肝胆相照らす
糞親父がなぜ仕切ってるいるかは、完全に意味不明だが、その意見に賛成だ。どうせ適当な事で場を和ませようと気の利いた言葉なんて俺は言えないし、もう今更取り繕っても……遅いだろうし。
「そうですね、西園さん、浜ヶ崎先輩、今日中に練習の予定など詰めましょう」
「そうね」「りょうかーい」
敬礼する浜ヶ崎先輩可愛いなぁ。
じゃあ、と西園さんは大学ノートをテーブルに取り出し、定規を使い綺麗なグリットを引いていく。
「七海は、そういうところアナログなのよねー」
浜ヶ崎先輩の突っ込みが飛ぶ。
「え?」
「いやー、そこはタイ◯ツリーとかGoo◯leカレンダーとかでしょ、普通」
そう言って浜ヶ崎先輩は、スマートフォンを取り出す。
「「タイ◯ツリー?」」
どうやら西園さんと糞親父は、浜ヶ崎先輩の言っていることが理解できないらしい。糞親父はベーリング海に長いこと居たアナログ人間だからわかるが、これがわからないって西園さんは機械音痴なのか。
「ごめんねー、息子君。七海そういうところあんまり詳しくないのよ」
「そうなんですね意外です、七海さんは、どうやって放送のスケジュール管理とかしてるんですか?」
「スケジュール? えーっと……」
再び自身のバックを漁り、今度はかわいい花柄のスケジュール手帳が出てくる。
「こうね」
グリットが途中まで書かれた大学ノートの上に、花柄の手帳を開いて見せてくれる。
そこには3月の『神楽シスターズ』予定がアナログで書かれていた。内容も書きなぐったものではなく、放送日、収録日は赤ボールペン、練習日は緑ボールペン、打合せは青ボールペン、その他、月の放送時間の平均まで事細かに書かれていた。あまりの器用さとその整った文字列に一種の芸術性を感じたほどで、俺は声が出なかった。
「……え? なにかおかしいかしら」
「あーいや、すいません。あまりにも丁寧だったもので。すごい、すごいですね『神楽シスターズ』はかなり、丁寧にスケジュール管理してるんですね」
「そう、月単位でスケジュールを管理しているわ、でも予定だけでとん挫する時もある。大体の原因はそ朱美が思い付きで配信をする日もあるから、実際はもう少しズレるのよ」
そう話す西園さんは、浜ヶ崎先輩にジトーっと視線を送る。
「いやー、ね。ほら、旬の物をやるとかさー、勢いも必要じゃん。っね?」
そう言い訳する先輩は西園さんと目を合わせないようにそっぽを向いてそう言い訳をした。
「……はぁ、確かに朱美のノリのおかげで救われた時もあったわ、だからある程度のアドリブとしてリソースを残しているのが現状よ」
「ねー、たまには」
「た・ま・に・は・?」
「いえー、なんでもないです」
今のやり取りで俺は彼女たち二人の力関係を大まかに感じ取ることが出来た。それにしても仲がいいな二人は。
「親父は、『星空ヒカリ』はどうやって放送予定を決めていたんだ?」
「まず、配信内容をある程度考える、流行りものとか話題のものがあるとかな、どういった企画が星空高校の部員に受けたかとかな」
「意外と考えてるんだな」
「そりゃな、お前や母さん、ひまりに合うために
俺は糞親父の不意な父親ムーブに若干の感動を覚えた。
「放送時間は正直適当だったな、伸るか反るかは正直わからんし、明日は20時って気分なら、20時にやるって感じだったぞ」
「へー、たしかに放送時間は不安定だったな、朝6時とか試されてるとしか感じなかった放送が一週間続いたときは、地獄だったよ」
「ああ! あれな! いやー早起きは三文の徳だからな!」
たしかに『星空ヒカリ』も同じことを言っていたな、いや同じ人物だからそりゃそうなんだけど。
「あっ! すいません。話脱線しちゃいましたね」
「いや、いいわ。そういえば大吉さんにその話を聞いたことが無かったから参考になったわ、それでついでに細川くんに聞きたいのだけど、細川くんはスケジュールはどのように管理しているの?」
「んー」
ないんだよなー、管理するほどのスケジュール。大学生、男の一人暮らし、大学の講義が終わったら悪友とウチで飲み会か、即帰宅のFPSくらいだもんな。それに恋人無しじゃ管理する予定自体が無い…………厳しいこと聞いてくるな西園さん。悪気はないのだろうけど。
