女王と太陽
そこは細川光代の住んでいる1Kの寝室兼リビング。
俺の正面には大爆笑をする大男、その右隣にはベットに腰かけその大男と共に大爆笑をする女性が一人、さらにその横にすすり泣く女性が一人座っている。
「がっはははははっははああああ、あ、流石だわ、流石大吉さんの息子さんだわ、ひぃー、いやーまじー? 最高ですわはははっはー」
「ははっは、、あはははははははっはあああ、だろうよ、だろうよ、流石は我が息子だ!」
「ひっく……すんっ……っ……ひぐぅっ………」
なぜこんなことになった、なぜこんなことになった、なぜこんなことになった!
そして部屋の主である細川光代は、パンツ1枚で彼らの反対側に正座させられていた。
――――――――時はさかのぼること十分前
「きゃああああああああああああああああああああああああ」
耳をつんざく女性の叫び声が俺のアパートに響き渡った。
「なになに! 大丈夫、七海!!!」
彼女の左側から金髪の女性が俺の前に現れ、叫びをあげ、しゃがみこんだ西園さんの肩を抱く。
「どうしたんだ! 西園くん!」
そして右側からは、身長百九十センチメートル以上はあろう、巨漢の男が現れる。
巨漢の男は彼女達を心配そうに見降ろした後に、俺に視線を向ける。
「お、やあ! 立派になったな我が息子よ…………とその息子よ」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
今度は俺の叫び声がアパートに響き渡った。
巨漢の男の視線移動とその下ネタに俺は、自身がモロだしの事実を思い出し、急いで落ちたタオルを拾って腰に巻き、何が何だかわからずに巨漢の男に問いかける。
「おいおい、おおあおあおあおおあおあおあお、どうゆうこうだああああああおやじいいい?」
「ああ、俺こそがお前の父親である緑川大吉だ! そしてアイドルVtuberの『星空ヒカリ』の魂だ!」
そう言って、巨漢の男は自信満々のドヤ顔で、自身の顔を親指で差してポーズを決めた。
「ちげええええよ、そう言う事いってんじゃあねーよ。そうじゃなくって」
え? なんで、玄関に西園七海さんが居るの? それに、あの人は!?
「浜ヶ崎せん……ぱい?」
「え? 私の事しってんの?」
そういって西園七海の肩を抱く金髪の女性はこっちに振り向く。
知らないはずもない、浜ヶ崎朱美先輩。西園七海さんが女王であるなら、彼女は我が大学の太陽である。明朗快活な性格で、誰分け隔てなく接する性格。ノリがいい性格で一年時に試しに出たミスコンで優勝でぶっちぎりの1位優勝。しかしその後、寄り付く男子の量が大変な数になってしまったらしく、昨年は辞退したと噂は聞いた。男子人気はもちろんであるが、女子学生の人気も高く、学内の女子生徒の相談役も兼ねているとかいないとか。
「おいおい、我が息子よ、なんでお前は全裸なのだ。そういう趣味か?」
「ち、ちげぇよ、これは風呂入っていて」
「風呂に入るのはいいが、全裸で人を迎えるのはどうなんだい? お前にはマナーってもんがなってないのか?」
「さっきから、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンずっと!鳴らしてた、てめぇには言われたくねぇよ!」
「あのー、ごめん。それ私だわ」
浜ヶ崎先輩はそう言いながら、恥ずかしそうに小さく挙手をした。
「へ?」
「そんなことより、とりあえず早く俺たちを部屋の中に入れろ。西園さんをずっとこのままにするつもりか?」
「あっはい」
そして現在に至る。
「ひ、ひっひぃー、最高だわ、で、お父さんだけだと思って開けちゃったと、ひー、ごめんね、息子くん知ってると思って、連打しちゃった」
「がぁっあははははははっはああああ、そうか、そうか説明してなかったか!」
「ひっぐぅ……っ……ひっぐぅ……」
玄関での経緯を聞いて、大爆笑をする浜ヶ崎先輩と糞親父、そして未だ少し泣いている西園さん。そしてパンイチで正座をしている俺、なんだこのカオスな状況下は。それにしても。
「あーのー」
とりあえず、目の前の西園さんをどうにかしなくては。
「なに?」
俺のベットに腰かけてる浜ヶ崎先輩が反応してくれる。
「西園さんが泣いてらっしゃるんですけどー」
「ああ、ごめんねー」
そう言って彼女は、再び彼女の肩を抱きながら俺に視線を向ける。
「七海さあ、処女だからたぶん君の、あ・れ・を見て、泣いちゃっ」「朱美いぃぃぃぃい!」
西園さんは彼女の発言に叫び、抗議の意を示す。
「ああ、ごめん。ごめん、よしよしー」
西園さんは再び顔を浜ヶ崎先輩の胸にうずめて、先輩にいい子いい子されている。
「ひっぐ、……ちがう…………もん、ひっぐ」
に、西園さん、しょ、処女なのか。我が大学の男子全員が知りたい爆弾情報を入手してしまった。
「すまねぇな、西園さん、うちの息子が汚ねぇもん見せちしまって、ほれ、お前も謝れ」
「え、あ。すいません、でした。御見苦しい物をお見せしました」
え、なんで俺は、親父と大学の同級生と先輩に、自分の股間見せてすいませんって、謝ってんの。
「ほら、そんなとこで、いつまで座ってるんだは、はやくお茶でもださんか」
「あ、はい」
え、なんで俺は、親父と大学の同級生と先輩に、パンツ一枚でお茶酌みすることになってんの?
