伝説のスタイル

 

 俺が親父に俺史上最大級の告白をかましてから、大体1時間三十分後に二人は返ってきた。


「遅れてしまったわ、ごめんなさい」「遅れて、ごめんねー息子君よ」


「いえいえ全然ー、ってその荷物なんですか?」


 ノートパソコンを取りに返ってきた二人は、パソコンが入っているであろうタウンリュック以外に、なぜかビニール袋を両手に抱えていた。


 西園さんが持ってるビニール袋には、二リットルのミネラルウォーターが見える。


「まずねー、これ!」


 この世界が漫画の世界で効果音があるならそれは ドン☆ であろう。テーブルの前に浜ヶ崎先輩がタウンリュックを重そうに降ろす。そのあまりの重さに、一瞬テーブルが衝撃で微振動する。


「いやさー、このノーパって基本動かさないからさー」


 先輩はタウンリュック上面のチャックを開ける。


「どれが、どのケーブルかわかんないし、なにが必要かもわかんないから」


 タウンリュックの大きく開いた上部に浜ヶ崎先輩は、


「全部持ってきちゃった」


「は?」


 それをテーブルにぶちまけた時、確かに俺は ズシャ と音を聞いた。




 それはノートパソコンと言うにははあまりにも大きすぎた


 大きく  ぶ厚く   重く  そして持ってくる方法があまりにも大雑把すぎた



 それは正に コードの塊だった。




 な…なんだ これはパソコンなのか……!? というか配信機材コード繋げたまま、全部そのままバックに詰め込んだのか浜ヶ崎先輩。おかげでぐちゃぐちゃじゃないか。


「えーっとですね」


 俺があまりの惨状に唖然としていると


「えへっ」


 茶目っ気たっぷりに浜ヶ崎先輩は俺に微笑んだ。


「……はぁ、仕方ないですね」


「ごめんねー! 息子君、ホント、さっきのディスプレイの話を聞いたらさ、何が必要か、何がFPSに関わるかさ、わからなくなっちゃって、あっでも返しのディスプレイは流石に持ってこれなかったよ」


 両手を合わせて、ごめんのポーズを取る先輩もかわいいなー。


「いや、いいですよ。確かに僕もどれが必要とか説明ちゃんとしませんでしたね。もう全部持ってきちゃったなら、先輩の配信環境をもうここで完全再現しちゃいましょう」


「ほんとにごめんねぇ、ソフトウェアの方は得意なんだけど、ハードウェアまだまだ勉強中で」


「いえいえ、親父、解くの手伝ってくれ」


「おうよ」


 親父はベットに腰かけながら手を伸ばしてコードの塊の解体を始める。


「朱美これ」


 未だに先輩の後ろに立っていた、西園さんが手に持っているビニール袋を持ち上げ声をかける。


「あ、それだ七海! あのですねー、お礼と言っては何ですけどぉ」


 浜ヶ崎先輩は自分の後ろに立っている西園さんの足元に座り、両手で彼女をたたえるような仕草をする。


「じゃーん、お夕飯ごちそうさせてもらいます! パチパチパチー」


「「おー!」」


 俺と親父はあ歓喜の声を上げる。

 まじかよ! 西園さんの手料理だとぉおお! やばい、激熱過ぎんだろ!