「いやー」
俺が回答に困っていると浜ヶ崎先輩が助け舟を出してくれる。
「大学の時間割はなにかアプリで管理してる? それとも、もしかして暗記してるの?」
「ああ! それならこれ使ってます」
スマートフォンを操作し、時間割を管理しているアプリを表示し机の上に置く。
「ふーん、朱美と似たようなのを使ってるのね」
スマートフォンを覗き込んだ西園さんの反応はあまり芳しくない。どうやら西園さんは本当にこういった物に疎いらしい。
「今日はとりあえず、せっかくですので、紙で予定を作りましょうか。とりあえず時間割の続き西園さんお願いしてもいいですか」
「わかったわ」
その後、西園さんは大学ノートに線を引き終え、自身の講義名を記入していく。その後浜ヶ崎先輩、俺と大学の講義を書いていく、糞親父はこちらに予定は合わせるという事だった。
記入中に西園さんと浜ヶ崎先輩から『へー、同じ学部だったんだー』と悲しい指摘があり心がくじけそうになったが何とか耐えた。仕方ない、俺は普通の一般大学生、方や二人は我が大学の誇るマドンナである、所詮俺は背景のモブに過ぎない。
三人で完成した表を眺める。
「息子君と七海の予定を合わせてみると、丸一日フリーは今日の金曜日だけなんだね、でも一限除けば月曜日もか」
「そうですね、むしろ二日空いたことが奇跡ですね」
となると、練習は。
「あ、あのね細川くんがよければ、この二日は練習をしたいの、それに大学が終わった夜の時間もどうかしら」
「ふむ」
糞親父の問題は一旦、無視したとして、西園さんはFSPの練習にやる気満々でよかった。
「そうですか、でも、お二人の配信はいつも通りのペースでやってほしいんですよね。大会に出る目的も、つまるところは有名になる事なんで、今の配信ペースは乱したら本末転倒ですから」
「そうだねー、配信前後に練習はきびーなー。私も七海を尊重したいけど、流石に毎日は難しいともうよ」
浜ヶ崎先輩は頭の後ろで手を組んで伸びをする。
「そうですね、配信前後の練習は必ず配信に支障が出ると思うので控えましょう」
「で、でも……」
「いや、ファンを大切にしてください。どんな時間でも来てくれる固定のファンはいらっしゃいます。その人たちの扱いが雑になる方が危険ですし、僕は自分の推しにそう扱われたら嫌です」
「いやん、はんなりさんありがとー」
糞親父の茶々が飛んでくる。
「糞親父、今真面目な話をしているんだ、もう帰ってもいいぞ」
はぁ、これが『星空ヒカリ』の本人が糞親父と知る前だったらどこまで嬉しかっただろうか。
「それじゃあ、配信で練習するのはどう? 一石二鳥だと思うんだけれども」
「浜ヶ先先輩、確かに配信で練習って考えはいいんですけど、それは大会出場が発表されてからでお願いします」
「それはどうしてなんだい、息子君。初見放送っていろいろ盛り上がるチャンスだと思うんだけども」「たしかにそうよね」
二人が疑問を投げかけてくる。
何も口を挟まないってことはそこは理解しているんだな親父。
「確かに、お二人ともFPS初心者なんで、たぶん配信は、かなりいい意味で盛り上がると思います。リスナーの多くはFPSユーザーも多いでしょうし、いちファンとしての視点でも自分の得意なゲームを推しがやってくれてくれるのは、とっても嬉しいですから」
自分と同じ空間、趣味を推しと共有できるというのはそれだけで嬉しいものだ。だけど逆にいろいろと問題が起きるんだよなぁ……
「ではなぜ?」
「まあ簡単に言うと……今後の活動で支障をきたさないためというか、不自然にならないためですかね。FPSのFの字も知らない推しが突然、FPSの配信を始めたらうれしい反面、少し引っ掛かるリスナーも多いと思います。それも毎日FPS配信なんて配信スタイルを完全に切り替えてきたらあまりにも不自然です」
「ふむふむ」「なるほど」
「んー、あっ、なら、はい! はい! はい!」
浜ヶ先先輩は少し腕を組んだ後に、何か思いついたように挙手をする。
「じゃあ、『星空ヒカリ』から裏で教わってますって、最初から公表するのはどう? そうしたら最初からコラボもにつなげやすいと思うし」