冷蔵庫を開けて確認すると、冷蔵庫の飲み物は物体Xに空気汚染された紙パックと、缶チューハイしか入っていなかった。
この前の闇鍋で、ぶち込める物はほとんどぶち込んだのを忘れてた。やべぇ。
「あのー、飲み物がー」
「なんだよ、十二年来の親父が来たのに、飲み物も用意してなかったのかよ」
いやだって、そうかもしれなんけど、飲み物を完全に失念していたのは俺だけど、俺の一年半の純情を弄んだ、お前には水道水で十分だと、今確信したよ俺は。
「ほれ、これでなんか勝ってこい、おつりはくれてやる」
そういって糞親父は自分の財布から、1万円を二本指で挟んで俺に差し出してくる。
やっぱり親父は最高だぜ!
1万円は貧乏大学生の魂を売るには十分な額であった。
「あ、はい、買ってきますね。なんか希望ありますか」
べ、べべべべ別に1万円で心が揺らいだのではない。俺は我が大学の二代巨頭である、西園さんと浜ヶ崎先輩に飲み物を買ってきたいだけなんだ。
「え、ホントにー、じゃあ私コーラー」「俺はジンジャエール、ビンのやつな」「すん……ミルクティー」
俺は三人の飲み物のオーダーを聞いて、コンビニへって――
「あぶねえええええええええええええええええええええええええええ」
「おいおい、どうした早く買いに」
「いや、おれパンツ! パンツなんだけど! 危うく靴まで履きかけたわ」
「そんなにパンツパンツ連呼するんじゃない、そんなの見ればわかる、なんだ、それがお前の普段着だと」
「んなわけあるかよ!! というかなんで! なんで、西園七海さんと浜ヶ崎朱美先輩の二人が居るんですかぁ?!」
俺の脳はやっとこさ、自分の部屋に突然現れたノートリアスモンスターの登場を理解できた。
「あれ、話してなかったんですか、大吉さん?」
「一応な、君たちの話でもあるからな、昨日の時点では君達に許可を取っていなかったからな」
「ああ、なるほどです」「ひっぐ……そう……ですか」
「え? え? え? なんのこと」
と言うかなんでウチの糞親父は我が大学の二台巨頭である、、西園七海さんと浜ヶ崎朱美先輩と普通に話してるし、なんか仲がいいんだ。どう言う事だ説明しろよこのクソ親父。
「話すことも多いだろうし、おい光代、早く飲み物買ってこい」
「あーなんか、気を使わせちゃってます、私達? というか親子水入らずの再開だったんですよね確か」
浜ヶ崎先輩は気まずそうな表情をする。
「あ、いや、流石に飲み物は用意させてください、この糞親父だけなら水道水でも飲んでろっていうんですけど、あっ、今日は本当に来るの知らなくて、すいません、西園さん、浜ヶ崎先輩」
「あー、ごめんねー、なんか気ー使って貰っちゃって」
「あ、いえ! そんな、では」
自分の大学の太陽とも形容される美人の女性と至近距離で会話をして、女性と話す経験さえ少ない彼が、おかしなテンションになるのは必然だった。すこしは、いい印象をあたえたい一心で頑張って取り繕うにも、最初は全裸、次はパンイチ男にもう上がる好感度もなにもないというのに。
そうして俺は服をしっかりと着て、三人を家に残して飲み物を買いに出かけた。
ふぅー、結局ビンのジンジャーエールを買いに離れたスーパーまで行くことになるとは、面倒な注文をしてくれるぜ。
「おーい、糞親父、西園さん、浜ヶ崎先輩、今戻りましたよー」
俺は、家のドアを開けながら、台所兼廊下を抜けて、リビングに向かう。
「はーい、買ってきましたよっておいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
扉を開けるとそこには、俺の大学生活一年間で集めた、エロゲ・エロ本・エロ同人誌・エログッツが所狭しと、テーブルやベットの上に広げられていた。
「なにしろるんじゃ己らあああああああああああああああああああああ」
なんで、俺のお宝たちを広げてるんじゃぼけええええええええええ、それは押し入れにかくしといたやろおおおおおがああああああ。
「おう、おかえり息子よ」
「なにしてくれちゃってますん、ですか? 貴方たちは」
「俺は親父としてだな、お前がしっかりと漢として成長してるかをだなぁ」
いやー、いやそれ今することですか?