「キッチンお借りしていいかしら?」


「もちろん!!! あっでも」


「なにかまずかったかしら」


「すいません、ちがうんですよ、僕の家のキッチン料理するには、ちょっと……」


 俺はノートパソコンの救出作業を親父に任せて、西園さんを台所に案内をする。

 いくら一人暮らしを1年間していると言っても、所詮は男の料理か、鍋パーティーしか行ってこなかった、悲惨なキッチンを西園さんに紹介する。


「えーっとですね、包丁は一応これで、まな板は……多分これです。あと鍋は死にました。もう一個ありますけど底が深いのしか、あとフライ……」


 キッチン周りを紹介すればしていくほど、背後に居る西園さんの表情が曇っていくのが、見ずともわかる。


「細川くんこれはキッチンではないわ」


「面目ない」


「いや、ごめんなさい。あまりの悲惨さに、つい言葉が」


「いえ」


「いやー、こんなもんでしょ男の一人暮らしなんて」


 リビングで親父と共にノートパソコンと配信機材の解体をしていた、浜ヶ崎先輩がフォローを入れに来てくれる。彼女は西園さんに肩を組む。


「そうなの七海?」


「うん、まだ綺麗にしてる方だよー、前にほかの子の家に行った時なんて、もうひどいのなんのって、知ってる牛乳を常温で半年放置するとねー」


「もういいわ、朱美。これでもマシなのね」


「あ、あのすいません」


「ごめんなさい。私ついまた」 西園さんは口を押える。


「息子君ごめんね、七海すこし言葉がキツいのは元々なの、悪気はないのよ」


「あ、はい。お噂はかねがねです」


 我が大学で西園七海が女王と呼ばれている理由の、ミスコンワンツー撃破事件にはさらに続きがある。ミスコンの一位、二位の告白を彼女は『興味ないわ』『あなたも同じことを言うのね、何度も言わせないで、興味ないわ』と公の場で彼ら二人を断ったのだ。それ以降も彼女に突撃する男子学生は多かったが、すべて同じように蔑む言葉で断られたという話であった。


「あーね、やっぱり息子君も知ってたかー」


「ええ……我らが大学の女王様ですから」


「ぷぷっ、わっははははははー、何度聞いてもウケるわ、女王、女王ってなによ、ぷぷ……」


「……はぁ」 


 女王という言葉を聞き、浜ヶ崎は笑い出し、西園さんは頭を抑え溜息を吐く。


「ね、言ったでしょ、男子は陰で七海の事を女王様って呼んでるって話があるって、ぷぷ」


「ええ、その話本当だったのね」


「あ、すいません! 気持ちい話じゃないですよね、西園さんごめんなさい」


 俺は九十度に体を曲げて謝罪をする。

 ミスった、ついあいつ等と同じ乗りで話しちまった。やべぇ、そりゃそうだよな、自分が陰で女王様って呼ばれているなんて、聞いた嬉しい話じゃないよな。うわぁー、まじでミスった。


「いいわ、大丈夫よ細川くん、頭を上げて」


「いや、本当にすいません」


 俺はゆっくりと顔上げ、二人の顔色を窺ったが、想像とは違い二人は怒っていなかった。

 西園さんは未だに頭を押さていたが、何かにショックを受けているというか、諦めているような表情だ。対照的に浜ヶ崎先輩は未だに女王様にツボって、笑いを堪えていた。


「ご、ごめんねぇ、ぷぷ、あの、あのね! 息子君ん! 七海は男所帯で育ったのよ、だからね口がね、口がぁ」


「お男所帯?」


 俺が視線を向けると観念したかのように西園さん口を開いてくれた。


「私は男4人兄妹の末っ子で上に3人兄が居るのよ。ごめんなさい、本当にさっきは悪気があったわけじゃないの、どうも気を抜いたり極度の緊張をすると、と昔の癖というか兄たちの言葉が出てしまって」


「は、はあ」


「で、で、でぇあの事件ってわけよ!」


 浜ヶ崎先輩は笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。

 ミスコンワンツー撃破事件の裏にはそんなことがあったのか。


「お前達いつまで乳繰り合ってるんだぁ? 早くこっち手伝ってくれー」


「はーい、大吉さん今行きますよー。じゃ」


 リビングの親父から声がかかり、浜ヶ崎先輩は戻っていった。

 西園さんは俺に向き直る。


「で、私こそごめんなさい」


「いえ、こちらこそすいません」


 お互いに軽く頭を下げて謝罪を行う。


「それで、キッチンの物は全部好きに使って下さい、使えれば……の話なんですけど」


「ええ、わかったわ。実は朱美の提案でね」


 西園さんは足元に置いてあるビニール袋の1つを持ち上げてシンクに広げる。


「今日使う調理器具はある程度買ってきたのよ、だから鍋だけお借りできればと思って」


 ビニール袋の中には食器、包丁、まな板、ピーラーなどが取り出されていく、かなりの量だ。


「おお、……でもこれって結構値段が」


「いいのよ、これはコーチに私たちを売り込むためにやってることだから、気にしないで」


「は、はい」


 そうか、俺は西園さん達のコーチになるのか、コーチ、コーチって響きも悪くないなぁ。


「あ、それと冷蔵庫なんですけど」


「冷蔵庫?」


「はい、こっちは言い訳できないというか、少し友人とやらかしまいて、冷蔵室が今日は多分使えません、冷凍室と野菜室とかは使えるんですけど」指を差して伝える。


「わかったわ、参考にさせてもらうわ」


「すいません」アイツら絶対後でぶっ飛ばす。


「謝らないで、じゃあキッチンお借りするわね」


「はいよろしくお願いします」


 俺は再び軽くお辞儀をして、キッチンを後にした。

 俺、親父、浜ヶ崎先輩は3人で手分けしてコードの塊の解体作業を始める。似たようなケーブルが多すぎて、結局種別でコードと機種を分けるのに10分も要してしまった。


「えーっと、ゲーミングノートパソコン、マウス、マウスパッド、キャプチャーボード、コンデンサーマイク、マイクアーム、スマートフォン、スマートフォンスタンド、ショックマウント、お、これはYAMA◯AAG03ですね、あとは繋いでいたケーブル達ですね」