「んー、先ほども言いましたけどこの三人を大会前に匂わせるのはどうなんでしょう。そこはグレーなんで微妙なんですけど、これって大会の正式発表はいつですか?」
仲良し三人組って感じで定期コラボ配信してるなら匂うこともないが、まあグレーだよなぁ。
「確か裏面だな、ここを見ろ光代」
親父は机の上にある、西園さんの持ってきた書類を裏返して。指を差す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
14.大会の発表、情報規制について。
①大会情報の発表は株式会社カレンダー主導のもと行います。
予定は以下の通りになっております。
4月中旬 ディザーサイト公開&優勝賞品の公開
5月末日 エントリー取り消し&メンバー変更猶予期間
6月初旬 参加チームの公開&ルールの開示
7月中旬 本サイト公開、インタビュー掲示
※インタビューについては12.インタビューコメントを参照
ください。
本件に関しましては株式会社カレンダーが厳正に開示を行います。
この計画を主導している『大黒天』の彼女たちのためにも、エントリー者
の皆様は情報規制を厳密に守ってください。ご協力お願いします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「大会の発表はそろそろなんですね、でもこの資料だとチーム公開は6月からですか……そうすると配信も……」
わざわざ企業が最後に、情に訴えるような文章を書いている感じ、かなり情報規制は厳しく行いたいのだろうな。確かに現Vtuber界隈を起因する存在だからな、今後の環境のためにも、水を差すVtuberは居ないか。
「それとコーチなんですが。まずですね『星空ヒカリ』がコーチというのは怪しまれます」
「ん? そうなのかい?」
「はい。『星空ヒカリ』は今まで一度もFPS放送をしたことが無いんですよ、それに雑談配信でも話題に出したことはありません。今まで一度もです。そんな彼女がFPSのコーチって通ると思います?」
FPSのコーチングなんて基本はセミプロ、元プロがやる行為だ。それを一切話題に出していないなんてありえないからな。
「た、たしかにそうね」「今まで一度もないのー大吉さん?」
「ん? たしかに無いような」
二人に視線を送られて親父は、腕を組み、あごに手を当てて悩むそぶり を見せた。
「今まで『星空ヒカリ』がFPS視点の物をやったのは、龍が◯く0のヘリコプター戦くらいでしょうか、他にあるとしてもアクションゲームでちらっとです。雑談に関しては一切出てないと思います。ちなみにヘリコプター落とすのには3時間かかりました」
「く、詳しいのね」「すごいね」「ああ、流石我が息子だ」
彼女たちの若干引いた態度に、オタク特有の早口を披露してしまったことを自覚する。
仕方ねぇだろ、推しの話題だったんだよ。
「んっんん! まあそれは置いといてですね、なので『星空ヒカリ』がコーチは難しいです、一応親父にはこれから4カ月で配信中にFPSの話題を挟んでいってもらうのが自然でしょう、チーム発表後、一緒に練習くらいが限界でしょうね、それとFPSに付随する単語も、もちろんこれから覚えてもらいます」
「マジィ?」
「マジも大マジ、俺はまだゴーストプレイヤーをやると言ってないぞ、最悪なったとしてもFPSの単語が出ないのはありえない、これは最低条件だ」
「へーい」
「じゃあ、最初から細川くんをコーチとして紹介するのはどう?」
「本気で言ってます? 西園さん」
この人は何を言ってらっしゃるんだ…… 気づいてんのか? 自分が今何を言ったのかを……。
「そっちのほうが効率が」
「それはだめだよ、七海」
西園さんの言葉を、浜ヶ崎先輩が遮る。その行動に俺はほっと胸をなでおろす。
「よかった、先輩はわかってるんですね」
「そりゃね! 流石に七海よりは、そこらの事情には詳しいよ」
「え? なに?」
西園さんは本当に理解できていない様子だ、そんな事も言わなきゃいけないのか、というかよくそのリテラシーで、登録者数8万人まで来たな、そこは浜ヶ崎先輩がコントロールしてきたってことか?