「いやー、大吉さんが、エロ本探すっていうから、面白くなっちゃってつい、てへっ」
「つい、じゃないですよ! 浜ヶ崎先輩!」
なに俺の部屋で、ちょっとした青春イベントを親父と起こしちゃってるって、ふああああああああそれは
「ちょ、ちょ、ちょ、やめてくださいって、広げるの」
「あ、ごめん、ごめん、こういうアニメの奴は初めて見たからさ、うわぁー、これすごくない」
「ああ、今はこんなのが流行っているのか、俺の時はVHSしかなかったぞ」
浜ヶ崎先輩は、言いながら手は止めずに、糞親父と俺の同人誌を互いに見せ合っている。そして西園さんはその二人には混じらず、熱心にエロ同人誌を読み込んでいた。
あ、俺の視線に気づいた。
「あっ。あっ、こ、これは、違うのよ、市場調査というか勉強というか」
ああ、我が大学の女王である西園さんが、俺のエロ同人誌を熱心に読んでいらっしゃる。これは夢なのか、そうであってくれ。こんな女王様を知りたくはなかった。
「それにしてもお前これは無いぞ、これは流石に、これは男じゃ」
「てぇ、っ勝手に出すんじゃねえええええわ」
そう言って父親が表紙を見せてきた、エロ同人誌を取り上げ、自身の背中に隠す。
はぁ、はぁ、はぁ、これはこの前のアイツらと話題になった、男の娘の同人誌だ。決して俺の好みではないが、三ヶ島がどうしても読みたいというから、そうどうしても読みたいというから買ったものだ。決して俺の趣味ではない。そう決して。
「はぁ、はぁ……はぁ」
「じゃ、飲み物も届いたことだし、積もる話をしようじゃないか」
手を叩き場を仕切る大吉に、彼女達も従い広げたブツをベットの端に寄せる。
よくもまあ、息子の性癖を、息子の同年代の女性に暴露をした後に、その切り替えができるな糞親父。あとこの二人もなに、その指示を素直に来ちゃってるんですが? 浜ヶ崎先輩それ一応エロ本ですよ、なにその授業のプリントまとめるみたいに、トントンして整えちゃってるんですか、恥じらいとか無いんですか、あと西園さんもいつまでそれ読んでるんですか?
「はぁ…………」
自分の想像する女子大生像が崩れていくのと、この場はもうすでに糞親父に従うしかないと感じあきらめて、それぞれに買ってきた飲み物を配り、再び仕切り直しをした。
状況は最初と変わらず小さい部屋に4人。小さいテーブルに細川光代、緑川大吉が向かい合うように座り、その右手のベットに浜ヶ崎朱美、西園七海の順で腰かけている。というかこの筋骨隆々の男が本当に俺の親父とはな、日本人離れした高身長は俺と確かに似ている。しかし腕の太さは俺の2倍はあるだろう。すごい本当に、これが十年ベーリング海で俺らを支えてくれた人なのか……で、俺の最推しである『星空ヒカリ』ちゃんの魂……げぇ。それよりも今日一番の謎を聞かなくては。
「で、糞親父は、どうしてうちに我が大学の西園七海さんと浜ヶ崎朱美先輩を連れてきたんだ。というかどうして連れて来れるんだ。どんな繋がりが」
「ああ、彼女達が俺からの、十二年来のプレゼントだ。光代」
そういって大吉は彼女達に手を向けて紹介する。
「え?」
いま、なんつったこの男は。プレゼント?