 解体作業を終えたコードとパソコンの塊は、机に乗り切らず結局ベットの上までにも及んだ。


「あと、これは……ドライヤーですかね」


 なぜ、配信機材の中にドライヤーが含まれているんだ


「あー、ごめん、ごめん。たぶん持ってくるときに、じゃかじゃか入れて一緒にいれちゃった」


 浜ヶ崎先輩は俺からドライヤーを受け取り、バックの中へ適当に放り投げた。


「い、いえ。それで浜ヶ崎先輩これで全部綺麗に、コードとか仕分けたと思います。見た限り接続するケーブル類も全部そろってますので、とりあえず配信準備をお願いしてもよろしいですか?」


「あいあいさー!」


 先輩は敬礼のポーズをとってから、ノートパソコンを持ち上げる。


「大吉さん、そこ退いてもらっいいですか?」


「おうよ」


 先輩は、なぜかベットの上に座っている親父を退かして、枕の置いてあるちょうど反対側、ベットの足元にノートパソコンを置いた。


「へ」


「えーっと確かこいつが、ここで、こっちがここに刺って、えーっと」


「あの、浜ヶ崎せ」


 俺の戸惑いに先輩は気づくこともなく、パソコンとコードを綺麗に配線していく。


「あった、あったこいつよ、こいつをここにぶすっと。そしてー」


「…んぱい」


「完成!」


 あんなに沢山あった配信機材とコードも、組み立てるときは五分もかからなかった。そして俺のベットは浜ヶ崎先輩によって姉妹系Vtuber『神楽シスターズ』の『神楽雫』の配信ブースに変身を遂げていた。


「……あ、あの先輩」


「なんだい息子君」


「いや、これでどうやって配信するんですか」


 もう自分のベットとかどうでもよくなって、純粋な疑問であった。

 先輩のノートパソコン俺のベットの上にあるんだが、どういうことだ。


「どっうて、こうよ」


 浜ヶ崎先輩は俺のベットにダイブして、うつ伏せになりノートパソコンを開き、キーボードを触る仕草を見せる。

 う、うつ伏せでパソコンを操作だと、絶滅したと思っていたぞ……それは知る人ぞ知る、伝説の配信スタイルじゃないか。


「あー、それで息子君、これ借りるよー」


 いったん起き上がり、浜ヶ崎先輩は俺の寝ている時に使っている枕を、自身の胸とベットの間に挟んで軽くエビぞりの姿勢になり、俺に振り向く。


「こうかな! どうだい息子くん!」


 これが浜ヶ崎先輩のいつもの配信スタイルなのであれば、俺は何も言うまい。たぶんこれが先輩にとってのスタンダードなのだろう。珍しい姿勢であることには間違いはないが、それも人それぞれだ、とやかく言うことはない。


「あ、はい。わかりました。セッティングありがとうございます」


「ん? 変じゃね」


 俺が敢えて黙ってたこと言っちゃったよおおおおおお、この親父は。


「えへへ、やっぱりそうですか大吉さん、君の周りでもやっぱりこういう姿勢の人いない息子くん?」


 恥ずかしそうに頭をかいた先輩は、こちらに視線を向ける。


「あー、えーっとですね、珍しいというか。ほぼ居ないというか」


「やっぱりかー、七海にも」


「細川くん、この胡椒なのだけど少し…………はぁ」


 キッチンから西園さんが胡椒の便を持って顔を出す。


 に、西園さんのエプロン姿だとぉぉぉぉぉぉ。

 その艶姿に瞬時に俺は脳内の一眼レフカメラのシャッターを連打する。


「朱美、言ったでしょ。はしたない真似しないでって、ここは朱美の家でも、私の家でも無いのよ」


「いやいやー、これもコーチである息子君に私のプレイ環境をだね」


「……それでも、人様のベットに勝手に寝っ転がるのはマナーが悪いわ、人によっては嫌がる人も居るのよ」


「どうなんだい息子君よ」


 二人の視線で俺はやっと自体を理解した。


 浜ヶ崎先輩が俺のベットに寝転んでらっしゃるううううううう、おいおいおい、そんな事って、ってて俺の枕が浜ヶ崎先輩のお、お、お、おっぱいに敷かれてるううう、おい、これはもう洗えないと言うか、このまま寝たらせ、せんぱいの胸でででで。