「浜ヶ崎先輩」
俺はこの事実を告げていいか視線を送る。
「いいよ、息子君。さっきいったけどこの子こういうところは疎いの、はっきり説明してあげて」
「……はぁ」
なんか、自己紹介してるみたいで嫌だな。
「あのですね、んーっと。女性Vtuberのファンには二種類いるんです、ご存じないですか?」
「ええ、ごめんなさい、知らないわ」
濁して聞いたが、全部言わなきゃだめだな、こりゃ。
「濁すと伝わらないんで言いますけど、処女信仰とそうじゃない人たちの二種類に分けられます」
処女という言葉で彼女が息をのむのがわかる。本当に何も知らないんだな西園さん。
「処女信仰というのはもちろん、Vtuber『神楽舞』の事ではありません。彼女の魂、つまり西園さんが!そ、そうであるか、そうでないかってことです」
なんで俺は女王様に処女か処女じゃないかって聞いてるんだ、どういう状況だよこれ。だがここで恥ずかしがっても仕方がない、腹をくくって説明をするか。
「その人たちのことを、総じてというか蔑称で、ユニコーンと呼びます」
「ユニコーン? あの伝説上の?」
「ええ、伝説上の一角獣が由来です。まあこれもネット用語みたいなものなんですけど、伝説のユニコーンは処女を好むとされ、処女を用いて誘い出すことが出来た生物だそうです」
「な、なるほどね。ファンの中にもそういうのが好きな人がいるから、そう呼ばれているってことなのね……」
西園さんは顔が若干赤らみながら、理解を示す」
「それくらいなら、まだかわいい蔑称、まあそれでも蔑称なのですが、そうではなく、ユニコーンは、その誘い出した処女が偽りであることがわかれば、激高し、その乙女を刺し殺す、八つ裂きにするという気象の粗さがあったといわれています。まあそのさまを処女信仰のファンに当てはめて、ユニコーンという蔑称がついています」
まあ八つ裂きなんて実際には出来ないし、そこまで過激なことはしないと思うが、自分以外の男性に関わることを嫌うファンは実際に一定数居るのも事実だ。
「あのですね、ユニコーンは必ず一定数ファンの中には絶対います。ですがその割合は配信形態にことなりますが、アイドル、アイドルしている可愛さ、清楚さを売りにしているVtuberのファンの割合の多くは、ユニコーンだと思ってください。実際数が少なくてもそれくらいの気持ちでいてください」
「そ、そうなのね」
西園さんは恥ずかしくなったのか顔を伏せてしまった。
「じゃ、じゃあ」
「あのですね正直なところ、女性Vtuberが男性Vtuberと絡むのさえ、最近は結構きわどいんです。V界隈がそんな雰囲気になってきています。なのに今まで一度も男性Vtuberとコラボしていない『神楽シスターズ』がいきなりVtuberでもない男性とコラボだなんてやったら、たぶん明日のまとめサイトは『神楽シスターズ』の話題で持ちきりになりますよ。『女性双子Vtuber彼氏と配信か』って見出しで、悪意のあるサイトならもっとひどい見出しだと思います」
語彙の強さに場が静まり返る。
あまりにも知識のない彼女に、イラつき、まくしたてるように言ってしまった俺にに自己嫌悪が襲う。
「そうだね、息子君の予言通りになるのが想像できるよ」
場の雰囲気を変えるように浜ヶ先は助け舟を出す。
「そ、そうなのね。ごめんなさい少し勉強不足で」
ああ、ごめんなさい西園さん、そこまで言うつもりは……というか、本当によくこのレベルの知識でここまで来たと思う。それこそ本当に浜ヶ崎先輩が西園さんの可愛さだけをアピールするようにコントロールしていたのだろうな。
彼は、今度は詰問にならないように、冷静に落ち着いたトーンで西園に言葉をかける。
「いいですか配信で、匂わせるだけでも駄目です。安全を期すなら、弟とか兄とか肉親も駄目です。配信の際には僕のことは居ないものとしてください。最悪言葉に詰まったら『星空ヒカリ』の名前を出してください、そっちの方が全然マシです」
「わかったわ」「はーい」
先ほどから糞親父はうんうんと頷いている。一回茶々を入れてから本当に黙ってくれていた。
「糞親父からも何か補足あるか?」
「いーや、俺からは特にないな。流石は俺のユニコーンだったことはあるなーと、説明に説得力があって感心しているところだ」
「糞親父!!」
ちげぇよ、お前のユニコーンじゃねぇよ! 『星空ヒカリ』のユニコーンだったったんだよ!俺は!というかそんなこと二人の前で言わなくていいだろ、さっきの出会いが云々どこ行ったんだよ。息子ピエロにして面白いかおい!
