【二十六話】分身体

「私の奴隷共を……貴様等、この罪は重いぞ」

「ごたくはいい。さっさと洗脳を解くんだな」

 ホルンの剣を手に、俺は一気に距離を詰める。

 一方のローデルは、慌てた様子もなく、懐から杖を取り出し軽く振ってみせた。

「――ッ」

 真っ黒な霧が吹きだし、俺へと襲い掛かる。

 それが範囲を広げ取り囲む前に足を止め、思い切り剣を振る。剣圧で霧をかき消し、俺はローデルの姿をその目に捉えると、迷いなくホルンの剣を投げ飛ばした。

「――ガッ、カヒュッ、ぐ、ぐあぁ……」

 まさか、そんなはずは、と口から血を流し、ローデルが膝をつく。

 あまりの力量差に戸惑っているのだろう。ローデル自身、魔人を牢獄に閉じ込めるほどの力量があるのだから、それなりの腕であることに間違いはない。

 但し、今回は相手が悪かったな。

「洗脳を解け。お前が生きることの出来る唯一の手段だ」

「く、くくく……残念だが、私の負けのようだな……ごふっ」

 息も絶え絶えといった様子で、ローデルは声を絞り出す。

 エーニャが近づき、回復魔法を唱え始めた。このまま死なせるつもりはないからな。これから先、王都の牢獄で長い時間を過ごすことになるだろう。

「洗脳ならば、既に解けている……ぐうっ」

 ホルンの剣で串刺しになり倒れた時には、魔法が解かれていたのだろう。

 あちらこちらから目覚めた奴隷達の声が聞こえてくる。洗脳魔法が解けた瞬間に、睡眠魔法も連鎖して外れてしまったらしい。

「ここは……わたくし、いったい何をしていたのかしら……」

 女エルフが目を覚まし、辺りを見回す。

 洗脳が解けたらしく、自分の意思を持って言葉を発しているようだ。

 その隣に佇む老剣士も然り。ホルンの剣に貫かれ、床に伏すローデルの姿を見やり、己の置かれた状況を把握したのか、俺達の許へと歩み寄ると、深々とお辞儀をしてみせる。

「貴殿らに礼を言う。洗脳されたままでは、求む死に様を得られなかっただろう」

「何の話か知らないが、正気を取り戻したのならよかった」

 名も知らぬ老剣士と握手を交わす。

 とここで、小さな何かが俺の横を通り過ぎていく。振り返ってみると、角を生やした少年がクーの許へと駆け寄っていた。

「やあ、こんなところにいたんだね? あれからずっと探してたんだよ」

「だれー? クー知らないよ」

 少年の台詞に、クーは小首を傾げる。

 だが、からからと笑いながら少年はクーから距離を取り、落とし穴の方へと近づく。そして、

「――あっ」

 落ちた。それも自ら進んで……。

 角を生やした少年は、何をしようとしているのか。わざわざ落とし穴に入り、その先で……。

 少年が落ちた直後、下から唸るような声が響いた。

 それは地面を揺らしローデルの館を振動で崩壊させてしまいそうなほどの大きさだ。

「ひいっ、なんですかぁ、この声ぇ!! まだなんかいるんですかぁ!?」

 怯えるミールが、俺の背にしがみつく。身動きが取れなくなるから離れて欲しい。

 しかしながら、思いを口にする間もなく、そいつは落とし穴を駆け上り姿を現した。

「くくくくくくくくくくっっっ!! くははっははっはははははあっっっ!!」

 耳を塞ぎたくなるような声を上げるのは、魔人ザルドディアだ。

 ジリュウとユリーヌの話によれば、確か魔力が枯渇し、ろくに動けない状態だったはずだが、何故ここまで上がってくることが出来たのだ。

「魔人ザルドディア……力を取り戻したか」

「ま、魔人ですかぁ!? どーして魔人がこんなとこにいるんですかぁ!!」

 驚き足を震わせる。

 さすがのミールも、魔人を前に命の危機を感じ取っているらしい。

「愉快……愉快愉快ッ。ワタシを洗脳するとは人間も侮るべからずッ。だが茶番もこれで終焉となるだろうッ」

「……? 角が生えてる……」

 先ほど牢獄内で見た時、ザルドディアの角は折れていた。

 だが、目の前に姿を現した奴の頭部には、新たな角が生えているではないか。

「アルガさんっ、あの子が……ッ!!」

 ルノの声に気付き、俺はザルドディアの右腕へと目を向ける。

 その手には、角を生やしていたはずの少年が掴まれているではないか。