「え? じゃないぞ我が息子よ。何度も言わせるな、彼女達二人が、お前へのプレゼントだ」
はっ? って、ええええええええええええええええええええ。
「ちょ、ちょ、ちょっちぃと待って、ぷ、プレゼントってなんすか」
あれか、実はふ、二人は俺の知らないところで、決められた許嫁的な、いやそれともなんだ、なんだ、なんだ。ふ、ふたりだし! と、とりあえずは、お二人にか、確認を取らなくては。
「あ、あのーお二方?」
「これからよろしくね、細川くん」と冷静に西園さんは言った。
「あんまり乱暴しちゃ、やーよ」と、かわいい仕草をして浜ヶ崎先輩は言った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
マジかよマジかよマジかよマジかよ、そんなエロゲ展開あり得るんか! あれか? ありえるのか! いやベーリング海で十年間漁師をしているようなへんてこなオヤジだ。ありえるのか! マジか! え、つまり俺は西園さんや、浜ヶ崎先輩とぉぉぉおおおおおお、
細川は三人の目も気にせず、両手にガッツポーズをして立ち上がる。
「っていうのは嘘だ」
「え?」
俺が再び彼女達の方を見ると、ゴミを見る様な目で俺を見ている西園さんと、糞親父とハイタッチをしている浜ヶ崎先輩がいた。
「イエーイ」「イエーイ」
「ドッキリ大成功でしたね!」 「な、言った通り面白い息子だろ」
「そうですね、流石です。女性二人を貰うって事に、何も疑わないところがやばいですね」
西園さんの突き刺さる言葉にノックアウトされ、膝をつく。
「うぐぅ」
「いっやー、最高ですわ、さすが大吉さんの息子さんだ」
浜ヶ崎先輩の嫌みのない一言で、崩れ落ちる。
親父と同列……だ……と……。
「まあ、冗談はさておきだな」
はぁーもー、好きにしてくれ。一体なんなんだ。お前達は。
「で、結局なんなんだよ。もう、で、何で二人がいるんですか?」
「ここで二人をお前に紹介するのは本当だ、悪いがこれ以上先は自分でやってくれ」
これ以上って、おい。
「まずは、ちゃんと普通に自己紹介した方がいいんじゃないですか?」
西園さんは冷静に話を進めてくれる。
「ああそうだな、おう、光代お前から自己紹介しろ、ちゃんとアピールするんだぞ」
俺達はお互いに差しさわりのない自己紹介を行う。
『へー、同じ大学だったんだー』という無邪気な言葉が再び俺を襲ったが何とか持ちこたえた。
彼女達については、おおむね俺の知っている情報がほとんどであった。しいて言うなら、彼女達が幼馴染あることは初情報であった。全員の自己紹介が終わった後に、妙な間が生まれる。
ん? 西園さんが浜ヶ崎先輩になにやら耳打ちをしているな。
「ねぇ、本当にやるの?」「そこはねぇ、流石に今更引けないっしょ」「せ、せめて朱美から」「いや、いやそれだと、できないしょ、いつもは七海が最初でしょ」「……はぁー仕方ないのね」
二人の相談内容は、微かに何か聞こえるが、聞き取ることは出来なかった。相談事が終わったのか二人は俺に向き直り、真剣なまなざしで俺を見つめてきた。
「ん」
えっ、な、な、ん、だ、だだ。
俺は俺に突然向けられた、二人の顔面偏差値の高さに思わず、顔をそむけてしまう。
顔背けたからよかったのか、わるかったのか、彼の耳には思いもよらぬ声が聞こえてきたように感じた。
「おにーちゃん、おねーちゃん、今日も私と一緒に遊んでくれる? 神楽舞だよ」
「おう、兄貴、姉貴、今日も私と遊んでくれるよな! 神楽雫だぜ!」
「二人合わせてー せーのっ 神楽シスターズです」「だ」
「はぁ?」
えっ、 今のって……?