「んんっ! それでですねお二人はFPSは、ほとんどやったことないんですね」
あーやめて、三人ともそのコイツ話題変えやがったなって目で俺を見ないで。
「そうね」「一回だけーかな私は」
「失礼ですが、配信環境はどうなってますか、ノートパソコン、それともデスクトップパソコンですか?」
「二人ともノートだよね」
「そうね、私は朱美に誘ってもらったから、私の環境は朱美と同じものだと思うわ」
ノートか、こりゃスペックによっては、デスクトップパソコンを貸すまで見えるかもしれないな。とりあえず。
「お二人、今日はこれからお時間あるんですよね」
「ええ」「あるよー」
「ご自宅が大学の近くにあるのであれば、ノートパソコンとマウスを持ってきてほしいんですね、ちょっとプレイを確認をしたいので」
二人とも俺の説明にぽかんとしている様子だ。
「パソコンならあそこにあるだろう、あそこでやればよくないか、FPSの腕前はあれでもわかるだろ」
そういって親父は俺のデスクトップパソコンを指差す。彼女達もそれに頷く。
いい質問だ、糞親父!
「すいません、僕の言葉が足らなかったですね。もう一回しっかり説明しますね。お二人のプレイ環境が知りたいんです。いいですかFPSというのゲームはそのゲームをやる環境、マシンスペック、マシンデバイス全てが自分のプレイに関わってきます、そうですね」
俺は立ち上がり自分の二つのディスプレイの前に立つ。
「では質問です、この24.5インチディスプレイとですね、こっちの34インチディスプレイどっちがFPSに優れているものだと思いますか?」
そう言って俺は二つのディスプレイを交互に指さす。
「画面が大きい方がいいのかしら」「そうだねー大きい方で!」「大は小を兼ねる!俺も大きい方だ!」
3人は細川の予想通りの回答をしてくれる。
予想通り過ぎて、今後の展開が怖すぎるな。
「えーっとですね、正解はこっちの小さい方の24.5インチディスプレイなんですね」
再び三人とも頭にハテナが浮かぶ。
「えーっとですね、簡単に言うとこっちの小さいモニターの方が1秒間に表示される画像の数が違うんです」
「あー、えーっとFPSってやつだ!」浜ヶ崎先輩がディスプレイを指差す。
「そうです正解です。しかしここでは紛らわしいので、その言葉は割愛しますね。つまりはこっちの24.5インチディスプレイの方がFPSに有利なんです、ゲームを映す画面ひとつで有利不利が出るのがFPSなんです。だからお二人には実際の配信環境、まーそうですね同じノートパソコンなら、どちらか一台を持ってきてゲームをする環境を見せてほしいんですね、これで説明は理解できましたか?」
「わかったわ」「なるほどねーわかったよ、息子君」
西園さんは頷き、浜ヶ崎先輩はサムズアップをして納得をしてくれた。
「じゃあ、家が近いのは私かな?」「そうね朱美」
「では浜ヶ崎先輩よろしくお願いします」
荷物も多くなるという事で、浜ヶ崎先輩に西園さんは付き添って行った。
逆に残られても、何を話していいか困ったからよかったと思う、こんなこと言ったら糞親父に、だから童貞なんだと馬鹿にされるだろうな。
部屋には俺と親父の二人になった。この時が、正真正銘十二年来の親子の対面である。親父とも何から話していいか分からなくて、口を突いて出たのはさっきの事だった。
「親父、本気で俺にゴーストプレイヤーさせる気か、最悪バレたらもう『星空ヒカリ』は活動できなくなるぞ」
それは避けなくてはならない。30万人の部員のためにも。
「ああ、別に構いはしないさ、元よりこの大会で引退の予定だったんだ」
優しい声で親父はそう言った。
「ええええええ???ど、どいう、どういうことだ!!! 聞いてないぞ! 親父!!」
突然の告白に俺は声を荒げる。
『星空ヒカリ』が引退!?!?!? 今を時めくスーパーVtuber『星空ヒカリ』が! はぁ?!