「おーい、息子よ」


「はっ!」


 親父の声で現実に引き戻される。


「あ、別に大丈夫ですよ。気にしないでください。元々僕がやってくださいって言ったことなんで」


 むしろご褒美というか。


「ほらー、大丈夫だって」


「……はぁ、細川くんが気にしないならいいわ。細川くん本当に気を付けてね、朱美は仲良くなったら結構なんでもお構いなしよ」


「なにおう? それは聞き捨てなりませんなぁ、朱美ちゃんはですね、これでもちゃんと区別してますよぉ」


「だから仲良くなったらって付け加えたでしょ、そういえば朱美、先週うちに泊まりに来た時に貸したパジャマまだ返してもらってないのだけど」


「あー、あれね……結構気に入っちゃって…………頂戴?」


「……はぁ、そう言うと思ったわ」


「だってね七海の選ぶ寝巻のセンスいいんだもん、あのふわふわのピンクのメッチャ可愛いじゃん。また今度別の送るからさ」


 ふわふわのピンクでメッチャ可愛いやつを着た二人だと……


「はい、はいわかったわ、あ、それで細川くんこの」


「はい!!」


「流石に挙動不審だぞ息子よ」


 うるせぇ親父。


「え、いやあの。この胡椒なんだけど、もう残り少ないんだけど使っていいかしら」


「はい! どうぞ、どうぞ。もうなんでも他のも好きに使っちゃってください」


「そう、ありがとう」


 そう言って西園さんは再びキッチンに戻っていった。


「で、私はこれからどうするよ、息子くん」


 ベットでいまだうつ伏せている浜ヶ崎先輩が声をかけてくる。


「えっ!あ、はい。では少しパソコンのスペック画面を開いていただいてよろしいですか」


「あいわかったぁ!」


 浜ヶ崎先輩は慣れた手つきでパソコンを操作していく。その姿を見ると本当にいつもこの姿勢でノートパソコンをやっているんだなと真実味を感じる。それにしても、うつ伏せになって足をパタパタとしている浜ヶ崎先輩の後姿が、童貞の俺には刺激が強すぎる。

 俺が先輩の後姿にくぎ付けになっていると、俺のデスクトップパソコンがある席に座って、スマートフォンをいじっていた親父から声がかかる。


「息子よ」


「はい! ってなんだ親父よ」


「楽しんでいるところ、すまないが相談があって」


「楽しんでないわ! それでなんだよ」


 楽しんでない、たの……しんでいた。ごめんなさい先輩。


「来月の企画なんだが……どれがいいと思う。お前の意見を聞かせてくれ」


 親父はスマートフォンごと俺に渡してくる。その画面には三つの企画のタイトルが並んでいた。




 案1 【24時間耐久癒し】 燃える焚火の映像をみんなで見よう!【星空ヒカリ】


 案2 【M◯necraft】我らが母校の星空高校を再現しよう!【初心者注意】【星空ヒカリ】


 案3 【視聴者同時視聴】星空ヒカリの切り抜き動画を見よう!【星空ヒカリ】




 ふむ。


「流石一人で登録者数30万人まで行った企画力だな親父、最近の流行りを踏まえながら、それでいて新しい層を増やそうとするものもある、正直脱帽だよ」


 俺はスマートフォンを眺めながら答える。

 でも耐久癒しって、矛盾してないか。


「フッ……なんかお前にそう言われると恥ずかしいぜ、でどうだ内容は」


「そうだな24時間耐久放送はやめよう。俺達部員が幸せにならない」


「そうか? 俺はこれが一番肝いりなんだけど」


「いや、どー考えてもヤバいでしょ。24時間も焚火の映像は流石にヤバいでしょ」


「いや、でも海外ではそういう配信もあったんだぞ、それがSNSでバズったりなぁ」


「そうなのかもしれないけど、それを個人でやるってところがヤバいんだよ。それに24時間も焚火の映像はどこで拾ってくるんだよ」


「それは俺がやるさ。ライブ配信ってことだよ。大丈夫だ俺のサバイバルの師匠であるマクシム直伝の焚火術があれば、24時間焚火を管理することなど造作もない」


 お前が直接やるんかい! というかマクシムって誰!


