶつかり、膝も触れ合っている今の彼女との距離に、極度の緊張でどもってしまったり、胸をガン見てしまったりしていただろう。しかし今の彼にそんな不自然さは見当たらなかった。二人は正に姉弟の様に、漫画の話で盛り上がった。
20分後、再びキッチンから顔をのぞかせた西園は、その二人のあまりの仲の良さに若干引いてしまう。
「……ふ、二人とも本当に仲良しね」
その発言を聞いて浜ヶ崎先輩は俺の肩を抱いて西園さんに高らかに宣言する。
「そりゃ、もうマブよ。光代と私は親友と書いてマブダチよ!」
またしても細川光代は『星型の痣』で、自身の周囲の環境を大きく変えることとなった。
12年来の親父と再会し、自身の大学のツートップとお近づきになり、その1人とは下の名前で呼ばれるほどに信頼を得た。
しかし彼はさらに『星型の痣』によって、自身の環境を大きく帰る出来事に巻き込まれることが来るのを、知らないのだった。
――――――――――――――――――――――――――
一方そのころ、都内某所で1人の影が先日の『星空ヒカリ』の切り抜き動画を見ていた。
「あーっでも、ここだけの話ですよ」
「おぉーお、お前達切り抜き準備だ! 準備はいいか!」
「もう、大袈裟ですよ、ママに聞いたんですよ。ママに」
「ほうほう、それでそれで」
「ママに聞いた話だと」
「私、左の二の腕に星型の痣があるんですよ」
「………………二の腕に星型の痣」
その言葉を聞いて、ディスプレイを眺めるその口を緩ませる。
「…………なるほど。これは、面白いことになる……予感。ん?……時間ですか」
デスクの上に置いてあるスマートフォンがアラームで時間が来たことを伝える。
「じゃあ……今日もがんばりますか」
そして、その影は大きく伸びをして、切り抜きを再生しているブラウザを閉じて、自身のYoutubeチャンネルでライブ配信を始める準備を始める。
「『星空ヒカリ』ちゃん………ね」
今一度緩んだ頬を自身の両手で叩き、今日も気合を入れる。
「……痛い。あー、あー、マイクチェックオッケー」
そして彼女は慣れた動作で、配信を開始させる。
「やっほー、みんな今日も元気ー? じゃあ今日も早速やってくよー」
その配信タイトルには
【プレ帯】今日のマリーちゃんのFPS【#106】
と書いてあった。
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