俺は耳馴染みのある自己紹介に、思わず背けていた顔を先輩たちに向き直した。
「はー、殺して、朱美私を殺して、今日あった、同じ大学の同級生にこれを披露した私を殺して」
そう言いながら西園さんは、浜ヶ崎先輩の胸に抱きついている。
「まあまあ、慣れだってこれも」
浜ヶ崎先輩はそう言いながら西園さんの頭をやさしく撫でる。そんな微笑ましい光景よりも俺の頭の中は先ほどの自己紹介の事で頭がいっぱいだった。
なんでだ、なんでだ、なんで、西園さんと浜ヶ崎先輩の二人が、今話題沸騰中の姉妹系Vtuber『神楽シスターズ』の自己紹介ををををををををを。
俺が脳が情報を処理できずに、フリーズしている間に先輩よ父親が話し始める。
「あーれー、うまく反応してくれないっすね、大吉さんやっぱり私達って知名度低い?」
「どうだろうな、こいつは俺の事を大好きだったから、他のVtuberを追っていなかった――」
やっと脳の処理が追い付き、俺は思わず立ち上がり二人を交互に指を差す。
「ど、どうしてお二人が『神楽シスターズ』のじ、じこ紹介をか、完コピしてるんですか」
「なんだ、噂通りの様ですね」「流石大吉さんの息子くんだ、知ってるじゃん」
「知ってるも何も、いまVtuber業界のファンで知らない方が異常ですよ。デビューはヒカリちゃんと同じくらいの一年弱前だったかな、初めは雫ちゃんだけで、個人チャンネルだったんですけど、半年前くらいから、舞ちゃんが参加して一気にバズったんですよ。なんと言っても一番バズったのは、舞ちゃんの歌のうまさ【歌ってみた】星の降る夜に【カバー】は一瞬で10万再生されたのは有名です。そしてバズってからは雫ちゃんのトー....」
あ、やべっ、熱く喋りすぎた。先輩たちの前でなんたる失態を。キモいよなぁ、やっぱり俺。はぁー、なんてこった、いつものアイツらと話すノリで話してしまった。
俺の予想とは裏腹に、彼女たちのリアクションは対照的なものであったが、好意的な反応であった。
「そうなのよ! そうなのよねー、やっぱりあの歌の良さがわかるとはさっすがだわ息子くん!」
握り拳を作り俺の意見に同意する浜ヶ崎先輩と、未だに浜ヶ崎先輩に抱き着き、小刻みに肩を震わす西園さんだ。
「はぁー、殺して、早く私を朱美殺して」
「まぁ、まぁ、抑えて、抑えてね。ほらちゃんと挨拶するよ」
「……はい」
「でね息子くん、ほら、七海」
再び西園さんがこちらに顔を向ける。
「私が神楽雫の魂で」
「……私が神楽舞の魂……なの」
えあああああああああああああああ、はっ? はっ? はっ? ありえるのかよ、ウチの大学の二台巨頭の二人がVtuberだって? 本当か? ちかもクールビューティーの女王である西園七海さんが、ダウナー系妹Vtuberの神楽舞ちゃんでええええええええ、我らがミスコン女王、我らが太陽、浜ヶ崎朱美先輩が、元気っ子系妹Vtuberの神楽雫ちゃんだってえええええええええええええ。
「おーいー、もしもーし」
浜ヶ崎先輩の心配した声で意識を取り戻す。
「はっ。はぁで、ででで、なんでお二人がが」
「おい、さっきよりわかりやすくキョドるなキモさ増してるぞ光代」
「うっせぇ黙れよ、糞親父!」今俺は『神楽シスターズ』の二人と話してるんだよ。
「あ、あのね細川くん! 私達を助けてほしいの!」
西園さんが立ち上がった俺を見上げて訴える。
「へ? た、助ける?」
「ほらっ、いっつもナナミンは言葉足らずなんだからぁ。細川くんさ、登録者数十万未満の私達を知ってるってことは、かなりVtuber事情にも詳しいよね」
「いやー、まー、そーすね。詳しいって程では、ほんの少しだけ、いやちょっとだけ知ってるっていうか。聞き及んだというか」
「おーい、息子よ。お前の趣味は大体わかってるし、俺の知ってることは伝えてあるから、今更取り繕っても遅いぞ、星空高校広報部、部員番号112番はんなり」
「だぁあああああああああああああ、もう、いらんことまで言うんじゃねぇよ、糞親父」
せっかくお二人に好印象を与えようと、こっちとら非オタアピールしてるのによぉ!全部言うやつがあるかぁ??