「うーん、確かになぁ……そう言われると面白そうなんだよなぁ。確かにバズるだろうし、クソォ……見てぇなぁ」


「だろう、だろう。途中でたまったマシュマロ読んだりしてさぁ」


 個人Vtuberが24時間も焚火の放送それに、マシュマロ読んだり、トークしたりしたらそれりゃ、次の日のまとめサイトのタイトルは総なめできるだろうなぁ。


「ああ、それもいいなぁ、クソォ」


 ごめん星空高校広報部部員のみんな、俺はこの男の凶行を止められない。みんなで24時間耐久しよう! 俺は覚悟を決めるよ。ごめん。


「しゃーなしだな、焚火中の企画は後で詰めるとして、面白そうであることには変わりないし、話題性も高いからな、俺が居らんことを言った。それにほかの二つもいいと思う。それにM◯necraftはFPSの伏線にもなるしな、流石だよ本当に」


 24時間本人が焚火の管理とか、確かに中身アスリート説のある『星空ヒカリ』しかできない企画だ。しかしそれはアイドルなのか一体。


「よし、じゃあ光代の許可も降りたことだし、内容を詰めるわ、作業中に悪かったな浜ヶ崎君」


「いえいえ、企画の難しさは我々姉妹も悩むところですし、参考にさせてもらいましたよ」


 ベット淵に座り親父と話し合いをしていた俺の後ろに、いつの間にか浜ヶ崎先輩がのぞき込んできてた。横を向くと先輩の顔が目と鼻の先にある。


「そぉ、それでえ。浜ヶ崎先輩。スペックの方は」


噛んだ、最悪だ。


「一応それに準ずるページは開いたよ」


「わかりました、少し失礼しますね」


 俺が先ほど浜ヶ崎先輩が寝そべっていたところに、あぐらで座り、先輩はベットに腰掛けた。


「えーっと」


 俺は先輩が開いてくれたパソコンの設定画面から、スペックを読み解く。

 嘘だろ、おい。第10世代のイ◯テルCore™ i7 10700K に2933MHzのメモリ36GB、R◯X 2070 SUPERだと、なんだこのモンスタースペック、現行出ているノートパソコンの最上位モデルなんじゃね、というか俺のよりスペックよくないか。これ