 既に事切れているのか、身動き一つ取らない。それどころか、角を無くしている。

「……そういうことか」

 ここでようやく俺は理解した。

 あの少年は、ザルドディアの魔核の一部だったのだろう。

「嘘ですぅ~、魔人と戦うなんて絶対にごめんですよぉっ!!」

 慌てふためくミールは、隠れる場所がないかと辺りを見回す。今更ながらに目を覚まし、ザルドディアの姿を瞳に映すダーシュは、何も言わずに寝たふりを再開する。

「くくくっ、くくくくくっ、【偽者】の紋章を持つ者よ、ワタシは君と戦うつもりはない」

「【偽者】……?」

 ザルドディアの言葉に、エーニャが眉根を寄せる。

 俺が持つ紋章のことを知らないのだから当然だ。そもそも、ジリュウが生み出した分身体と思っていたわけだから、紋章など持っていないと思っていただろう。

「じゃあ、どうするつもりだ? まさかここから逃げるとか言わないよな」

 奴が戦わないと言っても、だからといってみすみす逃がすつもりはない。

 今ここで奴を逃がしてしまえば、モアモッツァ大陸に甚大な被害が起こるかもしれないからな。

 しかしながら、ザルドディアは当然と頷く。

「偽者よ、君はワタシが得意とする魔法を知っているだろう? ならば答えは簡単だ」

「――まさか」

 眼球がくり貫かれているにも関わらず、ザルドディアはある一点を見つめる。そこにいるのは、クーだ。

 次の瞬間、クーの体が宙に浮き、手を伸ばす間もなくザルドディアの許へと引き寄せられていく。

「ういてるー」

「クーッ!!」

 ローデルの体から剣を引き抜き、ザルドディアとの距離を縮める。がしかし、クーを盾代わりにされてしまい、俺は腕を止めざるを得なくなった。

 ザルドディアの能力は、物体の引き寄せだ。たとえそれが巨大なものであろうとも、自在に引き寄せ操ることが出来る。

 そしてその能力を用いることで、ザルドディアはクーの体を引き寄せた。

「魔人ザルドディア……まさか生きていたとは……」

「その声は【癒術師】だな? くくっ、地下牢には【勇者】の紋章を持つ者もいる。あとはあの剣士がいれば役者は揃うのだが……どうやらいないようだな?」

 その台詞から察するに、ザルドディアは知っているのだろう。

 魔王の手にかかり、ホルンが死んでしまったことを……。

「だがそんなことはどうでもいい。ワタシは目的を達することが出来たのだ」

 くつくつと喉を鳴らし、目の無い顔でクーを見る。

「傍に置いておきながら殺さなかったとは、君達は実に間の抜けた存在のようだ」

「なんのことだ」

「決まっているだろう? この分身体のことさ」

 クーを見据え、分身体と口にする。

 その言葉は、ジリュウから何度も言われ続けてきたものだ。

 だが、何故?

 ザルドディアはクーを分身体呼ばわりするのか。

「ワタシの分身体……魔核を持った少年と同じさ。だから魔王様は死なずに済んだのだよ」

 ……まさか、いやそんなはずはない。

 けれども、考えれば考えるほど、正解へと導かれてしまう。ザルドディアの言葉によって、俺はあってはならないことを理解する。

「……クーは、魔王の分身体なのか」

 返事はない。ザルドディアは笑うだけだ。

 しかしながら、分かっている。今更間違いようがない。答え合わせは既に出来ている。

 どんな人間であろうとも必ず授かるはずの紋章を持っていなかったり、かと思えば魔物を従え操ることができたり……。思い返せば嫌というほどに出てきてしまう。

「さようなら、間抜けな人間達よ」

 ローデルの館の天井を壊し、ザルドディアは上空へと飛び上がる。

 失っていたはずの両翼は綺麗に生え変わり、自在に空を舞うことが出来るようだ。

 ザルドディアは、クーを盾代わりにするつもりだと思っていたが、実際には違っていた。

 クー自身を攫うことこそが、奴の本当の目的だったのだ。

「アルガー? ねえー、アルガー!」

 クーの声が木霊する。助けを求めるかのように、俺の顔を見る。

 けれども俺は、その手を掴み引き寄せることが出来なかった……。

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