「はい、はい、大好きですよ、三度の飯よりFPSとVtuberの配信が好物です! 『神楽シスターズ』の配信も見に行ったことがありますし、むしろ雫ちゃんのソロ時代から配信を見ていましたよ。これでいいですか!」
あー、さようなら俺の青春。キモイよなぁ。キモイよなぁ。やっぱり。いや雫ちゃんを見ていたのは星空ヒカリちゃんと時期的に同期だからつーか。
「やったね!」「これなら話は早いかも」
俺の最大級のキモイ告白をしても彼女達は引かなかった、むしろ二人は好印象と捉えているのか、いい印象を与えた雰囲気を感じる。
「あのね、細川くん、これから話すことは他言無用でお願いしたいんだけど、いい?」
「え? ああ、別にお二人の魂を言いふらしたりはしませんよ。これでもVtuberのファンなので」
そんな無粋なことをしてはいけない、魂を捉えても何もいいことなどないのだ。それを昨日実感した。二次元は二次元、三次元は三次元なのだ。
「あー、それもそうなんだけど、これは守秘義務っていうか、まだマル秘だからさ、七海」
名前を呼ばれた西園さんは、自身のバックから一つのプリントを取り出し、机の上に置いた。
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平成33年2月1日
株式会社カレンダー
代表取締役社長 田中 太郎
来たれ! Vtuber達、夏の最後の大一番『大黒天』主催FPS大会開催のお知らせ
春暖の候 ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
日頃より株式会社カレンダーの企画にご参加いただきありがとうございます。
さて、この度弊社のVtuberグループ大黒天を主催としたFPS大会を主催したいと
思います。
本大会の目的は、多くのVtuberの方に活躍の場を設けると共に、さらにこの
Vtuber業界を盛り上げる
ことでございますので、多くの方に参加していただきたいと思っております。
つきましては下記の内容をよくお読みいただき、奮ってご参加ください。
目的 : 多くのVtuberの方に、今後のこの業界を盛り上げていただくために
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「え! マジっすか! だ、『大黒天』主催のFPS大会! マジ!」
マジかよマジかよ、ついにあの『大黒天』主催のFPS大会来たか、こりゃすごいぜ。『チーム【蜂紙】』、『ますたーますたーど』、『Tri-edge』、『M11ktab』、プロゲーマーほどではないが、Vtuberの中でも非常にガチ勢と名高いチームが名を上げるだろう。その頂上決戦が見れるのかよ! これはやばいぜ、激熱だぜ。
「え。これどうしたんですか? ってあれか 親父とお二人も出場するんですか?」
「やっと、ちょっとは察しがよくなったな息子よ」
うるせぇ。
「話が早くて助かるわ、そう私たちは約四ヶ月後、その大会に出場しようと思うの」
「ほへー、俺の友人は『大黒天』のファンなんですけど、僕は……星空ヒカリの……ファンだったんで、お、お二方を応援しますよ」
「もう! はんなりさん、私のファン辞めちゃったんですか」
「たのむから糞親父、リアルの前で『星空ヒカリ』になるのはやめてくれ。まじで、せめてボイチェンとおしてくれ、たのむ。たのむよ。ボイチェンなしだと本当にただの変態になるんだ」
やべー、これは8月末の予定あけとかねぇとな、あいつらと一緒に、これはリアタイ視聴確定だわ。
「そうだ、
「へー、すごいですね。あの『大黒天』のFPSの大会に出れるなんて、『星空ヒカリ』は登録者数30万人ほどいますけど、『神楽シスターズ』は今ちょっとバズってますけど、8万人ちょっと」
俺が登録者数の話をした瞬間に、西園さんからズーンと落ち込む雰囲気を感じ取る。
「あーごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「い、いいのよ、細川くん事実なのだから」
「そうだ、息子君よ、登録者数なんて問題じゃないんだ、ここを見てくれ」
糞親父から再び登録者数という単語が出て、再び西園さんが落ち込む。
糞親父はそんなことを気にもしないで、資料に指を差す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
参加条件 : 事前大会の上位5チームが本放送大会に参加できる。
事前大会とは 本放送前に株式会社カレンダー主催
で執り行われる予選大会である。
予選大会の参加条件は下記の①~③すべてに該当する者のみとする。
①4月1日現在、活動をしているVtuber3名で構成されたチームである。
②チーム内1名をリーダーとし、リーダーのチャンネル登録者数登録者数が
10万人以上であること。
②過去にチート、禁止行為で本ゲームの利用規約を違反して居ない者。
③チーム内で1名以上、本放送で配信を行える者。
また予選での配信などについては9.その他を参照の事
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ええ、まあVtuber界でもガチガチのガチでやってる、玄人志向の『大黒天』ですから予選はあり得るんじゃないんですかね。むしろ予選にレート制限がついていないだけ、優しいのかと思いますけど」
「やっぱりよくわかってるね息子君、そうなんだよこれは天下の『大黒天』様の放送なんだ。本放送の大会に参加するのにかなりの実力と、運がいるんだよ」
俺の言葉に、うんうんと頭を上下に同意をする浜ヶ崎先輩。
「ええ、そうですよね」
「私たちは! この大会に出たい!」
再び握りこぶしを作りガッツポーズをする浜ヶ崎先輩。
「はい、がんばってください! 応援します」
「ん?」
「ん?なんか、突然察し悪くありませんか」
そう言って今度は糞親父に同意を求める浜ヶ崎先輩。
「ああ、すまない浜ヶ崎くん。こいつはやっぱり察しが悪いんだ。なんというか、女性経験がなくてな、言葉の流れというか、その裏に隠れた意味を察す能力が低くてな」
「そこー聞こえてますよ! あと俺が女性経験ないのは関係ないでしょー!」
俺の抗議の言葉もむなしく糞親父の言葉を受けて二人は『なるほど』といった感じだ。ちがう、ちがうんです。ちょっと話の流れがわからないというか、あと女性経験無いのは本当なんだけど。
「いいか、お前が参加するんだ光代」
「はぁ?」
「正確には、お前と彼女たち二人で、この大会に出て優勝するんだ」
「ど、ど、どどゆうことですか!!」
昨日今日に始まりなんてことを言いだすんだ、俺が『大黒天』の大会に?