「どうかな?」


「いや、スペックに関しては問題ありません、というかすごいっすねこのノートパソコン……」


「それね、始めるときに店員にソ◯マップの店員さんに、一番いいのって話をしたら、これ進めてくれたからさ」


「は、はぁ」


 先輩の家はお金持ちなのだろうか。そんなにポンと買える値段じゃないだろう。


「あれですよね、西園さんもパソコンは同じって言う話でしたよね」


「そうよ、というか周りのマイクとかもほとんど同じね」


「そうですか、ならFPSにやるスペックはお二方とも大丈夫です。あとは返しのモニターってことですけど、それも念のためにあとででいいので型番を教えてください」


「合点承知の助」


「じゃあ、次に実際にFPSしているの見せてもらっていいですか、たぶんダウンロードからだと思うんですけど」


 お互いの場所を交換して、俺はベットに腰掛け、先輩は再びうつ伏せになる。

 先輩のおっぱいに押しつぶされる、自分の枕をうらやむのは罪でしょうか。


「了解! たぶん私は昔一回触ったときの奴がまだ…………あった!」


 浜ヶ崎先輩はノートパソコンのデスクトップ上に数あるショートカットの中から、FPSの起動ショートカットを見つけて起動をする。全画面に起動ランチャーが表示される。


「あー、これはアップデしてないっすね」


「まじったー、忘れてたよ。オンラインゲームはアップデートあるんだよねー」


「そうですね、買い切りのゲームと違って結構な頻度であります、特に対戦ゲームのFPSは結構頻度が高いので、ちょっと失礼します」


 画面をのぞき込むとそこにはアップデートのパッチ合計容量は10GBと表示があった。


「これりゃ、1時間コースですかね」


「うーん、ごめんだよ、完全に忘れてたよ」


「いえいえ、正直これは予想してましたのでお気になさらず」


 ここまでは予想していたけど、正直この時間をどうするか考えていなかった、とりあえず先にマウスの話しちゃうか。


「あのー」「あのー」


 二つの声が重なる。一つは俺ともう一つはキッチンで調理をしていた西園さんだ。


「あ、どうぞ西園さん」


 俺は彼女に向き返り会話を譲る。


「あ、ごめんなさい。なにか説明の途中だったようだったけど」


「いえ、どうせもう1時間は暇になったので、ちょっと別の話をしようかと思ったところです」


「そう、なら遠慮なく。朱美」


「ん? わたしさんかい?」


 ノートパソコンをのぞき込んでいた浜ヶ崎先輩が顔を上げる。


「そう、私買い出しの時に言ったでしょ、パックのお米買ってきてって」


「うん、言ったね」


「手分けしてスーパーで買ったときに、朱美の中身を確認しなかった私も悪いんだけれども、


 そう言って彼女がつまんで持っていたものは おかゆのパック だった。


「あちゃー、ごめん。間違えたわー、同じ棚にあったからさー」


「どうせまた、スマホでゲームでもしながら買い物したんでしょ、辞めなさいっていつも言ってるでしょ。もう、本当にどうするのよ」


「西園君、参考までに今日の料理は何なのだい?」


 親父が疑問をぶつける。


「そういえば言ってなかったですね、すいません。今日はカレーライスにしようと思っています大吉さん」


「「カレーかぁ!」」 俺と親父の歓喜の声が重なる。


「細川くんはカレーで大丈夫でしたか?」


「はい、大好物です!」


 というか西園さんの手料理なら昨日の物体Xでも何でも食べます! 何が出てきても『美味しい』って言います! というか売れるのでは? 西園さんの手作りカレーだろ、学園祭に出したらたぶんぼろもうけが出来るぞ。


「ごめんなさい、あまり期待されると困るのだけれども、今日は荷物の関係上そこまで凝ったカレーは作れなかったの、大好物だったらもしかしたらレトルトだから、口に合わないかも」


「いいいえ! 大丈夫です! そんなそんな!」


「大丈夫だ、西園くん。男っていうのはカレーはなんでも美味しく食べれる生き物なんだ。気にするな、それに女の子の作ったもんなら男はなんでも『うまい』っていうのが、この世のルールなんだよ」


 ああ、やっぱり親子なんだな同じ考えかよ。


「そ、そうですか、よかったです。それで朱美このままだと、ご馳走する予定のカレーライスが、カレーおかゆになってしまうわ」


「あちゃー」「それは……」「そいつは一大事だな」


 そうだ。


「あ、じゃあ! 僕そこまでちょっくら、買いに行ってきますよ」


 正直そろそろ一度離席したかった。何故ならこの顔面偏差値の高い二人に、これ以上囲まれると、俺の心が持たない。二人とも本気で可愛いし、というか近くで見るともっと可愛いし、いい香りするし、先輩は無防備っていうか距離近くて目のやり場に困るし、このままだと正直ムラムラというか。とりあえず頭を冷やしたい。


「いや、細川くんにそんなこと、やってもらうわけには」


「そうだよ息子君よ、これは私たちに」


 牽制されることは想像できた、だから俺は立ち上がり玄関に向う。いち早くこの場から離れるために。


「い、いや、僕が行きますよ。場所も詳しいですし、ほ、ほらたぶん飲み物も足らなくなりますし」


 西園さんの横を抜けて玄関までたどり着く。


「じゃあ、私も着いて行くよ息子君! 私の責任だし!」


「え!」


「そうね、元々朱美の原因だし、ごめんなさい。細川くん案内してもらえるかしら」


「え! え!」


 俺が唖然としている間に浜ヶ崎先輩は隣に並んで靴を履き始める。


「あ、あのー」


「光大!」


 お、親父ぃ、俺の気持ちを。


「俺、ビールな。昼間のおつりで買ってきてくれ」


「あ、はい」


「じゃあ、私も飲んじゃおうっかなー」


「ダメでしょ、朱美まだこれから話すことあるんだから。それに貴方酔っぱらうと脱ぐ癖があるからやめなさいって言ったでしょ」


 ぬ、ぬ、ぬぐぅぅぅ、先輩がぁぁぁ。

 横に居る浜ヶ崎先輩の脱ぐ姿を想像してしまう。


「ちえー、じゃあ、行こっか! 息子君!」


「え、え、うえええええええええええええ」


 俺は浜ヶ崎先輩に手を引かれ、玄関から連れだされた。

 突如始まってしまった我が大学の太陽様との買い出しに、俺の心拍数は今日最高値を記録した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る