親父は優しい声で再び言葉を紡いだ。
「言ったろ、俺の目標はアイドルになる事だったんだ。お前との約束を果たすために。それに約束を果たして母さんやひまりにも会いたかったしな、もう目標も達成したと思えるほどアイドルは出来ただろう? お前はアイドルVtuber『星空ヒカリ』の活躍をずっと傍で、見ていたお前ならわかるだろ、星空高校広報部部員番号112番、はんなり」
そうだ、俺はこの一年かけて『星空ヒカリ』がアイドルしていることを見てきた、その言葉と努力を俺には否定できない。
「俺はな、楽しかったぞこの一年間半」
「お、おやじ」
やめてくれ、そんなもう終わりのような言葉を吐かないでくれ。たのむ、たのむよ。
「お前をはじめとして、いろんな奴が俺を応援してくれた、あの孤独の海と違ってみんなが居たから俺は頑張れた。はんなり、ぶんどき、コバルト99、みすーたーわさび、doubleangel高橋、坂東の店番、公人、バランスティ、マイケル小林……」
親父は昔を懐かしむように、俺を含めた常連リスナーの名前を一人一人暗唱していく。
やめてくれ、やめてくれよ、たのむよ。そんな。
「chaosクローバー、アイゼン小林隊長、緑ボールペン、はまだ大学、荒川みどり、sanpoint、ぽっぶ……」
みんなぁ……みんな、 俺達の『星空ヒカリ』は俺達部員のことを一人一人覚えていたぞ、スーパーチャットなんてしなくても俺たちの、俺たち星空高校、広報部部員の事をちゃんと! 一人一人覚えていたんだぞ。彼女の中で薄れることなんてなかった!
「……9999、プリズムレボリューション、渡辺達、最強の郵便屋、株式会社たけまる、応援部員ししかみ……」
SNSで常連リスナーのみんなに言いたい、俺たちの部長『星空ヒカリ』は俺たちのを誰一人として忘れてはいなかった、登録者数30万人になっても、俺たちのことを大切に、大切にしてくれていたんだ。
自分の中で何かとてつもなくこみ上げるものがあるのを感じる。
「配信以外でもいろいろな奴が俺に協力して応援してくれた。本当に感謝しかないな。だから俺は」
「……ふざけるなよ」
「どうした、光代」
「ふざけるなよって、言ったんだよ!!!!!」
俺は気づいたときには親父の胸ぐらをつかんでいた。
「ふざけるなよ!!!!勝手に満足しやがってよ!!!!!!」
「だがなぁ、光代」
「なに勝手に終わったことにしてるんだよ!!!!!どうしたんだよ星空高校は!!!!廃校のために人集めるんだろ!!!!そのための俺らだろ!!!!」
「いや……それは設」
「設定なんて知ってんだよ!!!!俺たちみんな!!!!!でもなぁ!!!でもなぁ…………」
もう親父の顔が涙で見えない。
「そんなこと……そんなこと知ってて、俺たちは『星空ヒカリ』を推してたんだよおおおおおおお!!!!!!」
「……光代」
「知ってたさ!!!!星空高校広報部が実在しないことなんて!!!!!星空ヒカリなんて女子高生が居ないことだって!!!!こっちはそんなこと知ってんだよ!!!!!!、でもなぁ、でもなぁ、そんな設定で頑張る親父を!! 俺らはぁ、好きだったんだよ……推してたんだよ…………その背中に夢を重ねたんじゃねぇかよ……」
親父は俺から目を離さないでいてくれる。
「まだ……まだぁ……俺たちにぃ、夢を見させてくれよ……っ部長、頼むよ。……言ってくれよ……ほっしっしーって、あの元気な挨拶をよぉ、俺たちに」
気づいたときには親父の胸で泣いていた。親父はそんな俺をやさしく撫でる。
「…………終わりなんて……言わないでくれ」
部屋には細川光代の涙をすする音だけが聞こえ、静寂が訪れる。
静寂は時間にして一分も満たなかっただろう。しかし細川光代にとっては、世界一長い一分だった。
緑川大吉によってその静寂は破られる。
「まだ、まだアイドルしたりないってか? はんなり」
「!?……ああ、そうだ……まだ、まだぁ」
親父の胸からは離れ俺は、再び自分の力で立ち上がる。
「まだだ! まだなんだよ! まだだ、なに登録者数30万人で満足してるんだよ!!!まだまだなんだよ! これから、これからだ。これから『星空ヒカリ』は、はじまるんだよ!!!」
そうだまだまだ、これからだ。
涙を拭き、親父の顔をしっかりと見つめ、人差し指を突き付ける。
「親父、ゴーストプレイヤーは無しだ。悪いが俺はそれでバレた時に常連リスナーに顔向けできない、だけどなぁ!それ以外、それ以外のことなら『星空ヒカリ』のために何でもしてやるよ!!! 企画だって考えてやるよ、ゲームの練習だって付き合ってやるよ。コラボの台本だって考えてやるよ。俺が!!!! 俺達、星空高校広報部部員達が!!!!お前を誰もが認めるトップアイドルVtuberにしてやるよ『星空ヒカリ』!!!」
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