「いや、まず俺はVtuberじゃないし」
「いや! お前は星空ヒカリだ!」
何を言い始めているんだこの糞親父は。ついに狂ったか。いや元々か。
「い、いや、『星空ヒカリ』は……残念なことに親父だろ?」
「そうだ!」
「だからそう」
「だがお前も、元はと言えば俺の一部であったことには変わりない! つまりお前は俺だ」
「はいぃ?どういう」
「言わなきゃわからなんか、ほんっとにお前察し悪いな。お前は俺のせい」
「はーい、はーい、そこまでですブッブーです。糞親父、二人の前で、なんてド下ネタかますつもりだよ。ふざけんなよ」
「わかってるじゃないか」
「はぁ……なんだ。つまり俺は親父こと『星空ヒカリ』のゴーストプレイヤーをしろってか?」
「そうだ、最初からそう言ってるだろ。お前達三人でって」
なんて無茶苦茶なこと言い始めるんだこいつは。
「あのーお二人は、この人が何言い始めてるかわかってますか?」
「ま、まあね。でも、私たちは、この大会に出場する権利無いし、登録者数10万人以上の知り合いも居ないし、ある程度は危ない橋なのは、理解しているつもり」
あっけらかんと浜ヶ崎先輩は答える。
「じゃあ、せめて、せめてね。私達を鍛えてほしいの!」
話が暗礁に乗り上げそうになり、西園さんが声を張る。
「は、はぁ え?ってFPSをですか?」
「話の流れでわかるだろうに、だから童貞なんだお前は」
ちげぇよ念のための確認だよ!
「我々は優勝したいのだ。できるかお前に」
ん? そういえば、『星空ヒカリ』の放送はすべて見たことがあるが、『神楽シスターズ』の配信はすべてを確認したことが無い、俺は彼女二人がFPSをしている配信や話題を見たことがない。彼女達の放送は【歌枠】や【雑談枠】がメインだったはずだ。
「もしかして、お二人、FPSの経験は」
「ないわ」「ないねー」「俺は本物の銃なら撃ったことあるぜ」
お前には聞いてねぇよ。
「あのー大変申し上げにくいのですが、無理だと思います」
「やっぱり」「そこをなんとかあ」
「いや、だってさすがに」
「おい、ちょっと光代こっちに来い!」
「ん?なんだおやじ」
「いいから」
俺は親父のぶっとい二の腕につかまれて、玄関の外まで連れていかれる。そして肩を組まさせ、顔と顔の距離が、ほぼゼロ距離で話をされる。
「はぁ、だからお前はダメなんだよ」
「ちょっ、ちか、近いわ親父。俺にそんな趣味ねぇよ」
「おら、離れるな。彼女達に聞こえたらまずい」
俺は逃げ出そうとしたが、がっちり頭をホールドされて抜け出せない。
「親父考えてみろ、流石にズブの素人をな」
「ちがう、そういう事を言ってるんじゃない。さっきから言ってるだろ、察しが悪すぎだお前」
「はぁ?」
さらに親父は、顔を近づけて声を潜めて俺にささやく。
「あの二人がお前へのプレゼントって言ったのはあながち嘘じゃねぇ」
「はい?」
「さっきの茶番はお前に気づかせるために、彼女達にちょっとした茶番を頼んだだけだ、それに俺ちゃんと言ったぞ、悪いが先は自分でやってくれって、お前がここで、彼女達のFPSコーチを引き受けるって言ったらどうなる」
「そりゃー、彼女達を鍛えるためにFPSを……っえ!」
「やっと気づいたか愚息め、YESなら最低でも4カ月彼女達と一緒にFPSを出来る、もちろんそれ以外のプライベートでも一緒になることもあるだろう、しかしNOなら今日ここで解散しておしまいだ」
「えっ。でも」
「でもも、ヘチマもない。あの二人母さんほどではないが、かなりの美人さんだろう。それくらいはわかる。漢を見せてみろって言ってんだよ。お前も俺の息子ならここで覚悟決めろ」
「いやー、んー、ですがー」
そこで俺が出した結論は。
もちろんYESだった。
「ほんとにー、ありがとー!細川くん!」「マジで助かるよー!感謝だよー」
二人の柔らかい手が俺の両手を外側から包み込む。
「あ、いやー、えへっ」
ごめんない、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、邪でごめんなさい。
痛い、痛い、彼女達の純粋な感謝が痛い。これじゃ直結厨と俺はなんも変わんないじゃないか。ちがうんだ、いや違わないのかもしれないけど、彼女達を純粋に応援しようと。
「親父のゴーストプレイヤーの件はまだ、納得してないのでとりあえずはお二人のコーチだけ引き受けます」
「いいとこだけ取りやがって」
いや、それが一番まずいんだよ。
「それでお二人はどうしてウチの変態糞親父と知り合いに? ファンだった俺が言うのもなんですけど、完璧なバ日肉声だったと思うんですけど」
「あー、それね! あれは衝撃的だったよ。恐らく人生で一番びっくりした。星空ヒカリちゃんと通話したはずなのに野太い男の人の声が聞こえるんだもん、最初は彼氏かと思ったよ」
「あー、その件はお恥ずかしい限りですなー!」
今度は西園さんを置いて、糞親父と浜ヶ崎先輩で盛り上がり始める。
「あれー、気づいてると思ったんだけどなー、ヒントはコラボだよ」
そう言って浜ヶ崎先輩は人差し指を立てる。
「ああああ、クイズ系Vtuber貞雄さんの【毎月恒例】チーム対抗アタック35【5月の会】ですか!?」
「本当にすごいね、息子くんタイトルまでちゃんと覚えてるなんで」
「いやー、そんな、そんな。偶然覚えていたんですよ。であそこでお知り合いになられてたんですか?」
その回は約1年弱前にまだ星空ヒカリが無名だったころに、初の大型コラボとして出演した記念すべき放送だ。忘れるわけもない。その時に彼女が英語のリスニング問題と、ロシアという謎のジャンルでほかのVtuberを圧倒して優勝をもぎ取ったのは一時期、界隈で話題になった。たしかにあの時のコンビは神楽雫ちゃんだった。
「そそ、正確にはそのまえだけどね、『チーム神星』結成に向けて、事前の打ち合わせの時にね、大吉さんがボイチェンつけ忘れたのよ、いやーさすがのあの時はたまげたよ、ずっと女性だと思っていたからさ。」
確かにそうだろう。無名同士とはいえ、相手が突然オジサンにクラスチェンジをしたのだから。
「ああ、浜ヶ崎くんには騙して申し訳なかった」
「いやいや、大吉さんは悪くないっすよ、それに話を聞いたらねぇ、息子さんのためにアイドルになるなんて、すごい覚悟だわ」
あーやっぱりそうなるのかー、この人たちには全部事情をしってるんだ。
「その失敗があってからなコラボは、彼女たち以外は控えるようにしているんだ」
あー今ここで明かされる、『星空ヒカリ』ちゃんのコラボの少ない理由。
「まあ、それで事情を知ってる私たちはコラボしてもらえるようになったんだけどね」
「そうね。事情を知ってるからこそ、私たちも仲良くなりやすかったというか」
「は、はあ」
「そんなことはどうでもいいんだよ。我が息子よ」
「いや、まあ、そうか?、でなんで優勝したいんですか?」
「そ、それは」「そりゃ、売名に決まってるではないか! 息子君よ」
ですよねー。
「私達『神楽シスターズ』は、この大会を踏み台にして、登録者数10万人! いや100万人をめざしていきます!ってなわけ」「協力してくれる? 細川くん」
二人の視線が再び俺に集まる。
「まあ、出来る限りは」
正直、この二人に頼み込まれて、頷かない男子学生は我が大学に居るのだろうか。畔上あたりなんて冬でも寒中水泳するだろうし、三ヶ島なら炎の中でも飛び込むだろう。
「おし! 話はまとまったな、じゃあ作戦会議というこうじゃないか!」
そう親父は言い放った。
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